『青い不死鳥の物語』に関する私的考察及び考証

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17・こうして少女は世界を変えて…

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 …『始まりの地』へ向かう日がやって来た…
「前日入りか?」
 その提案をしたのは白井の方だった。既に、切符もホテルも手配済み。
「何か、隠していないか?」
 手際の良さに藍は疑いの目を向けてしまう。
「いや、こっちも急遽、予定がキャンセルになったんだよ」
 不満げな表情を隠そうともしない白井に、
「…宮仕えは、辛いなぁ…」
 藍の嫌味が一言。二人は改札に向かう。
「今回は襲撃されないな?」
「そうそうないぞ」

 …列車の旅も、宿泊した宿も問題なく経過し、ホテルをチェックアウト…
「『始まりの地』まではタクシーか?」
 ホテルの正面入り口に横付けされたタクシーのドアが開かれる。
「知っているだろ?あそこまでの公共交通機関がないって」
 白井が藍を急かす様にタクシーの奥に座らせると、
「『始まりの地』まで」
「ハイ」
 白井の言葉にドアが閉まり、タクシーが動きだす。
 …到着するまでの間に、藍は最後の『青い不死鳥の物語』の追想を始める…

 …海兵隊は最後の一人となっていた…位置的には葵の元に向かう茜を追っていて、既に周囲は白一色の世界に変貌していた…海兵隊派遣の名目はテロリストの排除と葵の保護…葵は今回の米軍壊滅の首謀者の娘でテロ組織の首謀者との交渉に必要と命令を受けていた。もちろん、米国作戦本部のでっち上げだ。
「…‼近付いている?」
 足音に茜は自動小銃を水平掃射。当たった事で最後の海兵隊員が呻き声を上げる。
「…YES‼I GOT IT‼」
 ガッツポーズで振り返り、葵の元に…しかし、
「…ぐ‼」
 一発の銃弾が、茜の背に命中。
「…ぐぁあ‼」
 再度、振り返って、弾倉の弾が尽きるまで、掃射を掛ける…
 …息を荒げながら、次がない事を確認して、自動小銃をその場に落とすと、
「…うぅ…」
 …家の壁に手を付けて、光の中心である葵の元まで歩き出す…
「?誰か居るんですか?」
 葵の声が聞こえる。十メートルは離れているだろうか…
「…っくそぉ…女の背中を撃つなんて…サイテーの軍隊ね…」
 …手を着いているだけだった茜が壁に持たれながら葵の近くまで到着…
「茜さん‼」
 葵にも茜の声が届き、声の方向に顔を向ける。
「…くっそぉ…即死じゃないけど…致命傷だ…これ…」
 …背中から貫通した痛みは間違いなく主要な内臓を傷めている…壁に背を持たれて、茜はその場の路面に腰を降ろす…
「何で戻って来たんですか⁈」
「…言いたい事…あったから…」
「だからって…分かっているんですか?あたしが皆を転送した理由が⁈」
「…何なの?…聞いてあげる…」
「あたしが世界を変える時のエネルギーで、この周辺は跡形もなく吹き飛びます。その影響があるのが役場に出した避難領域なんです」
「…あんた一人が…消えるだけじゃ…済まないか…」
「…あたしにはもう、茜さんを転送させる力が残っていません…」
「…あたしも…永くはないから…」
「無茶をしたからです‼何ですか⁈さっきの銃撃戦は⁈」
「…STATESの…REVENGEよ…SEALSが…」
「いつもは、その程度、あたしならどうにか出来るって…」
「…葵…言わなきゃいけない事があるの…」
 葵の言葉を遮る茜の声に
「‼」
 葵も言葉を止めてしまう。
…怯えていた…黙って転送した事…叱られると思った…勝手な事をした事を…
 しかし、
「おめでとう」
 素直な茜の祝いの言葉。
「…あんた…MENTHが来たのよ…」
「え?」
