『青い不死鳥の物語』に関する私的考察及び考証

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19・導きの光。変わる世界

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 『青い不死鳥の物語』には、『幻のラストシーン』と呼ばれる最後のモノローグの前に入る場面がある。文字数制限の為に省略された本当のラストシーンだ。この事実が知られたのは『十周年記念インタビュー』内での発言だったが、内容は作者が頑なに語る事がなかった為、一切、分からず仕舞い…あまりにインタビュアーがしつこく聞き出そうとした為に作者が帰り支度を始めて「話す事はありません‼」と立ち去ってしまいそうになった…と言うのは出版社の幾つかある汚点として語り継がれている。
 それでも諦め切れない出版社が、作者の言葉の端を良い様に解釈した『幻のラストシーン』コンテストを開催した。「完成している作品に作者以外の意思を付け足す事は作品に対する冒涜だ‼」との原作原理主義者の声は無視して、相当数の応募があった。ただし、コンテストを開催するに当たって、作者サイドからの注文があった。それは送られた作品は全て出版社のホームページ内に新たなバナーを開設して掲載する事だけ。これには多くの作家希望者が寄稿する事となり、藍の生きている時代で名作を残した作家の何人かはこのコンテストに応募した事を公言している。サーバーがパンクする事態こそなかったが、一年間程の開催期間とその後二年間程の掲載期間を経て、閲覧数の多い作品を纏めた本を出版。それなりに売れて、現在も出版社のホームページに『青い不死鳥の物語』とは別の作品としてダウンロード販売を継続している。
 ただ、送られた作品の多くが当時流行していた異世界転生モノで、世界を変えた葵が異世界に転生、もしくは転移後、動き出すシーンまでを描いており、かなりコミカル寄りな雰囲気。茜も転生・転移している場合もある…
 次に多いのは夢オチモノ。今までの作品内の中学校生活が全て夢で、葵が超能力世界を日常にしている…と言った内容…目覚めてドタバタな葵が、鳳家もしくは別の家族の一員として生活しつつ、超能力を生活に活用している風景を描写。家の玄関のドアを開けるまでの作品が多く見られたが、そこから学校までの通学路でメインキャストを再登場させる作品もある。最も長い場合は教室到着後の緑・ゆかり・れもんに遅刻ギリギリをイジられ、直後に朝のチャイムと担任が入ってくるまで。黒板に『九月一日』の文字が書かれている…と言った内容…この作品の葵の中には自分が世界を変えた事を自覚している場合もあって、並行世界理論を用いた解説をモノローグやト書きとして加えている場合もある…これもコミカル寄りではあるが救いの要素も含まれている。なお、遅刻せずに、普通に落ち着いて登校する場合や、間に合わずに遅刻する場合もある。
 次に多かったのが、葵が高校に入学する日を描いた作品。二卵性の双子と言う設定で緑も登場する場合もあり、家の玄関前で記念撮影。そのまま、桜舞い散る中、最寄りの駅まで歩く…と言う内容…ここでもメインキャスト再登場が発生する場合もある。この作品の葵は夢オチモノの葵と同じ様に世界変革時の記憶がある場合も見られるが、中には自分が世界を変えた事を覚えていない場合や、世界の変革に全くの無関係な場合もある。到着した電車に乗り込むまでを描く作品が大半だが、青い鳥の羽根が一枚、目の前に降って来て、世界の変革時の記憶を思い出す葵も存在する…この作品群は救いをメインにしており、家の姿見の前でブレザー姿の葵が両親に感想を聞く場面は涙を誘うとの感想が多数寄せられた。
 異世界・夢オチ・高校入学が応募された作品の大半を占める中、異色を放っていたのが仲間達が語り部となって世界を放浪すると言う作品。あの状況でもっとも生き延びている可能性のあるICの登場作品が多く、隻腕隻脚の老人として表現されている。世界変革から最長で五十年後、舞台はアマゾンの僻地やアラスカの極地で子供達を集めて葵達との日々を語り、アマゾンなら日没少し前、アラスカなら夕刻を知らせる鐘の音が聞こえた段階で話を終え、次の街へと松葉杖を突いて去って行くと言った内容…去り際に仲間の安否をテレパシーで確認を取っている場合もある。この仲間は、葵の家で生活していた仲間以外に彼らの活動を支援している仲間への連絡もあったりする。ふと立ち止まり、空を見上げると、アマゾンでは星空、アラスカではオーロラが見える…全ての作品がこの場面で終わっているが、同一人物が投稿したわけではない。その証拠に、この作品群を投稿した作者の一人が後に大きな文学賞を受賞した際に選抜作品に選ばれなかった事を愚痴っていたからだ。救いと言うより郷愁感の強い作品群である。
 その他には、球状穴となった『始まりの地』に最初に降り立った調査員が葵に関わる何かを発見した…と言った作品や、作者と愉快な仲間達が高校で出会い、葵の事を思い出す…と言った作品、激動の世界情勢と変わらぬ日常を淡々と書き連ねている作品、葵の存在を過剰に賛美したり、逆に悪辣に批判したり、『青い不死鳥の物語』全体を大喜利のお題にした様な作品や、「もうええわ」の一言だけを投稿した作品まで寄せられていた…ちなみに大喜利系・一言系はウケ狙いの要素が強かった為、閲覧数多数であっても選抜作品には一本として候補には上げられなかったが、出版した本の裏に『もうええわ』の一言が乗っていたのは出版社のウケ狙いだろうと予想される。ちなみに『もうええわ』の作者にも原稿料が発生したが、選抜作品程の原稿料ではなかったらしい。
 様々な作品が投稿された中で、物議を醸した作品があった。
 内容は『白(死路)の世界』で葵が仲間達と再会すると言った作品。腕を広げる緑の胸に葵が飛び込み、泣きながら謝りつつも、最後には「ありがとう」と語り、白の闇に包まれていく…と言った内容。この作品の特筆すべき点は作風が最も岳石南花に近い事。ゆえに、この作品を投稿したのは作者自身ではないか?と噂された。その証拠…と言う訳ではないが、この作品が投稿されてすぐに応募の受付が終了されたのだ。
しかしこの説には無理があった。それはこの企画自体が岳石南花のメイン作者である竹内橙子の死後に開催された追悼イベントの一環だったからだ。
 生成AIで作成された作品を疑う向きもあったが、当時のAIには『死』を期待させる表現をロックする機能が強制的に施されており、『白(死路)の世界』で待ち人来るなど、書ける筈はなかった。だが、AIで岳石南花の作品と投稿作を比較すると、九十九パーセントを超える整合性があるとの結果が出される。そこで、作者サイドに連絡を入れると、橙子の所有しているパソコンから出版社の投稿フォームに何かを送った形跡がない事も判明。慌てて、今回、『白(死路)の世界』のラストシーンを送った作者に連絡を入れるも音信不通…謎を孕みつつも、『幻のラストシーン』集は最後に『白(死路)の世界』の作品を掲載し、出版社ホームページへの掲載と書籍として刊行される運びとなった。
 ちなみに、前述の作者サイドと言うのは岳石南花の権利関係を管理する弁護士団の事で、竹内橙子が『十周年記念インタビュー』直後に作品を無駄に改変させない為の防衛策の一環として設けられ、相談を受けた弁護士事務所に管理権を委譲、後に弁護士事務所と独立し現在に至っている。橙子としては、歴史的に古い表現や倫理観の変動によっての改変は許可するが、作品・ストーリーの方向性の改竄・改変の禁止を訴えており、『幻のラストシーン』の扱いもこの団体が橙子と話し合った末に決定した案に沿って提示したものだった。この件を予想した橙子は、自分の拙い表現で書かれるより、高みを目指している人達の練習台になれば…との弁を残しているが、実際は、勝手に改竄された作品に、既に興味がなかったのかも知れない…しかし、自分が生きている間はそんな真似をされると恥ずかしいので、死後に勝手にやってくれ‼と言うのが本音だったのかも知れない…

