異世界でナース始めました。

るん。

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第二章

33.彼の視点② 後編(3)

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会話が弾んでいき、お酒も進んだ頃。



「……2人ともとてもお似合いよねぇ」

 アンナさんがポロッと零した一言。
彼女はスミレと自分がお似合いだという。

昨日彼女へ想いを告げて、返事待ちをしている立場としては非常に嬉しい言葉である。酒が少し身体を巡っているせいか、彼女がその場にいるにも関わらず、

「本当ですか?そう言っていただけると嬉しいです」

と躊躇なく答えてしまった。
チラッと横目でスミレを見ると顔を赤くしており、こちらまで少し恥ずかしくなった。


「──2人を見てると旦那と出会った頃を思い出すわぁ」

アンナさんは既に故人である旦那さんのことを話してくれた。

シャンデリア王都より北西に進み、王都周辺では比較的強い魔物が出現する魔の森を抜けた先にある、瑠璃色の花が咲き誇る丘。

そこでアンナさんは、当時冒険者であった旦那さんと出会い恋に落ちて夫婦となったという。

ロマンティックな創られた物語の様な話にスミレは思わず“映画“のような出会いだといってはしゃいでいたが、この世界に“映画“というものは存在しない為困惑するアンナさんを見てスミレも焦っているというなんともおかしな様子につい笑ってしまう。


「最期にまた行きたいわねぇ……」


最後……いや、最期といったのだろうか。
それを聞いて悲しそうなスミレの表情。
アンナさんはもしかして病気なのだろうか?しかし治癒魔法が存在するこの世界では基本的には病で亡くなる事は稀だ。治癒魔法はそれ程に万能であるのだが、スミレの顔色は暗く、もしかしたらアンナさんは不治の病に罹患しているのだろうか。

「アンナさん。瑠璃色の丘、一緒に行きませんか」
「スミレちゃん、ありがとうねぇ。……でもあそこは少し遠いし、強い魔物も出るから腕の経つ護衛を雇わなければいけないし行くのは現実的じゃないのよぉ」
「護衛なら私が雇います!!」
「そんなのダメよ。スミレちゃんのお金は自分の為に使いなさい」
「これが私の為になります!!」
「……ふふ。ありがとうね。でもそれなら行かないわよぉ」

瑠璃色の丘自体はそこまで危険度は高くないが、問題は丘を囲う間の森だ。あの森に出る魔物は能力が高く危険である為、腕利きの冒険者を前衛2人、中衛1人、後衛1人の最低でも4人以上は雇う必要がある。

それに、歳を召したアンナさんを連れ歩くには相当の手練でないと正直厳しいだろう。

そうなるとかなりの高額な費用が必要となるだろうし、平和なシャンデリア王都の冒険者ギルドに適任がいるのかも分からない。

いままでが平気だったとしても最近は魔物の活性化もしている事だし、今回は戦力不足になるかもしれない。


「──なら俺が行こう」

彼女達の護衛は自分が行く。
冒険者ギルドの実力をおごっている訳では無い。しかし、騎士団の戦闘経験は王都のギルドよりも豊富であると思う。それに、自分の手で大切な人を守りたいという気持ちも大きかった。

「え?いいの?」
「勿論。瑠璃色の丘は1度行ってみたかったし、いい息抜きになる」
「レイ、こんな年寄りを守りながら向かうのは大変だと思うわ」
「そんな事はありませんよ。それにこれでも騎士団の団長を務めているんです。鼻にかける訳ではありませんが、冒険者を雇うのと変わらないかと」
「……そうねぇ。本当にいいのかしら?」
「はい。非番の時になるので、後日予定が定まり次第お伝えしますね。3人の都合が合う時に行きましょう」


2人を守りながらとなると、1人では魔物に囲まれた際に対処出来ないかもしれない。

氷面世界アイス・エイジだって強力ではあるが万能ではない。ありったけの魔力を一気に周囲に放つので細かい調節は出来ず、魔物だけではなく周囲の人を巻き込み命を奪ってしまう。

万全の体制で向かえるようにルーやノア、トランの休暇が合えば護衛に着いてきてもらえるように頼んでみよう。


***



「──レイ、ご馳走様でした。2人ともありがとうねぇ。楽しかったわぁ」


3人での食事会を終えて、アンナさんを自宅まで送る。

「はい!私も楽しかったです!!ありがとう御座いました!!」
「いいえ、お礼を言うのはこちらの方です。当然の誘いだったのに来てくれてありがとうございました。また良ければ3人で食事をしましょう」

この言葉に嘘はない。
スミレを急かしたくないという自分勝手な都合でアンナさんを急遽誘ったが、アンナさんはとても話の引き出しが豊富で会話が弾みとても楽しい時間を過ごすことが出来た。

