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36話
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サクラコの放ったその一言に誰もが背筋を凍り付かせた。
サクラコが普段からアロエに対してややきつめの言動をするのは別段珍しいことではなかった。それはアロエへの好意の裏返しであるということが周知であったし、第一に本気でサクラコが他人を貶めたり危害を加えたりすることがあるはずもないであろうことは自明だったからだ。
だが今この時、フリージアの頭を地面にそっと寝かせ、むくりと立ち上がったサクラコの表情を見た面々は只ならぬ狂気を感じた。仮にもしメンバーの想像通り、アロエがフリージアを強姦するような真似をしていたとすれば、サクラコの怒りがあまりに正し過ぎ、そしてそれがゆえに今からサクラコがどのような行動に出るのかまるで想像もつかなかった。
このままでは不味いと即座に動いたのはアズサだった。
「落ち着け、サクラコ!」
だが、アズサの身体は一瞬の内に宙に舞い、そして地面に叩き付けられた。
「くはっ……」
アベリアがそんなアズサの抵抗などまるで視野に入らない調子で突如その場にへたり込んだ。
「なんで……。アロエ……。あんた、何やってんのよ……」
アベリアはあまりのショックからなのか、半ば放心状態で目が虚ろになりかけている。
恐らくメンバーきっての常識人であり、皆を諫める役を担っていたサクラコが、いの一番にアロエへ敵意を向けたことがアベリアの心を急速にぐらつかせたに違いなかった。
「皆、落ち着くんだ! アロエからまず話を……ぐ……」
カモミールのその冷静な一言はギボウシによってかき消された。
カモミールは力を失い地面へ俯せに倒れた。
「まさか女性に手を掛けるなんて……。元々ロクな輩じゃないとは思っていたけど……。本当に救いようのない屑だったとはね」
ギボウシはカモミールの首に突き刺した注射器のようなものを抜いて、地面に放り投げた。
そしてさらに、もう一本、身に着けていたカバンから新しい注射器を取り出した。
ラナンとナノハはその間、まるで殺人現場を目撃した一般人であるかのように、お互いに肩を寄せ合って震えているだけだった。
「ラナン、逃げよう……」
「オー……しかし、我々にはこれを見届ける義務がある……」
そんなラナンとナノハと同様に、夜分遅くなり数は減少していたものの、辺りに居た観光客達が只ならぬ様子に騒ぎ始めた。
「不味いな、このままではとんでもないことに……」
ハスはゴクリと唾を飲むと、サクラコが平静さを喪失しカモミールまで倒れた以上、自分がこの場を収める他ないと腹をくくった。
「ギボウシ。非常に悪いとは思うが、どうやら私はまず君の動きを封じなければならないようだ……。少々手荒な真似をしてしまうことを許してほしい」
ハスは一礼すると、ギボウシと相対した。ハスとギボウシ、その身長差はかなりのもので、一般人から見ればとてもギボウシに勝ち目があるようには見えなかっただろうが、ハスの表情は非常に重かった。
「相変わらず頭が固いね。そこの赤髪の軽薄な男は、もうれっきとした犯罪者だよ。だけど、ボタニカルはこれら全て結局隠匿しようというするだろうね。そしてアロエは何の刑事罰を受けることもなく何食わぬ顔で生き続けることだろう。またフリージアはなぜか適当な理由で前の誰かさんと同じように除隊になるかもしれない。そういうオチが目に見えているんだよ。君もわかっているだろう?」
ギボウシは注射器を手の中でくるくると回しながらハスを睨む。
だが、ハスは額に汗を滲ませながらも、決して動じる様子を見せることなく強い口調で反論した。
「果たしてそうかな? むしろ真逆の事態となるかもしれない。とにかく。今我々は冷静さを欠いている。