「…JAPANでは…お祝いするんでしょ…?だから、おめでとう…」
 見えない茜が、葵には微笑んでいる様に感じる。
「…だから、お赤飯だったんですか?何処で調べたんですか?」
 そんな茜に、葵は笑み混じりに応じる。
「でも、あたしの身体…生理が来ているんですよね?」
「…実感は…ないだろうけど…女性ホルモンが…」
「…おかしな事ですね…」
「…何で?」
「だって、あたしの物質としての身体は世界を変える為に消滅しようとしているのに、生命体としての身体は次代を繋ぐ準備が出来ているなんて…」
「…そもそも…その年齢で…MENTHがないなんて…おかしいでしょ…?」
「抑えていたんです。どうせ出来ないから」
「…それが…何で…?」
「…気が緩んだんですね…結局、この状況を避けられなかったから…」
「…ねぇ、葵…大人になったら…何になりたい…?」
「…来世ですか…?」
「…違う…大人になったら…?」
「あ、緑ちゃんは学校の先生になりたいって、言ってました。あたしはその夢に便乗して、子供達に超能力を教えてほしかった…」
「…違う…あんたの将来…?」
「あ、あたしは…」
 …そこで語られた葵の夢は、その当時の中学生女子にとって、ごく有り触れた将来の姿…あまりに有り触れた面白みのない…ほんの少し遠くて、誰もが夢見る憧れ…
「…応援してる…」
 納得の茜の言葉に、
「ありがとうございます」
 葵から笑顔が零れる。
「…それにしても…AOIに悪いことしたなぁ…」
 やがて、背を立たせる事も辛くなり、茜はその場に倒れ込む。
「それは、実の妹さんですか?」
「…良く知ってたわね…?」
「『三つ子』の『第二子』と『第三子』がテレパシーで繋がっているんですよね?」
「…光の三原色が…名前の由来って…MAMが言ってた…」
「素敵な由来ですね」
「…まさか…二人もアオイって…SISTERが出来るとは…」
 茜が苦笑を浮かばせるが、笑い声が出てこない。
「その関係も能力も羨ましいです」
「…そんな事ない…これを知る前は混乱した…AOIの経験が…あたしの経験と混じって…AKANEの経験か…AOIの経験か…分からなくなって…」
「…あたしとまともにテレパシーを使える相手は緑ちゃんだけだったんです…緑ちゃんが居なくなってからは誰かと心を繋ぐ事がなくて…」
「あんた達は…ちゃんと…お互いが…分かっていたのね…?」
「だから、あたし、世界中の皆と分かり合いたいんです‼」
 葵の言葉と共に、彼女の身体から発する光が強さを増し、
「その為なら、あたしの恥も罪も晒しても構わない‼」
 続く言葉で、葵の胸元から青い球状の光が浮かぶ。
「…そんな事…させない…」
 …対する茜の意識は朦朧としているたが、葵の言葉は確かに聞き取れていて…
「‼」
 一瞬、ハッとなる葵。
「ありがとう」
 その言葉と共に、青い光が膨張…一瞬、お互いの姿が視えた気がした…
それは、感謝と納得の笑みを見せる葵と茜の姿で、
「そうか…あんたもあたしも…寂しかったんだな…」
 …茜の心の呟きが葵にも届いて来る…

 …やがて、葵から生まれた光の一条が天に昇って拡散される…ただ、葵が向いていた方向が西側だった事もあり、青い光は日本海を渡り、東アジアから全世界へと青い鳥の姿となって広がって行く…その時代にとっての奇蹟を伴って…

「チョモランマ登頂‼」
 一つの登山家パーティが通信でベースキャンプに報告。
「よ~し‼じゃあ、気を付けて戻って来いよ‼」
 キャンプの仕切り役の声が無線機から聞こえる。
「了解‼すぐに戻る‼」
 攻略隊の隊長らしき男性が無線を切ると、
「野郎共‼キャンプの連中を驚かせてやろうぜ‼」
 …数々の装備を外した素っ裸の山男達が、そのままの姿で山を駆け下りて行った…
 …途中、女性だけのパーティに注意され、パンツだけ穿いて戻って来たらしいが…

