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35話
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「あれー、サクラコ泣いちゃってるぅ―? 青春しちゃってるぅー?」
そろそろガーベラ辺りが茶々を入れてくることは無意識下で予期していたような気もするが、しかし、その発言先はアベリアだった。自分だってどうせ先程までは夜空に見惚れてあれこれ考えていただろうに、サクラコへ向ける表情はケロリとしていた。
「べ、べつに、私は泣いてなんていません!」
「あはは、ホントわかりやすいね、サクラコたんは」
「なんですか、その『たん』っていうのは」
「え、きゅんが良かった? サクラコきゅん」
「名前の後にそんな擬音は不要です!」
「えー、良いじゃーん、サクラコは、いっつも肩もおっぱいも張ってるんだから、このぐらい茶目っ気がある呼び方した方が色々とほぐれるんだよー」
「えらく語弊のある言い方ですね……」
終始アベリアは笑顔を浮かべていた。
単に揶揄いに来ただけなく、アベリア自身の中で何か一つ区切りがつきホッとしたのだろうということがサクラコにはわかっていた。
アベリアは冗談はさておきとばかりに神妙な顔つきになって続けた。
「それにしても遅いよねえ。アロエとフリージア。本当、変な事件に巻き込まれてなければ良いんだけど……」
それを聞くとサクラコは強く頷いた。
「その通りですね、非常に心配です。一体どうしたんでしょうか……」
と、サクラコとアベリアが話をしているまさにその時だった。
「みんなぁぁぁぁぁ、あれ! あれ!」
ガーベラが突然大声をあげるので、何事かと一同はガーベラの方へ一斉に振り向いた。
「いや、違うよぉ! 私じゃなくて、あそこ!!!!!」
一同は、ガーベラが指さしたその先へ視線を移動させた。
そこには、暗がりで判然とはしないものの確かに麗しい女性と思しき姿があった。
いや、ただ見知らぬ女性が丘へと上がってくるだけならばガーベラも叫んだりはしない。
無論、その場にいた全員がその人物が誰かを悟っていた。
そのあまりに美しい姿形を、例え髪が短くなっていようとも見間違うはずがないのだ。
そして、彼女のそのただならぬ様相が、一同の緊張のボルテージを一気に引き上げた。
今朝方着用していた紺のTシャツは所々が引き裂かれたような酷い破れ方をしており、彼女のその白く透き通った肌が露出していた。
「フリージア!!!!!」
サクラコは叫ぶと同時、誰よりも真っ先に彼女の元へと走った。
フリージアは、立つ気力を保つことがやっとなのか、今にも倒れそうだ。それでも懸命に片足を引きずりながら、ゆっくりとこちらへ近づいてきている。特に非常に危険な香りがするのは、露出した肌の所々に傷があり、そして下着さえ見えてしまっていることである。
サクラコがフリージアの前まで駆け寄ると、最後の力を使い果たしたかのように、彼女はそのままサクラコの胸に崩れ落ちてきた。
「フリージア!! フリージア!!! 一体何が!?」
「サクラコ! あまり激しく揺すってはいけない!」
サクラコは酷く狼狽し冷静さを欠いていたが、カモミールのそんな声が背中側から聞こえてきたため、ハッと、彼女の身体を揺さぶるのを辞し、優しく抱きしめた。
サクラコから数刻遅れて、カモミールを含めた他のメンバーもフリージアの元へやってきた。
サクラコは男性陣にこのようなフリージアの姿を晒しても良いのかと少し思ったが、しかしそんな悠長なことを考えている場合でもないと確信した。
フリージアの身体から力が抜け、さらに崩れ落ちてくる。
それに合わせてサクラコは徐々に腰を下ろしていき、最終的には地面に膝をついて中腰になった。
メンバー全員が固唾を飲んでフリージアを見守る。
とにかく、事情を聞かないことにはどうすべきかわからなかった。
暫く静寂があって、フリージアはようやく顔を上げた。
彼女の額には泥や木葉が付着していた。ここに来るまでの途中、幾度か転んだのかもしれない。
サクラコはその顔を見るだけで胸が痛んだ。
それだけ必死にここまで走って来たということ?
なぜ? それは。
それはつまり、誰かから逃げていたということ……?
