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18・命~みこと~
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思念体の鳳凰は青い光を放っていて、ゆっくりとした動作で藍の元に近付いて来る…動きとしては、首の長さからダチョウの様にも見えるが、長い尾羽を見るに孔雀にも見える…古の幻想生物としての『鳳凰』が存在するなら、こんな姿だろうと思わせる姿だった。
…木の影から首を伸ばし、鳳凰は嘴をこちらに向ける…
「受け入れた?」
藍も手を伸ばす。それが当たり前の行為であるかの様に…
周囲が暗転する。
「…葵の精神世界…」
記憶を封じたパターンでない事を察し、周囲を見渡す…と、一枚の青い鳥の羽根が藍の目の前に舞い降り、
「わ‼」
何処からともなく表れた青い鳥の羽根がその場で乱舞し、渦を巻く。
「…ぅわあ‼」
その中心に一人の少女が佇んでいる…半袖の白地に紺襟のセーラー服…胸元には臙脂色のスカーフが靡いており、昔、この学区の中学校が指定していた女子用半袖夏服だ…背格好は今の藍と同じくらいだろうか…髪は肩に掛かる程…手足は太く見えるが、それは胸が薄い為にそう見えているだけだろう…ただ、顔は藍が想像したままで、若かった頃の藍がメガネを外し、何割か増しに美少女化した様に感じる…
「…演出、ミスったかなぁ…?」
声は第一作目のアニメの声っぽく、今の彼女の姿にマッチしている…いや、この情景がアニメとして見えているなら合っているのだろうが、どうにも声優声だ。
「え~…と、ここに来て、あたしに触れた初めての人、こんにちは‼…こんにちは、で良いのかな…?…あたしはかって『鳳葵』と呼ばれていた者の思念です」
未だに、数枚の青い羽根が舞う中、少女…葵は藍に一礼する。
「あ、誤解のない様に忠告しておきますが、この姿はあなたの想像の中のあたしの姿なので、実際とはちょっと違っていると思います。一応、あなたが、あたしと認識できる姿って事なので…って、胸薄‼…いや、この位だったか…?」
胸元を撫でる葵の思念体は一人漫才を始め、思わず、藍が微笑んでしまう。
「まぁ、どういう経緯であたしを知ったのか?までは分かりませんが…言い方は悪いかもしれませんが、何の用でこんな地の果てまで?」
葵が胸元を見ていた目を、藍の方に向ける。
…そのままの数秒の沈黙が流れ…
「…え?受け答えできるパターン?」
藍の方が驚きの声を上げてしまい、
「え?今まではメッセージ式の思念体しか相手してなかったんですか?」
葵も驚きの声を上げる。
お互いが驚きの表情のまま、見つめ合う事、数秒…
「…プ‼」
「…ククク…」
…零れてしまった笑い声…そこからの藍の印象は目の前の少女を『始まりの少女』等と言う大層な存在ではなく、ただのその辺に居る女子中学生程度にしか思えなくなっていた。いや、むしろ、従妹か姪っ子程度の親しさすら感じさせる懐っこさがあった。
「…あたしは澤地藍、藍でいいわ。あなたの事は竹内橙子と愉快な仲間二名の記憶を元にした小説で知ったわ。」
「たけうちとうこ……あ、ミカンちゃんか‼」
「…ああ、橙からミカンね…」
「ミカンちゃんが小説家かぁ…って、愉快な仲間二名って?」
「ご近所さん」
「あ、ああ…何か、あの二人には物理的に悪いことしたなぁ…」
「そんな事ないよ。二人共、その後は充実と幸福の日々を送っていたし…」
「…後の世界にそんな事が知られる人生だったんですねぇ…」
「あ、ここまで知っているのは、その道の研究者やマニアくらいだから」
「藍さんはどっちですか?」
「ははは…マニアの方かな?」
「そうなんですか?」
「そうなの‼軽蔑する?」
「まさか‼逆にすごいですよ‼」
…こんなカンジの談笑をしていると、
「さて、ここまで来られたのでしたら、あたしに聞きたい事があるのでしょう?」
葵が足元に目線を移すと、その場にガーデンチェアとテーブルが現れる。
「答えられる範囲で良ければ、お話しますよ?」
と、葵は手前の椅子に腰を降ろし、藍に対面の椅子を勧める。
「…では、何故、世界に超能力を広めたの?」
腰を降ろして、藍がまず一言。
「他意はありません。世界がそうなる様に変わっただけですね。強いて言えば、あたしの意思が介入する余地はちょっとだけ時間を延ばす程度でした」
「八月三十一日、午前零時二分四十七秒…世界が変わり、世界に超能力が広がり始めた時間…シンデレラは随分と舞踏会に長居したモノね?」
「三分も経っていませんけど、それで世界が超能力世界に変わる訳ではありません」
「じゃあ、超能力世界に変異する事は決まっていた事態なの?」
「世界の若返りの条件が、あの時は超能力世界だっただけしょう。次に若返る時はもっと別の事象が起こると思います」
「どう変わるか?は分からないか…?」
「少なくとも、超能力を取り上げる事はないと思いますけどね」
「何で、そう思う?」
「あなたが現れている事が一番の理由ですね」
「つまり、世界が間違った変化をしていたら、人も住めない世界に変貌していた?」
「あり得ますよ?そもそも、あの時の若返りで人類が生き残る確率なんて、千年前にサハラ砂漠に落とした一カラット未満のダイヤの欠片を、目隠しした状態で、最初の一つまみの砂の中から見付けるより低いですから」
「ははは…そんな調整をあなたはやってのけたの?」
「あたしに備わった超能力はその為の能力だと思っています」
「あなたは人に可能性を見たのね?」
「あの当時の世界にも問題はありましたけど、乗り越えられると信じていました。まだ、その当時の問題が残っているかもしれませんし、新たな問題が発生しているかも知れませんが、それだって人の持つ能力…叡智や情熱…それらの団結で乗り越えられると思っています。その能力の中に超能力が含まれているならば…まぁ、当時のあたしなら乗り越えられると思っていました」
「あなた…いえ、鳳葵自身は、その目で未来を視れなかった事に後悔はなかった?」
「そりゃ、ありましたよ。でも、コンビニの募金や、おやつの盗み食い程度じゃ、あたしの予知は変わりませんでしたし、窃盗や詐欺…その逆の犯罪組織を摘発するなんて、大それた事をするつもりはありませんでしたし…」
「つまり、あなたは自らの予知に従った?」
と、身を乗り出す藍。
「それは結果的に、です。言っておきますが、世界の変化は、あたしの感覚で察知していましたし、若返りの為に、あたしの身体が必要である事も感じていました。予知は普段使いしていた訳ではありません…なんて言うのは卑怯ですし、結果論者の思惑に乗っているみたいで嫌ですけど、咄嗟に予知に頼れる程、あたしは器用ではありません」
葵は、それに臆する事無く答える。
「人生最後の瞬間の予知の記憶があったとしても?」
「あたしが、どれ程の修羅場を潜って来たか?あたしの小説にはどれだけの銃口や刃を向けられたかは書かれていませんでしたか?」
「その全てを返り討ちにして、予知通りの最後を迎えたのでは?」
「それは自らの死を前提とした行動があったとの勘違いがありますね?」
「勘違い?」
「だって、そうでしょう?まるで、あたしが結論ありきの人生を生きていた様に、あなたには見えていた様ですし、今も見えている。あたしは物語の様な作者に管理された主人公ではなく、誰の指導もないままに人生と言う舞台に放り出された一般人なんです」
葵の言葉にハッとなる藍。
「そもそも、あたしは超能力を普段使いしていた訳ではありませんよ?小説に書かれているあたしがどれ程に非常識でも、その切り取られた場面を、あたしの常識と思い込んではいませんでしたか?」
「そうか…あたしが…いや、あたし達が勝手に鳳葵を超人にしていた…」
『実在する架空の人物』は一般人ですよ」
「それこそ、法隆寺を建てたのは当時の大工さんって話しね」
「そのアホなぞなぞは健在ですか」
和解の笑顔を見せ合う二人。
「あなたは、あたしに歪な憧れを持っていたんですね?」
葵の問いに、
「世界中に居ると思うけど、あたしは依存症レベルね」
藍が答える。
「あたしと接触可能と言う事は、知覚拡張系の能力に特化している?」
「千里眼。しかも『現在視』限定。まぁ、視覚だけじゃなくて、全身で感じるけど…それと、思念体と接触できる…予知は全く使えない…あとは、それ程でもないわ」
「なるほど。だから超能力で未来が感じられない事に不安があったんですね?」
「能力の欠如が問題じゃない…あたしは色々と人生のやり方を失敗している」
「その責任をあたしに押し付けるのは止めて下さいね?」
「別にあなたの人生を追従している訳じゃない。周りがあなたの人生を賛美して、あなたの様にあれ、と囃し立てているだけ」
「自己犠牲精神?」
「社会の一員であるなら社会に貢献しなさいって事」
「え?藍さんって今、無職?」
「探偵。失せ物や失踪人専門の」
「それでやっていけているんですか?」
「あたし一人食べる位は…税金だって納めているし」
「そんな稼業が成立しているって事は、それなりに病んでる社会ですねぇ」
「病んでいる社会だからこそ、どんな手段を使ってでも、健康体に戻したいと願っている…それこそ、以前、見捨てた人材を使ってでも…」
…やがて、呟き声に変わる藍の感情が内に向かっていく…
「…彼らは、あたしの能力の使い方を未だに理解していない…それなのに、あたしを使おうとしている…ただ、試験の成績が良いだけの人材を…ただ、遠くを見る事ができるだけの人材を…ただ、その場の現状を知れるだけの人材を…その程度の能力なんて求められる訳がないって事も知りながら、ある筈のない可能性に賭けている…」