「あははは‼すごい、すご~い‼」
「ほら!こんなに高く飛べるよ‼」
「俺は速く飛べるぜ‼」
 高山地帯に住む子供達が自らの念動力で、空を自由に跳び回っている。
「あんまりはしゃいでると…ああ‼もう‼」
「高く飛び過ぎたらダメよ~‼」
 その後を、母親達がフォローする様に跳び回っている。
「…これで少しは便利になると思ったけど…」
「子供の面倒は相変わらずか‼」
 それぞれの母親達は、顔を見合わせ笑っていた。
「でも、子供達の未来は広がった」
 …笑顔の中には、そんな想いが含まれていた…

「これから俺達が街を仕切らせてもらう‼」
 十数人のギャング達が都市の警察署を超能力を使って襲撃している。
「こっちはあの力に対抗できる者は居ないのか⁈」
 警察署の署長が次々と倒される署員たちを前に絶体絶命の状態。
 そこに、
「ぐああぁ‼」
 ギャングの後ろの数人が吹き飛ばされ、次々と、薙ぎ払われていく。
「な、何だ?」
 最後の一人…リーダー格の男の胸倉が掴み上げられ、
「フン‼」
 そのまま片手で振り回され、床に叩き付けられる。
「え?あ…」
 愕然となる署長の前に佇んでいたのは、
「…ったく、大人しく、年金暮らしも出来ねぇのか…」
 一人の老人…顔は老け過ぎていても体は筋骨隆々…
「あ‼あんた…」
 署長が顔を覚えていた。三年前に警察を定年退職した男性だった。
「おう‼遅れて悪かったな。先に市役所の方を片付けていたからな」
 と、振り返り、
「今回はボランティアって事にしておいてやる」
 右手にサムズアップして、颯爽と警察署から立ち去って行った…

 …大都会の別の警察署…
 資料室の一角…殺人事件の捜査資料が入った箱の中味を窓際捜査員の二人が調べている。資料整理を言い付かっている様だ。
「ああ…そう言えば、こんな事件あったな」
 一人はベテラン風…近々、定年間近の恰幅の良い男性。
「そう言えば、当時、話題になってましたね?」
 もう一人は中年の冴えないカンジのメガネの男性。
「…ふむ…ん?」
 調書を眺めるベテランの勘が閃く。
「どうしました?」
 メガネが問うと、
「こいつだ‼こいつが犯人だ‼」
 ベテランが写真に写る一人を指差す。
「?突然、何を言って…」
 メガネも写真を覗き込むと、
「…あ‼ホントだ‼彼が殺したんだ‼」
 ベテラン以上に興奮して写真を見入る。
「こうしちゃおれん‼証拠を消される前に押さえるぞ‼」
「ええ‼彼はまだ持っていますね‼そう言う癖がありますから‼」
 資料整理を放り出し、二人は逮捕へと向かう…
「敵は取ってやるからな」
 …被害に遭った少女の顔を思い浮べ、ベテランが心の中で呟く…
後日、証拠と自供により、二十年間未解決だった殺人事件はベテラン刑事の有終の美を飾る功績として解決に至った。

 干ばつが、一つの村を襲っていた。
 空は一面に晴れ渡り、周囲の草花は枯れ、井戸の水も、ため池も、近くを流れる川からも水の気配が消えていた…
かつて、花が咲き乱れていた枯草の大地に少女が祈りを捧げていた。この場所で祈る事は彼女の日課になっていた…少女にはそれしか出来なかったから…
「あ」
 と、少女の声。
 その頬に一粒の雨が落ちる…やがて、周囲からボタボタと重い雨音が聞こえ、乾いて白けて見える大地を本来の土気色に変えて行く…
「…あ…あああ…」
 …少女は目を開けて、厚い雲の広がる空を見入る…
「神様。雨を与えてくれて…私の願いを叶えてくれて、ありがとう」
その瞳に入る雨粒を気にする事なく、少女は涙と共に空を見上げていた。

 …奇蹟は十二時間程掛けて、日本に戻って来る…
「あ‼」
 授業中の教室で、ゆかりとれもんが声を上げる。
「どうした?」
 授業を担当する教師が声を掛ける。
「あ、いえ…」
「何でもありませ…」
 言葉を言い切る前に、二人の目から涙が溢れる。
「え?やだ?何?」
「ご、ごめん‼ホントになんでも…」
 …感情を伴った涙である事は分かっている二人…理由の分からない悲しみに二人はただ嗚咽を繰り返すしかなかった…

 そして、最後の光が一人の少女の元に届く。
「え?」
 夏休み最後の一日を、友達と過ごしていた彼女。
 彼女もまた突然に襲ってきた想いに涙を流し出す。
「…え?どうしたの?」
 周囲の友達の一人がその涙に気付く。
「分からない…分からないけど…」
 涙は頬を伝い、ポタポタと地面に落ちる。
「…あたしの大切な誰かがいなくなった…」
 気丈に、悲しみを押し殺すが、
「…その誰かが分からないのに…すごく悲しいの…」
 耐え切れず、その場にしゃがみ込むと、
「…すごく悲しいよ…」
 …そのまま、泣き崩れてしまう…
 …この少女こそ、『青い不死鳥の物語』の作者であるが、それは書かれていない…
 …この情景描写の後に、物語を締めくくるモノローグがある…

「着きました」
 タクシー運転手の声が聞こえる。
 二人はタクシーを降りて、金網フェンスに開けられたドアの前…そこに横付けされているプレハブに向かう。
「『始まりの地』…噂に聞いていたが、何もないな」
 藍の瞳に映るのは、プレハブ以外は、高さ三メートル程の金網フェンスが左右に伸びているだけの光景だった。
「ようこそ」
 と、最近、聞いた事のある女性の声が聞こえる。
「シロちゃん」
 銀髪ツインテールの女性…瀬怜奈がいつの間にか佇んでいた。
「入場手続きがありますので、私の方にお集まりください」
 丁寧に一礼する瀬怜奈に駆け寄る白井と、歩み寄る藍。
「ここで働いてたの?」
 決まっているブレザー姿の瀬怜奈に声を掛けると、
「ここではシロちゃんはナシ」
 ウィンクして返す瀬怜奈。程なく、白井も集まった事を認識し、
「では事務所にテレポーテーション致します」
 瀬怜奈の言葉から一拍のテンポで、周囲の光景が一変。パイプ椅子と長机が人数分置かれているだけの殺風景な一室に到着する。
「え~…申し込み上の責任者の方…」
「お…私です」
「宣誓書を書いて欲しいのですが」
「あ、はい」
 そう言われて、白井は別室に連れて行かれる。
「…あたしは放置か…」
 部屋に残された藍は、誰にとでもなくボヤく。
「…ここで書けばいいだろうに、用意が悪いな…」
 近くのパイプ椅子に腰を降ろすと、
「…そもそも、あの戦闘シーンはおかしいんだよな…」
 …海兵隊&『特務』と、茜達の戦闘シーンを考察する…
「…いくら葵が記憶操作していたとしても、銃声や発破の音は響いていた筈なのに、あの日の夜は誰もその音を聞いていないとの証言がある…それに海兵隊に貸し出した装備類の貸与証書は?それを申請するのに、どれだけの時間が掛かると思っている?それを考慮に入れていない話の作り方は岳石南花のやり方じゃない…」
 …物語の流れが、何としても茜達を殉死させたいと言う執念を感じる…確かに、歴史上、彼らは存在していない…だからこそ、歴史の表舞台に立たせない様に彼らを殺した…最も簡単な創作されたキャラクターの始末の仕方だ…それに散り様をドラマチックに見せれば読者を容易に惹き付けられる。掴みで驚かせ、時に笑わせ、涙で落とす。何とも読ませる者に優しい手慣れた物語だろうか…国語のテストで良く問われる「全体を通して、作者は何を言いたいのでしょうか?」の解答を素直に返せる作品に成り下がっている。
 それは『Aアンサー・売れる作品に仕上がった。』だ。
 高尚な文学性は必要ない。娯楽性に特化していれば充分。史実性も不要。後は歴史学者が勝手に突き止めるから、参考資料程度に他のメディアに名前を出してくれれば著作使用料で儲けられる。実に合理的で低俗な寄生虫の太らせ方だ。
「…岳石南花なら、もっと別の方法を考えるか…?」
 例えば、茜達を生かす方向…例えば、交戦していたのは海兵隊と自衛隊だった…例えば、他の超能力者の支援があって世界が変わった…そう、例えば…
「…葵が生きていた…」
 藍は即座に否定する。
「葵は死んだんじゃなく、消えたんだ」
 実際、葵の消滅で世界は変わった。しかも、物質としての彼女は消えただろうが、魂…いや、彼女の心は残っている…奇蹟的に出会い、岳石南花となった三人の想いを込めて、人々の心にも残され、この世界の何処か…いや、この世界の全てに彼女の想いが存在している…だから、『青い不死鳥の物語』で、葵は自らの未来の果てを『死』ではなく『消滅』と呼んでいた。
「…自分の行いで世界に干渉可能な場面を見せるのが『予知』なのか…?」
 そこで視た未来が変更可能な分岐点…その果てが『死』であり、存在の『消滅』。
「こんこん」
 瀬怜奈の声。
「普通にノックして」
 藍が答えると、
「聞こえない事、たまにあったじゃん」
 瀬怜奈が入室。
「まぁ、あの頃は子供だったから…興味があったモノを視てたからねぇ…」
 藍の言葉を無視して、瀬怜奈は空いている椅子に座る。
「いや~、一介のマニアがここまで来るとは思わなかったよ」
「無理をしたご褒美だよ。そうでもなきゃおねだり出来ないよ」
「へぇ。彼ってそんな権力、持っているんだ?」
「あいつ自身じゃないよ。あいつのバックがデカ過ぎるんだ」
「ちなみに何処?」
 身を乗り出す瀬怜奈。
「…うん…」
 …その姿勢に、藍は周囲を見渡すと、
「…深入りしない方が良いぞ…」
 藍が耳元で囁き、
「別の所で話せないか?」
 顔を放して、普通の声で提案。

