赫銀伝記-炎氷の天狐-

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邂逅

5 銀陽と子狐の出会い

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城内の森‐ 

この星の民から銀陽の魔女と呼ばれるようになって既に800年。
星を治める者として最低限度の事はこなしてきたつもりであったが、ちょこっとだけ長く眠ってしまったせいで星の厄介事は倍になっていた。

これは、久しぶりに目覚めた夜のある出来事。











ジルは塔の窓から城内の森に向かって飛んだ。

強い風が吹き付け、銀色が夜空に散る。
眼下に広がる鬱蒼とした森。
金の瞳が白く発光していた場所に向けられる。

侵入の感知魔法に引っかからなかったため、転移で森に入り込んだのだと思われた。
城内の森は侵入者対策の為に何匹か強い魔獣を放っている。

《シャアアアアアアアアッ!》

森から眼無蛇の威嚇音が聞こえた。

放っておいてもこちらに害は無いはずだが…。

空中に留まり遠視をかける。
発光した周辺は先程よりも濃い魔力で満ちていた。

「なるほど、これでは魔獣たちも近寄れないな。」

ジルは納得した。

私程ではないがなかなか濃い魔力だ。
攻撃的なものではない。

さらに遠視をかけて侵入者を探した。

森の中心、泉の淵にそれは倒れていた。

これは何だ。
随分小さい…天狐か?

倒れる天狐を覆うように可視化した魔力が纏わりついていた。
白いモヤのように漂っている。

「これは凄い魔力だな…。予想以上だ。この様子だと…」

「ジル様。」

男に呼ばれ、遠視を解いた。
そこのは夜の闇と同化した影が立っていた。

「プロムか。どうした?」
「恐れながら、侵入者に攻撃される恐れがあります。お目覚めになられたばかりだと言うのに…貴女様が1人で行動されるなど…あまり賢明では…」

男、プロムは執事という役職に着いているものの、殆どジルの監視もとい護衛のようなものだった。

「…すまないな。だがアレに攻撃できる力はない。遠視で見た限り意識もだいぶ薄れている。…お前にはこの魔力、きついのではないか?」
「問題ありません。」

無表情で言う執事。

「ふふ、なら良い。」

プロムを見つめて微笑んだ。

それからジルはパチンと指を鳴らし、プロムと城全体に守りと防音の結界を張った。
光を纏った城が銀に輝く。

「あいつらにバレると面倒だからなあ。」

ジルは城を一瞥し、再び森に目を向ける。
夜の森は、気味が悪いほど静まり返っていた。

「聞け、プロム。侵入者は魔力暴走を起こしているだけの小狐だ。少しばかり魔力が多いだけのな。私は遠視を使ってアレの様子を見ながら距離を詰めてみる。お前は私とアレの魔力干渉で魔獣たちが混乱するはずだから、そこを宥めてやれ。頼んだぞ?」
「畏まりました…。お供したい所なのですが仕方ありません。」