「あなたの書いたレポートは物語となって世界に広まっています」
 襲撃から半月後、藍は竹内家の墓を訪れていた。
 命と名付けたクローンはノワール達の組織に預けられ、それ以降の処遇は藍には知らされていない。藍自身もあの場の事は他言無用と念を押されつつ、口外禁止の暗示まで掛けられる程の厳重な措置を取らされた。ただし、襲撃の様子は周辺住民に見られたらしく、テロリストの襲撃にあったとの報道を流す事となった。犯行グループは『鳳葵教』。葵と同じく世界に殉じる事を至上と考える集団で、警察や公安も危険視している宗教団体だったが、先日、宗教法人指定を取り下げられた。現在は布教活動と称した洗脳で、今の世界に不満を持つ者を集めて、より超能力者の能力を認める世界構築を目標として掲げている狂信者集団と化している。ちなみに、藍達の卒業旅行最終日の襲撃も彼らの仕業である。
 竹内家の墓に手を合わせて、藍は『青い不死鳥の物語』に関わった人々のその後を追想する…まず、愉快な仲間その一のゆかりは地元の商社に入社。地域の御用聞き程度の零細商社を彼女の辣腕で世界的な総合商社に成長させ、七十歳で退職。「あたしに勝ったら、あと五年は働いてやる‼」彼女の退職宣言に重役達が一斉反対したが、オリジナルのヒーロー技を繰り出し、勝利を掴むと、颯爽と会長室から去って行った…その後は、退職後に立ち寄ったペットショップで一目惚れた子猫と、会社が用意したものの、契約満了時に改めて個人で契約、必殺技開発の一助を担ったお手伝いさんと穏やかな生活を送り、八十五歳で静かに息を引き取った。生涯未婚。浮いた話一つない人生だったが、言い寄る男性は何人か存在したらしい…ただ、殆どは遺産目当てとお手伝いさんに愚痴を零していたとか…ちなみに猫には『ウサ』と名付け、彼女の死後、お手伝いさんに引き取られた…
 次に愉快な仲間その二のれもんだが、大学卒業後、地元の南東北に戻り、アルバイトをしながら復興のボランティア活動に従事。そこで再開した同じ小・中学校出身の男性と運命的な再会を果たす。ただ、この運命、小学生の三・四年生時代と中学の一年生時代に出会っていた因果律的運命ではなく、ボランティア仲間の女性の胸を揉もうとしている、れもんの前に彼が立ちはだかり、その勢いのまま、彼の胸を揉んでしまった…的な運命で同郷の同窓である事は付き合ってから知ったらしい…交際から二年で結婚。その後は専業主婦として旦那や家族を支え、最終的に、子供四人、孫十三人の大家族のお婆ちゃんとなった。普段は優しいが、怒る時はどういう訳か男子女子構わず、胸を揉む為、孫は母親達によって遠ざけられていた…その為、孫を可愛がる機会が少ないとお爺ちゃんにぼやいていたらしい…享年九十歳。家族に惜しまれながら、永遠の眠りに就いた…
 『青い不死鳥の物語』の出版社の初代主筆は、元々働いていた出版社を吸収合併し、旧経営陣を追い出すと共に、第二の『青い不死鳥の物語』発掘に乗り出した…しかし、募集に集まる作品は彼の目には凡作ばかりに見え、以前の出版社から引き抜いた作家の連載系だけが頼りな運営が数年続く…その状態を株主の大手出版社や読者が黙っている訳がなく、大手からの編集者が数人送り込まれる。すると、あれよあれよと業績が上昇。もちろん、これが大手からのテコ入れである事は明白で、主筆は責任を取って降格、一編集者にまで成り下がってしまった…まぁ、その二年後に定年だったので、屈辱に耐え、晴れて定年。しかし、半年後に行われた健康診断で、ガンが発覚。しかもステージ4で身体の各所に転移済みな状態…緊急入院の後、二年の延命治療を受け、家族の同意の下、治療を取り止めた事で一週間後、息を引き取った。
 『ロシアン・トリコロール』の作者はその後、何作かの作品を発表するが、どれも鳴かず飛ばず…ならば‼と、『青い不死鳥の物語』に登場する別のキャラクターのサイドストーリーや葵の小学生時代を書かせてくれと出版社に懇願するが、どれも、別の作家が手掛けている最中と言う事で相手にされなかった…しかし、作家同士の繋がりでサイドストーリーや葵の小学生時代を書いている者などいない事が判明。『ロシアン・トリコロール』の作者がその事実を聞き付けた事を知り、出版社側は慌てて、その場に居合わせた新人賞を獲ったばかり作家数名に作成を依頼するも、『ロシアン・トリコロール』の作者に相談を持ち掛けてしまった事で出版社側の嘘が発覚。裁判にまで至るか…?と言う所で、『ロシアン・トリコロール』の作者が出版社との契約を破棄。以降はパート・アルバイト生活を続け、契約破棄から十年後、建設現場での不注意によって右脚を骨折。向かった医者に肺がんがある事を告知されるが骨折治療だけを受け現場復帰…だが、体力的な限界を感じ建設現場での労働を断念…作家時代に貯めていた貯金を切り崩しつつ生活するも三か月後、彼のアパートで遺体となって発見される…ちなみに発見者はアパートの管理会社の者で家賃の滞納があって、訪問したらしい…
 『PROPHET』の情報もある。『青い不死鳥の物語』に登場した者の中で謎の多い人物ではあるが、彼の存在は世界の姿を維持すると言う意味では多大な功績があった。特に彼が国連に提出した『PROPHET』法は、彼の名を関する事で多大な影響を与え、藍の生きる時代にまで、その影響が及んでいた…彼の最後は拳銃自殺で彼が『PROPHET』法を提出した一時間後に自らの頭を撃ち抜いた。「こうなる未来は変えられませんでしたか。しかし、私の勝利だ」そう言って引き金を引いた彼だが、その言葉と自殺の理由は不明…しかし、彼の拳銃を持っていない左手のスマホには英訳された『青い不死鳥の物語』が映し出されていたらしい…彼の登場シーンで、彼が『特殊疾病対策室』に現れた理由はそこで働く某国の軍務関係者の子息に会い、ある予言を授ける為だった…と言うのは、後の憶測ではあったが、某国から発射された核ミサイルは間違いなく、関東平野の旧東京都に落とされた事は事実である…もちろん、某国は国連や他の敵対勢力の攻撃を受け、領土の大半を敵対勢力に奪われ、味方であるはずの大国が遣わした傀儡政権が僅かな領土を支配している状態が、藍の生きている時代にまで継続されている…
 そして、作者代表の竹内橙子は脳梗塞で早逝した。享年三十八歳。自宅にしているマンションでソファーに座った状態で発見された。発見者は救急隊だったが、勘付いたのは愉快な仲間二名…前日のお茶会の後、いつもの様にそのまま別れたが、イヤな予感がして、翌日、仕事も家事も放り出して、マンションに向かうも応答がない為、救急を要請。管理人が鍵を開けて中に入ると、楽しかった時間がうっすらと埃を被っていたらしい…この死には疑問があった。それは竹内橙子が脳梗塞を起こし易い体型ではなかった事。痩せ過ぎと言う程ではないが、それなりにプロポーションは整っていたらしく、たびたび一緒に行っていた温泉では、歳を感じさせない肢体を見せていたと、愉快な仲間達が証言している…これは超能力世界になって少し経過した頃に起こった世界中の要人の急死現象に似ている…言ってしまえば、超能力を使った暗殺であるが…ただ、橙子の場合、『青い不死鳥の物語』が世に広まった時期なら分かるが、この時期に暗殺された理由が分かっていないので、警察も病死と判断し、遺体は荼毘に伏されて、両親の元に送られた…これは橙子の部屋で発見された遺言書に記載された指示に従った事で、遺言書には部屋の中の物品の処分方法、遺産の配分などが事細かく指示されていたらしい。特筆すべきはパソコンと付随しているメモリー類の取り扱い。徹底的に破壊して、中のデータを再現不可能な状態にしてほしいと書かれていた。しかも、解体業者は自分の行動範囲の外で、依頼の際には竹内橙子の名で出さないで欲しいとの強い要望があった。おそらくだが、『青い不死鳥の物語』のデータが入っていて、自分なりに加筆修正を続けていたのだろう…もちろん、そのデータも完全版『青い不死鳥の物語』も、藍の時代では見る事は出来ないが…
 関わった…と言う意味で、結果的に判明しなかったのは、茜の姉の『ミドリ・トキハラ』である。作中でその存在は認められながらも明確な名前が出されなかった人物で、超能力世界になってから、どの様な人生を送ったかが一切の記録に残っていない女性…日系三世のアメリカ人と言う茜の情報を追従する程度の情報しか判明していない…そこが藍の調査限界だった…『始まりの地』で葵に披露した藍なりの考察に従うなら、最後の瞬間に一緒に居たのはその『ミドリ』となるのだが、確実な証拠が存在しない為、空論のまま…彼女のその後を追う研究をしている者も藍の生きている時代には存在せず、『ミドリ』の存在を研究していた者のレポートには「『ミドリ』は作者が創作したキャラクター」と言う結論が出される程だった。しかし、創作するならば、何故、『三つ子』にしたのか?と言う疑問が残る。『特殊疾病対策室』で身代わりになっている『アオイ』と二人きりの『双子』にすれば事足りる筈が、わざわざ、『三つ子』にした理由は、それが事実だったからではないのか…?一卵性双生児である『アオイ』とはテレパシーで繋がっていたと言う事を強調する意味と二人のテレパシーに関する感覚の違いをあのシーンでは描きたかったのかも知れないが、そこに『三つ子』の姉の存在を匂わせる意味は…?
「…もしかして、姉の『ミドリ』も双子と繋がっていた…?」
 …墓参りの帰り道…藍はそんな事を閃くが、次の予定に思考を切り替える…