「外輪部はこうなっているのかぁ」
 藍と瀬怜奈は文部省が管轄している『始まりの地』の敷地内…金網フェンスの内側の一角に居た。瀬怜奈のテレポーテーションで連れて来られたその場所…足元はアスファルトで、左側にはコンクリートを直方体状に切り出した巨大なため池があり、右側の三メートル先はそこが見えない程の絶壁が、巨大な円を描く様に広がっている。いや、実際は底が見えているのかも知れないが、それが底なのかの認識が出来ない程の大きさである…
「藍ちゃんは良く、あんな怪しいヤツと一緒に居られるよね?」
 訝し気な表情のまま、瀬怜奈が言葉を向けると、
「便利だぜ?いざとなったら命捨てて守ってくれる」
 藍は絶壁の際に配されている縁石に乗る。
「それは便利って言うの?」
「目の前で死なれるのは困るけどな」
 藍が縁石の上を歩き出す。
「危ないよ?」
「落ちても、助けてくれるんだろ?」
「助けなかったら?」
「その時は下で感謝するさ」
 …腕を広げバランスを取って歩く藍…
「自殺抑止の暗示が解けているのね」
「そう言う人間は入れないか?」
「そんな事はないけど、滞在時間の制限が短くなるかもね」
「安心しろ。ここでは死なないさ」
「そう願いたいわ」
 …陰鬱な表情で、瀬怜奈が溜め息…
「白井の組織が気になるか?」
「気にしているのは殿上人…大臣や高級官僚あたりね」
「だったら、そいつらに深入りするなと言っておけ」
「あなたの目でも追跡できないの?」
「あたしは彼らの前に現れたからな。多少は警戒されている」
 と、藍がクルッと瀬怜奈の方を向き、
「面白いぞ?奴ら、普段は官僚や町役場、一般企業や自営業、果てはニートしながら生活しているクセに自分を最大限に生かせる仕事に一切就いていない。オマケに彼らを使っている組織は、国家でも、企業でも、宗教団体でも、まして、国連でもない。実態が一切掴めない謎の組織…いや、組織かも妖しい集団だ」
「何それ?」
「ついでに言うが、あたしを襲撃した奴はあの辺りの山林で他の二人と死んでいるな。通産省の実地検証だったのか?」
「…ったく、何なの?あんたの目?手が見えただけで相手を特定したの?」
「あの襲撃者のひとりはやっぱりシロちゃんか。危険なアルバイトしてるな?」
「バイトと言うより強制よ。この国に生きるテレポーテーション能力者の‼」
「ユリも?」
「あれは特別。国連に目を付けられて、国が出遅れたから」
「パスポートフリーは自力で勝ち取ったのか」
「でも、藍はこの国に帰属するんでしょ?」
「そこが問題なんだよなぁ」
 と、脚を止めて、絶壁の方を向き、
「シロちゃんやユリ…まぁ白井もそうだけど…皆、目に見える力を持っているけど、あたしはそうじゃない…」
 縁石に腰を降ろす。
「非力なあたしが皆と肩を並べられるのは理不尽に負けない知恵…いや、それも、あの理不尽の前では無力で…」
 脚をブラ付かせつつ、足元に目を向けると、
「…あたしは組織の中に入れば無力なんだ…」
「そんな事は…」
「あたしが小学校から高校まで、いじめられていた事は知っているな?」
「それが原因の自殺願望じゃ…」
「いや。蓄積はあったかも知れないが、例のテロ事件が発端だ。そして話を逸らすな。シロちゃんの悪いクセだ」
 藍が言葉の終端に注意を促すと、
「あ、ごめん」
 引いてしまう瀬怜奈。
「…あたしが、あえて、いじめられていたのは自分の身が可愛かったんだ。そもそも、周りのガキ共はあたしと違って、念動力の使い方を熟知していた…」
「…その程度で…?」
「合成麻薬を学校に持ち込むようなマセガキ共だぞ?休み時間に、どうすればバレずに人を殺せるか?なんて、そこかしこで喋っている連中だぞ?いつ、試しにあたしを殺すか…それが当時のあたしにとって、どれ程の恐怖だったか…」
 語っている事態と違い、藍の表情はどこか明るく…
「…エリート様が肥育するブタ箱で、あたしは何時まで生かされるんだろうな…?ブタ箱に紛れ込んだチキンは、何時、絞められるんだろうな…?」
 …向かい風が藍の背を立たせ、髪を靡かせる…
「あたしは話したい事は話したぞ。そっちは?」
 と、藍が立ち上がり、振り返る。
「勧誘に失敗したなら、用はなし」
「個人的には?」
「くだらない事でもいいから連絡しなさい」
 手を取って、瀬怜奈は、藍の足を縁石からアスファルトに移させる。
「…あれ、底に溜まった雨水か?」
 と、藍が巨大ため池に目線を向け、
「そう‼あんたが急にここに来たいって言うから、水を抜いているの」
「面倒掛けて悪いな」
 覗き込もうと、足を向ける…
「…あ‼待って…今日の排水担当は…」
 咄嗟にその後を追う瀬怜奈。
だが、その言葉が聞こえる間もなく、藍は上空から落ちて来た水流に打たれる…