…そして、呟きを続ける藍の暗い表情と共に、周囲から闇が集まり…
「…古い思想に囚われた大人達を太らせる為に新しい叡智が使われる事に辟易していた…だから、省庁からの誘いを断った。あたし自身の能力はあたし自身の為に使いたい。そう願ってあたしの能力を十全に使える仕事を選んだ。なのに、それをバッサリと否定した」
…そこに臙脂色のスーツを着ている彼女が座っている事が認識できるが、まるで闇そのものとなった藍の姿がある…
「あたしがなりたいのは大人達の思惑に囚われた籠の鳥じゃない。都合も悪い事実を都合のいい言葉に変換する魔法の鏡でも、灰被りの少女の為に舞踏会行きの馬車に変えられるカボチャでも、ボタン一つでキレイな音を鳴らす青い鳥のオモチャでもない‼」
…語気が強まって行くに連れ、藍の身体に罅が入り、内側から光が漏れだし、
「そんな、おとぎ話のご都合アイテムなんかになりたかった訳じゃない‼大人が決めた何かになりたかった訳じゃないんだ‼何も出来ないあたしであっても、あたしはあたし自身でありたいんだあああぁぁあ‼」
絶叫と共に、藍の思念体が椅子から立ち上がり、思念体が爆発。
周囲を一瞬、彼女の願いの光が包み込み…
「…だから、あたしはあなたに憧れた…あなたの様に何かを成し遂げて消えたかった…あたしも十五歳で死にたかった…‼」
…光が収まると、そこには小学生ぐらいのセーラー服姿の藍が、その場に座り込んでいた…おそらく、最初に『青い不死鳥の物語』の映画を見た時の年齢と格好だろう…
「あたしは何時まで走り続ければ良い?あたしは何になれば良かったんだ?」
…近くに来ている葵を見上げて問う…メガネの奥に涙が見える…
「…十五年の人生しか生きていない、あたしに聞く事じゃないですが…」
と、座り込む藍と同じ目線に、葵がしゃがみ込むと、
「あなたの人生の果てにある大人を目指してください」
しっかりと目線を合わせて…それでも安心させてくれる笑みを、葵は見せる。
「あ、ごめんなさい‼こんな有り触れた言葉じゃ納得しませんよね?でも、あたしとしては、あなたを納得させられる最適解だと…」
と、すぐに、焦って訂正の意を示す。
「…そうだよね…でも、あなたと話をする事はあたしの人生の目標でもあったから…」
その変貌に、藍の表情が緩み、
「…解決策としては最適ではないかも知れませんが、あなたが否定しながらも心に響いた言葉を集めて、あなたなりの人生の指針を創り出せば良いと思います」
小さくなった藍の頭を葵は撫でる。
「あなたからは何か一言ないの?」
「ん~…偉業を成した後にも人生は続く…とか?」
「何です?それ」
「燃え尽き症候群に気を付けろ‼って事。それと…どうせなら一生続けられる生き甲斐を見付けるとか…?」
「二つ、ありますね」
「どっちかが、あなたに刺されば儲けものです。それであなたが人生を諦めずに生き続けられるなら、もう何言か贈りますよ?殆ど受け売りですが」
「充分です‼あなたが十五歳の平均的女子中学生だって忘れていました‼」
言いつつも、藍は立ち上がり、
「それを分かって頂ければ幸いです」
葵も立ち上がる…
…それからお互いの個人的な話と、『青い不死鳥の物語』の裏話で盛り上がった。特に葵役に小学校高学年の美少年を充てようとしたとか、逆に鳳葵が男だったと言う説の『青い不死鳥の物語』が企画されていたとか…
「何をどうすれば、あたしが男になるんだよ‼責任者、出て来い‼」
憤慨する葵だったが、藍には何となく、理解できていた…その胸の大きさだろうと…
すると葵が『青い不死鳥の物語』がどう言ったストーリーになっているのか?が気になったらしく、上映会を行う事となった…
内容は、藍の特別編集版で、藍なりの演出と台詞回し、カメラワークや特殊効果を多用した何処にも発表されていない映像作品となった。
「この場所で、こんな派手に暴れたかなぁ?」
「え?これ、緑ちゃん?カワイ過ぎない?」
最初の内は言葉を挟んで来た葵だったが、話が進むにつれ、言葉数がなくなり、ラストシーンの方では鼻をグズらせながら、泣き出す程に画面に夢中だった…
「…これって、本人の物語ですよね?」
「演出‼演出がエグい‼泣かせようと必死‼」
何処からか取り出したハンカチで、葵は涙を拭っている。
「はぁ~、娯楽作品」
「満足しました?」
「ええ‼充分、堪能した‼」
目元は赤くなっているが、葵は満足げな笑みを見せる。
「…それで質問があるんですが…」
「何?お礼に何でも答える」
「…茜についてです…」
と語ると、藍は傍に先ほどの映画に出演していた茜を立たせる。
「…映画でも思ったけど、ちょっと違和感ありますね…」
「あたしも所属していた大学の同好会の『部長』がモデルです。もちろん、映画用に何割かは美化していますが」
「…で?茜さんに、どんな嫌疑が?」
「ここで生活していたのは、本当に『徳原茜』だったんですか?」
真剣な眼差しを藍は、隣に座る葵に向ける。
「?茜さんの偽物が入れ替わっていた?だったら誰が?」
「三姉妹だったんですよね?」
「一卵性の茜さんと妹のアオイさんと…」
「二人の姉となる『ミドリ』です」
「え?名前どうして…?」
「…光の三原色の内の青と赤以外となれば緑だから」
「ああ、確かにさっきの映画でも言ってたね」
「そこで疑問に思ったんです。幾つかの場面で茜の性格が変わっている事」
「例えば?」
「緑の死後のシーンから…遺骨を埋葬した時は泣いていて、数日後に、さくらと殴り合いのケンカをしていた…感情的過ぎると思いませんか?」
「あれは、あたしもびっくりした」
「それ以前の茜は目立った行動を見せていません。原作の小説でも目立った動きと言えば『西陰生化学研究所』でパソコンを持ち出したくらいですが、あたしの遭遇した思念体の茜は主に医療方面を担当していた気がします。それは施術的な面でも交友関係的な面であってもです」
「つまり、『青い不死鳥の物語』には三人の『茜』さんがいた?」
「二卵性と言っても、それなりに似ているでしょう。まして、一卵性ともなると、本人確認が必要な程、そっくりだったと思います」
「…そこは考えてなかった…」
「茜は車も運転できます。あなたの目を盗んで入れ替わる事は容易だったでしょう」
「…まぁ、そうなんだけど…あたしの生理検査は誰がしたの?」
「あのシーンは作者の創作です。あなたの目がなかったでしょう?」
「でも、確かに、唾液は採取されたけど?」
「もう一人、医療従事者がいたでしょう?」
「あ‼アルバさん?」
「まぁ、試薬を入れてかき回す程度なら、ある程度の指導で出来ますけど」
「じゃあ、入れ替わったタイミングは?何時、誰と誰が?何の目的で?」
「それは…」
…こんなカンジの考察が続けられる…
「はぁ…随分と研究されているね」
呆れていると言うより、感心しきりの葵に対し、
「本人確認も取れて、あたしも満足です」
子供のままの藍が笑顔を見せる。
「さて、そろそろ、お開きとしましょう」
と、葵が椅子から立ち上がる。
「それ程、話し込んでいましたか?」
藍も同様に立ち上がると、
「これ以上、この世界に居ると向こうの世界での生活に支障が出るから」
葵が指差す先…藍の背後に光の出口が開けられる。
「名残惜しいなぁ」
「そうは言っても、仕方ない」
…出口に歩を向ける藍…
「あ、そうだ。緑から伝言‼」
と、踵を返し、
「え?」
その場の仕舞い支度を始めている葵が顔を上げる。
「『ありがとう』って‼ホントは『ごめんなさい』だけど、『ありがとう』って‼」
手を振って見せる藍。
「うん。受け取った」
藍の姿が緑と重なったか、葵は目元を擦る。
「あたしもありがとう‼」
やがて、藍が後ろ歩きで、背面の光に入る…
「あなたの人生とあなたの心が光である事を‼」
葵の言葉が、藍の耳に届く…
「おっと‼」
現実世界に感覚が戻り、藍は白井に抱えられる。
「ど…どれだけ時間が経過した?」
まるで全力疾走した直後の様に息を荒げる藍に、
「一秒も経っていない‼大丈夫か?」
肩を貸して、立たせる白井。
「も、もう充分だ…戻してくれ…‼」
「分かった‼」
もう片方の手で無線機に連絡を入れると、二人の身体はその場から消え去った…
…検疫検査の為に藍達はスリッパ姿で最初の部屋にいた…
…藍は椅子に座ってぐったりしている…
「お前…大丈夫なんだな?」
背もたれに身体を預け、天を仰いだままの藍に白井が問うと、
「心配しなくとも、死にはしない…ただ脳が酸欠状態だっただけだ」
息が落ち着いている藍が、そのまま呟き返す。
「どんな話をしたんだ?」
「報告義務はあるのか?」
「興味があるだけだ」
「燃え尽き症候群に注意しろと窘められた」
「お前が燃え尽きる程の何かを成し遂げたのか?」
「あと一生続けられる生き甲斐を見付けろと…」
「人生相談かよ?」
「十五歳の女子中学生相手に無様を晒したよ」
「…でも、後悔はない様だな?」
「ああ。二度とあの場所には行けないが、貴重な体験をした」
…藍は満足げな笑みを見せる…
ニュースで流れていたが、この『始まりの地』はダム湖として利用される事が決定している。実は、葵が削った領域にあった川が周辺に水害を与えていた為、迂回河川を造る計画があったのだが、工期と費用の問題からダム湖にする案が浮上。ただし、応急処置的に迂回河川を造る必要があり、現在はそちらに川の水が流されている。
しかし、環境問題的に、その川を本流として残すべきとの意見も浮上。それに、『始まりの地』に水を貯めた際、自重で地形に変化が起きる可能性もある事が指摘され、ダム湖案は一時凍結…このまま廃案になるかと思われた…が、ここに来て急浮上。