直ちにフリージアを安静な場所に連れて行き、アロエから事情を聞くことだ。それが先決だ。違うかな?」
ははは、とギボウシは笑った。
「オーケーオーケー。模範的な回答だ。もう良いよ。そういえば、君達チームBは聞くところによると何やら妙な案件に関わっているらしいじゃないか。その辺も含めて君に色々と自白してもらおうかな」
ギボウシは更にバッグからサイズの異なる数本の注射器のようなものを取り出すと、一縷の容赦もしないことを暗にハスへと告げた。
ハスはごくりともう一度唾を飲み、自身が為すべきことを脳内で唱え直した。
だが、小さい男と大柄な男。その内、大柄な男の身体はひどく震えていた。
サクラコは最早、赦せる赦せないという物差しを自身の中で喪失させており、彼女の中にあるのは憎しみの火炎だった。
この遣る瀬無い思いを、最終的に極論も極論によって相殺することを深く望んでいた。
即ち、自身の手でアロエを殺めてしまえば、自分の心はゼロになることができるという見解。
それだけが彼女の脳内に溢れ返る無数の雑念を消し炭にできるただ一つの方法であるような気さえした。
脳がバチバチとスパークを繰り返し、見たことも聞いたこともない人物達の様々な身勝手な声が聞こえてくる。
――「サクラコ、今度うちの旅館泊まってってよ。大丈夫、全部タダタダ! 丁度この時期全然お客さん来ないからさぁ」
違う。これは私の記憶じゃないわ。サクラコはそう思った。とにかく、サクラコは喜怒哀楽いずれかの感情をあまりに高ぶらせてしまうと、殆ど幻聴のような何かが囁いてくる。これが嫌で冷静さを保つことを磨いていたというのに、とある誰かのせいで台無しも良い所だった。
ここまで感情の針が振り切ってしまうと、もうきっとボスに何とかしてもらいでもしなければ、元に戻れないことを確信していた。
サクラコは目の前に立ち塞がったリナリアを一瞬の内に気絶させてから、フリージアと同じく優しく地面に寝かせた。
残る障害はガーベラぐらいなもので、それを越えればサクラコはアロエを殺すことが出来た。
眼前にいる人の形をしたただの性犯罪者を簡単に殺すことが可能だった。
サクラコが普段からアロエに対してややきつめの言動をするのは別段珍しいことではなかった。それはアロエへの好意の裏返しであるということが周知であったし、第一に本気でサクラコが他人を貶めたり危害を加えたりすることがあるはずもないであろうことは自明だったからだ。
だが今この時、フリージアの頭を地面にそっと寝かせ、むくりと立ち上がったサクラコの表情を見た面々は只ならぬ狂気を感じた。仮にもしメンバーの想像通り、アロエがフリージアを強姦するような真似をしていたとすれば、サクラコの怒りがあまりに正し過ぎ、そしてそれがゆえに今からサクラコがどのような行動に出るのかまるで想像もつかなかった。
このままでは不味いと即座に動いたのはアズサだった。
「落ち着け、サクラコ!」
だが、アズサの身体は一瞬の内に宙に舞い、そして地面に叩き付けられた。
「くはっ……」
アベリアがそんなアズサの抵抗などまるで視野に入らない調子で突如その場にへたり込んだ。
「なんで……。アロエ……。あんた、何やってんのよ……」
アベリアはあまりのショックからなのか、半ば放心状態で目が虚ろになりかけている。
恐らくメンバーきっての常識人であり、皆を諫める役を担っていたサクラコが、いの一番にアロエへ敵意を向けたことがアベリアの心を急速にぐらつかせたに違いなかった。
「皆、落ち着くんだ! アロエからまず話を……ぐ……」
カモミールのその冷静な一言はギボウシによってかき消された。
カモミールは力を失い地面へ俯せに倒れた。
「まさか女性に手を掛けるなんて……。元々ロクな輩じゃないとは思っていたけど……。本当に救いようのない屑だったとはね」
ギボウシはカモミールの首に突き刺した注射器のようなものを抜いて、地面に放り投げた。