 実は『青い不死鳥の物語』の登場人物には、モデルが存在する。これは葵の記憶の中にある人物を明確に再現する為に、彼女達の中で最もイメージに近い人物を、その当時に生きていた人物に置き換えていたのだ。彼女達の配役は、茜は高校時代の保険医で、さくらは同じ高校の体育教師、ICとアルバはテレビで良く見掛けていた外国人タレント、三博士は学校近くの公園でゲートボールに興じていた老人会の三人で、AとMは愉快な仲間達の地元でコメ作り農家を営んでいたロシア人夫婦の若い頃を想像した姿で、Jは当時、ボクシングの世界チャンピオンだった中東系の男性の少年時代の映像資料だった。これも『十周年記念インタビュー』で明かされた事だったが、メディア露出している人物以外は迷惑になると言う理由で、ICとアルバ、Jだけがその存在を公表される事となり、他の人々に関しては非公開で…と念を押されたが、百周年記念事業の一環で『十周年記念インタビュー』の再編集版を掲載する際に、インタビュー時の録音内容をそのまま記事にしてしまった為、他の人物の身元も判明…しかし、百年前と言う事もあり、該当する人物は全てお亡くなり…な状態でセーフと出版社が勝手に判断…とはいかず、遺族や関係者に許可を頂いて事なきを得たらしい…ちなみに葵については、彼女達の記憶に顔の記憶がなく、三人の特徴を足して割って、二十パーセント美化した顔をゆかりに相当する人物が似顔絵として映像化…元々、特徴のない顔立ちで周囲に溶け込みやすい印象だったが、カワイイ系とキレイ系の中間な美少女だった事は何となく記憶の隅にはあったらしい…体形に関しては『生理が来ていない』と言う情報を参考に胸のない姿で即統一化された。この映像イメージは、映画などの際に役立てられたが、ICとアルバとJ以外の人物のキャラクターイメージの鮮明化は困難を極め、結果、竹内橙子に頭を下げて、紹介もしくは家族からの写真提供の許可を頂き、何とかイメージ通りの配役が決定する事となったらしい。この映画化の際にラストシーンで泣き崩れる当時の作者役の少女を、橙子の卒業アルバムの写真からイメージした子役から選ばれる事となったのだが、オーディションに集められた少女達の印象と橙子のイメージが合わないとの事で、その場に集った子役たちとじゃんけん大会を開催。その都度、勝ち、負け、あいこで分けられ、最終的に選ばれたのが、橙子と同じ手を出した少女で、後に大女優として映画やドラマで活躍する事となる。ただ、橙子自身は「あたし、あんなに可愛くなかったと想うけどなぁ…」と照れていたが…

 藍の官公庁での仕事は、現在、研修期間中と言う事で、調査を主体とした出向が続いている。どの省庁の仕事が最適か?の選定中でもあり、現在は東京島の廃墟化しつつある高層ビル群の解体順を選定する為に、『現在視』でビルに使われている鉄骨のサビ具合や、コンクリートの罅の状況を調査している…既に、官公庁の管理する建物の調査は終了しており、外ではそこかしこでビルの解体作業が行われている…
「ここって国が管理していた建物でしたっけ?」
 その場に似つかわしくないセーラー服の藍が現場監督に問うと、
「…あ?ああ。民間からの依頼で、人手が足りないらしくてな…」
 慌てた表情を見せて、現場監督が答える…
 …藍のディフォルトがセーラー服になった理由は、『始まりの地』の排水被害の影響がある…あの時の水流の勢いが強く、彼女の着ていた臙脂色のスーツが布地から破られてしまったのだ。当然、怒り心頭の藍だったが、セーラー服姿が、意外にも周囲からの評判が良く、新しい臙脂色のスーツを着て対応した際に「あれ?セーラー服じゃないの?」と真顔で対応された為、渋々、セーラー服を着る事となった…
「さすがに歳が行ったら、裾は延ばすぞ」
 …現状、学生の着ているスカート丈で頑張っているが、膝が隠れるのは何歳か?の賭けが行われている事を藍自身は未だに知らない…ちなみに、賭けを行っているのはノワールの組織の藍に関わった者達で、白井から送られる定時報告に一喜一憂している…
「…マメに、そんなことまで報告するなよ…」
 ノワールが報告書の端にある暗号を見て、溜め息を漏らす。
「わざわざ本部に呼び出すって事は何か大きなアクションを起こすので?」
 ノワールが報告書の提出に訪れていたのは、首都となった大阪の一等地に建つ高層ビルの最上階の一室…
「ああ。ついに準備が整ったからね‼」
 広々とした空間に偉い人が使う引き出し多めの机とクッション性の高そうな椅子だけの部屋…その椅子に、落ち着きなく座る二十代程の女性が興奮気味にノワールに食い付く。
「それは良かったですね?」
 まるで子供の様な燥ぎっぷりだが、ノワールは構わず報告書を彼女に手渡す。
「…ふぅん…彼女は世界を変えるカギになると思ったんだが…」
 …真面目な表情に一変し、報告書に目を通す女性…
「ある意味、世界を救いましたけどね?」
「核自爆かい?あれは功績としては最大限に讃えられるべきだよ。国民栄誉賞モノだ」
「でも、世界の変革とはならなかった」
「確かに、あそこで核自爆が起これば世界は変わったかもね?」
「しかし、それはあなたの思惑通りの世界ではない」
「君達の様な面白い人材を失う未来は容認しないよ?」
「そのオモシロに彼女も含まれていると?」
「彼女をこっち側に引き込む予定はないよ?オモシロ人材ではあるけどね」
「参考までに…あなたが考えていた、彼女が与える世界の変化とは?」
「的が外れたんだから聞かないで欲しいなぁ…でも、彼女が世界に与える変化は目に見える変化じゃないかも知れない…いや、彼女の目に見えない変化かも…」
「どういう意味ですか?」
「彼女の『現在視』の外って意味だよ」
 と、女性がウィンクをノワールに向ける。
「で、彼女の方から関わって来たら?」
 だが、ノワールはワザと無視。
「その時は適当に歓迎するさ‼彼女に見合った仕事を振ってさ‼」
「…政府への通達は終わっていますか…?」
「我々が関わっていると知れば、手出しはしないさ。バカは知らないけど?」
「そのバカ避けに、白井を使い続けるつもりですか?」
「彼は良く働いてくれているよ…いや、彼の私情も混じっているかな?」
「あいつの当てにならない予知を信用しているんですか?」
「まぁ、白井君は念動力特化だからねぇ…でも、当たったらオモシロいじゃないか?」
 と、読み終えた報告書を引き出しに仕舞い込むと、
「情報統制はコードCクラスで。君達の存在は匂わせる程度に」
 険しい目線をノワールに向ける。
「分かりました」
 女性に一礼するノワールが振り向いて、出入口へ…
「彼女…澤地さんだったか?我々のプレゼント、喜んでくれるかな?」
 女性がノワールの背に問うと、
「あれは迷惑と言いますので、今後は控えて下さい‼」
 ノワールがドアを強く閉めて、退室。
「…とは言え、これは我が一族の望みだ…」
 そんなノワールの態度を気にする事なく、彼女は机中央の細い引き出しを開け、
「…とりあえず、あなたの夢は達成しましたよ…」
 その中に一つだけある一枚の写真に語り掛ける。
 …写っていたのは『ホリー』の父親の『クリス』である…

