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【一】四・ふたりの王子と婚約指輪

071. ふたりの王子と指輪〈1〉

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「あいつのところから!?」

 イラリアは声を上げ、椅子をガタンと鳴らせて立ち上がる。私は「ラーリィ。落ち着いて」と小声で宥め、彼女の手をクイッと引っ張った。

 おとなしく席に戻ったイラリアの口に、ひとまず茶菓子のクッキーを「あーん」しておく。彼女はそれを抵抗なく受け入れ、セルジオ殿下を睨みつけながらモソモソと食べはじめた。彼女が黙って糖分を補給している間に、私は殿下との会話を進める。

「あの人のとおっしゃいましたね。セルジオ殿下。よろしければ、もうすこし具体的にお教えいただけますか」
「はい、もちろん。姉上のためになるのでしたら。――第二王子として、バルトロメオ兄上がどうしてああなってしまったのかを知りたくて、父上に頼んで見せてもらったのです。
 兄上の悪事の証拠品と言いますか、例の事件の後に押収された手記の一部を読んだら、そこにオフィーリア姉上のことも書かれていました」
「つまり――かの廃太子がどうして過ちを犯したのかを知ろうとしたら、私の情報を見つけた、と」
「その通りです」
「なるほど。ありがとうございます。彼なら私を目の敵にしていましたから、このように調べられているのも納得です。読んでいて、他に何か気づかれたことはありましたか?
 例えば――まるで未来を予言したかのような文書があった、とか。なぜか古い紙に書かれたものがあった、とか。気になることがありまして」
「そうですね……ああ、そういえば、言われてみれば。あの年の――十八歳のオフィーリア姉上について書かれた紙は普通だったのに、十七歳の姉上についての紙はちょっと古そうでしたね。他の紙と比べると、あれは、幼少期――六、七歳頃のものと同時期に書かれていたのかも。と。他には特にありません。これだけです」
「ありがとうございます。誠に素晴らしい記憶力ですね。資料の文面だけでなく、紙の状態までご記憶なさっているなんて。さすがです」
「いえ。こういうやり方が性に合っているだけですよ」
「ねーえーさーまー。そろそろ私にも構って? もうそっちのお話はいいでしょー」

 ――あらら、放ったらかしすぎてしまったかしら。

 いつの間にやらイラリアは床にひざまずき、私の太ももに覆いかぶさっていた。
 寝返りをうつようにこちらを向くと、唇をあざとく尖らせ、「素っ気なくされちゃ、寂しいです」なんて拗ねている。

 人前での激しいいちゃいちゃは控えましょうと言ったせいか、甘え方が子どもっぽい。小さい頃の彼女を思い出す。

 ――どうしましょう、可愛いわ。悔しいくらいに、妬ましいくらいに。

 私はローズゴールドの髪に指を通し、額のあたりを優しく撫でた。

「ごめんね、ラーリィ。そんなに冷たかった?」
「うん。心臓が凍っちゃいそうなくらい」
「それは大変ね。悪いことをしたわ」
「……アルティエロ、殿下の……指輪のこと。忘れていませんよね?」
「もちろん覚えているわよ」

 ――そういえば、その問題もあったわね。階段から落ちて、実験室に戻ってくることになったキッカケはそれだったわ。

 実を言うと、すっかり忘れていた。
 アルティエロ殿下の指輪が、私の髪についている、なんて。

 イラリアたちには見えていても、これまで私には一度も目に入っていないのだ。
 セルジオ殿下ほど記憶力を誇っているわけでもないので、忘れても仕方ないということにしておく。

「姉さま。髪を解いてもいいですか」
「ええ。お願いね」

 イラリアは私の太ももから起き上がり、背後に回る。髪に触れる。
 わざとだろうか、気のせいだろうか、背中に押し当てられる彼女の胸の存在をよく感じた。
 やわらかくて、もう何度も触れてきているのに、まだドキドキする……うん、やっぱり、わざとみたい。

 ――この程度の触れ合いなら、他の人にはバレないから、大丈夫……なんて。甘い考えかしら。私の欲かしら。
 この世界のこと、悪いこと、しっかり教えられるように、考えないと。私がいなくなった時、彼女が、道を、この家を――

「――……フィフィ姉さま?」
「うん……?」
「今、なんか、ぐらって。倒れそうになりませんでした? 大丈夫です?」
「きっと……眠たいだけよ。大丈夫」

 気づかぬうちに、ふらついていたらしい。イラリアはひどく心配そうに聞いてきた。目を開けると――あら? いつからか目も瞑っていたみたいね――セルジオ殿下とジェームズ先生も、心配顔だった。

「姉上。寝不足なのですか」
「昨晩は、比較的、眠れたはずなんですが……。今日はいろいろありましたし、最近忙しかったので、疲れが溜まっているのかもしれませんね。今夜はしっかりと寝ます。大丈夫ですよ」
「――指輪、取れました。こちらです」
「ありがとう。イラリア」

 彼女は実験机の真ん中へと腕を伸ばし、そーっと、それを置いた。からん、と軽い音がたつ。

 宝石のついた銀の指輪が、初めて私の目に入る。
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