「ここに貴重なテレポーテーション能力者を置くのは、問題があったんだろうな」
近年、数時間置きの排水の為だけに、貴重なテレポーテーション能力者を配置する事に疑問を持つ勢力と、他の省庁から国土交通省へのテレポーテーション能力者の優遇的配置に不満が出た為、幾つかの窪地や貯水池の排水担当者の配置撤廃と共に、『始まりの地』もテレポーテーション能力者を引かせる事となった。
「まぁ、一説には『始まりの地』にヤバいモノを落としたから、それを掘り起こされたくないからダム湖案を通したって噂もあるが…」
ダム湖案が出た際に流れたゴシップを藍は思い起こして、呟く…
「こんこん」
そこに瀬怜奈の声。
「だから、素直にノックして」
「復活したわね…って人がいたの?」
瀬怜奈が部屋に入り、白井の存在に気付く。
「シロちゃん、靴、二足分持ってるでしょ?」
目線を向けると、瀬怜奈は二人の靴を持っている。
「いや、帰ったかと思って…」
「スリッパで帰る程の恥知らずじゃないからな」
近くの藍に彼女の靴が渡される。
「で?動けそう?」
白井に靴を渡しつつ、瀬怜奈は藍に尋ねると、
「ああ。長居して悪かった」
身体を起して、藍は靴を履く。
「それにしても、ここが閉鎖したら、こき使われるんだろうなぁ」
「世間の厳しさを知れよ」
「甘々な環境にどっぷりな、あんたに言われたくないわ」
…やがて、白井も靴を履いて、藍も椅子から立ち上がる。
「…では、外に…」
改まった口調の瀬怜奈…
「待て」
と、続く言葉を藍が止める。
「…跳ばしてほしい場所があるんだが…スマホは?」
「向こうで渡す予定なんだけど…どこ?あんたの家はダメよ。ちょっと遠いから」
そう言って、瀬怜奈は虚空から二人のスマホを取り出す。
「ああ。近場だが、住所が分からなくてな」
藍がスマホを受け取り、地図アプリで施設名を入力して場所を検索…
「ここだ」
グルグルの後に出て来たのは、ピンが差された地図。
「…え?ここ?」
思わず声を上げる瀬怜奈。
「動員を掛けられたか?」
怪訝な表情と声に、藍は察する。
「止めときな‼ヤバいよ‼あの彼も同伴なら尚更…」
思わず、瀬怜奈は藍に耳打ちするが、
「安心しろ。奴は今回の作戦から弾かれたらしい」
流した目線を、藍は白井に向ける。
「?どういう事だ?」
だが、当の白井は疑問の表情のまま…
「お前の例の組織は、お前程の念動力者をどれだけ抱えている?」
そんな彼にスマホを見せる。
「…お前、何処でこの情報を知った?」
…スマホの情報に、徐々に、白井の表情が険しくなる…
「ああ、例のロリが今、そこに居るからな」
「…ったく、だから、前線に出るなって、言ったのに…‼」
「楽しい事をやっている様だな。あたしも混ぜてくれよ」
「行かせられるか‼今ここは戦場だぞ‼」
大人の怒気を放つ白井。だが、
「いや。行かなきゃならないんだ」
…子供の…いや、藍自身の意思を乗せた言葉を放つ。
…数秒の沈黙…
「…申し訳ない…ツクモさん…向かってくれないか?」
…白井が諦めの吐息を漏らす…
「い、良いんですか?」
「こうなったら、聞かないからな。ここを出たらタクシーで向かい兼ねない」
諦めの吐息を漏らす白井と、得意げな笑みを見せる藍…
「…分かり合っているんですね…」
瀬怜奈も諦めの溜め息を零すと、
「こっちが汲み取る部分も多いですけどね」
「お察しします」
…互いに苦笑を浮かべる…
「では、私はここで‼」
一瞬で景色が変わり、外の陽光と自然の風を全身に感じる。
「ありがとうございます」
白井が一礼するが、
「帰りはこっちで手配するから」
藍は目的の施設に目線を向けている。
「…アレを守ってやってくださいね…」
「言われなくとも」
そんなやり取りをして、瀬怜奈は姿を消す。
「…さて…ロリに挨拶するか…」
歩き出す藍に
「こら‼先行するな‼」
白井が駆け出す…
…彼らが降り立ったのは、国立検疫研究所の地方支部だった…
「…無駄にセキュリティーが高いよなぁ…」
「外に漏らしちゃマズいモノもありますからね」
「こんな、のどかな田舎町に持ち込むなよな‼これ終わったら温泉入りたい‼」
「生き延びたらな‼それより、プロポーズの予定はあるか⁈」
「ねぇよ‼ってか、それって死亡フラフだろ⁈」
「無駄な思念を飛ばすな‼」
「テレパシーなんですから、雑念も入りますよ。あ~帰って推しの動画見たい‼」
少女達の所属する一団は研究所の各所に散っているが、守備隊の銃撃に侵攻を阻まれている状態だった。この場に攻勢が入ったのは彼女達の一団だけでではなく、他の省庁からの戦闘部隊も投入されていた。それぞれの動きから、自衛隊を主力とした攻勢側と、警察・公安を主力とした守備側と言った構図だったが、人員構成から旧CIAや『合州国』や『西アメリカ連邦』の傭兵が、どちらにも混じっている様だった。
「外人が邪魔だな‼戦地慣れしてやがる‼」
「まったくだ‼ヒトを撃つのに躊躇いがない‼」
「そこはフォーメーションで押さえろ‼ソロなら精神ジャミングを叩き込め‼」
少女の檄が飛ぶ。彼女も攻勢側とは別の通路の一角に身を潜めている…彼女の小さな身体を生かした階段の下の荷物の隙間だが…
「あ~!何でシライがいないんだよぉ‼」
「あいつが居れば念動力で一掃できるのに‼」
他の味方のぼやき思念が漏れる。
「居ない者に助けを求めるな‼」
「どうせ藍ちゃんとデートでしょ?羨ましい‼」
「あたしも藍ちゃんと仲良くなりたぁい♡」
「妙な思念を飛ばすな‼感覚共有で身体を支配して、お前を弾避けにするぞ‼」
「イヤぁん‼死んじゃう‼」
「止めて下さいよ‼こっちの人数は圧倒的に少ないんですから‼」
「分かっている‼とにかく防衛側を抑えろ‼無理なら息を潜めて気を窺え‼」
「りょ、了解‼」
と、少女が全員との思念を一旦解除…
「…あいつは今回、荒事には初参加か…何を基準にした人選だ?…」
…ふぅ…と一息漏らす少女…荷物の隙間から周辺を警戒する…と、
「はろ~。ロリちゃん」
階段の高い方に施工されたドアから藍が入って来る。
「かくれんぼかな?」
そして、迷いなく階段下の荷物の隙間から少女を見付ける。
「あ、あなた‼なんでここに?」
「パーティのお誘いがなかったから、腹いせに乱入してやった」
したり顔の藍に、
「そ、いや、それより…白井‼」
混乱の表情を一瞬見せる少女だったが、すぐに白井を叱責。
「すまん…だが、彼女の助けが必要になる」
だが、臆する事のない白井の言葉と表情は深刻で…
「どういう事だ?言葉で説明できるか?時間が掛かるなら念を送ってくれ」
「…信じられないかも知れないが…」
…そう言って、白井が少女に念を送る…と、
「な⁈マジか⁈」
驚愕の表情を見せる少女に、
「ここに鳳葵のクローンがいる」
藍が簡単に言葉にする。
…八月三十一日の午前零時少し前…
彼女を助けてくれたのは自衛隊の一人だった。
「あたしは消滅しなくてもいい?」
簡単な説明を受けて、運び込まれた特殊なカプセルに入れられた。ここに入っていれば世界は彼女を取り込まないらしい…代わりに別の何かが代用されるが、世界全体…こと地球上では何の問題もないだろうと…それによって世界に超能力が溢れるが、それも許容範囲内…彼女が気にする事ではない、と…
「全部嘘ですね」
カプセルから施設の専用の培養槽に移され、眠っていた彼女が目を覚ます。保護された頃に比べて、かなり伸びた髪は全身を覆っていて、培養液の対流と共に漂っている…
目覚めた理由は外の喧騒。派手な銃声と爆発音。それと共に聞こえる何かが吹き飛ばされて壁や床、天井に叩き付けられる音と悲鳴や呻き声。それと近付く気配…
「ここだな」
「おい。これ、パスワード以外に網膜認証があるぞ」
男女の声が微かに聞こえる…いや、彼らの思念を拾っているだけか…
「だったら、お前の実力でブチ破れ。タッチダウンは目前なんだ」
「…分かったよ」
女性に促された男性から高密度のエネルギーを感じ取る…念動力の準備だ…それも相当高出力の…思う間もなく、施設全体を揺るがす程の衝撃が起こり、目の前のドア中央部にコブが浮かび上がる。
「おう。持ち手が出来たじゃないか」
「無理矢理穴を開けただけだ。それに閂が掛かっていたら開かないぞ?」
「安心しろ。重量とモーターで閉めているだけだからな」
「それだって、どれだけの重量が…」
「そこまで言うなら、あたしも手伝うが?」
「やめろ‼怪我をさせたら…お前の面倒…一生見なけりゃならなくなる!」
男性の言葉と共に、目の前のドアがギギギ…と音を立てながら動きだし…
「ロリ…いや、ノワールの言葉を真に受けるのか?」
「知らない間に…婚姻届けなんて…出されたら…どうする?」
「即座に離婚調停を開いて慰謝料ぶん捕ってやるよ‼もちろん、お前からな‼」
「逆恨みは止めろ…‼」
…ドアの隙間から漏れる光の向こうに、女性の姿が見える…
「もうちょっとだ‼がんばれ‼」
隙間は既に二十センチ程開けられ、女性の方の身体だけなら通れるであろう広さが確保されている…やがて、更に二十センチ程が広げられ…
「ご苦労‼良くやった‼休みつつ周囲警戒‼」
労いの意思を感じ取れない、社交辞令な女性の言葉と共に、彼女…藍がドアの隙間から部屋に入って来る。
「初めまして‼あたしは澤地藍。藍と呼んで」
目の前の壁に埋め込まれた培養槽の四角い展示窓…そこに浮かぶ少女に藍はテレパシーを乗せて、声を掛ける。
…目の前の培養槽には一人の少女が浮いていた…それは今まで見て来た葵に共通する細身の体と整った顔立ちだったが、伸びた髪が黒い事から、思わず『黒ホリー』と呼びたくなってしまう容姿だった。
「あなたを助けに来た。あたし達の保護下に入って」