「不束者ですが、お世話になります」
 …藍の拠点のアパートの前に居たのは命だった…足元まで隠れる白地で青いラインの入ったセーラーワンピースを着ており、何処で覚えたのか、唐草模様の風呂敷包みを肩に掛けている。昔のコントに見られる泥棒スタイルだ…鼻で結ぶ、法被りはしていないが…
「白井‼どういう事だ⁈」
 と、藍が隣の白井に怒鳴り付ける。
「待て‼俺も本部から今朝、連絡が入って…」
「だったら朝の内に言え‼そして返品手続きを早急にしろ‼」
 怒鳴り散らす藍に、
「待って‼返品手続きは無理なの‼クーリングオフ対象外なの‼」
 命が割って入る。言い方から、結構ノリノリだ。
「何だよ?ナマモノ扱いかよ‼まだ手は付けてないぞ‼」
「お願い‼ここに居させて‼あたし何処にも居場所がないの‼」
「そんな訳あるかぁ‼百年以上前の家出少女みたいな言い訳するな‼」
「違うよ‼みんな優しくしてくれるけど、結局あたしの身体目当てで…」
「誤解を招く言い方をするなぁ‼実際そうだけど、違う意味だろ⁈」
「お願い…お姉ちゃんなら優しくしてくれそうだから…」
「上目遣いの甘えた声で言うなぁ‼そして、お姉ちゃんじゃない‼」
「じゃあ、お姉様?」
「呼び方の問題じゃない‼…って、白井‼逃げようとするな‼」
 …隣に居たはずの白井が一メートル程離れている事を察し、呼び止めるが、
「いや、その…二人がそんな仲だったとは…」
 藍から目線を外し、ボソボソと呟く…
「あらぬ誤解をするなぁ‼そして、分かっていて、言っているだろ⁈」
 …藍の言葉通り、呟く白井の肩が笑いを堪える様にプルプルと震えている…
「お願い‼もう役所には手続きは済ませているから‼」
 甘え声の命に、
「良いんじゃないか?この際、妹でも嫁でも‼」
 遂に堪え切れず、笑い出す白井。
「あ、そうか。従妹じゃなくて、お嫁さんの方が良かったか」
 そんな白井に、命が思わず同意すると、
「あたしはノーマルだあああぁぁあ‼」
 天に向かって、藍は叫び付けた。

 押し切られる形で、藍と命の同居生活は始まった。
 初めの内こそ、命が同じ部屋に居る事に違和感があった藍だったが、部屋の掃除やゴミ出しを自主的にやってくれる命に徐々に依存し、藍にとっての家事の聖域とも言うべき料理まで覚えた時点で、藍は命に飼い慣らされてしまっていた…
「…学校はどう?」
 夕飯の皿洗いをしている命の背中に、藍は尋ねる。
 実は、命は高校卒業検定を余裕でクリアできるだけの学力があったが、学校生活というモノを経験してみたい‼と言う事で、近場の高校に通っている。ちなみに、命の学力を疑っていた藍が、スマホからダウンロードした適当な大学入試用の試験問題を命に解かせたら、全十問を二十分程で全問正解。時間が掛かった理由は回答に伴う定理を書かなければ正解と認めない‼と藍が強権を発動した為である…
「楽しいよ‼授業も友達も面白い‼」
 …週に一回は同じ質問をしているが、帰って来る答えは違っている事に藍は少し安心していた…変化がないと言う事は周囲が命に関心がないと言う事で、その無関心がいずれ、いじめに繋がる事を藍は自らの体験で知っていたからだ。
 ただ、これは命自身の素養の影響もある。
 元々整っている顔立ちに、長かった髪を腰のあたりで切り揃え、前髪は眉の辺りでパッツンな命は、見た目だけなら深窓の令嬢を思わせる儚さがあり、若干近寄り難い印象があるが、話をすると、不快に感じさせない親近感と壁を造らない懐っこさ、それと嫌味に見えない愛らしい笑顔でクラスメイトを魅了。瞬く間にその存在が全校生徒と周辺の学校に広まり、命が無自覚なまま、ご当地アイドル並の有名人となってしまった。
「芸能人になるつもりはない?」
 なので、藍の元に芸能事務所の挨拶に来る者が現れる事態となり、探偵業の方に影響が出始めていた。が、ノワール達の手引きによって最近は皆無な状態が続いていた…
「え~?皆に迷惑にならない?」
 その事を何となく察して、命も通学路上での勧誘は断固お断りを入れている。
「何なら応援するよ?」
「止めておきます」
 皿洗いを終えた命が半回転ターン。
「…まだちょっと臭うかな…?」
 命を見入っている藍に尋ねつつ、命は自らの腕の匂いを嗅ぐ。
 彼女が気にしているのは、培養液の臭い。生まれる前からずっと浸かっていたので肌に臭いが沁みついている…とノワールの組織の医療担当者に指摘された為だ。夏場になれば汗の成分と一緒に分泌されるかもしれないが…とは、彼らの弁だが、これは命に警戒心を持ってもらう為の方便。実際には一週間程、毎日入浴していれば皮膚の汗腺に入っている培養液の成分は排出されると、藍のスマホのメールには届けられていたが、日本の気候での風呂習慣を身に着けさせる為と薄汚れた美少女など許せないと言った医療担当者の怨念にも似た波動をメールの文面から感じ取り、藍は命に毎日の入浴を強要していた…
「ねぇねぇ‼テレビで『コミュ』しても良い?」
 藍の部屋のソファーで、藍の右隣に座る命がテレビのリモコンを持つ。
「え?何、『コミュ』するの?」
「グルメ番組‼」
「食べたばっかりじゃない」
「良いの‼これは別腹ならぬ別感‼」
 放映されている番組の肉汁たっぷりハンバーグの匂いが二人の嗅覚神経を刺激する。

