24 / 44
湖城での療養 十四
しおりを挟む「兄上からの要求が、届いているのですか……?」
自室の窓から抜け出したその後のカルブンクルスを、キリエは知らない。アルシュが語らなかったからだ。
アルシュも知らなかったのか、知っていてあえて黙ったのか。
国王の首が横に振られる。
「いいえ。音沙汰がないので、我が国に滞在していることは存知ないでしょう。自国をしらみつぶしに調べるのに忙しいようですから」
時間の問題だ。キリエがカルブンクルスにいないと知れば、今度は各国に便りを出す。そうなれば。
「……ですが、仮にクレド王からあなたの身柄を要求されても、私は……いえ、サプフィールはその要求を跳ね除けましょう」
「えっ」
思いがけない言葉に目を瞠った。余裕のある笑みがキリエに向けられている。
「何事にも抜け道があるものですよ。当然、この条約にも。──例えば、あなたが罪人となる前に、すでにサプフィールの民としての永久居住権を取得していたならば。我が民を理不尽な要求から守る、という十分な効力を持った名分が生まれます」
「えっ!? へ、陛下、それは一体、どういう……?」
国王が執務机から一枚の羊皮紙を取り出した。キリエに差し出す。
隣から覗きこみ、上から下までさっと目を通したアルシュが、ああ、と細い顎を撫でさすった。
「無知につけこんだのか。さすが母上、策士が過ぎる」
「人聞きが悪いですよ。本人の合意はきちんと得ています」
羊皮紙に連ねられていたのは、サプフィールの民の一員として永久に居住権を与え、王族と同等の身分を授ける、という旨の文脈だった。本物の権利証である。
その下には国王の認印と、キリエの直筆のサインがあった。
こんな、使い方によってはサプフィールの根本を揺るがしかねない大事なものにサインをした覚えはない。どういうことだ。
己の名前の筆跡を見て、気づいた。この、書き慣れていないような歪な形は。……間違いない、幼少の頃の文字だ。
「こ、これは……」
「ふふ。実は昔、あなたをアルシュの許婚にしようと思っていたのですよ。これはその時にあなたから快くいただいたサインです。残念ながらあなたにはすでに許婚がいると後に聞かされたので、婚約は断念せざるを得なかったのですが」
な、何をしているんだ、昔の僕……。
顔を手で覆い、天を仰ぎたい気持ちに駆られた。
きっと国王の言葉に笑顔で頷き、意気揚々とサインしたであろう過去の自分を嘆く。第二の父母として、サプフィール国王夫妻に無邪気に甘えていた時期だろう。
今でも慕う気持ちに変わりはない。ないが、弁えなければならない立場を自覚した現在では、あの頃のような無邪気さを装うことは二度とできない。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
家から出ない女優の幼馴染を連れ出したら、いつの間にか伝説になっていた件。
Memu(メム)
恋愛
学校に行かない引きこもりの国民的女優――水宮小鞠。
女の子に間違われる地味男子――白雲凪。
俺に与えられた役目はひとつ。
彼女を、学校へ連れて行くこと。
騒動になれば退学。
体育祭までに通わせられなくても退学。
成功率ほぼゼロの無理ゲーだ。
距離は近い。
でも、心は遠い。
甘えてくるくせに、本音は隠す幼馴染。
それでも――
俺は彼女の手を引く。
退学リミット付き登校ミッションから始まる、
国民的スター幼馴染とのドタバタ青春ラブコメ、ここに開幕。
感情の無い聖女様は、公爵への生贄にされてしまいました
九条 雛
恋愛
「――私など、ただの〝祈り人形〟でございます。人形に感情はありませぬ……」
悪逆非道の公爵の元へと生贄として捧げられてしまった聖女は、格子の付いた窓を見上げてそう呟く。
公爵は嗜虐に満ちた笑みを浮かべ言い放つ。
「これからは、三食きちんと食べてもらおう。こうして俺のモノとなったからには、今までのような生活を送れるとは思わぬことだな」
――これは、不幸な境遇で心を閉ざしてしまった少女と、その笑顔を取り戻そうとする男の物語。
再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる
まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」
父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。
清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。
なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。
学校では誰もが憧れる高嶺の花。
家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。
しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。
「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」
秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。
彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。
「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」
これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。
完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。
『著者より』
もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858
「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから
キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。
「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。
何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。
一話完結の読み切りです。
ご都合主義というか中身はありません。
軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。
誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
私の婚約者でも無いのに、婚約破棄とか何事ですか?
狼狼3
恋愛
「お前のような冷たくて愛想の無い女などと結婚出来るものか。もうお前とは絶交……そして、婚約破棄だ。じゃあな、グラッセマロン。」
「いやいや。私もう結婚してますし、貴方誰ですか?」
「俺を知らないだと………?冗談はよしてくれ。お前の愛するカーナトリエだぞ?」
「知らないですよ。……もしかして、夫の友達ですか?夫が帰ってくるまで家使いますか?……」
「だから、お前の夫が俺だって──」
少しずつ日差しが強くなっている頃。
昼食を作ろうと材料を買いに行こうとしたら、婚約者と名乗る人が居ました。
……誰コイツ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる