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【一】二・聖女姉妹のキスは薬学室で
064. あのキスとその先さえも
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「貴女が言った『キスで瀕死に』とか『窒息寸前の死にかけくらいなら』とか。
これは私と貴女という、ふたりだけの小さな社会でのことだけれど。聖女の力をあてにして出た言葉だったでしょう。貴女は今、聖女の力を利用して、人を支配しようとしたの。
身内だとか恋人だとか関係ないわ。貴女は欲を出した。人の心を無視し、人の命を軽視した。このままにしたら、貴女は立派な悪女になってしまうかもしれない。そんなの駄目よ」
「わ、私は……フィフィ姉さまの全部が欲しいんですっ、他の人と、しちゃ、嫌なんです……!」
イラリアはバッと立ち上がり、縋るように私のそばに駆け寄り、手をとった。
彼女の今の言葉は、まあ、わかる。それは〝独占欲〟だ。〝支配欲〟とは似て非なるもの。私も抱くような欲望。
「ええ、私だって、他の人とキスするつもりなんてない。したことなんて、ない」
イラリアを他の人間に渡したくない。恋や色を許すのは、私だけにしてほしい。
恋人としての彼女は私が独り占めしたい。そう望み求める。――ああ、でも。
意地悪だとは思いながらも、一言つけ足す。
「貴女と違ってね」
「…………なんで、今、そんなこと言うの……? 私は、姉さまのために、フィフィ姉さま、と、生きるためにして。失敗しちゃったけどっ」
「そう――貴女の〝それ〟が、わからないの。この『貴女と違って』に、貴女を咎める意図が含まれているだろうとは、わかったのよね?
私のことを好きだったくせに、私以外のひととキスをした。そのことを責められたと解釈したからこそ、『フィフィ姉さまのため』だったと弁明しているのよね?」
「はい、そうですよ? なにか間違ってますっ?!」
「間違っていないわ。なら、そうね……本来は、愛するひととする行為だという認識はあるのよね。秘するべきことという認識が薄いのはどうしてかしら。貴女の前世の文化との違い? 時代の違い?
国や地域によって、挨拶などの軽いものなら外ですることもあるけれど、あのような濃厚な接触は万国共通で、人前でするものではないわ。この世界ではね。――どうして今日は、先生や殿下の前で、してしまったの?」
「そんなに一気に言われても、聞かれても、わかんないですよ……」
「それも、そうね。ごめんなさい。イラリア」
私は「触れるわね」と伝え、彼女の頷きを見てから、そっと抱きしめた。彼女がいつでも逃げ出せそうなくらい、弱い力で。
「昔のことを持ち出して、ごめんなさい。聞きたいことがあったの。つい、焦ってしまって」
「大丈夫……です。べつに。私が、あの男と関わっていたのは、事実ですから。それで聞きたいことって?」
これは、顔を見ながらでは、聞けないから。
彼女の顔を見続ける勇気がないから。
「あのね、イラリア。イラリアは……――好きでもないひととキスしたり、いろいろしたり、それらを〝良くないこと〟だとされる理由は、どういうことだと思っている? 答えられる?」
「ええ。なんとなく――」
そこから先の彼女の声は、はっきりしていた。物語の中の恋しか知らない、子どものような、甘くて、可愛らしい声、言葉。
せっかく見ないようにしたのに、どんな顔なのか想像できてしまう。わかってしまう。
そのすべては彼女の抱えた過去とは不釣り合いでいて、かつ清らかで美しい。
「それは〝素敵なこと〟だからです。大好きなひととだけしないと、特別じゃなくなっちゃうから駄目なのです。キスも、その先も、楽しくて幸せなものだから。
そして好きなひととなら、もっと楽しくて幸せになれるから、好きなひととだけ、するべきなのです」
「そう。なるほどね」
――やっと、わかってきたわ。彼女の前世から続いている〝何か〟の正体が。彼女の見ている夢が。
夢を見過ぎなのは、どちらかしら。と私は心の中で苦笑する。
これは、皆から愛される〝ヒロイン〟に生まれたがゆえの欠落なのだろうか。
それとも、ハイエレクタム家で甘やかされて育ったがゆえのことだろうか。
彼女の中では、どうしてか、性行為へ抱かれるべき悪感情がうまく育っていない。
「あとは……そういうことをすると〝好感度〟を上げてしまうから。みだりに誰かの特別になってしまっても、すべての愛には応えられないから。本当は、ただひとり〝オフィーリア〟だけの〝攻略〟を目指すべきだったのです」
「……ありがとう。答えてくれて。本当に、ありがとう」