 この『コミュ』と呼ばれる放送サービスはテレパシー能力の解析に成功した偉業の成果として、各国の国営・民放の放送局が取り入れた無料通信サービスである。催眠暗示にも似た効果はあるが、暗示系は掛かり易さや依存性の問題がある為、使用は放送法によって各国で厳しく制限されており、自殺防止の映像作品への使用程度に抑えられているのが現状であった。しかし、『コミュ』ならば超能力を使える者…つまり人類ほぼ全てが感覚共有可能な上、依存性が皆無である為、あらゆる映像・音声に感覚共有できると言う特性を持っていた。この技術に真っ先に飛び付いたのはSNSに押され死に体同然と成り果てていたテレビやラジオなどの旧態の公共放送業界だった。莫大な使用権料を用意したが、開発側の『コミュ』からは「お申込み先着一名様、もしくは一団体様には向こう百年分の使用権料を無料とさせて頂きます」との案内に即使用権取得を申請し契約を締結。権利委譲完了と同時に、あらかじめ決めていた業務提携要綱と倫理規定を制定。その条項に違反した作品や媒体は映像発布の無期限禁止と多大な罰則金の支払いが明示されていた。もちろん反発もあった。SNSを発信している個人や団体、プロバイダーを管理する通信会社、更に付随する機器を販売するメーカー各社からなる業界団体である。すでに技術的には頭打ちな状況で、発売される新作も突出した性能を発揮できないままな業界にとって、SNSユーザーの購買力は有難い存在だった。しかし、ユーザーも馬鹿ではない。少しばかり性能が向上した撮影機器や一秒未満に短縮された処理速度、更に無駄に高機能化された画像編集ソフトは評判を落としてしまい、動画系投稿者の新規参入を阻む障壁となっていた。ここに来て、『コミュ』と言う全感覚体験可能な通信施設とそれを開発した団体の登場は業界団体を震撼させた。もちろん、彼らも黙っている訳もなく、『PROPHET』法に抵触する技術を使っている製品ではないのか?との嫌疑を掛ける。そこで行われた『コミュ』の製造工程の公開生放送は全世界の音声・映像技術関係者の目を釘付けにさせる事となった…確かに、精緻な回路の構成と、テレパシーを電波に乗せる理論の構築は難解を極める技術ではあったが、『コミュ』側の提唱する理論を元にすれば、テレパシーを電波に乗せる事は可能である事が判明。しかも、『コミュ』の発信装置の製造には一切の超能力が使用されておらず、パーツの一つ一つから発信装置を製作する流れを紹介する動画では中味が剥き出しの発信装置と箱となる入れ物をプレスする工程を一緒の画に収め、一発撮りの一繋ぎの映像である事を強調。完成した『コミュ』から発せられた放送画面に映る、コロッケを食べるグルメリポーターの味覚が、検証の立会人の味覚を刺激した事は藍と命の記憶にも新しい出来事だった。
「この理論と材料、後はハンダゴテ一本あれば『コミュ』は再現できます‼」
 司会役の男性俳優が画面に向かって、指を差した所で番組は終了。配信各社の多くがグルメリポーターの発する、『伝説と伝統の一言まいう~』で配信を停止し、その後の番組終了時間まで水槽を泳ぐ熱帯魚の映像を流していた事で苦情が殺到した事を二人は未だに知らない…配信会社によっては子猫や子犬の愛らしい寝姿だったらしいが…ちなみに、『ハンダゴテ一本~』の部分を信用して、『コミュ』を自作した者の動画で出来上がった装置は、平屋の一軒家分の大きさになったらしい。それでも「コミュ」の機能は果たしていたらしいが…

「命さんや」
「何ですか?お姉様?」
「もう一杯くらい、ご飯食べたくならない?」
「奇遇ですね。あたしも同意します」
 グルメ番組の味覚共有に触発されて、二人は白米だけを食べ始めた。
 …テレビを見続けていると、コマーシャルが流れる…
「契約している通信会社、『コミュ』入れるって言うから、料金上がるかなぁ?」
「そこは契約時と同じプランなら料金は保障されるハズだけど?」
「でも、『コミュ』は強制でプランに入れるって‼」
「エグい事するなぁ…解約する?」
「まぁ、テレパシーもあるからね」
 …『コミュ』込みの格安プランのコマーシャルの冒頭部分で、姉妹役の人気女優二人がそんな事を言い合っていたが、その頃には二人共、満腹になっていた…
「お姉ちゃん、キレイになったよね?」
「何?小遣いの増額?」
「肌がきれいになったって、褒めてんの」
「ああ。ちゃんと栄養摂っているからなぁ」
「それと太った」
「それは栄養の摂り過ぎだ」
 …そんな事を語りつつ、ソファーに寝そべる二人だった…

「少しずつ、『コミュ』の頒布が高まってきたなぁ」
 ノワールの組織のトップと思しき二十代女性がタブレットを眺めながら呟く…画面には売り上げを示したグラフが描かれている…彼女こそ『コミュ』のCEO…
「ご自分の名前は決めましたか?」
 そこに秘書らしき人物がテレポーテーションで入ってくる。
「今までの呼び名じゃダメか?」
「あれは番号ですよ?」
「思い付かないからさぁ…君が付けてよ」
「…そうですねぇ…」
 …腕を組んで虚空を見上げる秘書…
 …『コミュ』を構成する人員は、その大半が、元々、人クローン由来の集団である。一世の多くがクリスによって保護された違法クローンで、クリスの死後、その意思を受け継いだクローン達が、更に研究施設で改造された違法クローンを保護、この改造クローンが能力を発揮し、更に勢力を拡大させ、人クローンの製造規制が掛けられるまで、多くの優秀なクローン人材が各分野で多大な功績を上げていった…戦闘部隊としての活動資金はそんな改造クローンが稼いだ資産で、小国の国家予算並みらしい…彼らが掲げる使命はクリスの遺志の遂行…いずれ現れるであろう葵のクローンの保護と、超能力を補助する何かの開発…葵クローンこと命の扱いに関しては自我のあるなしで事細かに指示されており、自我がない場合は教育方法から超能力の指導方法まで記載されていたが、発見・保護された命は完全な自我と言語理解、超能力の使用方法を規定以上に熟知していた為、最終確認である彼女の意思の確認で藍との共同生活を望んだ為、かなり強硬な手段を使って藍の元に送り込んだのだった…そして、現在、もう一つのクリスの遺志を遂行しているCEOの女性は規制が掛けられた後に保護されたクローンで合州国の大富豪が小児がんで亡くなった娘を取り戻すと言う名目で、元となった細胞からガン発症因子を除去し、明晰な頭脳と堅強な肉体の因子を加えたクローンとして生み出された。結果的にクリスの集団に保護されたがクローン作製を依頼した大富豪は、彼女が奪われた事が判明すると所有権をあっさりと放棄…その頃には新しい妻を迎えて、第一子が誕生していたらしい…ちなみに、その研究施設からは他にも人クローンが製造されていたので、人と呼べるレベルのクローン体のみを保護し、慣例通りに、彼らは研究施設の名前と保護した順番の番号で呼称される事となり、現在までに至っている。ただし、白井は高校時代にスカウトされた一般人で、現在ではそう言った存在も僅かながら組織には組み込まれている。
「…って言うか、そのスーツは?」
「ああ。澤地藍が着ていたのを真似したんだ?」
 と、臙脂色のスーツを着た彼女が、立ち上がって、その場でワンターン。
「似合っているかな?」
「六十七点」
「厳しいなぁ‼」
「それより名前ですか…臙脂色…ダークレッド…」
「止めろよ‼何か悪役っぽい‼」
「では、『ダクレ』では?」
「もう良い‼命に聞く‼」
「何で、そこで命ちゃんなんですか?」
「君よりはネーミングセンスあるから‼…と、繋がった‼」
 …しばしの沈黙…
「…命ちゃんの方がネーミングセンスなかった…」
 肩を落とすCEO…
「何と?」
「…臙脂色だから『エンジ』だって…お?」
「どうしました?」
「いや、近くに藍がいたからさぁ、名前考えてくれるって‼」
「期待しないでくださいよ。命の名前だって何年も熟考して決めたんですから」
 一応の釘を刺す秘書の言葉など気にする事なく、テレパシーを送るCEO…
「…いや、猫じゃなくて…ああ、もう猫で良いよ…」
 …独り言を呟く事、数回…
「…気に入った…」
 納得の笑みを浮かべると、
「よし‼会見に行くぞ‼」
 颯爽と出入口のドアに向かう。