そしてさらに、もう一本、身に着けていたカバンから新しい注射器を取り出した。
ラナンとナノハはその間、まるで殺人現場を目撃した一般人であるかのように、お互いに肩を寄せ合って震えているだけだった。
「ラナン、逃げよう……」
「オー……しかし、我々にはこれを見届ける義務がある……」
そんなラナンとナノハと同様に、夜分遅くなり数は減少していたものの、辺りに居た観光客達が只ならぬ様子に騒ぎ始めた。
「不味いな、このままではとんでもないことに……」
ハスはゴクリと唾を飲むと、サクラコが平静さを喪失しカモミールまで倒れた以上、自分がこの場を収める他ないと腹をくくった。
「ギボウシ。非常に悪いとは思うが、どうやら私はまず君の動きを封じなければならないようだ……。少々手荒な真似をしてしまうことを許してほしい」
ハスは一礼すると、ギボウシと相対した。ハスとギボウシ、その身長差はかなりのもので、一般人から見ればとてもギボウシに勝ち目があるようには見えなかっただろうが、ハスの表情は非常に重かった。
「相変わらず頭が固いね。そこの赤髪の軽薄な男は、もうれっきとした犯罪者だよ。だけど、ボタニカルはこれら全て結局隠匿しようというするだろうね。そしてアロエは何の刑事罰を受けることもなく何食わぬ顔で生き続けることだろう。またフリージアはなぜか適当な理由で前の誰かさんと同じように除隊になるかもしれない。そういうオチが目に見えているんだよ。君もわかっているだろう?」
ギボウシは注射器を手の中でくるくると回しながらハスを睨む。
だが、ハスは額に汗を滲ませながらも、決して動じる様子を見せることなく強い口調で反論した。
「果たしてそうかな? むしろ真逆の事態となるかもしれない。とにかく。今我々は冷静さを欠いている。
直ちにフリージアを安静な場所に連れて行き、アロエから事情を聞くことだ。それが先決だ。違うかな?」
ははは、とギボウシは笑った。
「オーケーオーケー。模範的な回答だ。もう良いよ。そういえば、君達チームBは聞くところによると何やら妙な案件に関わっているらしいじゃないか。その辺も含めて君に色々と自白してもらおうかな」
ギボウシは更にバッグからサイズの異なる数本の注射器のようなものを取り出すと、一縷の容赦もしないことを暗にハスへと告げた。
ハスはごくりともう一度唾を飲み、自身が為すべきことを脳内で唱え直した。
だが、小さい男と大柄な男。その内、大柄な男の身体はひどく震えていた。
サクラコは最早、赦せる赦せないという物差しを自身の中で喪失させており、彼女の中にあるのは憎しみの火炎だった。
この遣る瀬無い思いを、最終的に極論も極論によって相殺することを深く望んでいた。
即ち、自身の手でアロエを殺めてしまえば、自分の心はゼロになることができるという見解。
それだけが彼女の脳内に溢れ返る無数の雑念を消し炭にできるただ一つの方法であるような気さえした。
脳がバチバチとスパークを繰り返し、見たことも聞いたこともない人物達の様々な身勝手な声が聞こえてくる。
――「サクラコ、今度うちの旅館泊まってってよ。大丈夫、全部タダタダ! 丁度この時期全然お客さん来ないからさぁ」
違う。これは私の記憶じゃないわ。サクラコはそう思った。とにかく、サクラコは喜怒哀楽いずれかの感情をあまりに高ぶらせてしまうと、殆ど幻聴のような何かが囁いてくる。これが嫌で冷静さを保つことを磨いていたというのに、とある誰かのせいで台無しも良い所だった。
ここまで感情の針が振り切ってしまうと、もうきっとボスに何とかしてもらいでもしなければ、元に戻れないことを確信していた。
サクラコは目の前に立ち塞がったリナリアを一瞬の内に気絶させてから、フリージアと同じく優しく地面に寝かせた。
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