藍は続けて、テレパシーを飛ばす。しかし、
「ダメです‼あたし、ここから出られない‼」
返って来た念は、拒絶の表情が色濃く現れている。そして、その念の中に彼女に植え付けられた彼女なりの現状が含まれていた。
「…ここから出たら、世界が急変するだと…?」
…断片的な感情記憶から藍なりのSF知識を織り交ぜて補完した事情だと、葵を使わずに世界を若返らせる方法だと、世界は完全に若返っておらず、そのスピードは本来の域に到達していないらしい。しかし、ここで彼女が世界に姿を現わせば、一気に世界が変革するが、その余波で周辺は核爆発並の被害を受ける事になるらしい。現在、彼女を覆っている培養液は世界から彼女を隠す作用があるらしく、その中で彼女が老衰するまで生存していれば、世界は彼女を取り込む事を諦めるだろうと…
「随分とふざけた創作だな‼」
まず、世界を生物的に表現し過ぎている。これは『青い不死鳥の物語』の中で葵が『若返る』と表現した為だろう。この言葉に依存した上に利用している。次に世界…いや、宇宙の果てまで若返りが及んでいないと言う説。これは藍や他の『千里眼』能力者が星空を見上げながら観測している結果として否定されている。つまり、超能力が届かない範囲が存在しないと言う事。と同時に、宇宙の果ての観測に成功したと言う事だが、それは別の話…最後に彼女を覆っている培養液が世界から存在を隔絶する効果があると言う事。これは酷い。そんな液体が存在したとして、培養液と混合した状態で使用したなら、彼女の身体に影響が出ない筈がない。そして、現状の科学技術でそんな液体が開発できる筈がない。そもそも時空に干渉できるとされる念動力やテレポーテーション能力でも物質にその能力を付与する事は未だに不可能。まして、世界に干渉する超能力など葵ですら自分の身体を使って何とか成し得る程の技能だ…ちなみに残留思念はテレパシー系なので物理干渉系ではなく、エネルギー干渉系に分類される。
「昔のゲームの付与魔法とかってのを参考にしたんだろうな。葵の生きていた時代にそこそこ流行っていたらしいし」
藍は培養槽のクローン葵にこの設定を教えた人間が、バカなのか天才なのかと、正直、呆れてしまっていた。
だが、事態は悪化してしまう。
「…あたしはここの職員さんや職員さんの認めたヒト以外の誰かに会ったら、消滅する事になっているんです…」
クローン葵の言葉に戦慄が走る。
「理屈は分かりません。でも、そんな風にしないといけないと…心のどこかで…」
「待て待て‼本物の鳳葵はもっと理知的だったぞ‼」
「本物の鳳葵って何ですか⁈あたしが偽物だって言うんですか⁈遺伝子的に鳳葵だって証明されているあたしが‼」
と、正面からの念動力の圧力に、藍が吹き飛ばされ、転がりながら正面入り口のドアに叩き付けられる。
「おい‼大丈夫か⁈」
ドアの隙間から白井の声が聞こえる。さっきのやり取りを見ていた様だ。
「くっそぉ…まさか、自身の鳳葵否定宣告がトリガーになるとは…」
でんぐり返りのまま転がり、背中でドアに当たった事で、藍に目立つ怪我はない。
「悪い。クローン葵が暴走した」
「暴走?どういう事だ?」
「核自爆だ。施設諸共、証拠を隠滅する為の」
正面に見えるクローン葵の姿が、自ら生み出したと思われる泡に包まれている。
「…培養液の水分を水素と酸素に分解している…このままだと重水素を精製する…」
テレパシーで受け取った感情記憶の中に水からトリチウムを精製し、トリチウムから酸素原子を剥離する方法が紛れていた事を藍は思い起こす。
「…念動力の結界は…」
言いつつも、藍は白井が破壊したドアの破片の一つを掴み、正面に投げ付ける。と、破片は培養槽の二メートル程手前で弾かれ、藍の足元に転がり戻る…
「あの辺りまでなら、テレパシーは届くな」
それを確認して、藍は立ち上がり、
「出来れば、フォローを頼む」
一歩、藍はクローン葵の元に向かう。
「…うまく説得しろよ…」
諦めの吐息を漏らし、白井が頷く。
「…こんな事を考え付いたバカの追及は後だ…今はクローンを説得しないと…‼」
破片が弾かれた辺りまで歩を進めた藍は、改めて、結界の領域に身体を入れてみる。
「…感触としては磁石の反発だな…強い力があれば、強く反発するか…」
十センチ程は身体が入るが、それ以上は進めない状態だった。
「つまり、この領域がクローンの干渉帯…」
反発に耐えつつ、藍は瞼を閉ざし、念を送る。
「さっきの態度は無礼だった。謝る。だから、あたしの話を聞いてくれ」
純粋な言語テレパシー。凶悪な能力を持った失踪人と対峙した場合、相手の精神を逆撫でしない方法として、警察から教わった交渉術だった。下手に感情を混ぜると逆上し兼ねないし、同情しようものなら逆に操られかねないと教わっていた。
「あたしを否定する人と話す事はない‼」
強烈な感情の奔流が藍の意識に流れ込む。
「…では、あなたはどうありたい?生き続けたいと思わない?」
「そんな方法ある訳がない‼」
「確かに生物は死ぬ。病気でも事故でも老いただけでも死ぬ。でも、生きていれば、生きていて良かったと思える瞬間だってある」
自暴自棄で追い詰められた失踪人に向けるメッセージ例を丸パクリした言葉だ。藍自身も虫唾が走るキレイ事だと思っている。が、
「あたしには既にそんなモノはない‼それに世界が変わってからどれだけの時間が経過した⁈あたしに関わった人がどれだけ生き延びて、どれ程の感謝をして、どれだけあたしを恨んで死んでいった⁈」
藍の想いを代弁する様なクローンの罵声が聴覚神経を刺激したかと思うと、
「…あたしには過去の記憶がないんだ…」
藍の感覚がクローンの精神世界に引き込まれる。
…周囲は真っ白で、目の前にクローンが自身を模した葵が佇んでいる…
「…もしかしたら、あんたが言う通り、あたしはクローンかも知れない…そう思うと、あたしの存在している意味がなくなる…鳳葵としての意味が…」
…だが、語り掛けて来るのは、何処からか浮遊して、葵に纏わり付くクローン…
「…鳳葵としての意味…」
その言葉に、藍は気付く…クローンに掛けられた暗示の意味…
「…だからって、殺していい意味なんてあるかぁ‼」
その場に佇む葵に掴み掛かる藍。
「命だぞ⁈確かにそこにある感情も持っている命だぞ⁈簡単に死ぬように仕向けて、何がしたい⁈そこまでして自分達の虚栄心を満たしたいのか⁈そこまでして自分達の優位性を保ちたいのか⁈そこまでして事実を隠蔽したいか⁈そこまでして生き延びたいか⁈そこまでしてそこにある心を踏みにじるのかぁ‼」
藍が床面に葵を叩き付ける。しかし、
「どんなに喚いても、無駄だよ」
うっすらと笑みを見せる葵の言葉。
「あれの想いはあたしと同化している。あたしが知る情報こそが正しく、あたしの感情こそが正義だ…それに沿わない情報は間違いで、歯向かう感情は悪だ…」
…笑みを解かずに語る葵は機械的にも見える…
「人の話を聞かせろ‼」
と、藍が葵を強く床に叩き付け、
「…どうする…?」
…こちらのやり取りなど気にせずに宙を舞うクローンに目を向ける…
「…こちらにあたしを招いたと言う事は、あのコがあたしに何かを求めている…」
…地面に叩き伏せた葵とは対照的なクローンの表情…何処か物憂げで、何かを探す様に周囲を浮遊している…
「…命なら差し出せるが、この場では無理だ…あたしの持っている葵の知識は暗示で妨害されている…外の世界の素晴らしさを語る…そんな嘘の感情情報は通用しない…」
…案を出しては破棄する藍に、
「やっぱり無理なんだね?」
逆さまで顔を覗き込むクローン。
「じゃあ、いいや。さよなら」
クローンの言葉と共に、感覚が現実に戻され、
「うわあ‼」
弾かれて、後退る藍。
「大丈夫…」
声を掛ける白井だが、
「だから、話を聞けぇ‼決断を急ぐなぁ‼」
言い終える前に、藍がクローンに吶喊。
「…くっそぉ…あたしの何処が優秀なんだよぉ…咄嗟に最適解も出せやしない…‼」
…培養槽に向けて手を伸ばす藍が自責し始める…
「…ヤバいなぁ…培養液が相当量、分解している…」
…気が付くと、泡から発生した気体がクローンの肩口まで空間を広げている…
「…どうすれば良い…?…暗示の警戒を掻き潜り、あのコを納得させる答え…いや、欲しがっている言葉って何だ…?」
今更、物品の要求がない事は承知している…だからこそ…いや、今度こそ…
「間違っても良いから、納得する言葉を贈るんだぁ‼」
目の前の絶望している少女に思いを…声を届けたい‼
そこに、
「藍‼」
白井の声。
「行けぇ‼」
…延ばされた彼の手から放たれた念動力の膜と背中を押す風…
「…ああ…そうか…」
…期を逸して諦めていた感情とその時の想いが去来する…
そして培養槽に手が触れて、藍が思いの丈のテレパシーを送る。
「あなたの名前は命‼」
培養槽のクローンがビクッと反応。
「あなたが鳳葵のままでも構わない‼でも、あなたの名前は別‼」
続く藍の言葉に、クローンの念動の波動が止まり、
「…あたしが…ミコト…?」
藍の言葉に反応するクローン。
「そう。命と言う意味。古より神を現す言葉…最も尊いモノ…」
…優しい口調で、藍が解説を入れる…
「あたしは…命で…いいの?」
クローンの声の震えと共に、培養槽自体が震え始め…
「生きているから」
藍が心からの祝福の笑みを見せる。
途端、目の前の強化アクリルに罅が入り、粉々に砕け散ったかと思うと、中からクローン…命が飛び出して、藍に飛び付き、
「ありがとう‼あたしに名前をくれてありがとう‼」
押し倒した勢いのまま、泣き崩れる。
「ゆあうぇるかむだよ」
そして藍は命の頭を撫でながら、想う。
「まさか、愛の言霊が必要だったとはね」