フリージアは顔を苦しそうに歪めながら、必死の様子で口を開いて、息も絶え絶えの声色で述べた。
「ア……アロエ……」
「アロエ?」
一同の表情が更に曇った。
だがそのメンバーの嫌な予感を他所に、フリージアは息を吐きながら懸命に続けた。
「わ……わたしは……ハァ……ハァ」
一同は催促したいもどかしい気持ちにかられながらも、堪えてフリージアの言葉を待つ。
「ハァ……。わたしは……アロエ……さん、に……酷いことをされ……逃げて……きました……。彼は……ハァ……。私を……殺そうと……今……」
そこまでを傾聴すると、仮にも夢園師として様々な事案を解決してきている彼等には、事の次第がおおよそ理解できた。
「もう良いわ、フリージア。とにかく今は横になりましょう?」
サクラコはスッパリと切り落とすようにそう述べた。
パニックと尋常ではない疲労からなのか、酷く過呼吸気味になっているフリージアに最早言葉を紡がせるのは危険だとも感じたし……。
それに何か……。
プツリと。
自分の中で繋がっていた細い糸が切れてしまったような感じがした。
ハスは自身が着ていた迷彩柄のジャケットを脱ぎ、フリージアの肩にそっと掛けた。
幸い、丘の地面は草に覆われていたためそこまで痛くはないだろう。
あの美しかったブロンドの髪が、なぜか乱雑に切り落とされてショートヘアになってしまっている。朝三号車へ乗り込む際に見送ったフリージアからは想像もつかない、酷い有様だった。
サクラコはそのフリージアの頭を自身の太ももに添え、仰向けに寝かせた。
丁度、フリージアの視線からは先程まで皆が心奪われていた星空が見えるに違いなかった。
それから数刻も待たぬうちに、メンバーの予想通り、一人の男が丘へと駆け上がって来た。
「ハァハァ……。あ? お前ら、こんなとこで雁首揃えやがって……。ハァ……。それより……」
肩を上下させ、珍しく息を切らしている赤髪長身で柄が悪そうな男。男は暫く目を泳がせていたが、やがてサクラコの眼下で横になっているフリージアへ焦点を合わせると、睨み付けるような眼光とともに、怒気を込めた声を上げた。
「金髪、てめえ……」
だが、その男に発言が許されたのはその一言までで、すぐにサクラコが言葉を返した。
「アロエ。私、今から貴方を殺すわ」
そろそろガーベラ辺りが茶々を入れてくることは無意識下で予期していたような気もするが、しかし、その発言先はアベリアだった。自分だってどうせ先程までは夜空に見惚れてあれこれ考えていただろうに、サクラコへ向ける表情はケロリとしていた。
「べ、べつに、私は泣いてなんていません!」
「あはは、ホントわかりやすいね、サクラコたんは」
「なんですか、その『たん』っていうのは」
「え、きゅんが良かった? サクラコきゅん」
「名前の後にそんな擬音は不要です!」
「えー、良いじゃーん、サクラコは、いっつも肩もおっぱいも張ってるんだから、このぐらい茶目っ気がある呼び方した方が色々とほぐれるんだよー」
「えらく語弊のある言い方ですね……」
終始アベリアは笑顔を浮かべていた。
単に揶揄いに来ただけなく、アベリア自身の中で何か一つ区切りがつきホッとしたのだろうということがサクラコにはわかっていた。
アベリアは冗談はさておきとばかりに神妙な顔つきになって続けた。
「それにしても遅いよねえ。アロエとフリージア。本当、変な事件に巻き込まれてなければ良いんだけど……」
それを聞くとサクラコは強く頷いた。
「その通りですね、非常に心配です。一体どうしたんでしょうか……」
と、サクラコとアベリアが話をしているまさにその時だった。
「みんなぁぁぁぁぁ、あれ! あれ!」
ガーベラが突然大声をあげるので、何事かと一同はガーベラの方へ一斉に振り向いた。
「いや、違うよぉ! 私じゃなくて、あそこ!!!!!」
一同は、ガーベラが指さしたその先へ視線を移動させた。
そこには、暗がりで判然とはしないものの確かに麗しい女性と思しき姿があった。
いや、ただ見知らぬ女性が丘へと上がってくるだけならばガーベラも叫んだりはしない。
無論、その場にいた全員がその人物が誰かを悟っていた。
そのあまりに美しい姿形を、例え髪が短くなっていようとも見間違うはずがないのだ。
そして、彼女のそのただならぬ様相が、一同の緊張のボルテージを一気に引き上げた。
