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第8話:泥を啜る敗者と、星を纏う女帝
帝国との国交正常化を乞うためにやってきた、かつての祖国・リリアーヌ王国の使節団。
その末端に、「罪人兵士」として駆り出された男がいた。
……アルベルトだ。
かつての金髪は色あせ、顔には戦地でついた生々しい傷跡。重い荷物を背負い、帝国の兵士に罵倒されながら歩く姿に、かつての王太子の威厳は微塵もない。
(……レオノーラ。君がいなくなってから、国は荒れ果てた。ミアの嘘が暴かれ、聖杯を失い、天災が続き……。私は、君がどれほど一人で国を支えていたか、失って初めて知ったんだ)
アルベルトは、謁見の間の入り口で、跪いて頭を垂れた。
兵士である彼は、謁見の間に入る資格さえない。ただ、開かれた扉の隙間から、その「光」を盗み見ることしか許されない。
「――リリアーヌ王国使節団。皇帝陛下、ならびに皇帝妃レオノーラ閣下への謁見を許す」
その名を聞いた瞬間、アルベルトの心臓が跳ねた。
「レオノーラ閣下」。
かつて自分が「悪女」と呼び、婚約破棄を突きつけた女が、今や大陸最強の帝国の象徴として君臨している。
扉の向こう。
玉座の隣、ギルバート皇帝と肩を並べて座る女性がいた。
彼女が纏っているのは、帝国の魔導技術の結晶――動くたびにオーロラのように色彩を変える、幻想的なドレス。その美しさは、もはや人の域を超えていた。
「……あ……ああ……」
アルベルトの口から、掠れた声が漏れる。
あまりの神々しさに、視界が滲む。
彼が必死に守ろうとしたミアの「偽りの光」とは違う。レオノーラ自身から溢れ出す、本物の「慈愛」と「叡智」の光だ。
「リリアーヌ王国の皆様。……随分と、お疲れのようですわね」
レオノーラの鈴を転がすような声が、広間に響く。
彼女の視線が、一瞬だけ、入り口で泥にまみれて跪くアルベルトを掠めた。
だが、そこには憎しみも、悲しみもなかった。
ただの「道端に落ちている石ころ」を見るような、完璧な無関心。
「レ、レオノーラ様……! どうか、我が国をお救いください! 深刻な飢饉と魔物の暴走で、国はもう限界なのです!」
使節団の代表が、床に額を擦りつけて叫ぶ。
レオノーラは優雅に頬杖をつき、冷徹に言い放った。
「救う? ……あら、おかしいわね。私がいた頃、皆様は『悪女の呪いが国を滅ぼす』と仰っていたではありませんか。……今、国が滅びかけているのは、私のせいではなく、皆様が選んだ『聖女』の報いなのではなくて?」
「それは……っ、その通りです! 我々が愚かでした! どうか、かつての情けに免じて……!」
「情け、ですか。……ギルバート陛下。私は、この国(リリアーヌ)に手を貸す義理を感じませんわ。……ただ、この男(アルベルト)が、私の足元の泥を綺麗に舐めとるというのなら、考えてあげてもよろしくてよ?」
レオノーラが、冗談めかして指差したのは、入り口で震えるアルベルトだった。
「……っ!」
アルベルトは、這いつくばって前へ出た。
かつてのプライドなど、飢えと後悔の前では何の意味も持たない。
彼は、レオノーラの靴の先にまで這い寄り、震える唇を寄せた。
「……レオノーラ……。済まなかった……。君の……君の言う通りだ……」
その惨めな姿を、皇帝ギルバートはゴミを見るような目で見下ろすと、レオノーラの腰を強く抱き寄せた。
「汚らわしい。……レオノーラ、こんな男に構うのは時間の無駄だ。……リリアーヌ王国は、帝国の『属国』となるなら、最低限の食糧支援だけはしてやろう」
「属国……!」
使節団に衝撃が走る。
一国の王太子が、かつての婚約者の足元で泥を啜り、国は名前を失う。
これが、レオノーラを捨てた代償。
レオノーラは、絶望に染まるアルベルトを見下ろし、このループで初めて、心からの勝利の笑みを浮かべた。
(……これで、全て終わったわ。九回分の復讐、これにて完了ね)
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