42 / 44
水の日、洗礼 四
しおりを挟む一度目が覚めてしまえば、二度寝などという怠惰は許さない。キリエはそういうところで自分に厳しい。
寝癖で一房だけ跳ねているキリエの髪を一撫でしてから、アルシュは執務室に戻った。ぐずつく事なく上半身を起こし、伸びをしていたから、そう時間をかけない内に寝室を出てこちらへやってくるだろう。
執務室のテーブルの上では、並び終わった朝食があたたかい湯気を立てて待っていた。ソルシエールの姿はない。おしゃべりで我を隠さないが、言いつけはきちんと守るのが彼女の良いところだ。
テーブルの片側の席に腰かける。ポットの取っ手を掴み、グラスに中身を注いだ。
注ぎ口から甘い香りを漂わせて満ちていくのはミルクである。乳白色の液体の中に備えつけの小瓶から蜂蜜を一匙分入れて、熱を冷ましながらゆっくりと飲んだ。
まろやかな味に仄かに混ざる癖のある甘みを堪能していると、半開きの扉が開かれる音がした。
見れば身支度を済ませたキリエの姿がある。身にまとう服も寝巻ではなく、サプフィールの民族衣装だ。
色は白。己に青系統は似合わないと気にしている彼のために用意した一品だ。ちなみに白だけでなく、赤系統もある。炎を扱うからだろうか。彼には暖色が向いている。
涙の跡は洗い流されているが、目元はまだ赤い。腫れが引くのはもう少し後だろう。
朝食を見、執務室を見回したキリエは少しだけ眉根を下げた。今日も用意してくれた者にその場で礼を言えなくて、申し訳なく思っているのだろう。
下々の者が手筈を整えるのが当然だと思っている王族貴族には珍しく、キリエはカルブンクルスにいた頃から律儀に侍女や召使いに労いや礼の言葉をかけている。彼の誇るべき長所だ。
「キリエ。冷めるぞ」
手招きをして向かいの席に座らせた。礼は食事の後でも十分だ。
「いただきます」
そろって手を合わせる。
テーブルの上に並べられた朝食の内訳は、チーズを散らしたスープ、重ねて盛られた一口サイズの米粉のパン、剥かれたばかりで瑞々しいブドウ、そしてポットに入ったミルクだ。
湖上の国ゆえに勘違いされがちだが、サプフィールの食卓に魚や魚介類が並ぶ事はほとんどない。同じ湖に住み、同じ水の中を泳ぐ間柄だから、特に魚は食材というよりも犬猫のようなペットを見る感覚に近い。これらが調理されて出されるのは、特別な日だけである。
水路ばかりがあると思われやすいサプフィールにも、牧場や農業地は存在する。サプフィールの国民は、物心つく前よりそれらの恩恵を受けて育ってきたのだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
家から出ない女優の幼馴染を連れ出したら、いつの間にか伝説になっていた件。
Memu(メム)
恋愛
学校に行かない引きこもりの国民的女優――水宮小鞠。
女の子に間違われる地味男子――白雲凪。
俺に与えられた役目はひとつ。
彼女を、学校へ連れて行くこと。
騒動になれば退学。
体育祭までに通わせられなくても退学。
成功率ほぼゼロの無理ゲーだ。
距離は近い。
でも、心は遠い。
甘えてくるくせに、本音は隠す幼馴染。
それでも――
俺は彼女の手を引く。
退学リミット付き登校ミッションから始まる、
国民的スター幼馴染とのドタバタ青春ラブコメ、ここに開幕。
感情の無い聖女様は、公爵への生贄にされてしまいました
九条 雛
恋愛
「――私など、ただの〝祈り人形〟でございます。人形に感情はありませぬ……」
悪逆非道の公爵の元へと生贄として捧げられてしまった聖女は、格子の付いた窓を見上げてそう呟く。
公爵は嗜虐に満ちた笑みを浮かべ言い放つ。
「これからは、三食きちんと食べてもらおう。こうして俺のモノとなったからには、今までのような生活を送れるとは思わぬことだな」
――これは、不幸な境遇で心を閉ざしてしまった少女と、その笑顔を取り戻そうとする男の物語。
再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる
まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」
父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。
清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。
なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。
学校では誰もが憧れる高嶺の花。
家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。
しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。
「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」
秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。
彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。
「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」
これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。
完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。
『著者より』
もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858
「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから
キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。
「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。
何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。
一話完結の読み切りです。
ご都合主義というか中身はありません。
軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。
誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
私の婚約者でも無いのに、婚約破棄とか何事ですか?
狼狼3
恋愛
「お前のような冷たくて愛想の無い女などと結婚出来るものか。もうお前とは絶交……そして、婚約破棄だ。じゃあな、グラッセマロン。」
「いやいや。私もう結婚してますし、貴方誰ですか?」
「俺を知らないだと………?冗談はよしてくれ。お前の愛するカーナトリエだぞ?」
「知らないですよ。……もしかして、夫の友達ですか?夫が帰ってくるまで家使いますか?……」
「だから、お前の夫が俺だって──」
少しずつ日差しが強くなっている頃。
昼食を作ろうと材料を買いに行こうとしたら、婚約者と名乗る人が居ました。
……誰コイツ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる