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ー悪ー 第一章 アタラヨ鬼神

第六話 べトロ

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 滝から離れ、また静かになった。シュヴェルツェは意外と口数が少ない鬼神だ。このまま黙ってついて行くのか、なにか話した方が良いのか分からなくなる。これが気まずい......というものだろうか。

  鬼神王はなにか話してみようと決めた。しかし話のネタが思いつかない。
  とりあえず辺りを見渡し、なにか無いか探してみた。すると、葉のない木々の間からなにか動いているのが見えた。灯篭の光が当たらず、なにがいるかよく見えない。
  鬼神でもいるのだろうか。


「鬼神王様、どうされました?」
「あそこに......誰かいる......」


 鬼神王が目を細めて何かを真剣に見つめていることに気づいたシュヴェルツェは立ち止まって聞いた。
 鬼神王は指を指す。
 すると後ろからガサガサと木々が揺れる音がした。
  風では無い。二神の髪はちっとも揺れていない。
 鬼神王は振り返った。
  やはり何がいる。自分より横にも縦にも大きい何者かが、こちらを見つめているのだ。


「あぁ......大丈夫ですよ」


  シュヴェルツェは鬼神王の肩にそっと手を置いた。その時、鬼神王は恐怖で自分の体が揺れていたことに気づいた。
  

「まぁ...あんなところに居たら怖いですよね......」


  シュヴェルツェはそう言うと、両手をパンパンと大きくそして二回叩いた。
  すると木々の影に隠れていたものたちがゆっくりこちらへ向かってきた。ベタ......ベタ......と謎の音が聞こえてくる。鬼神王の胸は更に大きく響いた。

  そして灯篭の光と月明かりによって、その生物たちの姿がよく見えた。


「......ひっ」


  全体がドロドロしていてとても不気味だ。鬼神王は思わずシュヴェルツェの後ろに隠れた。鬼神王が後ろに隠れると、ドロドロの生物たちの方から『ウゥ......ウゥ......』とうめき声のようなものが聞こえてきた。その声はどこか悲しそうに感じる。


「鬼神王様。コイツらは悪い奴らではありませんよ」


  そう言われても見た目が怖い。近づいたら大口を開けて丸呑みされてしまいそうだ。一体何者なのだろうか。


「コイツらは『べトロ』......と言います」
「べ......べとろ??」


  鬼神王は思わず聞き返した。なんだこの変な名前は。もう少しなんとかならなかったのだろうか。


「誰がつけたの、この名前......」
「さて......誰でしょうね」


  シュヴェルツェは口に手を当て、クスッと笑った。この言い方には引っかかる。まさか自分が付
 けたわけではないだろうか......と鬼神は不安に思った。 


「......僕だったり...?」
「どうでしょう」


  やはりそうかもしれない。「そうですよ」と言っているかのようにシュヴェルツェはこちらを見て笑う。
  なんでこんな変な名前を付けたのだろう。ベトベト、ドロドロしているからだろうか。もし今の自分がべトロたちに名前を付けるならもう少しマシな名前を付けるだろう。......いや、べトロしか思いつかない。一度聞いてしまったため、べトロしか出てこないのだろうか。けれど記憶がなくなっても自分は自分だ。べトロしか思いつかないのも、自分が考えたとすれば納得がいく。
  そう思うとだんだん『べトロ』という名前が可愛らしく思えてきた。

  鬼神王はべトロを見た。......いや、べトロたちは全く可愛くない。恐ろしい化け物のような見た目だ。名前と見た目......全然あっていないではないか。


「王目覚メタ」
「王...久シブリデス......」
「我ラハ王ノコト、ズット待ッテタ」


  べトロたちの考えていることはよく分からない。けれど喜んでいる様子は伝わってくる。


 (あれ......?)


  鬼神王は一つ気になった。
『王...久シブリデス......』
  ......という事は、眠る前あったことがあるのだろうか。......たしかに『べトロ』という名前を付けたのが自分なのであれば、会っているのかもしれない。
  

「べトロたちは何者なの?」
「鬼神になりきれなかったただの道具ですよ」


  本神(ほんにん)が目の前にいるというのにシュヴェルツェは容赦なく大きな声で言った。

  どうやらべトロたちは鬼神になりきれなかった半鬼神の生物だそうだ。鬼神たちは神へ対する人間たちの不満や怒りから生まれるもの。本来ならば、鬼神が生まれる際、一定数の不満や怒りの想いが溜まってから生まれる。
  しかしべトロたちは一定数に達していないのに生まれた半鬼神。失敗作......と言った方がよいだろうか。
  
  そしてべトロたちが『久シブリ』と言った理由......それは、やはり記憶が消える前も会っていたようだ。
  少し前にシュヴェルツェが『鬼神たちが生まれるのには時間がかかる』みたいなことを言っていた。そのため、鬼神たちは鬼神王が眠りについた後から誕生して行った。
  けれどそれ以前から誕生していたというべトロたちはやはり、不満や怒りの気持ちが一定数に達していないのに生まれてきたのだろう。


「でも、『道具』って可哀想じゃない?」
「そうですか?」


  鬼神王は目を大きく見開いて驚いた。鬼神王は本気で可哀想だと思っているのだが、シュヴェルツェはなんともないという顔をしている。
  同じ鬼神であるのにこんなに違うことはあるのだろうか。


「鬼神王様は優しい方ですからね。本来はコイツらには名前がなく、必要ないのですが、鬼神王様が付けた......の......あ。......ごっほん」


  シュヴェルツェはわざとらしく咳払いをした。やはり『べトロ』という名前は自分が付けたのではないか。


「けれど鬼神王様。鬼神たちも、俺と同じでべトロたちを道具だと思っております」
「......」


  通りでこんな神通(ひとどお)りの少ない場所で、隠れるように過ごしていたのだろう。なんだか胸が苦しくなってきた。しかしべトロたちは何も気にしていない様子だ。嫌では無いのだろうか。


「さっきは驚いちゃってごめんね」


  鬼神王はべトロたちのそばま出来て、一番前にいたべトロの頬辺りを触った。
  ベトベトしている。まるで手が引っ付いてしまっているようだ。しかし手を離すと、手には何も付いていない。不思議な触り心地だ。
  そしてべトロを見ると......べトロたちの動きが止まった。


「あれ?」
「自らべトロに触れたのは、鬼神王が初めてですから」


  べトロたちは驚いているようだった。まさか誰にも触れられたことがないとは。
  鬼神王は可哀想に思い、今度は背伸びをして別のべトロの頭を撫でた。身長差が激しいため、背伸びをしても届かないのだが、鬼神王と視線を合わせてくれているのかべトロたちは姿勢を低くしている。
  すると頭を撫でたべトロはベチャという大きな音を立てて後ろに倒れた。


「あ......」
「大丈夫です。そのうち起きますから」







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