「…久々に見たが…中々、似合ってるぞ…」
 …堪え切れない白井の笑い声…彼の目線の先にはセーラー服を着た藍の姿…
「嬉しくねぇよ‼…ってか、替えがセーラー服ってどういう事だ?」
「…ここが…観光地だった頃の名残よ…ちょうど良かったわ…‼」
 白井の隣の瀬怜奈も笑っている。そんな彼女の横では平謝りの職員。おそらく…いや、彼が排水を担当していたのだろう…
「…お前ら、覚えてろ…‼」
 恥辱に震えながら、藍は笑っている二人に吐き捨てた。ちなみに、スマホは白井の忠告で耐水対塵の最強スマホで水没しても起動する代物…メガネはその場で瀬怜奈が回収済みで、掛け心地に問題なし。だたし、ノーメイクで顔色が赤くなっている事が一目瞭然な状態だった。
「で‼底には行けるんだろ⁈」
 振り払う程の強い藍の言葉に、
「…‼分かったよ。転送ルームに行きましょう」
 一頻り笑い終えると、瀬怜奈が先導し、その場を退室…藍達も部屋を出る。

「…では、こちらです…」
 白井の存在を思い出した様に、瀬怜奈は、丁寧な口調で一つのドアを開ける。
「何で、いちいち別の部屋に移るの?」
「底の空気や土壌を持ち込まない為」
「…そうか…火山性の危険なモノを外にばら撒けないか」
 納得して、藍は白井の後を追い、入室。
「では、事前に決められた条件での活動を願います」
 ドアが閉められ、白井が持っている通信機から声が聞こえて来る。
「分かりました」
 白井が答え、藍が頷く。
「では、活動時間は五分間です。お気を付けて」
 瀬怜奈の微笑みを睨み付けていると、一瞬で目の前の光景が暗転。
 …湿った空気…腐敗臭…足元の土の感触…頭上にある光は直上より僅かに西に傾いている様に感じ、東側の球状の壁面の薄汚れた白を映している…
 『始まりの地』…葵が放射したエネルギーによって圧し潰された直径一キロの極めて真球に近い状態の穴…当初、壁面は薄いダイヤモンドコートと厚いガラス層が覆っていたが、度重なる地震と入口からの崩落、それと不法投棄による振動の影響で完全真球が崩れ、ユネスコの嘆願により文科省が補強…現在はコンクリートブロックを張り巡らせて、内部空間の球状を保っている…ちなみに、この領域は『青い不死鳥の物語』の中で、茜達や『ロシアン・トリコロール』の戦場も含まれている…
「世界遺産候補にも挙がったんだったか?」
 白井の問い掛け。
「いや。アメリカに遠慮して当時の政府が候補に挙げなかったらしい」
 藍が周囲を見渡す。高さが五十センチ程の島が深さ二十センチ程の水面に浮かんでおり、島の中心には地上から流れ込んで芽吹いた一本の木が立っている。藍達が立っている場所は、粘土質の柔らかさは感じるが、何人もの人に踏まれた事で、足を踏ん張る必要のない程に固められている。
「…ユネスコとしては世界遺産に認定したかったから、文科省に管理をお願いしたのかも知れないな…何しろ、世界最大の人の手による真球状の穴だからな…」
 ふと、藍の視線が木の向こうを見据える。
「居たのか?」
「ああ」
 白井の言葉に、藍は声だけで答える。
 その彼女には大型の鳥の姿が視えていた。だが、その姿は今まで藍が視た平面的な青だけの鳥のシルエットではなく、立体的な陰影が付いて見える鳳凰の姿だった…
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南條 綾
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ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

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