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56話「嫌な予感は」
しおりを挟む「──分かった。マーシュとケイはここで第3騎士団と待機、俺は新兵を連れて追跡する。新兵は戦闘へ参加せず、異常時の連絡要員とする。一時間経っても誰一人戻らない場合はマーシュが動ける兵と来てくれ」
マーシュに説明を受けたルタ様はラインハルト様の行動については触れずに淡々と指示をしていく。
私がルタ様だったなら、ラインハルト様とロージュについて少しくらいは愚痴を零していただろう。それぐらいの事を彼らは起こしてしまっている。
第3騎士団がいる手前というのもあるだろうが、第2騎士団団長としての立場とルタ様の人としての資質がそれをしない。ラインハルト様に言及して直接彼の目的や意図を問うのだと思う。
「……ルタ様、あの」
一つだけ気になっていることがあるので、ルタ様が森の奥へと向かう前に聞いておきたい。
「どうした?」
「森の奥でなんだか気持ち悪い気配がするんです」
先程から何だか言葉では言い表せないような、決して気持ちのいいものでない何かの気配を感じていた。魔法を沢山使ったので感覚が魔力に対しての感覚が研ぎ澄まされているのだろうか。この違和感を魔物の気配に敏感なマーシュに聞いてみたが分からないとのいうのでルタ様にも確認したい。
「その気配についてなんて言っていいのか分かりませんが……。良くないものというかなんというか」
「ふむ……。ケイは魔力量がかなり多いからそう言った気配に敏感なのかもしれない。俺も何か異様な雰囲気は感じるが魔物なのか別の何かなのかは行ってみないと分からないな」
「そうですか……」
ルタ様も何か異質な気配は感じ取っていたようだ。マーシュだって魔力量は少なくないのに、私とルタ様にしか感じ取ることの出来ないこの違和感が気になってしまう。
(私に実力があれば彼を一人で行かせるなんて危険な事、しなくていいのに)
新兵を連れて行くとはいえ、森の奥で何かあった場合には実質ルタ様が一人で対応するようなものだ。先程の実力を見た後では大丈夫なんだろうとも思ってしまうが、この漂ってくる気配とラインハルト様の意図がありそうな行動からルタ様に何か起きてしまうのではと不安が募る。
「俺は大丈夫だから。戻ってくるからそんな顔をしないでほしい」
……やってしまった。
私は直ぐに感情が顔に出てしまうのだろう。
ルタ様が私の頭を優しく撫でる。先程の甘さを感じる触れ方とはまた違い、私を落ち着かせるかのような感じで。
これから危険な目に合うかもしれないのにそれよりも私に気を使う彼の優しさと、大切な人を支える事が出来ない自身の無力さで目頭が熱くなり今にも濡れてきてしまいそうだった。
「……っ」
ルタ様の顔を見上げると、眉根に皺を寄せて酷く優しい表情をしていた。
……彼を困らせてしまっている。
婚約者としてだけでなく、任務のメンバーの一人として迷惑をかけてしまっている。
今の私に出来ることは、彼を信じて待つことだけなのに。
心配だからと言って困らせてしまってはいけない。
「……待ってます。絶対に戻ってきてください」
少し震える口から絞り出した言葉を聞いてルタ様は微笑み、私の髪の毛を優しくすくって優しい口付けをする。
そして、その髪をするりと放すと新兵達の元へと歩いていく。
「お前たち、行くぞ」
「「──はっ!!」」
そう兵に声をかけた彼の表情は優しいものから険しいものへと切り替わる。
「ルタ、時間になっても戻らなければ指示通りこちらから迎えに行きます」
「ああ。その時は頼む 」
(どうか……何もありませんように)
ルタ様と兵達の無事を祈りながら、森の最深部へと向かう彼の背中を見送った。
──そして、一時間などあっという間に過ぎて。
「──動ける者達でルタを迎えに行きます」
ルタ様は約束の時間を過ぎても戻って来なかった。
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