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第三章

指輪が見せたかったこと

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 僕は、この場で何ができるのだろう?

 僕には、何の力もない。そんな人間が、戦局に変化を与えるような行動を、とれるのだろうか?

 目の前のパネルには、2つの「選択肢」が書かれていた。


「魔女にスロウ」

「リサ王女にスロウ」


 これは何だろう? 上の選択肢は、まだ分かる。魔女にスロウの魔法をかけて、行動を遅らせようということだろう。ただし、今から魔法を放っても、間に合うかは疑わしい。

 下の選択肢は、よく分からない。リサ王女にスロウの魔法をかけて、どうなるのだろうか。王女の動作を遅らせることで、何かのメリットがあるのか。指輪が僕に、何かを教えようとしているのだろうか。

 このままいくと、魔女がリサ王女に何らかの攻撃を仕掛ける可能性がある。それを避けるために、何かをしなければならない。でも、何を?

――動かなければ、何も始まらない。

 僕は気持ちを落ち着けて、「魔女にスロウ」のパネルを押し込んだ。――これで何が起きるか、まずは確認する必要がある。

 僕の精神は幽体離脱し、宮殿上空へと浮かび上がった。これはいつも通りなので、もう、僕としても、あまり驚かなくなっていた。僕が見下ろす中で、意識をなくした僕の身体が、魔女にスロウを放つ。

 だが、スロウは魔女に当たらない。魔女の手前で、魔法がかき消されてしまった。なぜだ? 状態異常魔法に対する、100%耐性がある、ということだろうか。

 魔女はそのまま、僕のことには目もくれずに、リサ王女に対して何らかの魔法を発動した。目にも止まらない速さの光弾が、リサ王女を直撃する。倒れ落ちたリサ王女の頭上には……不吉な10カウントが表示されていた。

――あれは、「死の宣告」デス・センテンスじゃないか!?

 リサ王女が、魔女の期限付き・即死魔法にかかった。あと、10カウントが経過すると、この魔法をかけられたものの命は尽きてしまう。これは、最悪の事態が起こった。

 英傑王や近衛兵、全員が必死で魔女を攻撃し始めた。それは、そうだ。10カウント以内に魔女を倒さなければ、王女の命が危ないのだ。

 だが、魔女の魔力は圧倒的だ。我を忘れた、無謀な攻撃で倒せるほど、甘くはない。味方が1人、また1人と倒れていく。やがて姫の頭上にある10カウントも、9、8、7と少しずつ減っていく……

 ――そうか、指輪が見せたかったのは、この未来だ。

 僕は空中から状況を眺めながら、直感的に、そう思った。

 この指輪はいつも、重大な局面で、最悪の場面を予想する。そしてそれを、装備者に示す。不吉な未来を予言し、それに対する回避行動を促しているのだ。

 キラー・レイブン戦と同様、この未来を回避するために、僕は何らかの行動をとらなければならない。それが何かまでは、指輪は教えてくれない。ただ、ヒントはくれたかもしれない。

 空から落下したような感覚があり、僕は幽体離脱の状態から、元の身体に戻った。魔女が、白黒の世界で、リサ王女に指先を向けた状態で静止している。

 ……そう、これは、不吉な予言が「これから始まる」世界。そして、僕が未来を変えなければいけない世界だ。

 信じるしかない。――この局面を、僕は変えられると。

 周囲のガラスがこなごなに砕け散った。さあ、現実世界に戻る。

 僕の戦いが、はじまる。
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