今朝方着用していた紺のTシャツは所々が引き裂かれたような酷い破れ方をしており、彼女のその白く透き通った肌が露出していた。
「フリージア!!!!!」
サクラコは叫ぶと同時、誰よりも真っ先に彼女の元へと走った。
フリージアは、立つ気力を保つことがやっとなのか、今にも倒れそうだ。それでも懸命に片足を引きずりながら、ゆっくりとこちらへ近づいてきている。特に非常に危険な香りがするのは、露出した肌の所々に傷があり、そして下着さえ見えてしまっていることである。
サクラコがフリージアの前まで駆け寄ると、最後の力を使い果たしたかのように、彼女はそのままサクラコの胸に崩れ落ちてきた。
「フリージア!! フリージア!!! 一体何が!?」
「サクラコ! あまり激しく揺すってはいけない!」
サクラコは酷く狼狽し冷静さを欠いていたが、カモミールのそんな声が背中側から聞こえてきたため、ハッと、彼女の身体を揺さぶるのを辞し、優しく抱きしめた。
サクラコから数刻遅れて、カモミールを含めた他のメンバーもフリージアの元へやってきた。
サクラコは男性陣にこのようなフリージアの姿を晒しても良いのかと少し思ったが、しかしそんな悠長なことを考えている場合でもないと確信した。
フリージアの身体から力が抜け、さらに崩れ落ちてくる。
それに合わせてサクラコは徐々に腰を下ろしていき、最終的には地面に膝をついて中腰になった。
メンバー全員が固唾を飲んでフリージアを見守る。
とにかく、事情を聞かないことにはどうすべきかわからなかった。
暫く静寂があって、フリージアはようやく顔を上げた。
彼女の額には泥や木葉が付着していた。ここに来るまでの途中、幾度か転んだのかもしれない。
サクラコはその顔を見るだけで胸が痛んだ。
それだけ必死にここまで走って来たということ?
なぜ? それは。
それはつまり、誰かから逃げていたということ……?
フリージアは顔を苦しそうに歪めながら、必死の様子で口を開いて、息も絶え絶えの声色で述べた。
「ア……アロエ……」
「アロエ?」
一同の表情が更に曇った。
だがそのメンバーの嫌な予感を他所に、フリージアは息を吐きながら懸命に続けた。
「わ……わたしは……ハァ……ハァ」
一同は催促したいもどかしい気持ちにかられながらも、堪えてフリージアの言葉を待つ。
「ハァ……。わたしは……アロエ……さん、に……酷いことをされ……逃げて……きました……。彼は……ハァ……。私を……殺そうと……今……」
そこまでを傾聴すると、仮にも夢園師として様々な事案を解決してきている彼等には、事の次第がおおよそ理解できた。
「もう良いわ、フリージア。とにかく今は横になりましょう?」
サクラコはスッパリと切り落とすようにそう述べた。
パニックと尋常ではない疲労からなのか、酷く過呼吸気味になっているフリージアに最早言葉を紡がせるのは危険だとも感じたし……。
それに何か……。
プツリと。
自分の中で繋がっていた細い糸が切れてしまったような感じがした。
ハスは自身が着ていた迷彩柄のジャケットを脱ぎ、フリージアの肩にそっと掛けた。
幸い、丘の地面は草に覆われていたためそこまで痛くはないだろう。
あの美しかったブロンドの髪が、なぜか乱雑に切り落とされてショートヘアになってしまっている。朝三号車へ乗り込む際に見送ったフリージアからは想像もつかない、酷い有様だった。
サクラコはそのフリージアの頭を自身の太ももに添え、仰向けに寝かせた。
丁度、フリージアの視線からは先程まで皆が心奪われていた星空が見えるに違いなかった。
それから数刻も待たぬうちに、メンバーの予想通り、一人の男が丘へと駆け上がって来た。
「ハァハァ……。あ? お前ら、こんなとこで雁首揃えやがって……。ハァ……。それより……」
肩を上下させ、珍しく息を切らしている赤髪長身で柄が悪そうな男。男は暫く目を泳がせていたが、やがてサクラコの眼下で横になっているフリージアへ焦点を合わせると、睨み付けるような眼光とともに、怒気を込めた声を上げた。
「金髪、てめえ……」
だが、その男に発言が許されたのはその一言までで、すぐにサクラコが言葉を返した。
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