鬼使神差〜無能神様が世界を変える物語〜

天楪鶴

文字の大きさ
155 / 184
ー悪ー 第一章 アタラヨ鬼神

第六話 べトロ

しおりを挟む
 滝から離れ、また静かになった。シュヴェルツェは意外と口数が少ない鬼神だ。このまま黙ってついて行くのか、なにか話した方が良いのか分からなくなる。これが気まずい......というものだろうか。

  鬼神王はなにか話してみようと決めた。しかし話のネタが思いつかない。
  とりあえず辺りを見渡し、なにか無いか探してみた。すると、葉のない木々の間からなにか動いているのが見えた。灯篭の光が当たらず、なにがいるかよく見えない。
  鬼神でもいるのだろうか。


「鬼神王様、どうされました?」
「あそこに......誰かいる......」


 鬼神王が目を細めて何かを真剣に見つめていることに気づいたシュヴェルツェは立ち止まって聞いた。
 鬼神王は指を指す。
 すると後ろからガサガサと木々が揺れる音がした。
  風では無い。二神の髪はちっとも揺れていない。
 鬼神王は振り返った。
  やはり何がいる。自分より横にも縦にも大きい何者かが、こちらを見つめているのだ。


「あぁ......大丈夫ですよ」


  シュヴェルツェは鬼神王の肩にそっと手を置いた。その時、鬼神王は恐怖で自分の体が揺れていたことに気づいた。
  

「まぁ...あんなところに居たら怖いですよね......」


  シュヴェルツェはそう言うと、両手をパンパンと大きくそして二回叩いた。
  すると木々の影に隠れていたものたちがゆっくりこちらへ向かってきた。ベタ......ベタ......と謎の音が聞こえてくる。鬼神王の胸は更に大きく響いた。

  そして灯篭の光と月明かりによって、その生物たちの姿がよく見えた。


「......ひっ」


  全体がドロドロしていてとても不気味だ。鬼神王は思わずシュヴェルツェの後ろに隠れた。鬼神王が後ろに隠れると、ドロドロの生物たちの方から『ウゥ......ウゥ......』とうめき声のようなものが聞こえてきた。その声はどこか悲しそうに感じる。


「鬼神王様。コイツらは悪い奴らではありませんよ」


  そう言われても見た目が怖い。近づいたら大口を開けて丸呑みされてしまいそうだ。一体何者なのだろうか。


「コイツらは『べトロ』......と言います」
「べ......べとろ??」


  鬼神王は思わず聞き返した。なんだこの変な名前は。もう少しなんとかならなかったのだろうか。


「誰がつけたの、この名前......」
「さて......誰でしょうね」


  シュヴェルツェは口に手を当て、クスッと笑った。この言い方には引っかかる。まさか自分が付
 けたわけではないだろうか......と鬼神は不安に思った。 


「......僕だったり...?」
「どうでしょう」


  やはりそうかもしれない。「そうですよ」と言っているかのようにシュヴェルツェはこちらを見て笑う。
  なんでこんな変な名前を付けたのだろう。ベトベト、ドロドロしているからだろうか。もし今の自分がべトロたちに名前を付けるならもう少しマシな名前を付けるだろう。......いや、べトロしか思いつかない。一度聞いてしまったため、べトロしか出てこないのだろうか。けれど記憶がなくなっても自分は自分だ。べトロしか思いつかないのも、自分が考えたとすれば納得がいく。
  そう思うとだんだん『べトロ』という名前が可愛らしく思えてきた。

  鬼神王はべトロを見た。......いや、べトロたちは全く可愛くない。恐ろしい化け物のような見た目だ。名前と見た目......全然あっていないではないか。


「王目覚メタ」
「王...久シブリデス......」
「我ラハ王ノコト、ズット待ッテタ」


  べトロたちの考えていることはよく分からない。けれど喜んでいる様子は伝わってくる。


 (あれ......?)


  鬼神王は一つ気になった。
『王...久シブリデス......』
  ......という事は、眠る前あったことがあるのだろうか。......たしかに『べトロ』という名前を付けたのが自分なのであれば、会っているのかもしれない。
  

「べトロたちは何者なの?」
「鬼神になりきれなかったただの道具ですよ」


  本神(ほんにん)が目の前にいるというのにシュヴェルツェは容赦なく大きな声で言った。

  どうやらべトロたちは鬼神になりきれなかった半鬼神の生物だそうだ。鬼神たちは神へ対する人間たちの不満や怒りから生まれるもの。本来ならば、鬼神が生まれる際、一定数の不満や怒りの想いが溜まってから生まれる。
  しかしべトロたちは一定数に達していないのに生まれた半鬼神。失敗作......と言った方がよいだろうか。
  
  そしてべトロたちが『久シブリ』と言った理由......それは、やはり記憶が消える前も会っていたようだ。
  少し前にシュヴェルツェが『鬼神たちが生まれるのには時間がかかる』みたいなことを言っていた。そのため、鬼神たちは鬼神王が眠りについた後から誕生して行った。
  けれどそれ以前から誕生していたというべトロたちはやはり、不満や怒りの気持ちが一定数に達していないのに生まれてきたのだろう。


「でも、『道具』って可哀想じゃない?」
「そうですか?」


  鬼神王は目を大きく見開いて驚いた。鬼神王は本気で可哀想だと思っているのだが、シュヴェルツェはなんともないという顔をしている。
  同じ鬼神であるのにこんなに違うことはあるのだろうか。


「鬼神王様は優しい方ですからね。本来はコイツらには名前がなく、必要ないのですが、鬼神王様が付けた......の......あ。......ごっほん」


  シュヴェルツェはわざとらしく咳払いをした。やはり『べトロ』という名前は自分が付けたのではないか。


「けれど鬼神王様。鬼神たちも、俺と同じでべトロたちを道具だと思っております」
「......」


  通りでこんな神通(ひとどお)りの少ない場所で、隠れるように過ごしていたのだろう。なんだか胸が苦しくなってきた。しかしべトロたちは何も気にしていない様子だ。嫌では無いのだろうか。


「さっきは驚いちゃってごめんね」


  鬼神王はべトロたちのそばま出来て、一番前にいたべトロの頬辺りを触った。
  ベトベトしている。まるで手が引っ付いてしまっているようだ。しかし手を離すと、手には何も付いていない。不思議な触り心地だ。
  そしてべトロを見ると......べトロたちの動きが止まった。


「あれ?」
「自らべトロに触れたのは、鬼神王が初めてですから」


  べトロたちは驚いているようだった。まさか誰にも触れられたことがないとは。
  鬼神王は可哀想に思い、今度は背伸びをして別のべトロの頭を撫でた。身長差が激しいため、背伸びをしても届かないのだが、鬼神王と視線を合わせてくれているのかべトロたちは姿勢を低くしている。
  すると頭を撫でたべトロはベチャという大きな音を立てて後ろに倒れた。


「あ......」
「大丈夫です。そのうち起きますから」







しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

処理中です...