…まるで、藍が書けなかった『青い不死鳥の物語』の幻のラストシーンの再来…
…それに、藍は少しだけ笑ってしまった…
…数分後、ノワールとその仲間達が駆け付け、彼らは命を保護した…
…木の影から首を伸ばし、鳳凰は嘴をこちらに向ける…
「受け入れた?」
藍も手を伸ばす。それが当たり前の行為であるかの様に…
周囲が暗転する。
「…葵の精神世界…」
記憶を封じたパターンでない事を察し、周囲を見渡す…と、一枚の青い鳥の羽根が藍の目の前に舞い降り、
「わ‼」
何処からともなく表れた青い鳥の羽根がその場で乱舞し、渦を巻く。
「…ぅわあ‼」
その中心に一人の少女が佇んでいる…半袖の白地に紺襟のセーラー服…胸元には臙脂色のスカーフが靡いており、昔、この学区の中学校が指定していた女子用半袖夏服だ…背格好は今の藍と同じくらいだろうか…髪は肩に掛かる程…手足は太く見えるが、それは胸が薄い為にそう見えているだけだろう…ただ、顔は藍が想像したままで、若かった頃の藍がメガネを外し、何割か増しに美少女化した様に感じる…
「…演出、ミスったかなぁ…?」
声は第一作目のアニメの声っぽく、今の彼女の姿にマッチしている…いや、この情景がアニメとして見えているなら合っているのだろうが、どうにも声優声だ。
「え~…と、ここに来て、あたしに触れた初めての人、こんにちは‼…こんにちは、で良いのかな…?…あたしはかって『鳳葵』と呼ばれていた者の思念です」
未だに、数枚の青い羽根が舞う中、少女…葵は藍に一礼する。
「あ、誤解のない様に忠告しておきますが、この姿はあなたの想像の中のあたしの姿なので、実際とはちょっと違っていると思います。一応、あなたが、あたしと認識できる姿って事なので…って、胸薄‼…いや、この位だったか…?」
胸元を撫でる葵の思念体は一人漫才を始め、思わず、藍が微笑んでしまう。
「まぁ、どういう経緯であたしを知ったのか?までは分かりませんが…言い方は悪いかもしれませんが、何の用でこんな地の果てまで?」
葵が胸元を見ていた目を、藍の方に向ける。
…そのままの数秒の沈黙が流れ…
「…え?受け答えできるパターン?」
藍の方が驚きの声を上げてしまい、
「え?今まではメッセージ式の思念体しか相手してなかったんですか?」
葵も驚きの声を上げる。
お互いが驚きの表情のまま、見つめ合う事、数秒…
「…プ‼」
「…ククク…」
…零れてしまった笑い声…そこからの藍の印象は目の前の少女を『始まりの少女』等と言う大層な存在ではなく、ただのその辺に居る女子中学生程度にしか思えなくなっていた。いや、むしろ、従妹か姪っ子程度の親しさすら感じさせる懐っこさがあった。
「…あたしは澤地藍、藍でいいわ。あなたの事は竹内橙子と愉快な仲間二名の記憶を元にした小説で知ったわ。」
「たけうちとうこ……あ、ミカンちゃんか‼」
「…ああ、橙からミカンね…」
「ミカンちゃんが小説家かぁ…って、愉快な仲間二名って?」
「ご近所さん」
「あ、ああ…何か、あの二人には物理的に悪いことしたなぁ…」
「そんな事ないよ。二人共、その後は充実と幸福の日々を送っていたし…」
「…後の世界にそんな事が知られる人生だったんですねぇ…」
「あ、ここまで知っているのは、その道の研究者やマニアくらいだから」
「藍さんはどっちですか?」
「ははは…マニアの方かな?」
「そうなんですか?」
「そうなの‼軽蔑する?」
「まさか‼逆にすごいですよ‼」
…こんなカンジの談笑をしていると、
「さて、ここまで来られたのでしたら、あたしに聞きたい事があるのでしょう?」
葵が足元に目線を移すと、その場にガーデンチェアとテーブルが現れる。
「答えられる範囲で良ければ、お話しますよ?」
と、葵は手前の椅子に腰を降ろし、藍に対面の椅子を勧める。
「…では、何故、世界に超能力を広めたの?」
腰を降ろして、藍がまず一言。
「他意はありません。世界がそうなる様に変わっただけですね。強いて言えば、あたしの意思が介入する余地はちょっとだけ時間を延ばす程度でした」
「八月三十一日、午前零時二分四十七秒…世界が変わり、世界に超能力が広がり始めた時間…シンデレラは随分と舞踏会に長居したモノね?」
「三分も経っていませんけど、それで世界が超能力世界に変わる訳ではありません」
「じゃあ、超能力世界に変異する事は決まっていた事態なの?」
「世界の若返りの条件が、あの時は超能力世界だっただけしょう。次に若返る時はもっと別の事象が起こると思います」
「どう変わるか?は分からないか…?」
「少なくとも、超能力を取り上げる事はないと思いますけどね」
「何で、そう思う?」
「あなたが現れている事が一番の理由ですね」
「つまり、世界が間違った変化をしていたら、人も住めない世界に変貌していた?」
「あり得ますよ?そもそも、あの時の若返りで人類が生き残る確率なんて、千年前にサハラ砂漠に落とした一カラット未満のダイヤの欠片を、目隠しした状態で、最初の一つまみの砂の中から見付けるより低いですから」
「ははは…そんな調整をあなたはやってのけたの?」
「あたしに備わった超能力はその為の能力だと思っています」
「あなたは人に可能性を見たのね?」
「あの当時の世界にも問題はありましたけど、乗り越えられると信じていました。まだ、その当時の問題が残っているかもしれませんし、新たな問題が発生しているかも知れませんが、それだって人の持つ能力…叡智や情熱…それらの団結で乗り越えられると思っています。その能力の中に超能力が含まれているならば…まぁ、当時のあたしなら乗り越えられると思っていました」
「あなた…いえ、鳳葵自身は、その目で未来を視れなかった事に後悔はなかった?」
「そりゃ、ありましたよ。でも、コンビニの募金や、おやつの盗み食い程度じゃ、あたしの予知は変わりませんでしたし、窃盗や詐欺…その逆の犯罪組織を摘発するなんて、大それた事をするつもりはありませんでしたし…」
「つまり、あなたは自らの予知に従った?」
と、身を乗り出す藍。
「それは結果的に、です。言っておきますが、世界の変化は、あたしの感覚で察知していましたし、若返りの為に、あたしの身体が必要である事も感じていました。予知は普段使いしていた訳ではありません…なんて言うのは卑怯ですし、結果論者の思惑に乗っているみたいで嫌ですけど、咄嗟に予知に頼れる程、あたしは器用ではありません」
葵は、それに臆する事無く答える。
「人生最後の瞬間の予知の記憶があったとしても?」
「あたしが、どれ程の修羅場を潜って来たか?あたしの小説にはどれだけの銃口や刃を向けられたかは書かれていませんでしたか?」
「その全てを返り討ちにして、予知通りの最後を迎えたのでは?」
「それは自らの死を前提とした行動があったとの勘違いがありますね?」
「勘違い?」
「だって、そうでしょう?まるで、あたしが結論ありきの人生を生きていた様に、あなたには見えていた様ですし、今も見えている。あたしは物語の様な作者に管理された主人公ではなく、誰の指導もないままに人生と言う舞台に放り出された一般人なんです」
葵の言葉にハッとなる藍。
「そもそも、あたしは超能力を普段使いしていた訳ではありませんよ?小説に書かれているあたしがどれ程に非常識でも、その切り取られた場面を、あたしの常識と思い込んではいませんでしたか?」
「そうか…あたしが…いや、あたし達が勝手に鳳葵を超人にしていた…」
『実在する架空の人物』は一般人ですよ」
「それこそ、法隆寺を建てたのは当時の大工さんって話しね」
「そのアホなぞなぞは健在ですか」
和解の笑顔を見せ合う二人。
「あなたは、あたしに歪な憧れを持っていたんですね?」
葵の問いに、
「世界中に居ると思うけど、あたしは依存症レベルね」
藍が答える。
「あたしと接触可能と言う事は、知覚拡張系の能力に特化している?」
「千里眼。しかも『現在視』限定。まぁ、視覚だけじゃなくて、全身で感じるけど…それと、思念体と接触できる…予知は全く使えない…あとは、それ程でもないわ」
「なるほど。だから超能力で未来が感じられない事に不安があったんですね?」
「能力の欠如が問題じゃない…あたしは色々と人生のやり方を失敗している」
「その責任をあたしに押し付けるのは止めて下さいね?」
「別にあなたの人生を追従している訳じゃない。周りがあなたの人生を賛美して、あなたの様にあれ、と囃し立てているだけ」
「自己犠牲精神?」
「社会の一員であるなら社会に貢献しなさいって事」
「え?藍さんって今、無職?」
「探偵。失せ物や失踪人専門の」
「それでやっていけているんですか?」
「あたし一人食べる位は…税金だって納めているし」
「そんな稼業が成立しているって事は、それなりに病んでる社会ですねぇ」
「病んでいる社会だからこそ、どんな手段を使ってでも、健康体に戻したいと願っている…それこそ、以前、見捨てた人材を使ってでも…」
…やがて、呟き声に変わる藍の感情が内に向かっていく…
「…彼らは、あたしの能力の使い方を未だに理解していない…それなのに、あたしを使おうとしている…ただ、試験の成績が良いだけの人材を…ただ、遠くを見る事ができるだけの人材を…ただ、その場の現状を知れるだけの人材を…その程度の能力なんて求められる訳がないって事も知りながら、ある筈のない可能性に賭けている…」
…そして、呟きを続ける藍の暗い表情と共に、周囲から闇が集まり…
「…古い思想に囚われた大人達を太らせる為に新しい叡智が使われる事に辟易していた…だから、省庁からの誘いを断った。あたし自身の能力はあたし自身の為に使いたい。そう願ってあたしの能力を十全に使える仕事を選んだ。なのに、それをバッサリと否定した」
