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番外編 二・脇役たちの独白

048. 二・王太子に仕えた侍従と恋患い〈最後ノ世界〉

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 我が主の愚行にため息をつかなかったことを、誰か褒めてほしい。

「今日もお出かけになるのですか、殿下」
「ああ、もちろん」
「行き先は――」
「無論、ハイエレクタム邸だ。早く支度を」
「……――御意」

 ここ数年、我が主バルトロメオ殿下は、恋に溺れて馬鹿になっておいでである。

 恋のお相手は、イラリア・ハイエレクタム嬢。殿下の初恋のお相手――の、妹君。
 殿下ご本人は断固として認めないけれど、彼の初恋のお相手は、あの方だ。そうにも書いてあった。公式が言うなら間違いない。

 ――これは、そんな王子が拗らせた恋の裏話。


「おはようイラリア! 今日も美しいな。まるで春の花の咲――」

「あっ! アルベルトさま! ようこそいらっしゃいました。見てください! この新規絵を――!」
「あ~、花を愛でるオフィーリア様ですね。お美しい」

 バルトロメオ殿下がご執心の令嬢は、イラリア・ハイエレクタム。かつて殿下の婚約者だったオフィーリア・ハイエレクタム嬢の妹君。

 ちなみに〝アルベルト〟とは私のキャラ名です。

 ――さて。今日もしっかり演じましょうか。

「でしょう? そうでしょう!? 私の姉さまったら、もう本当に美しいのです!! キャンバスの中でさえも!」

 バルトロメオ殿下がこちらを睨みつけていらっしゃる。これが好きな女の子に会いに来た時の顔だとは、まったく。

 原因は貴方様にありますよ。殿下。
 イラリア嬢の芸術、あるいはオフィーリア嬢への愛に理解を示さなくては。彼女の心を射止めることはできません。
 ……いや、そもそも無理だったか。

 オフィーリア嬢が圧倒的にお強いですものね。わかる。も〝オフィーリア〟は好きでした。『可哀想は可愛い』って感じで。

「この髪の感じとか、よく描けていますね。オフィーリア様の透明感というのでしょうか。素晴らしい」
「ねー、素晴らしいですよね。元がお美しいので、姉さまグッズの製作もはかどります。はぁあ……私の姉さまはどうしてこんなにも可愛らしい……?」

「イラリア、もう死んだ女のことなど――」
「そうだっ!」

 イラリア嬢は何かを思いついたようで、勢いよく顔を上げました。
 ローズゴールドの髪はバルトロメオ殿下の頬を鞭のように打ち、頭のてっぺんは殿下の顎を殴ります。

「別室で彫刻も作っているのですけれど、アルベルトさま、ご覧になります?」
「ええ、ぜひ」
「イラリア! 一秒くらいこちらを見ろ……!」
「わーい! まだ途中なので少し恥ずかしいですが、アルベルトさまなら姉さまの魅力を感じてくださると思います!」
「イラリア――」
「ではでは行きましょう!!」

 今日も素晴らしい玉砕っぷりのバルトロメオ殿下。可哀想で可愛い。歪んだ愛の重さが最高に気持ち悪い。

 立場上、この世界では私が貴方様の恋愛対象になることはありません。心の底から良かったです。
 もしも貴方様に正体がバレたら、きっとぶっ殺されますね。どちらの俺でも。

「ほら見て見て! オフィーリア姉さまの胸像です……!」
「わあ、すご!」
「イラリ――」

 バタン。バルトロメオ殿下が入ってくる前に扉が閉まりました。

「この首筋の曲線美……! 我ながら再現度が高い! まだ研磨が足りないんですけどね。姉さまの美しさの片鱗は、もう宿しているでしょう? この『メドゥーサに睨まれたオフィーリアの胸像』!」
「そういう設定だったんですね。素敵です素敵です」
「えへへっ、アルベルトさまは姉さまを推してくださるので、私もお話をしていて楽しいです。普段は誰も真剣に聞いてくれなくて」
「俺で良ければ、いつでも話し相手になりますよ」
「あ~! 〝俺〟に戻ってる。ダメですよ。ここはじゃないんですから」
「これはこれは、失礼いたしました」
「あ、そうそう。こっちは姉さまの髪の毛を人工的に作ろうとしている実験エリアで――」

 イラリア嬢の創造力には感動です。いやはや凄い。こちらもオフィーリア嬢への愛がめちゃくちゃ重い。
 殿下がに向ける想いの歪みっぷりと比べたら、清らかさ美しさ尊さが段違いです。

 私たちが部屋を出た後、バルトロメオ殿下は「城下町の美術館でデートを」とイラリア嬢に申し込み、ものの見事にガン無視されました。ご愁傷さまでございます。


 別の日。
 バルトロメオ殿下は勇敢にも、愚かにも、またまたイラリア嬢にデートのお誘いをしに来ました。懲りない鬼強メンタルでいらっしゃいます。

「イラリア! 俺も美術史について学び直してきたのだが――」

「アルベルトさま! この髪の毛の再現度すごくありません!? 人工なんですよ!」
「え、すごいですね。オフィーリア様の髪の毛そのものです」
「で、こっちがですね、実は――」