「…いや、猫ちゃんの名前、勝手に決めちゃって良かったの?」
 …その日の夕飯時、バタバタしていた朝方に命に届いたテレパシーの事を藍は問う。
「え?ああ。あたしも含めた周りの人達のネーミングセンスがないって」
 テレビを眺めていると、ニュースで『コミュ』が日本の大手通信会社を事実上、吸収したと報じており、『コミュ』のCEOと合併相手の代表取締役が握手を交わしていた。
「『コミュ』のCEOって若いねぇ」
 報じられている年齢は藍と同じ。
「…でも、今朝言った、猫の名前なのはどうなんだろう…?」
 …藍が寝ぼけた頭で咄嗟に出た猫向けの名前が、CEOの名前として記されていた…

 …その日の夜、風呂に入りながら、藍は考察する…
 …実は朝に猫に付けた名前は、咄嗟に出てしまったが、熟考していた名前だった事…何の為に熟考していたか?と言うと、『幻のラストシーン』の再公募の為…
「…まさか、一回限りだったとはなぁ…」
 …いつか開催されると信じていた第二回『幻のラストシーン』コンテスト用に藍はその場面を構想していたのだ。その内容は第一回の選抜作品を知っていた影響だろうか…そこには掲載されていない場面を構想したのだった…

 …舞台は遠い未来…葵が目覚めたのは四角い培養槽の中…彼女の生命維持の為だけに稼働している施設で、周辺の天井や壁が所々剥がれ落ちている…そこに彼女の前にある自動ドアをこじ開けて入って来る存在。
「誰?」
 一人の少年。年の頃は葵と同じくらいに見える。
「予言に従い、あなたを迎えに来た‼」
 背中に背負った剣を抜き放ち、葵の前の強化ガラスに渾身の一撃を振り下ろすが、傷一つ付かない。懸命に斬り付ける少年に惹かれて行く葵…
「あたしが破ります‼」
 葵が両手を前に向け、意識を集中させると、強化ガラスが一瞬の内に砕け散り、葵は少年の胸に飛び込む。
「あなたの名前は?」
 躊躇なく聞き出す葵に、
「お、俺の名はミタマ‼村一番の剣の使い手だ‼」
 裸の葵に赤面するミタマ。
「あたしは…」
 と、葵が名前を言い掛けるが、
「…名前がないの…」
 …暗い表情を見せて俯いて見せる…
「そうか…じゃあ…」
 …ミタマが眉間に皺を寄せながら思案する事、数秒…
「…ミコト‼」

 …葵が生きていた時代の文明が崩壊した時代のボーイ・ミーツ・ガール…
「…ミタマが登場する場面で、彼が床を踏み抜くとかもあるといいかな…?あと、裸の葵…いや、ミコトに自分が着ていたマントを被せるとか…」
 コンテスト的にはワンシーンだが藍にとってはその更に先があった…葵、いやミコトに関する予言と文明崩壊の謎の解明…ミコトの名の由来…対立部族との衝突と和解…絶対的存在との対立…旅路の果てにある理想郷…そして葵が肉体を得た理由と、ミコトとミタマの恋の行方…
「…その果てに産まれた『ヒカリ』…」
 何処にも発表されていない最高の『救い』を藍は構想していた…いや、文字にも起こしていないので、未だに妄想止まりだが…だが、藍にとって意外だったのは、ミコトがガラスを突き破った場面が、クローン葵だった命を抱えた場面と重なった事…
「…四角い卵の殻を破った青い不死鳥は、彼の胸に飛び込んだ…」
 …文章にするならば、と決めていたフレーズを呟き、藍は風呂から出る…

「明日は宮仕えの日だっけ?」
 先に風呂に入ってさっぱりした命が、大判のカレンダーを眺めて問うと、
「先端技術調査室ね」
 さっき風呂から上がり、髪を乾かし終えた藍が訂正する。
 藍の官公庁での働き口が決定したのは三日前だった。それが通産省と文科省が合同で立ち上げた『先端技術開発振興局』の『先端技術調査室』である。近い将来起こるであろう『PROPHET』法の廃止に向けた準備機関で、藍の仕事は、超能力技術を超えると思われる技術の発見と技術継承の問題解決、企業と大学等の研究機関の紹介を兼ねたマッチング、新たな技術を習得し得る可能性のある人物・団体の発見と勧誘等で、藍の持っている『現在視』を大いに活用した『モノ探し』や『人探し』がメインの仕事である。
 新たに設立された部署な上に、違う省庁同士の集まり…と言う事で、藍の存在はある意味、緩衝材となるかも…?との期待があったが、藍自身は外に出て、人材捜索に出る事を強く希望していた。自身の能力を最大限に発揮できると言う事もあるが、調査の為に各地に赴ける事も彼女にとっては魅力だった。と言うのも、研修期間中、各地に出向した際に、青い鳥の思念体を幾つか見付けたからだった。その上、未発見の新情報が詰め込まれていた為、葵達の行動範囲の広さと、当時その地で起こった不思議現象との因果関係を知る事に、藍は興奮しきりだった。
「出来るなら、可能な限り、地方を回れる職場に回してください‼」
 …藍の強い要望により、先端技術調査員と言う事で藍の立場は落ち着いた…
 調査は基本二人体制で行われる事となった。役割分担は特に決まってはいないが、藍の場合は人材の捜索・発見に専念すると言う事で、勧誘・交渉をする者が必要となった。交渉相手に失礼のない様に、ある程度の条件交渉の経験がある者が選ばれるのだが…
「…まさか、あたしを追い駆けて来るとはな…」
 …選ばれたのは白井だった…もちろん『コミュ』の裏組織からの圧力である…
「よろしく」
 三日前の挨拶で握手を求められ、
「こっちこそ‼」
 …力の限り、握り返してやった事を、藍は思い起こす…
 今回の宮仕えに関して、藍は幾つかの条件を出していた。
 まず、探偵社の存続。これは付き合いのある相手が多い為、急な廃業は迷惑になるとの判断からだった。ちなみに付き合いのある相手と言うのは、公共交通機関やホテル等の忘れ物係で、取得物として預けられた貴重品の届け先の調査を依頼されている為だった。まぁ、このサービスを始めた切っ掛けは宮仕えしたくない藍なりの僅かな抵抗のつもりだったのだが、利用者からの評判も良く、かなりの頻度で請け負う事となり、気が付けば、探偵社の大きな収入源となっていた。ただ、この仕事を受けるに当たって、藍の『現在視』が必要になる事がネックとなっている為、先端技術調査員との兼務は困難と判断。そこで二週間の内の最初の月曜から金曜を調査員として、翌週の月曜から金曜を探偵業に充てると言う案を提示し、渋々ながらも『先端技術調査室』を納得させる事に成功したのだ。もっとも、付き合いのある相手の中に、『先端技術開発振興局』局長が良く利用しているホテルの名前があり、そこに忘れてしまった重要データを藍の『現在視』によって届けてもらった事を、藍が暗に仄めかした事も容認の一因となったのかも知れないが…
「高校卒業したら、探偵社継ぎたいんだけど…良いよね?」
 冷蔵庫から持ち出した一リットルサイズのコーヒー牛乳パックを、命が開けると、
「出来れば、大学出てからね?」
 マグカップを出して、藍が催促。
「え~?だめぇ?」
 …コーヒー牛乳パックを頬に寄せて、甘えた上目遣いで、命がおねだり…
「…長期休暇でアルバイトしてもらうから‼その結果次第‼」
 その愛らしさに、藍は、思わず、顔を背けてしまう。
「へへへぇ…頑張りまっせぇ…姐さぁん…」
 構わずに、命はコーヒー牛乳をカップに継ぎ、
「品がない。品が‼」
 …言葉遣いと、にやけた顔を、藍が注意する…
「…そうか…命は将来を考えているのか…」
 …パックの直飲みを嫌う藍を思ってか、命も自分のマグカップを出してコーヒー牛乳を注いでいる…こんな命を見て、藍は命が思いやりの精神を持っているコである事を、改めて思い知る…ここに来た当初は、まさに借りて来た猫状態で、藍の一挙手一投足にビクビクオドオドで、何をするにも許可を取り、遂には「息をしても良いですか?」と聞いて来る始末だったが、今では大分リラックスしながら、部屋で寛いでいる…まぁ、あまりに寛ぎ過ぎて、乙女の恥部を平気で晒す程に、だらけているが…
「そう言えば…」
 ふと、目の前でマグカップの中味を飲み干す命を見て思う…それは、葵との相違点。
「命のバストって、何カップ?」
「そっちこそ品がない‼」
「いいから教えて」
「…B寄りのC‼」
「え?」
 彼女の胸の揺れ方が自然だった事を再確認し、藍は思わず声を上げてしまう。
「あ、ごめん。Bで充分…」
 その声を命は、カップの偽装と勘違いしていたが、
「…そうか…そうなんだ…」
 涙ぐむ藍の表情と、彼女から溢れる感情を察知。
 それは、かって、鳳葵には実現できなかった可能性…子を成し得る事が可能である事を示唆している、成熟した女性の象徴に対する喜びの涙で…
「生理用品の使い方、後で教えてよ」
 …命は安堵の微笑みを見せ、藍の涙を拭うと、
「…すべての人の心に光を…」
 …藍は思わず、呟き出してしまう…
 宗教色の強いその言葉は、テロ事件の自爆犯が叫んだ言葉であり、それ以降は藍にとっては呪いのフレーズだった…
「『青い不死鳥の物語』だね」
 …『青い不死鳥の物語』の最後のモノローグ…
 『始まりの地』の葵との別れの言葉を、藍は彼女なりのエールと思っていたが、違っている事を知った…それは、みことの導きの光になって欲しいとの願い…
 …本当の意味での物語の終わりを、藍は感じ取っていた…