…そこに臙脂色のスーツを着ている彼女が座っている事が認識できるが、まるで闇そのものとなった藍の姿がある…
「あたしがなりたいのは大人達の思惑に囚われた籠の鳥じゃない。都合も悪い事実を都合のいい言葉に変換する魔法の鏡でも、灰被りの少女の為に舞踏会行きの馬車に変えられるカボチャでも、ボタン一つでキレイな音を鳴らす青い鳥のオモチャでもない‼」
…語気が強まって行くに連れ、藍の身体に罅が入り、内側から光が漏れだし、
「そんな、おとぎ話のご都合アイテムなんかになりたかった訳じゃない‼大人が決めた何かになりたかった訳じゃないんだ‼何も出来ないあたしであっても、あたしはあたし自身でありたいんだあああぁぁあ‼」
絶叫と共に、藍の思念体が椅子から立ち上がり、思念体が爆発。
周囲を一瞬、彼女の願いの光が包み込み…
「…だから、あたしはあなたに憧れた…あなたの様に何かを成し遂げて消えたかった…あたしも十五歳で死にたかった…‼」
…光が収まると、そこには小学生ぐらいのセーラー服姿の藍が、その場に座り込んでいた…おそらく、最初に『青い不死鳥の物語』の映画を見た時の年齢と格好だろう…
「あたしは何時まで走り続ければ良い?あたしは何になれば良かったんだ?」
…近くに来ている葵を見上げて問う…メガネの奥に涙が見える…
「…十五年の人生しか生きていない、あたしに聞く事じゃないですが…」
と、座り込む藍と同じ目線に、葵がしゃがみ込むと、
「あなたの人生の果てにある大人を目指してください」
しっかりと目線を合わせて…それでも安心させてくれる笑みを、葵は見せる。
「あ、ごめんなさい‼こんな有り触れた言葉じゃ納得しませんよね?でも、あたしとしては、あなたを納得させられる最適解だと…」
と、すぐに、焦って訂正の意を示す。
「…そうだよね…でも、あなたと話をする事はあたしの人生の目標でもあったから…」
その変貌に、藍の表情が緩み、
「…解決策としては最適ではないかも知れませんが、あなたが否定しながらも心に響いた言葉を集めて、あなたなりの人生の指針を創り出せば良いと思います」
小さくなった藍の頭を葵は撫でる。
「あなたからは何か一言ないの?」
「ん~…偉業を成した後にも人生は続く…とか?」
「何です?それ」
「燃え尽き症候群に気を付けろ‼って事。それと…どうせなら一生続けられる生き甲斐を見付けるとか…?」
「二つ、ありますね」
「どっちかが、あなたに刺されば儲けものです。それであなたが人生を諦めずに生き続けられるなら、もう何言か贈りますよ?殆ど受け売りですが」
「充分です‼あなたが十五歳の平均的女子中学生だって忘れていました‼」
言いつつも、藍は立ち上がり、
「それを分かって頂ければ幸いです」
葵も立ち上がる…
…それからお互いの個人的な話と、『青い不死鳥の物語』の裏話で盛り上がった。特に葵役に小学校高学年の美少年を充てようとしたとか、逆に鳳葵が男だったと言う説の『青い不死鳥の物語』が企画されていたとか…
「何をどうすれば、あたしが男になるんだよ‼責任者、出て来い‼」
憤慨する葵だったが、藍には何となく、理解できていた…その胸の大きさだろうと…
すると葵が『青い不死鳥の物語』がどう言ったストーリーになっているのか?が気になったらしく、上映会を行う事となった…
内容は、藍の特別編集版で、藍なりの演出と台詞回し、カメラワークや特殊効果を多用した何処にも発表されていない映像作品となった。
「この場所で、こんな派手に暴れたかなぁ?」
「え?これ、緑ちゃん?カワイ過ぎない?」
最初の内は言葉を挟んで来た葵だったが、話が進むにつれ、言葉数がなくなり、ラストシーンの方では鼻をグズらせながら、泣き出す程に画面に夢中だった…
「…これって、本人の物語ですよね?」
「演出‼演出がエグい‼泣かせようと必死‼」
何処からか取り出したハンカチで、葵は涙を拭っている。
「はぁ~、娯楽作品」
「満足しました?」
「ええ‼充分、堪能した‼」
目元は赤くなっているが、葵は満足げな笑みを見せる。
「…それで質問があるんですが…」
「何?お礼に何でも答える」
「…茜についてです…」
と語ると、藍は傍に先ほどの映画に出演していた茜を立たせる。
「…映画でも思ったけど、ちょっと違和感ありますね…」
「あたしも所属していた大学の同好会の『部長』がモデルです。もちろん、映画用に何割かは美化していますが」
「…で?茜さんに、どんな嫌疑が?」
「ここで生活していたのは、本当に『徳原茜』だったんですか?」
真剣な眼差しを藍は、隣に座る葵に向ける。
「?茜さんの偽物が入れ替わっていた?だったら誰が?」
「三姉妹だったんですよね?」
「一卵性の茜さんと妹のアオイさんと…」
「二人の姉となる『ミドリ』です」
「え?名前どうして…?」
「…光の三原色の内の青と赤以外となれば緑だから」
「ああ、確かにさっきの映画でも言ってたね」
「そこで疑問に思ったんです。幾つかの場面で茜の性格が変わっている事」
「例えば?」
「緑の死後のシーンから…遺骨を埋葬した時は泣いていて、数日後に、さくらと殴り合いのケンカをしていた…感情的過ぎると思いませんか?」
「あれは、あたしもびっくりした」
「それ以前の茜は目立った行動を見せていません。原作の小説でも目立った動きと言えば『西陰生化学研究所』でパソコンを持ち出したくらいですが、あたしの遭遇した思念体の茜は主に医療方面を担当していた気がします。それは施術的な面でも交友関係的な面であってもです」
「つまり、『青い不死鳥の物語』には三人の『茜』さんがいた?」
「二卵性と言っても、それなりに似ているでしょう。まして、一卵性ともなると、本人確認が必要な程、そっくりだったと思います」
「…そこは考えてなかった…」
「茜は車も運転できます。あなたの目を盗んで入れ替わる事は容易だったでしょう」
「…まぁ、そうなんだけど…あたしの生理検査は誰がしたの?」
「あのシーンは作者の創作です。あなたの目がなかったでしょう?」
「でも、確かに、唾液は採取されたけど?」
「もう一人、医療従事者がいたでしょう?」
「あ‼アルバさん?」
「まぁ、試薬を入れてかき回す程度なら、ある程度の指導で出来ますけど」
「じゃあ、入れ替わったタイミングは?何時、誰と誰が?何の目的で?」
「それは…」
…こんなカンジの考察が続けられる…
「はぁ…随分と研究されているね」
呆れていると言うより、感心しきりの葵に対し、
「本人確認も取れて、あたしも満足です」
子供のままの藍が笑顔を見せる。
「さて、そろそろ、お開きとしましょう」
と、葵が椅子から立ち上がる。
「それ程、話し込んでいましたか?」
藍も同様に立ち上がると、
「これ以上、この世界に居ると向こうの世界での生活に支障が出るから」
葵が指差す先…藍の背後に光の出口が開けられる。
「名残惜しいなぁ」
「そうは言っても、仕方ない」
…出口に歩を向ける藍…
「あ、そうだ。緑から伝言‼」
と、踵を返し、
「え?」
その場の仕舞い支度を始めている葵が顔を上げる。
「『ありがとう』って‼ホントは『ごめんなさい』だけど、『ありがとう』って‼」
手を振って見せる藍。
「うん。受け取った」
藍の姿が緑と重なったか、葵は目元を擦る。
「あたしもありがとう‼」
やがて、藍が後ろ歩きで、背面の光に入る…
「あなたの人生とあなたの心が光である事を‼」
葵の言葉が、藍の耳に届く…
「おっと‼」
現実世界に感覚が戻り、藍は白井に抱えられる。
「ど…どれだけ時間が経過した?」
まるで全力疾走した直後の様に息を荒げる藍に、
「一秒も経っていない‼大丈夫か?」
肩を貸して、立たせる白井。
「も、もう充分だ…戻してくれ…‼」
「分かった‼」
もう片方の手で無線機に連絡を入れると、二人の身体はその場から消え去った…
…検疫検査の為に藍達はスリッパ姿で最初の部屋にいた…
…藍は椅子に座ってぐったりしている…
「お前…大丈夫なんだな?」
背もたれに身体を預け、天を仰いだままの藍に白井が問うと、
「心配しなくとも、死にはしない…ただ脳が酸欠状態だっただけだ」
息が落ち着いている藍が、そのまま呟き返す。
「どんな話をしたんだ?」
「報告義務はあるのか?」
「興味があるだけだ」
「燃え尽き症候群に注意しろと窘められた」
「お前が燃え尽きる程の何かを成し遂げたのか?」
「あと一生続けられる生き甲斐を見付けろと…」
「人生相談かよ?」
「十五歳の女子中学生相手に無様を晒したよ」
「…でも、後悔はない様だな?」
「ああ。二度とあの場所には行けないが、貴重な体験をした」
…藍は満足げな笑みを見せる…
ニュースで流れていたが、この『始まりの地』はダム湖として利用される事が決定している。実は、葵が削った領域にあった川が周辺に水害を与えていた為、迂回河川を造る計画があったのだが、工期と費用の問題からダム湖にする案が浮上。ただし、応急処置的に迂回河川を造る必要があり、現在はそちらに川の水が流されている。
しかし、環境問題的に、その川を本流として残すべきとの意見も浮上。それに、『始まりの地』に水を貯めた際、自重で地形に変化が起きる可能性もある事が指摘され、ダム湖案は一時凍結…このまま廃案になるかと思われた…が、ここに来て急浮上。
「ここに貴重なテレポーテーション能力者を置くのは、問題があったんだろうな」
近年、数時間置きの排水の為だけに、貴重なテレポーテーション能力者を配置する事に疑問を持つ勢力と、他の省庁から国土交通省へのテレポーテーション能力者の優遇的配置に不満が出た為、幾つかの窪地や貯水池の排水担当者の配置撤廃と共に、『始まりの地』もテレポーテーション能力者を引かせる事となった。