 こそこそとイラリア嬢が私に耳打ちしました。バルトロメオ殿下が膝から崩れ落ちたのが見えました。とても落ち込んでいらっしゃる。

 うんうん。……なるほど? こっちの髪の毛は本物なんですね。隣国から送られてきたと。へえー……。いやはや、あらためて見ても、すごい再現度ですね。

「フィフィ姉さまはね、今も本当は生きておいでなのです。――秘密ですよ」
「ええ、かしこまりました」
「イラリアぁ! 何を俺に内緒でこそこそと……!」
「そうだっ! 実は先日、フィフィ姉さまの実寸大フィギュアを作ったんです――」
「一言でもいい――イラリアぁあ!!」

 バルトロメオ殿下の玉砕っぷりを見守り、イラリア嬢と一緒にオフィーリア嬢について語り合う。
 この日々は、馬鹿馬鹿しく輝かしく、楽しいものでありました。

 しかし、ずっとは続きません。バルトロメオ殿下が馬鹿を極めておいでだからです。あとオフィーリア嬢が我が国に帰ってきたからです。

 バルトロメオ殿下はは賢かったはずの頭の残念具合に磨きをかけて、とうとうクーデターの案まで作っていたのでした。
 まだイラリア嬢のように想い人を模したグッズ製作に励んでくだされば良かったのですが……後の祭りです。

 今となっては、ゲーム通りの彼ではありません。もはや爆弾です。今度は何をやらかすか。

 そもそも――ここはゲームの中の世界なのでしょうか?

 キャラ名は同じでも、オフィーリアがになったあたりから本来のストーリーとは違っています。イラリアとバルトロメオの関係もおかしい。それに他の攻略対象キャラは――?

 ……まあ、とにかく、ルートじゃないことは確かだ。どうにかこれから生き延びられる道を探すとしよう。


 イラリア嬢が日本語で書いた秘密の手紙を送ってくれたおかげで、は罪を犯さずに済みました。
 バルトロメオ殿下がやらかす前に、彼の侍従を辞められました。国王陛下のことも、うまく説得できて良かった。本当に。

 ありがとう――


 バルトロメオは死刑になるかと思いきや、オフィーリアの慈悲深さに救われて、人体実験刑からの島流しで済まされることになったそうで。やっぱりこっちもゲーム通りのオフィーリアじゃなかった。

 イラリアからは嫌われて、おそらくオフィーリアからも嫌われて、ふたりにとっては悪役のバルトロメオだったけど。
 この世界に来てから、ちょっとだけ、俺はバルトロメオを好きになったかもしれない。
 なお、これは決して恋愛感情ではなく『可哀想は可愛い』的な萌える気持ちのことである。

 ――ああ、オフィーリアに宛てる手紙がまとまらない。

 これは何だ? いったい俺は何が言いたいんだ?? バルトロメオのことなんて書いて何になる? 書き直しだ、書き直し!

 王子としての生活も、楽じゃない。バルトロメオもいろいろ大変だったんだろうなぁ。孤独だったんだろうなぁ。
 ……って、また俺はアイツのことを考えたのか。自分が思っていた以上に、ヤツに毒されている。

 彼がこの国からいなくなって、もう一年以上が経つのに。
 俺が正式に王族の一員になって、もうすぐ一年になるのに。

 乙女ゲームの攻略対象のひとり――アルベルト。メインヒーローたるバルトロメオ王子を支える右腕。紫紺騎士。
 実は王の隠し子であり、バルトロメオの異母兄である。

 そして、俺の前世は。
 かつて美麗ちゃんイラリアと同じ病院で生き、彼女にこの乙女ゲームの存在を教え、彼女より先に死んだ友人だった。
 その頃から一人称は俺。
 イラリアには俺が転生者であることはバレているっぽいが、前世で縁のあった存在だとはバレていないらしい。

 なお、俺のは――オフィーリア・ハイエレクタム。

 今の世界では、オフィーリア・フロイド・リスノワーリュ侯爵だったか。慣れないな。宛名を書くときも気をつけなければ。

 ――前にイラリアが、俺に警告してくれたから。こっちも恩返しがしたいんだけど……。

 手紙を書こうにも書けない。うまくまとめることができない。

 バルトロメオの右腕をやっていたときの方が、こういった作業はやりやすかった。キャラを完全に作っている方が、自分の感情も容易く操れた。

 ゲームがすべて終わった今、俺が隠れて生きる必要はない。やっと完璧に自由に息ができる。

 俺は俺でいいはずなのに、アルベルトのキャラが、今はいない我が主バルトロメオの苦悩の影が、俺に中途半端にくっついて離れない。

『■■■って、王子様みたいだね。えへへっ』

 美麗ちゃんからもらった言葉……今も覚えてるよ。王子としての生き方をつらく感じたとき、美麗ちゃんの言葉に力をもらっているよ。

 きみイラリア他のひとオフィーリアを愛してるってことは、わかってるけど。俺が愛されることはないって知ってるけど。

 俺だって推しのオフィーリアと話してみたいし繋がりたいし美麗ちゃんとまた友だちになって遊びたい。ふたりの特別になりたいんだ。ああ、無理だって知ってるんだけど。

 ――せめて、王子じゃなくて王女なら良かったのに。〝百合に挟まる男〟とやらにはならずに済んだのに。

 今世の俺は――本物の王子様。
 でも、望んだひとは、決して手に入らない。

 これから始まる戦い――新王太子の座をかけたゲーム――〝王室改革イベント〟において、今度は俺がオフィーリアの敵になる。
 彼女は王位なんて望んでなさそうだけど、国王陛下はオフィーリアを後継者に捩じ込もうとしているから、不戦敗には持っていけない。彼女はまた危険な場に現れなければならない。

 ――さて、どう伝えるべきかな。

 筆は、なかなか進まない。

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