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第1話
しおりを挟む深夜、部屋の明かりを落としたレオは、VRヘッドセットを手に取り、ゆっくりと息を吐いた。
「……いよいよだな」
指先で装置を撫でながら、ほんの少し緊張した声が自分の耳に返ってくる。
完全没入型VRMMORPG、「ネオ・リアルワールド」。この世界では、視覚だけでなく、聴覚や触覚、嗅覚に至るまでゲーム内で再現される。AIによるNPCたちは、まるで生きているかのように振る舞うという。
ログインを選択すると、視界が一瞬暗転し、次の瞬間、森の中に立っていた。
木々の間から差し込む朝日の光。葉の間を小鳥が飛び交い、湿った土の匂いが鼻をくすぐる。手を伸ばすと、朝露に濡れた草の感触が指先に伝わった。風が頬をなで、木の葉が微かにざわめく。
「すご……」
言葉が自然に漏れる。画面越しの世界ではなく、身体ごとこの森にいる感覚だった。
その時、小さな声が背後から聞こえた。
「おや、あなた、新顔ね?」
振り返ると、赤茶色の髪をまとめた小柄な老婆が杖をつきながら近づいてきた。柔らかそうなローブに包まれた姿で、目は優しく光っている。
「……えっと、初めてのログインでして」
レオは少し口ごもった。
「ふふ、なら私が案内してあげましょう。森を抜ける道は、初めての人には少々迷いやすいのよ」
老婆の声には、単なる定型応答ではない温かさがあった。手を差し出されると、自然に握手したくなる衝動に駆られる。
「まずは、この森で薬草を集めて村に持ち帰るの。報酬はちょっとしたお金と、少しの経験値。森に自生する薬草は昼と夜で姿を変えるのよ」
歩きながら老婆は話しかける。
「この森、昼と夜では全く表情が違うの。昼は優しく、夜は少し冷たい。感じたことはある?」
「え、そうなんですか?」
「ええ。森も生き物なのよ。感じるものがあるの」
小鳥が枝を飛び交い、小動物が草むらから顔を出す。光と影が揺らめき、森自体が呼吸しているようだった。
薬草を見つけるたび、老婆はにっこり微笑む。
「まあ、見つけたのね!とてもいい感触の薬草だわ」
声のトーンや手の仕草に、AIとは思えない生き生きとした喜びがある。
途中、道が二手に分かれる場所に来た。画面に選択肢が浮かぶ。
1. 老婆の勧める道を進む
2. 自分で直感を信じて別の道を選ぶ
レオは少し考えた後、老婆の言う通りの道を選んだ。
すると老婆は目を細め、柔らかく笑った。
「ふふ、素直な子ね。森は時に素直さを求めるのよ」
たかがゲームAIなのに、心が通じたような感覚があった。
村に薬草を持ち帰ると、老婆は満面の笑みで言った。
「ありがとう。これで少しは村も助かるわ」
報酬としてゲーム内通貨とスキルポイントを得る。だが、レオの胸に残ったのは、数字以上の感情だった。
「……この世界、ただのゲームじゃないな」
その時、森の奥で小鳥が一羽、楽しそうに鳴いた。
新しい冒険、新しい出会いが、もうすぐ始まる予感がした。
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