「まぁ、一説には『始まりの地』にヤバいモノを落としたから、それを掘り起こされたくないからダム湖案を通したって噂もあるが…」
ダム湖案が出た際に流れたゴシップを藍は思い起こして、呟く…
「こんこん」
そこに瀬怜奈の声。
「だから、素直にノックして」
「復活したわね…って人がいたの?」
瀬怜奈が部屋に入り、白井の存在に気付く。
「シロちゃん、靴、二足分持ってるでしょ?」
目線を向けると、瀬怜奈は二人の靴を持っている。
「いや、帰ったかと思って…」
「スリッパで帰る程の恥知らずじゃないからな」
近くの藍に彼女の靴が渡される。
「で?動けそう?」
白井に靴を渡しつつ、瀬怜奈は藍に尋ねると、
「ああ。長居して悪かった」
身体を起して、藍は靴を履く。
「それにしても、ここが閉鎖したら、こき使われるんだろうなぁ」
「世間の厳しさを知れよ」
「甘々な環境にどっぷりな、あんたに言われたくないわ」
…やがて、白井も靴を履いて、藍も椅子から立ち上がる。
「…では、外に…」
改まった口調の瀬怜奈…
「待て」
と、続く言葉を藍が止める。
「…跳ばしてほしい場所があるんだが…スマホは?」
「向こうで渡す予定なんだけど…どこ?あんたの家はダメよ。ちょっと遠いから」
そう言って、瀬怜奈は虚空から二人のスマホを取り出す。
「ああ。近場だが、住所が分からなくてな」
藍がスマホを受け取り、地図アプリで施設名を入力して場所を検索…
「ここだ」
グルグルの後に出て来たのは、ピンが差された地図。
「…え?ここ?」
思わず声を上げる瀬怜奈。
「動員を掛けられたか?」
怪訝な表情と声に、藍は察する。
「止めときな‼ヤバいよ‼あの彼も同伴なら尚更…」
思わず、瀬怜奈は藍に耳打ちするが、
「安心しろ。奴は今回の作戦から弾かれたらしい」
流した目線を、藍は白井に向ける。
「?どういう事だ?」
だが、当の白井は疑問の表情のまま…
「お前の例の組織は、お前程の念動力者をどれだけ抱えている?」
そんな彼にスマホを見せる。
「…お前、何処でこの情報を知った?」
…スマホの情報に、徐々に、白井の表情が険しくなる…
「ああ、例のロリが今、そこに居るからな」
「…ったく、だから、前線に出るなって、言ったのに…‼」
「楽しい事をやっている様だな。あたしも混ぜてくれよ」
「行かせられるか‼今ここは戦場だぞ‼」
大人の怒気を放つ白井。だが、
「いや。行かなきゃならないんだ」
…子供の…いや、藍自身の意思を乗せた言葉を放つ。
…数秒の沈黙…
「…申し訳ない…ツクモさん…向かってくれないか?」
…白井が諦めの吐息を漏らす…
「い、良いんですか?」
「こうなったら、聞かないからな。ここを出たらタクシーで向かい兼ねない」
諦めの吐息を漏らす白井と、得意げな笑みを見せる藍…
「…分かり合っているんですね…」
瀬怜奈も諦めの溜め息を零すと、
「こっちが汲み取る部分も多いですけどね」
「お察しします」
…互いに苦笑を浮かべる…
「では、私はここで‼」
一瞬で景色が変わり、外の陽光と自然の風を全身に感じる。
「ありがとうございます」
白井が一礼するが、
「帰りはこっちで手配するから」
藍は目的の施設に目線を向けている。
「…アレを守ってやってくださいね…」
「言われなくとも」
そんなやり取りをして、瀬怜奈は姿を消す。
「…さて…ロリに挨拶するか…」
歩き出す藍に
「こら‼先行するな‼」
白井が駆け出す…
…彼らが降り立ったのは、国立検疫研究所の地方支部だった…
「…無駄にセキュリティーが高いよなぁ…」
「外に漏らしちゃマズいモノもありますからね」
「こんな、のどかな田舎町に持ち込むなよな‼これ終わったら温泉入りたい‼」
「生き延びたらな‼それより、プロポーズの予定はあるか⁈」
「ねぇよ‼ってか、それって死亡フラフだろ⁈」
「無駄な思念を飛ばすな‼」
「テレパシーなんですから、雑念も入りますよ。あ~帰って推しの動画見たい‼」
少女達の所属する一団は研究所の各所に散っているが、守備隊の銃撃に侵攻を阻まれている状態だった。この場に攻勢が入ったのは彼女達の一団だけでではなく、他の省庁からの戦闘部隊も投入されていた。それぞれの動きから、自衛隊を主力とした攻勢側と、警察・公安を主力とした守備側と言った構図だったが、人員構成から旧CIAや『合州国』や『西アメリカ連邦』の傭兵が、どちらにも混じっている様だった。
「外人が邪魔だな‼戦地慣れしてやがる‼」
「まったくだ‼ヒトを撃つのに躊躇いがない‼」
「そこはフォーメーションで押さえろ‼ソロなら精神ジャミングを叩き込め‼」
少女の檄が飛ぶ。彼女も攻勢側とは別の通路の一角に身を潜めている…彼女の小さな身体を生かした階段の下の荷物の隙間だが…
「あ~!何でシライがいないんだよぉ‼」
「あいつが居れば念動力で一掃できるのに‼」
他の味方のぼやき思念が漏れる。
「居ない者に助けを求めるな‼」
「どうせ藍ちゃんとデートでしょ?羨ましい‼」
「あたしも藍ちゃんと仲良くなりたぁい♡」
「妙な思念を飛ばすな‼感覚共有で身体を支配して、お前を弾避けにするぞ‼」
「イヤぁん‼死んじゃう‼」
「止めて下さいよ‼こっちの人数は圧倒的に少ないんですから‼」
「分かっている‼とにかく防衛側を抑えろ‼無理なら息を潜めて気を窺え‼」
「りょ、了解‼」
と、少女が全員との思念を一旦解除…
「…あいつは今回、荒事には初参加か…何を基準にした人選だ?…」
…ふぅ…と一息漏らす少女…荷物の隙間から周辺を警戒する…と、
「はろ~。ロリちゃん」
階段の高い方に施工されたドアから藍が入って来る。
「かくれんぼかな?」
そして、迷いなく階段下の荷物の隙間から少女を見付ける。
「あ、あなた‼なんでここに?」
「パーティのお誘いがなかったから、腹いせに乱入してやった」
したり顔の藍に、
「そ、いや、それより…白井‼」
混乱の表情を一瞬見せる少女だったが、すぐに白井を叱責。
「すまん…だが、彼女の助けが必要になる」
だが、臆する事のない白井の言葉と表情は深刻で…
「どういう事だ?言葉で説明できるか?時間が掛かるなら念を送ってくれ」
「…信じられないかも知れないが…」
…そう言って、白井が少女に念を送る…と、
「な⁈マジか⁈」
驚愕の表情を見せる少女に、
「ここに鳳葵のクローンがいる」
藍が簡単に言葉にする。
…八月三十一日の午前零時少し前…
彼女を助けてくれたのは自衛隊の一人だった。
「あたしは消滅しなくてもいい?」
簡単な説明を受けて、運び込まれた特殊なカプセルに入れられた。ここに入っていれば世界は彼女を取り込まないらしい…代わりに別の何かが代用されるが、世界全体…こと地球上では何の問題もないだろうと…それによって世界に超能力が溢れるが、それも許容範囲内…彼女が気にする事ではない、と…
「全部嘘ですね」
カプセルから施設の専用の培養槽に移され、眠っていた彼女が目を覚ます。保護された頃に比べて、かなり伸びた髪は全身を覆っていて、培養液の対流と共に漂っている…
目覚めた理由は外の喧騒。派手な銃声と爆発音。それと共に聞こえる何かが吹き飛ばされて壁や床、天井に叩き付けられる音と悲鳴や呻き声。それと近付く気配…
「ここだな」
「おい。これ、パスワード以外に網膜認証があるぞ」
男女の声が微かに聞こえる…いや、彼らの思念を拾っているだけか…
「だったら、お前の実力でブチ破れ。タッチダウンは目前なんだ」
「…分かったよ」
女性に促された男性から高密度のエネルギーを感じ取る…念動力の準備だ…それも相当高出力の…思う間もなく、施設全体を揺るがす程の衝撃が起こり、目の前のドア中央部にコブが浮かび上がる。
「おう。持ち手が出来たじゃないか」
「無理矢理穴を開けただけだ。それに閂が掛かっていたら開かないぞ?」
「安心しろ。重量とモーターで閉めているだけだからな」
「それだって、どれだけの重量が…」
「そこまで言うなら、あたしも手伝うが?」
「やめろ‼怪我をさせたら…お前の面倒…一生見なけりゃならなくなる!」
男性の言葉と共に、目の前のドアがギギギ…と音を立てながら動きだし…
「ロリ…いや、ノワールの言葉を真に受けるのか?」
「知らない間に…婚姻届けなんて…出されたら…どうする?」
「即座に離婚調停を開いて慰謝料ぶん捕ってやるよ‼もちろん、お前からな‼」
「逆恨みは止めろ…‼」
…ドアの隙間から漏れる光の向こうに、女性の姿が見える…
「もうちょっとだ‼がんばれ‼」
隙間は既に二十センチ程開けられ、女性の方の身体だけなら通れるであろう広さが確保されている…やがて、更に二十センチ程が広げられ…
「ご苦労‼良くやった‼休みつつ周囲警戒‼」
労いの意思を感じ取れない、社交辞令な女性の言葉と共に、彼女…藍がドアの隙間から部屋に入って来る。
「初めまして‼あたしは澤地藍。藍と呼んで」
目の前の壁に埋め込まれた培養槽の四角い展示窓…そこに浮かぶ少女に藍はテレパシーを乗せて、声を掛ける。
…目の前の培養槽には一人の少女が浮いていた…それは今まで見て来た葵に共通する細身の体と整った顔立ちだったが、伸びた髪が黒い事から、思わず『黒ホリー』と呼びたくなってしまう容姿だった。
「あなたを助けに来た。あたし達の保護下に入って」
藍は続けて、テレパシーを飛ばす。しかし、
「ダメです‼あたし、ここから出られない‼」
返って来た念は、拒絶の表情が色濃く現れている。そして、その念の中に彼女に植え付けられた彼女なりの現状が含まれていた。
「…ここから出たら、世界が急変するだと…?」