「革新的な技術の創出には、革新的な目標が必要となる」
 ミタマが『コミュ』の社員に向けての演説をしている。その様子をメディアカメラも映していて、昼時の大衆食堂のテレビにも生中継で放映されている。
「では、革新的な目標とは何か?それは旧態的な目先の利益追求の姿勢ではなく、更に先…いや、遥か見果てぬ場所に向かう為の目標であると、あたしは思う」
 そんな放送をチラ見する程度に眺めている藍と白井は、満席状態の食堂で、名物の『生姜焼き定食』を食べていた。
「ああ。だから、これから行く工場に『コミュ』が投資しているのか」
 付け合わせのお新香を口に放り、藍はテレビの内容に耳を傾ける。
「では、見果てぬ場所とは何処か?それは宇宙であると私は断言する‼」
 ミタマのこの発言に、報道のカメラのフラッシュが焚かれる。何しろ、彼女が天井を指差してポーズを決めているからだ。
「…宇宙とは…お前と気が合うんじゃないか…?」
 …すでに定食を食べ終えた白井が、お茶を一啜り…
「…だから、旧米軍がばら撒いた宇宙ゴミの始末を肩代わりするのか…」
 …最後の生姜焼き一切れとご飯一口分をかき込み、藍もお茶を飲む…
「天の神よ‼我らが築くのは、旧約聖書にあるバベルの建てた塔ではない‼あなた方を招き入れる為の橋なのだ‼」
 熱を持って語られるミタマの演説。
「ご馳走様~」
 その声を聞きつつ、店を出ると、藍達は目的の工場に向かう。

「お腹空いた~。生姜焼き食べたぁい」
 ミタマが演説を終えて、CEOルームで文句を垂れている。
「じゃあ、食堂に注文して、作ってもらいますね?」
 秘書がテレパシーを飛ばそうとするが、
「社食のじゃなくて、ここの‼」
 と、スマホを取り出し、藍達が食べていた大衆食堂のホームページを見せる。
「ここってこの前、近くを通ったでしょう?その時に行けばよかったじゃないですか?」
「じゃあ、食べに行ける様に、スケジュール調整して‼」
「…分かりました。その代わり、そっち方面の仕事も入れますからね」
 憤りの吐息を吐いて、秘書がスマホを操作する。
「…タカマガハラの動きはどうなっている?」
 外を眺めつつ、ミタマが呟くと、
「現状、目立った動きはありません」
 答える秘書。
「…ヤツら、鳳葵を確保できなかったから、命を狙って来ると思っていたんだがな…」
「当てが外れましたね」
「チャンスはあるさ。藍ちゃんが派手に語ってくれている」
「ならば、応援してみては?お得意でしょう?」
「止めておく。この手の話には興味がないって設定だし」
 と、ミタマが椅子の背もたれに身体を預け、
「まぁ、葵の両親を暗殺した組織だ。情報操作能力もこちらの上を行っている可能性もあるから、慎重に…だが、尻尾を掴んだら絶対に離すな」
「畏まりました」
 秘書が一礼し、その場をテレポーテーションで立ち去る。
「…葵の事…世界との繋がり…超能力との関係…それによって、どんな利益を得ているのか…それが人類にとってどんなに有害なのか…」
 ゆっくりとミタマは、机に身体を回し…
「…橋を造ったからと言って、タダで渡れると思うなよ…」
 険しい目付きで、正面に向き直る。

