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Ⅱ章 好きとさよなら
幕間 夏
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囲いはガラスでも、床は不透明のリノリウムなので、そこに女の子がいてもスカートの中身を見られたりということはしないのだけれど。
透き通ったガラスの中で起きた出来事は、偶然、外から建物を眺めていた人間の目にも見られてしまった。
セーラー服の女の子が、階段から、落ちた。
えっ、と思わず声が出る。どうやら誰かに突き飛ばされたようだった。
彼女の紺のプリーツスカートがぶわりと広がり、床につく、一瞬。ガラスの壁に阻まれたここからでは何も聞こえはしないけれど、脳が補完したぐしゃっという嫌な感じに、暑さのせいか衝撃のせいか背筋を伝う汗に、ぞっとした。
乱れたスカートは、そのまま、動かない。
いじめだろうか、と自然に浮かぶ。帰りかけていた足は逆戻りをし、現場へと駆けた。とても見ないふりをできなかった。自分だっていじめられっこだったくせに、いや、だからこそなのか、誰かも知らない彼女を放っておけなかった。
「――だいじょうぶ?」
二、三分ほどの時間が経ったのに、まだ彼女は変わらずそこにいた。ガラスに囲まれたそこで倒れていた。長袖の白セーラーに、ぐしゃっとスカート、ポニーテールに結われた長い黒髪。
「…………だいじょうぶ、です」
そう返す声は、どう聞いても泣いていて。嘘つき、の言葉を俺は吞み込む。大丈夫なわけない。だって女の子が泣いている。ぜんぜん大丈夫じゃない。
「立てる? 足平気? どっか痛い? 誰か先生呼ぶ?」
「……大丈夫です…………」
彼女から大丈夫以外の言葉を引き出すには、なかなか骨が折れた。
「俺、おぶっていこうか」
「大丈夫です……」
「今日も暑いね」
「……大丈夫」
「――」
こんなやりとりを馬鹿みたいに何度も繰り返した。
「いつも人通りないとこだけど、それにしても誰も来ないんだな」
「大丈夫」
ガラスを通った陽光が、彼女の頬に残る涙の痕を燦々と照らす。浮かび上がらせる。大丈夫だいじょうぶを聞いているうちに、彼女は泣き止んでいた。ただ枯れただけかもしれないけど。
「水分とらないと、熱中症なるよ」
「……うん」
頷き、彼女はついに起き上がった。のろのろと。ゆらゆらと。
「桜子」
「うん?」
「わたしの名前は、紫月桜子です」
「そっか、俺は、花咲薫です」
「……ありがとうございますた」
「どっか見たいとこある?」
「図書室」
「おっけ、案内するよ」
精神神経科の病院も、学校も、俺の方が先輩だったから。いつも俺が彼女を案内した。
ああ、もう置いて逝かれるのは嫌だから、天国では一緒の同級生になれたらいいのに――
透き通ったガラスの中で起きた出来事は、偶然、外から建物を眺めていた人間の目にも見られてしまった。
セーラー服の女の子が、階段から、落ちた。
えっ、と思わず声が出る。どうやら誰かに突き飛ばされたようだった。
彼女の紺のプリーツスカートがぶわりと広がり、床につく、一瞬。ガラスの壁に阻まれたここからでは何も聞こえはしないけれど、脳が補完したぐしゃっという嫌な感じに、暑さのせいか衝撃のせいか背筋を伝う汗に、ぞっとした。
乱れたスカートは、そのまま、動かない。
いじめだろうか、と自然に浮かぶ。帰りかけていた足は逆戻りをし、現場へと駆けた。とても見ないふりをできなかった。自分だっていじめられっこだったくせに、いや、だからこそなのか、誰かも知らない彼女を放っておけなかった。
「――だいじょうぶ?」
二、三分ほどの時間が経ったのに、まだ彼女は変わらずそこにいた。ガラスに囲まれたそこで倒れていた。長袖の白セーラーに、ぐしゃっとスカート、ポニーテールに結われた長い黒髪。
「…………だいじょうぶ、です」
そう返す声は、どう聞いても泣いていて。嘘つき、の言葉を俺は吞み込む。大丈夫なわけない。だって女の子が泣いている。ぜんぜん大丈夫じゃない。
「立てる? 足平気? どっか痛い? 誰か先生呼ぶ?」
「……大丈夫です…………」
彼女から大丈夫以外の言葉を引き出すには、なかなか骨が折れた。
「俺、おぶっていこうか」
「大丈夫です……」
「今日も暑いね」
「……大丈夫」
「――」
こんなやりとりを馬鹿みたいに何度も繰り返した。
「いつも人通りないとこだけど、それにしても誰も来ないんだな」
「大丈夫」
ガラスを通った陽光が、彼女の頬に残る涙の痕を燦々と照らす。浮かび上がらせる。大丈夫だいじょうぶを聞いているうちに、彼女は泣き止んでいた。ただ枯れただけかもしれないけど。
「水分とらないと、熱中症なるよ」
「……うん」
頷き、彼女はついに起き上がった。のろのろと。ゆらゆらと。
「桜子」
「うん?」
「わたしの名前は、紫月桜子です」
「そっか、俺は、花咲薫です」
「……ありがとうございますた」
「どっか見たいとこある?」
「図書室」
「おっけ、案内するよ」
精神神経科の病院も、学校も、俺の方が先輩だったから。いつも俺が彼女を案内した。
ああ、もう置いて逝かれるのは嫌だから、天国では一緒の同級生になれたらいいのに――
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すごく好きな雰囲気の作品です!
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性的な要素も蠱惑的かつキリキリと心に迫ってくるスパイスになっていて、とても惹かれます。
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今後も更新を楽しみにさせていただきます!
ご感想ありがとうございます!
お読みいただけて嬉しいです(*^^*)
わっ! お褒めのお言葉ありがとうございます! 光栄です…!
わざわざ調べて見てくださったことも、ありがとうございます。アルファポリスさんにて連載しているこちらはリメイク作なので、ぎゅっと濃縮して本文文字数は旧作より少なくなる見込みですが…今投稿済の部分で物語の半分くらいなので、まだまだ続きます!
嬉しいお言葉、重ね重ねありがとうございました(*^^*) 頑張りますね。今後もお楽しみいただけますと幸いです…!