…断片的な感情記憶から藍なりのSF知識を織り交ぜて補完した事情だと、葵を使わずに世界を若返らせる方法だと、世界は完全に若返っておらず、そのスピードは本来の域に到達していないらしい。しかし、ここで彼女が世界に姿を現わせば、一気に世界が変革するが、その余波で周辺は核爆発並の被害を受ける事になるらしい。現在、彼女を覆っている培養液は世界から彼女を隠す作用があるらしく、その中で彼女が老衰するまで生存していれば、世界は彼女を取り込む事を諦めるだろうと…
「随分とふざけた創作だな‼」
まず、世界を生物的に表現し過ぎている。これは『青い不死鳥の物語』の中で葵が『若返る』と表現した為だろう。この言葉に依存した上に利用している。次に世界…いや、宇宙の果てまで若返りが及んでいないと言う説。これは藍や他の『千里眼』能力者が星空を見上げながら観測している結果として否定されている。つまり、超能力が届かない範囲が存在しないと言う事。と同時に、宇宙の果ての観測に成功したと言う事だが、それは別の話…最後に彼女を覆っている培養液が世界から存在を隔絶する効果があると言う事。これは酷い。そんな液体が存在したとして、培養液と混合した状態で使用したなら、彼女の身体に影響が出ない筈がない。そして、現状の科学技術でそんな液体が開発できる筈がない。そもそも時空に干渉できるとされる念動力やテレポーテーション能力でも物質にその能力を付与する事は未だに不可能。まして、世界に干渉する超能力など葵ですら自分の身体を使って何とか成し得る程の技能だ…ちなみに残留思念はテレパシー系なので物理干渉系ではなく、エネルギー干渉系に分類される。
「昔のゲームの付与魔法とかってのを参考にしたんだろうな。葵の生きていた時代にそこそこ流行っていたらしいし」
藍は培養槽のクローン葵にこの設定を教えた人間が、バカなのか天才なのかと、正直、呆れてしまっていた。
だが、事態は悪化してしまう。
「…あたしはここの職員さんや職員さんの認めたヒト以外の誰かに会ったら、消滅する事になっているんです…」
クローン葵の言葉に戦慄が走る。
「理屈は分かりません。でも、そんな風にしないといけないと…心のどこかで…」
「待て待て‼本物の鳳葵はもっと理知的だったぞ‼」
「本物の鳳葵って何ですか⁈あたしが偽物だって言うんですか⁈遺伝子的に鳳葵だって証明されているあたしが‼」
と、正面からの念動力の圧力に、藍が吹き飛ばされ、転がりながら正面入り口のドアに叩き付けられる。
「おい‼大丈夫か⁈」
ドアの隙間から白井の声が聞こえる。さっきのやり取りを見ていた様だ。
「くっそぉ…まさか、自身の鳳葵否定宣告がトリガーになるとは…」
でんぐり返りのまま転がり、背中でドアに当たった事で、藍に目立つ怪我はない。
「悪い。クローン葵が暴走した」
「暴走?どういう事だ?」
「核自爆だ。施設諸共、証拠を隠滅する為の」
正面に見えるクローン葵の姿が、自ら生み出したと思われる泡に包まれている。
「…培養液の水分を水素と酸素に分解している…このままだと重水素を精製する…」
テレパシーで受け取った感情記憶の中に水からトリチウムを精製し、トリチウムから酸素原子を剥離する方法が紛れていた事を藍は思い起こす。
「…念動力の結界は…」
言いつつも、藍は白井が破壊したドアの破片の一つを掴み、正面に投げ付ける。と、破片は培養槽の二メートル程手前で弾かれ、藍の足元に転がり戻る…
「あの辺りまでなら、テレパシーは届くな」
それを確認して、藍は立ち上がり、
「出来れば、フォローを頼む」
一歩、藍はクローン葵の元に向かう。
「…うまく説得しろよ…」
諦めの吐息を漏らし、白井が頷く。
「…こんな事を考え付いたバカの追及は後だ…今はクローンを説得しないと…‼」
破片が弾かれた辺りまで歩を進めた藍は、改めて、結界の領域に身体を入れてみる。
「…感触としては磁石の反発だな…強い力があれば、強く反発するか…」
十センチ程は身体が入るが、それ以上は進めない状態だった。
「つまり、この領域がクローンの干渉帯…」
反発に耐えつつ、藍は瞼を閉ざし、念を送る。
「さっきの態度は無礼だった。謝る。だから、あたしの話を聞いてくれ」
純粋な言語テレパシー。凶悪な能力を持った失踪人と対峙した場合、相手の精神を逆撫でしない方法として、警察から教わった交渉術だった。下手に感情を混ぜると逆上し兼ねないし、同情しようものなら逆に操られかねないと教わっていた。
「あたしを否定する人と話す事はない‼」
強烈な感情の奔流が藍の意識に流れ込む。
「…では、あなたはどうありたい?生き続けたいと思わない?」
「そんな方法ある訳がない‼」
「確かに生物は死ぬ。病気でも事故でも老いただけでも死ぬ。でも、生きていれば、生きていて良かったと思える瞬間だってある」
自暴自棄で追い詰められた失踪人に向けるメッセージ例を丸パクリした言葉だ。藍自身も虫唾が走るキレイ事だと思っている。が、
「あたしには既にそんなモノはない‼それに世界が変わってからどれだけの時間が経過した⁈あたしに関わった人がどれだけ生き延びて、どれ程の感謝をして、どれだけあたしを恨んで死んでいった⁈」
藍の想いを代弁する様なクローンの罵声が聴覚神経を刺激したかと思うと、
「…あたしには過去の記憶がないんだ…」
藍の感覚がクローンの精神世界に引き込まれる。
…周囲は真っ白で、目の前にクローンが自身を模した葵が佇んでいる…
「…もしかしたら、あんたが言う通り、あたしはクローンかも知れない…そう思うと、あたしの存在している意味がなくなる…鳳葵としての意味が…」
…だが、語り掛けて来るのは、何処からか浮遊して、葵に纏わり付くクローン…
「…鳳葵としての意味…」
その言葉に、藍は気付く…クローンに掛けられた暗示の意味…
「…だからって、殺していい意味なんてあるかぁ‼」
その場に佇む葵に掴み掛かる藍。
「命だぞ⁈確かにそこにある感情も持っている命だぞ⁈簡単に死ぬように仕向けて、何がしたい⁈そこまでして自分達の虚栄心を満たしたいのか⁈そこまでして自分達の優位性を保ちたいのか⁈そこまでして事実を隠蔽したいか⁈そこまでして生き延びたいか⁈そこまでしてそこにある心を踏みにじるのかぁ‼」
藍が床面に葵を叩き付ける。しかし、
「どんなに喚いても、無駄だよ」
うっすらと笑みを見せる葵の言葉。
「あれの想いはあたしと同化している。あたしが知る情報こそが正しく、あたしの感情こそが正義だ…それに沿わない情報は間違いで、歯向かう感情は悪だ…」
…笑みを解かずに語る葵は機械的にも見える…
「人の話を聞かせろ‼」
と、藍が葵を強く床に叩き付け、
「…どうする…?」
…こちらのやり取りなど気にせずに宙を舞うクローンに目を向ける…
「…こちらにあたしを招いたと言う事は、あのコがあたしに何かを求めている…」
…地面に叩き伏せた葵とは対照的なクローンの表情…何処か物憂げで、何かを探す様に周囲を浮遊している…
「…命なら差し出せるが、この場では無理だ…あたしの持っている葵の知識は暗示で妨害されている…外の世界の素晴らしさを語る…そんな嘘の感情情報は通用しない…」
…案を出しては破棄する藍に、
「やっぱり無理なんだね?」
逆さまで顔を覗き込むクローン。
「じゃあ、いいや。さよなら」
クローンの言葉と共に、感覚が現実に戻され、
「うわあ‼」
弾かれて、後退る藍。
「大丈夫…」
声を掛ける白井だが、
「だから、話を聞けぇ‼決断を急ぐなぁ‼」
言い終える前に、藍がクローンに吶喊。
「…くっそぉ…あたしの何処が優秀なんだよぉ…咄嗟に最適解も出せやしない…‼」
…培養槽に向けて手を伸ばす藍が自責し始める…
「…ヤバいなぁ…培養液が相当量、分解している…」
…気が付くと、泡から発生した気体がクローンの肩口まで空間を広げている…
「…どうすれば良い…?…暗示の警戒を掻き潜り、あのコを納得させる答え…いや、欲しがっている言葉って何だ…?」
今更、物品の要求がない事は承知している…だからこそ…いや、今度こそ…
「間違っても良いから、納得する言葉を贈るんだぁ‼」
目の前の絶望している少女に思いを…声を届けたい‼
そこに、
「藍‼」
白井の声。
「行けぇ‼」
…延ばされた彼の手から放たれた念動力の膜と背中を押す風…
「…ああ…そうか…」
…期を逸して諦めていた感情とその時の想いが去来する…
そして培養槽に手が触れて、藍が思いの丈のテレパシーを送る。
「あなたの名前は命‼」
培養槽のクローンがビクッと反応。
「あなたが鳳葵のままでも構わない‼でも、あなたの名前は別‼」
続く藍の言葉に、クローンの念動の波動が止まり、
「…あたしが…ミコト…?」
藍の言葉に反応するクローン。
「そう。命と言う意味。古より神を現す言葉…最も尊いモノ…」
…優しい口調で、藍が解説を入れる…
「あたしは…命で…いいの?」
クローンの声の震えと共に、培養槽自体が震え始め…
「生きているから」
藍が心からの祝福の笑みを見せる。
途端、目の前の強化アクリルに罅が入り、粉々に砕け散ったかと思うと、中からクローン…命が飛び出して、藍に飛び付き、
「ありがとう‼あたしに名前をくれてありがとう‼」
押し倒した勢いのまま、泣き崩れる。
「ゆあうぇるかむだよ」
そして藍は命の頭を撫でながら、想う。
「まさか、愛の言霊が必要だったとはね」
…まるで、藍が書けなかった『青い不死鳥の物語』の幻のラストシーンの再来…
…それに、藍は少しだけ笑ってしまった…
…数分後、ノワールとその仲間達が駆け付け、彼らは命を保護した…
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