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湖城での療養 二
しおりを挟む安心感を胸に抱きつつ視線を落とした。顔の前にあるこの肌色は、位置的にアルシュの胸、ということになる。膨らみ豊かだ。婚約者のエメはもっと控えめ、だっ、た、……、…………。
……………………むね?
鈍る頭でのんびりと状況を呑みこんでいたキリエの思考が停止した。
膨らみ豊かとはなんだ。胸が膨らむ性など一つしかない。女性だ。男性に服を押しのけるような胸はない。キリエにもない。それがあるということはすなわち目の前のそれは女性の胸でしかなくて。それがないキリエは男性で。
「ア……、アルシュ」
震える声で幼馴染に呼びかける。
「アルシュ、起きてくれ」
本当は揺すりたかったが、腕は変わらず挟まれたままである。下手に動かしては変なところを触りかねないので、ひたすらに声をかけた。
気持ちよさそうに熟睡しているところを起こすのは非常に偲びない。が、このままでいる方が非常にまずい。
幼馴染とはいえ、婚姻を結んだわけでも血の繋がったきょうだいでもない男女が同じベッドで共寝している。それを第三者に見られたらどうなるか。答えは簡単だ。とんでもない誤解を招く。
「アルシュ。……アルシュ」
「……んん……なんだ、キリエ……」
寝息が途切れ、掠れた声が返ってきた。どこか艶を感じさせる声音だ。身の置かれた状況と相まって、頬が意図せず熱を持つ。
「アルシュ、離してくれ。これは、さすがに、いろいろと……」
キリエに、アルシュとともにベッドに入った記憶はない。
きちんと記憶を掘り返したわけではないが、現状があまりにも衝撃的すぎた。どうしてこうなったのか、と回想を巡らせようという発想すら思いつかないほどに、思考を支配する混乱が強かった。
とにかく早く離れなければ。キリエが焦る一方で、眠気の虜となったままのアルシュは意にも介していない。解放するどころかますます抱きしめる力を強め、キリエの緋色の髪に顔をうずめる始末だ。
「まだ、起床時間には……ふぁ……早い……ねろ……」
「寝ないでくれ! アルシュ、頼むから!」
欠伸のあとにもにょもにょと何やら呟いたかと思えば、再び寝息を立て始める。キリエはますます焦った。
女性を大事にするのが当たり前なキリエに、幼馴染といえど女性を力づくでひっぺがすことなど不可能で。となれば、アルシュ自身に拘束を解いてもらうしか自由への道はない。
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