「ふふ。ありがとうねぇ。機会があれば是非」

アンナさんは去り際にスミレの耳元でなにか囁き、スミレは何だか慌ただしく別れを告げていた。



アンナさんを見送り、次はスミレを自宅まで送り届ける。

夜の王都をこうして歩くのはかなり久しぶりかもしれない。

昼の活気があり華やかな街中も素敵ではあるが、夜の静けさと僅かな街の灯りは心を落ち着かせ頬を撫でる涼しい風が心地いい。

少し遅い時間だからか人気もなく、たまに人とすれ違ったとしても暗くてよく見えないので氷の騎士だと注目されることも無い。

この広い広い街が、今だけは彼女との2人だけの特別な空間に感じた。

「──……っあ」

スミレが道路の石畳につまずきそうになる。

歩いたことで体内にアルコールが回り始めたのだろう。フラフラしながら歩く彼女はとても危なっかしい。

「スミレ、大丈夫か?少し酔いが回ってきたか?」
「……だい……じょうぶだよ?確かにちょっとふわふわはするけどね?」

久しぶりのお酒と喜びどんどん飲む彼女を見て微笑ましかったが、ここまで酔いが回ってしまうのであれば途中で止めるべきだったかもしれない。

「少し……危なっかしいな」

彼女の手を取った。

……温かい。
彼女はこの手で沢山の命と向き合ってきた。
この小さな小さな手で。
前の世界でも、この世界でも人の命と真面目に真っ直ぐに向き合ってきた素敵な手。

「……レイの手はあったかいね」
「……スミレの手もとても暖かいな」

こちらを見て微笑む彼女の瞳は街の光に反射して夜空の様にきらきらと輝いていた。

「れ、レイ。私ね、レイの事……」

愛しさからつい見つめてしまい、無言の時間が続いてしまった時、彼女が切り出した。

「スミレ。今日は返事が欲しくて誘ったわけじゃない。だから……急がなくていい」

返事が早く欲しい訳では無いと言えば嘘になるが、今日は純粋に彼女と食事をしたかっただけだ。

「……急いでないの。お酒の力を借りてないって言ったら嘘になるけど……。今すぐに返事を言わせてって言ったら聞いてくれる?」

そうか。
むしろ急かさなくていいって思っていたのは、もしも返事がノーだった時が

スミレも返事をしたくてモヤモヤしていたのかもしれない。

酒の力を借りていたっていい、彼女の口から返事が聞きたい。

「……構わない」

心臓の鼓動は高まり、胸が締め付けられるように苦しい。呼吸の仕方も忘れてしまう。

そして、彼女はゆっくりと話し出す。


「わ、私もね。レイのことが好きなの。だけど、こんなに素敵な人が私の事を好きになってくれるはずないって思ってて……。だから昨日、レイからの気持ちが信じられなくて夢だと思ってしまって……。最低なことをしてごめんなさい」



──スミレと同じ気持ちだ。


そう分かった瞬間、身体の隅々からじーんと熱が込み上げ鳥肌が立つ。

自分的には彼女へのアピールは沢山したつもりだったのだが、異性としての好意として受け取られていなかったとは。

行動で示すことも大切だとは思うが、想いは直接言葉で伝えなければならないようだ。


「……スミレ。もう一度言わせてくれるか?」


もう一度、彼女にしっかりと自分の気持ちを伝えたい。



初めて出会った時は不思議な人間だと思った。

謎の呪文を唱えて失敗して落ち込んでいるし、庭園で見かけた時は一人でブツブツとなにやら呟いている。


最初に声をかけたきっかけは、彼女への興味や異性としての好意ではなく、異世界への単純な好奇心からだった。


話してみると彼女は話の波長がとても会う人間だった。

そして、関わっていく中で真っ直ぐで、誠実で真面目で、とっても優しい人間だと知った。

命と向き合うことが出来る。


彼女は暗くて地味だと言っていた髪や瞳も、俺にとっては夜空の様に美しい。

食べ物は何でも美味しそうに食べて、満腹で苦しそうな様子であっても絶対に残さずに食べきる。

楽しそうに笑う姿を見るとこちらまで楽しく幸せな気分になる。

スミレが愛しい。愛しくてたまらない。

こんな感情を抱いたことはこれまでなかった。

自分でも自分の感情をコントロール出来ないほどに彼女が好きだ。


その全てを伝えよう。


「……俺はスミレが好きだ。真面目で真っ直ぐなところ、優しいところ、真剣に人と向き合えるところ、その夜空のような美しい髪も瞳も、食べ物を美味しそうに食べるところも、笑顔も何もかも……全て。スミレがいいなら俺の恋人になって欲しい」


スミレは一言一句、目を滲ませながら全てをきっちり聞いてくれていた。



「……私もレイが好きです。否定し続けたこの性格も生き方も認めてくれて、一緒にいて気が楽で楽しくて。こんな私でよければ恋人にして下さ……──っ!!」


彼女の返答に気持ちが昂り、思わず抱きしめてしまった。

今にも折れてしまいそうな華奢な身体。

ほのかに香る、甘くて優しい香り。


「もちろんだ」
「少し、苦しいよレイ」

少し強く彼女を抱きしめてしまっていた。

「す、すまない。嬉しくて……だな」

ドッ、ドッ、ドッっと彼女の心音が高鳴っているのがこちらまで伝わってくる。

「……スミレの心臓の音がこっちまで響いてる」
「えっ……あ、あのごめんなさい」
「ふ。なぜ謝るんだ?」
「え、えっと……」

「……スミレ」

彼女の頬を撫で、そのまま肩にかかった髪を後ろへ流す。

少し猫っ毛である彼女髪は柔らかく、触り心地がいい。

潤んだ目でこちらを見つめる彼女が愛しくてたまらない。






──そして俺は、そのまま彼女の唇へ自分の唇をそっと重ねた。
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