 藍達が『先端技術調査室』の仕事を始めて、三か月が経過した。
 その間に発見した技術者や先端技術は、一見すると何処にでもありそうな上、誰にでもマネ出来そうな技術ではあったが、完成した製品の精緻さや、既存の考えとは違った発想による技術体系、それらを結び付けて生まれた成果物は既存の製品の品質を遥かに凌駕し、売り込みに行った企業からは優先的な技術提供を即座に持ちかけられる程だった
 『先端技術開発振興局』の目標の第一弾は『宇宙開発』で、奇しくも『コミュ』と被っている様に思えるが、これは『コミュ』が日本政府に対し要求したモノで、見返りとしての資金提供が日本政府にあった事は言うまでもない。ただ、その事実を知らされていない
藍達は、訪問した先の企業が、既に大株主の権利を『コミュ』に委譲している事を訪問先で知らされる事となり、その度に藍は「無駄足を踏んだぁ‼」とか、「『コミュ』のお手付きかよ」等と文句を垂らしていた…
 今回、藍達が訪れたのは、宇宙ゴミの清掃活動に必要となる遠隔操作機器の開発工場で、実験機の組み立てが完了している事が、藍の『現在視』で判明していた。
「いや、それが何で人型なんだろうなぁ」
 見学予約を取っていた事もあり、二人は実験機をあっさりと見る事が出来た。工場内の五メートル四方にブルーシートで区切られた一画はテストコースとなっており、鋼材で造られた階段や一本橋、石や廃材が散乱している場所があり、全長二メートル程の人型のロボットが、その片隅に佇んでいた…
「ロマンを感じないのか?男の子?」
 …呆れている白井と対照的に、藍は、にやけ顔…
「このドラム缶にか?女の子?」
 もっとも白井が呆れている理由はそのフォルム…確かに、人型と言えばそれに該当するが、ドラム缶に手足を付けて、上下の認識の為に乗せられた工場用の安全ヘルメットを頭部と見立てている機体は、白井の言う通り、ドラム缶だった…
「…お待たせしました…って、誰だ?ヘルメットを置いたのは?」
 案内役の工場の専務が、ドラム缶からヘルメットを外し、いよいよ、手足の生えたドラム缶になってしまった。
「では、デモンストレーションを始めますので…」
 そう言って、操作盤兼用のタブレットを両手に持つと、ロボットのスイッチが起動。重心が前に倒れて、ドン‼と転倒。
「…失敗…?」
 横にゴロンと転がるかと思うと、手足の位置で横転が止まり、再び、反対方向に…
「え…と…」
「ああ、申し訳ございません。ジャイロの調整の為に必要な行程でして…」
 四回程往復すると、ドラム缶の上下側面部に付いていた手足が起動。
「おお‼四本脚‼」
 人で言う膝立ち・肘立ち状態になり、腕に例えるなら上腕部に付いた車輪で床面を走行。テストコースの階段部に差し掛かると、膝・肘を伸ばし、四つ脚で上り下り…更に、目標物採取の為に四本脚の一本を使い、先端のマニュピレーターで取り出すと、ドラム缶の先頭に付けられた小窓を開けて、採取物を内部に収納。そのまま、来たコースを戻り、採取物を取り出す為に上部のスライドドアが開けられ、一連のテストは終了。
「超能力製品ですね?」
「ええ。『PROPHET』法の撤廃で開発が可能になりました」
「撤廃になってから、一か月も経っていないのに…ですか?」
「そこは噂を嗅ぎつけていましたから、準備はしておりましたよ」
 …得意げに語る専務とその対応に当たっている白井…
「なぁ?」
 不意に藍が白井を指で突く。
「あ、ああ。そうでした。出来れば、宇宙空間での行動が可能な機器も見せて頂きたいのですが…可能でしょうか?」
 丁寧な言葉遣いながらも、含みを持たせた白井の言葉…
「参りましたね。そこまでお見通しとは」
 専務は降参とばかりに、両手を上げる。
「仲間内で噂になっていましたよ。あなた方が来たら、洗い浚い見破られると」
 専務はそのまま壁際まで歩を向けると、
「特に若い男女コンビは容赦がないと、ね」
 壁に設置してある隠しスイッチを押し込み、壁の奥側に隠し部屋が出現。
「ああ、こいつはまだガワだけで、中味はこれからなんですよ」
 そこにあったのは全長五メートル程の今度こそ完全なヒト型機体。
「『コミュ』からは見た目からの注文が先に入ったんですか?」
 機体の前に立ち、白井が見上げると、
「困ったモノですよ。駆動部分の出力や各部のトルクバランスも取らないとならないのに、絶対に人型にしてくれと、譲らなくて…」
 並んで見上げる専務は困り顔…
「あ。それはCEOが、直々に来ましたか?」
「ええ。お連れさんくらいの見た目でしたが、圧しが強くて…」
「そうなんですね」
 苦笑を見せる白井だったが、それは誰にも悟られなかった。
 それから白井は、国からの特殊技術習得事業社の認定書の交付がある事を簡単に説明…それに伴う各種手続きに必要な書類の用意を指定日時までに済ませる様に告げると、会社の外で待っていた藍の元に向かった。
「次の予定は?」
 藍が問う。と言うのも、スケジュールの管理は白井の担当だったからだ。
「…ここからは遠いな…泊りに…ああ、明日は土曜日か」
「そ‼って事は、本日の業務は終了‼」
 時刻は午後三時の五分前…
「どうする?ウチに寄るか?」
「泊めてはくれないんだな?」
「乙女の花園だぞ?本来なら男子禁制だぞ‼」
「引っ越しの手伝いの報酬は?」
「勝手に押し掛けて、勝手に物を運んだだけだろ?冷蔵庫を変に配置したって、命に怒られたんだぞ?」
「命ちゃんなら、簡単に配置換え出来るだろうに…」
「最近、念動力を控えているんだよ」
「何で?」
「ほら、あたしらの学生時代にもあっただろ?念動力を使う女子はモテないって…」
「それ、まだあるのか?」
「いや、一周したブームみたいだ。去年は別の超能力だったし…」
 …そんな事を話しながら、二人は最寄りの駅に向かう…
 彼らの話にもあったが、変化があった。
 大きな変化としては、『PROPHET』法の撤廃である。
 これは『コミュ』(会社と機器)の影響で、通信機器製造販売各社が国連に申し出て即時の撤廃を申し出た結果である。彼らの製造する機器の性能が頭打ちである事は担当法案の任命権者達も知る所だったが、今まで継続されて来た献金の廃止も含めた法案撤廃となると、国連側にとっても痛手だった…しかし、業界団体からの要請を受けて、検討に検討を重ねた結果、『PROPHET』法は役目を終えたと判断され、撤廃の運びとなった。ちなみに、後の世では、『PROPHET』法をアメリカの禁酒法と並ぶ悪法と揶揄する歴史・経済学者も多数、存在…歴史における『悪い例』として語り継がれる事となった…
 もう一つの変化は、藍と命の生活拠点が変化した事。命は気にしていなかったが、藍が命の荷物の増加とプライベート確保を気にし出し、探偵事務所と兼用していたアパートを引き払い、同じ町内の広めのアパートに移る事となった。同じ町内にした理由は、転校手続きを省きたかった為と命が学校で出来た友達と別れたくないだろうとの藍の勝手な推察で、実際には「転校もしてみたかったなぁ」と、ちょっと残念がっていた…

「なぁ?お祝いとか欲しくないか?」
 帰り道の商店街で、白井が言い出す。
「何のだよ?」
「ほら、正式に調査員になった…」
 藍は、今まで試験運用期間と言う事で『先端技術調査室』の仕事を励んでいたのだが、先日、晴れて二十二歳となり、入省年齢の壁をクリアしたのだった。それに伴い、探偵業の週の隙間を縫って、辞令が交付された。が、辞令自体は、探偵事務所の書類のどこかに紛れ込んでしまい、行方不明状態…彼女の目を使えば掘り起こされるのだろうが、藍自身は全く、その気がない…
「いらねぇよ。そんなモン」
 いつもの様に、ぶっきら棒に返す藍。
「…あ。この前視た、思念体の事、アップしないと…」
 と呟いたかと思うと、スマホを取り出す。
 藍が最近始めた趣味である『コミュ』の個人向け配信サービスである。
 藍はそこに「『青い不死鳥の物語』に関する私的考察及び考証」と言うページを開設し、今まで調査して来た『青い不死鳥の物語』の私的考察や、舞台となった地で見付けた青い鳥の思念体から得た情報、それらに関連した遺物や噂話、果てはグルメや観光地を紹介したページを作成し、暇を見付けては、思い付いた事や、思い出した事を思念として送っていたのだ。
「地域の有力者に目を付けられて、消されても知らないぞ」
 今回の工場への行き掛けに、藍は青い鳥の思念体を見付けていて接触していた。それがこの商店街の一角だった事を思い出し、白井は藍に注意を促す。
 しかし、帰って来た答えは、
「死ななきゃ治らん、『私的考察』だ」
 と、悪びれる様子もなく、藍はイタズラな笑みを見せる。
 これは白井にとっては、いつものやり取りになっていた。

 …商店街を抜ける手前…目の前に駅がある通りで信号待ちする二人…通行量の多い通りで信号は赤に変わったばかりだった…
「話があるんだ」
 意を決した様に白井が切り出す。
「何だ?」
 藍が言葉だけで返す。
「俺の予知の話だ」
「ほう。それは当てになるのか?」
「いや…別口での信用度は低い…」
「じゃあ、当てにならないか」
「そう言う訳じゃなくて…」
「…何だよ?あたしが関わっているのか?」
「あ、ああ。」
「それは興味があるな」
 笑みを見せつつ、白井の方に首を傾げる。
「その…俺の最後と思う場面で、お前らしい人物が出て来るんだ」
「…そうか…残念だ…」
「何でだよ?」
「だって、あたしは、お前に殺される事を望んでいるのに、どうやら、あたしが、お前を殺す事になるんだからな」
「そんな中味じゃねぇよ」
「じゃあ、どんなだよ?」
「…年を取ったお前らしい女性に泣かれながら、手を握られているんだ…」
「随分とありえん妄想だな」
「…その人の左手薬指に、俺が贈った指輪が嵌っていた…」
「…え?」
 白井の視線の先には、宝飾品店がある。
「…まさか…」
「…指のサイズ、教えてくれないか?」
 真剣な表情の白井。
「‼」
 それに思い切り視線を逸らす藍。
 …数秒の沈黙…
「済まん‼」
 赤信号が解除され、
「…指のサイズ、測った事ないんだ…」
 …流れ出す人ごみの中、藍の言葉が弱弱しく聞こえて来る…

 二人の関係は、こうして変化していくが、目に見える変化は、もう少し先の話だろう。
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