言い放ち、プロムは影となって夜の闇に消えた。
更に魔力が濃くなっていた。

「死んでくれるな小狐。」

ジルは魔力を放ちながら泉に向かって飛んだ。











目を開けるとそこは鬱蒼とした森の中だった。
ここはどこなんだろう?
冷たくて暗い。
夜だから暗いんじゃなくて、空気が暗い。

突然、何かの気配がした。
僕は驚いて振り返った。
何かが僕を見てる。

急に動いたせいか、チクリとした痛みが走り咄嗟に腹部を庇ったが何ともなかった。
少し血が滲んでいるだけで、痛みはあるが立ち上がることは出来た。
まだ歩けそうだ。

僕はなんでここにいるんだろう。
なんで怪我したんだっけ?
僕は…?
あれれ、何してたんだっけ?
僕は確か…

キーンと不快な音が僕の頭に響いた。

ズキズキ痛む頭を抱えながらうずくまる。
何かが頭の中を這いずり回っている感じがした。
うー、痛い痛い。
土が傷口に入り込んで滲みた。
少し経つと痛みは和らいだ。

夜の森は灯1つ無く、静かだった。
なんだか寒い。

どうしよう…。
痛みよりも不安の方が大きくなった。

木々の間から見える空には満天の星。
僕の視界が涙で霞む。
そうして、ぼやける視界の端にそれは写った。

繋がる星空の先、何かの骨の上に建つ立派な城。

あそこまで行けば助けてくれる人が居るかもしれない!
僕はそう思って暗い森をゆっくりゆっくり進み始めた。

しばらく歩くと泉に出た。
透き通った水が星を映してる。
きれいだなあ。

僕は喉の乾きを潤すため泉の端に屈んで舌を出し、チロチロとそこの水を飲んだ。

僕は水を飲むことに夢中で、水が飲めたことに安心して、ここは安全だと思い込んでいた。
それが近付いていることに全く気が付かなかった。

《シャアアアアアアアアッ!!!!!》

それの威嚇で泉が揺れる。
辺りは耳が痛いくらい静かになった。
空気が張り詰めている。

僕の体は泉の端で固まって、全く動けない。
体中の血液が冷えていくのが分かった。

僕を見つめる無数の目。
巨大な蛇には目が沢山ついていた。
もう涙も出なかった。

僕はここで死んじゃうんだ…。

そう思った次の瞬間、銀色の風が吹いた。

そして僕の鉛色だった耳と尾っぽが白く輝きだした。
同時に僕の中から暖かいものがスルスルと溢れてゆく。

不思議な感覚だった。
目が沢山ついた蛇が逃げていく。
やったね。

だけど白いものは止まらない。
そもそも止め方知らないや。
なんで…?どうしたら…?
白いものはどんどん溢れてくる。
少し苦しくなってきた。
どうしよう。

そうしてできた白いものが僕を覆った。
視界がゼロになった。

僕は酷く混乱していた。
強い風が吹き、ザワザワと木々の揺れてそれが谺し、大きな音となって僕に届く。

体が重い。
僕はこのまま白ものに埋まっちゃうのかな。
何も見えず恐怖が倍増した。
全てが白い。

その時だった。
銀色の光がモヤ越しに見えた。
僕の体から吹き出ていたものが止まった。

「……!……!」
「…ぉい!おい!お前、小狐!」

凛とした声に僕はハッとした。
一瞬視界が開けて銀色の髪が見えた。
わあ星みたい、きれい。

その人は空から降りてきて、それから、ぎゅっと僕を抱きしめた。
太陽みたいに暖かかった。

「もう大丈夫だ。誰もお前を傷付けない。だから怖がるな。」

白いモヤの隙間から美しい女の人の黄金に輝く瞳が見えた。
かみさまかな?

何だかぽかぽかするなあ。
痛みが引いていく。

僕は彼女の温もりと、銀の輝きに包まれながら意識を手放した。











ジルは急いで泉へ飛んだ。

凄い魔力だ。
およそ子供とは思えない。
怯え、寂しさ、痛み、悲しみ。
溜まった感情が爆発して器に収まりきらなかった魔力となり、小狐の体から白いモヤとなって放出していた。
このままだと小狐の体は魔力放出に耐えきれなくなって壊れてしまう。

ジルは白いモヤのたち込む泉の上空で静止した。
自身にも結界を張っていたのでモヤはジルを避けるようにして辺りに散った。

「おい!おい前!」

返答はない。

ジルの魔力に干渉した小狐の体は魔力放出のスピードを上げた。
小狐の魔力が強風を伴って、ジルに襲いかかる。
泉の水が舞い、周囲を濡らした。

「…すまないがちょっと我慢してくれよ。」

ジルは胸の前で手を組み、両手を小狐の方に翳した次の瞬間、波動と共に大輪の星花が2人の空間に咲いた。
衝撃でジルのかけていた全ての結界が解けてしまった。

徐々に白いモヤが光の粒に変って、辺りに散った。
風はいつの間にか止んでいた。

「よし。おい!おい!お前!」

ジルは泉の淵へ降下しながら呼びかけた。

「おい!お前、小狐!」

最後まで体を覆っていた白いモヤが退き、小狐の顔が見えた。
体中に傷が見られた。

ジルは心底ほっとした。
私らしくないなあ。

言葉をかけてやりながら、抱きしめて治癒をかけてやった。
見開かれた小狐の瞳は薄い金色で私と似ているなと、思った。

城の方に思念を飛ばす。
さすがに気が付いただろうなあ。

『すまないが、城門に集まってくれ。』

さてと。
周囲を見渡して状況を把握する。
木が数本吹き飛び、泉は酷い状態だった。

宙に陣を描き修復魔法をかける。
修復されていく泉を見ながら、後で眼無蛇に謝らなければな、と思った。
確かここは彼らの巣が近い。

突如、影が伸びた。
そこからぬうっとプロムが出てくる。

「ジル様、大事ございませんか?」
「ああ、見ての通り問題ない。」
「…。城に、戻りましょうか。」
「うん、頼んだ。」

ジルは小狐を優しくしっかりと抱き直し、プロムの作り出した影に入った。
影が闇に溶けた瞬間、舞っていた花弁が白と銀の光となって消えた。

後には元通りになった泉がいつもの通り、夜空の星を映していた。



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