最後の『〝オフィーリア〟だけの〝攻略〟』は、心に引っかかったけれど。今はそのことを追及するのはよして、彼女の言葉を咀嚼する。
これは私と貴女という、ふたりだけの小さな社会でのことだけれど。聖女の力をあてにして出た言葉だったでしょう。貴女は今、聖女の力を利用して、人を支配しようとしたの。
身内だとか恋人だとか関係ないわ。貴女は欲を出した。人の心を無視し、人の命を軽視した。このままにしたら、貴女は立派な悪女になってしまうかもしれない。そんなの駄目よ」
「わ、私は……フィフィ姉さまの全部が欲しいんですっ、他の人と、しちゃ、嫌なんです……!」
イラリアはバッと立ち上がり、縋るように私のそばに駆け寄り、手をとった。
彼女の今の言葉は、まあ、わかる。それは〝独占欲〟だ。〝支配欲〟とは似て非なるもの。私も抱くような欲望。
「ええ、私だって、他の人とキスするつもりなんてない。したことなんて、ない」
イラリアを他の人間に渡したくない。恋や色を許すのは、私だけにしてほしい。
恋人としての彼女は私が独り占めしたい。そう望み求める。――ああ、でも。
意地悪だとは思いながらも、一言つけ足す。
「貴女と違ってね」
「…………なんで、今、そんなこと言うの……? 私は、姉さまのために、フィフィ姉さま、と、生きるためにして。失敗しちゃったけどっ」
「そう――貴女の〝それ〟が、わからないの。この『貴女と違って』に、貴女を咎める意図が含まれているだろうとは、わかったのよね?
私のことを好きだったくせに、私以外のひととキスをした。そのことを責められたと解釈したからこそ、『フィフィ姉さまのため』だったと弁明しているのよね?」
「はい、そうですよ? なにか間違ってますっ?!」
「間違っていないわ。なら、そうね……本来は、愛するひととする行為だという認識はあるのよね。秘するべきことという認識が薄いのはどうしてかしら。貴女の前世の文化との違い? 時代の違い?
国や地域によって、挨拶などの軽いものなら外ですることもあるけれど、あのような濃厚な接触は万国共通で、人前でするものではないわ。この世界ではね。――どうして今日は、先生や殿下の前で、してしまったの?」
「そんなに一気に言われても、聞かれても、わかんないですよ……」
「それも、そうね。ごめんなさい。イラリア」
私は「触れるわね」と伝え、彼女の頷きを見てから、そっと抱きしめた。彼女がいつでも逃げ出せそうなくらい、弱い力で。
「昔のことを持ち出して、ごめんなさい。聞きたいことがあったの。つい、焦ってしまって」
「大丈夫……です。べつに。私が、あの男と関わっていたのは、事実ですから。それで聞きたいことって?」
これは、顔を見ながらでは、聞けないから。
彼女の顔を見続ける勇気がないから。
「あのね、イラリア。イラリアは……――好きでもないひととキスしたり、いろいろしたり、それらを〝良くないこと〟だとされる理由は、どういうことだと思っている? 答えられる?」
「ええ。なんとなく――」
そこから先の彼女の声は、はっきりしていた。物語の中の恋しか知らない、子どものような、甘くて、可愛らしい声、言葉。
せっかく見ないようにしたのに、どんな顔なのか想像できてしまう。わかってしまう。
そのすべては彼女の抱えた過去とは不釣り合いでいて、かつ清らかで美しい。
「それは〝素敵なこと〟だからです。大好きなひととだけしないと、特別じゃなくなっちゃうから駄目なのです。キスも、その先も、楽しくて幸せなものだから。
そして好きなひととなら、もっと楽しくて幸せになれるから、好きなひととだけ、するべきなのです」
「そう。なるほどね」
――やっと、わかってきたわ。彼女の前世から続いている〝何か〟の正体が。彼女の見ている夢が。
夢を見過ぎなのは、どちらかしら。と私は心の中で苦笑する。
これは、皆から愛される〝ヒロイン〟に生まれたがゆえの欠落なのだろうか。
それとも、ハイエレクタム家で甘やかされて育ったがゆえのことだろうか。
彼女の中では、どうしてか、性行為へ抱かれるべき悪感情がうまく育っていない。
「あとは……そういうことをすると〝好感度〟を上げてしまうから。みだりに誰かの特別になってしまっても、すべての愛には応えられないから。本当は、ただひとり〝オフィーリア〟だけの〝攻略〟を目指すべきだったのです」
「……ありがとう。答えてくれて。本当に、ありがとう」
最後の『〝オフィーリア〟だけの〝攻略〟』は、心に引っかかったけれど。今はそのことを追及するのはよして、彼女の言葉を咀嚼する。
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