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第二章 友達編

友達編 6

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「行ってみたいところ、一緒に行きませんか」

 柊一郎は一緒に出かけられるかもしれない期待と断られるかもしれない不安、そして初めて自分の意思で誘う緊張を振り切り、思い切って言葉にした。ドクンドクンと鼓動が大きくなっているが、必死に平静を装いに笑顔で店主を見つめる。
「え?」
「俺が、車出すんで。もちろんニャーも一緒に」
 にこやかに話す柊一郎とは対象的に店主はポカンとして柊一郎の肩越しに虚空を見ている。柊一郎は可愛いなと思いその表情も目に焼き付けようと凝視しながらも、やはり急すぎたかと思いすぐに後悔したが、それも一瞬で。呆けている店主にすかさずニャーが声をかけるように鳴いたのだった。
「ニャニャニャ!」
「え……でも……」
 店主はニャーと何やら話しているが、ニャーは後押ししてくれていると信じている柊一郎は二人の会話が終わるのを大人しく待った。
 ニャーは店主を見つめながら手と尻尾を動かし、店主はそれを困ったような表情で時折言葉を返しながら聞いている。そしてしばらくすると店主が諦めたような様子を見せた。
「……わ、分かったよう……」
「ニャー」
 会話が終わったようで、ニャーは満足気に人鳴きしてまた柊一郎の腕に顔を埋めて大人しくなった。柊一郎は少し緊張しながら店主を見つめる。
「あ、あの……ニャーも、あの……行きたいって、言ってて……あの、それで……」
 俯き加減で視線を彷徨わせながらしどろもどろに話す店主の言葉に柊一郎の胸は期待に高まる。これは、そういう事でいいのか、どう考えてもそういう事だろう。やはりニャーは協力してくれているのだ。柊一郎の胸は高鳴り、鼓動が早まる。
「ニャーが一緒でも大丈夫な所に行きましょう」
 説得してくれたであろうニャーの喉を指で撫でながら、柊一郎の脳内は瞬時に人気のありそうなスポットをかき集め始めた。
「あ、あの……ご迷惑、じゃなけ、れば……」
「迷惑だなんてとんでもない。言い出したのは俺ですから」
 ここまで期待してやっぱりやめるなどと持ち上げて落とされてはかなわない、と柊一郎も必死になる。これを逃せば二度はないかもしれない。しかしこれを成功させれば次の約束も取り付けられる可能性が格段に上がる。柊一郎が必死になるのも仕方のないことだった。
「うぅ……そ、それじゃあ……よろしく、お願いします」
 ペコリと頭を下げた店主に柊一郎の心は踊る。天にも昇る気持ちとはこういうことを言うのだろうか。誘って良かった。断られなくてよかった。柊一郎は嬉しさを隠しながら微笑む。
「どこか行きたいところはありますか?」
「あ、と、とりあえず……どこでも。ぼ、僕は、何も分からない、ので……柊一郎さんに、お任せしても、いいですか……?」
「ふふ。もちろんいいですよ。行きたいところがある時は遠慮なく言ってくださいね」
 行き先を任せると言った店主に高揚が止まらない。比べてはいけないのだろうが、柊一郎はこれまで付き合ってきた彼女たちに自分の行きたい所へ連れて行ったことはない。それは、柊一郎の意思ではなく、彼女らがそれを良しとしなかったのだ。あそこへ行きたい、どこどこに連れて行って、あそこは汚いから嫌、ダサいから無理。そういう事しか言われたことがなく、例え自分がつまらなくても彼女らの要望に答えてきた。しかしそれはとても疲れるものだった。付き合うと言うことは自分が我慢するものなのかとウンザリしたのを覚えている。
 店主に同じ気持ちを味わわせたくはないが、取り敢えず今回は譲ってもらおうと思う。それから店主が行きたいと言ったところに連れて行こう。そうすれば店主の興味があることも知る事ができるはず。店主とは対等でいたい。
「じゃあ、次の日曜日はどうですか」
「あ、はい……だい、じょうぶ、です……よろしくお願いします」
 再びペコリと頭を下げた店主に胸がときめく。美人なことを鼻にかけることもなく、礼儀正しくて控えめで、ニャーには少し強気な時があるところも可愛い。柊一郎はどんどん店主を好きになることが楽しくて嬉しい。もっともっと仲良くなりたい。店主への想いは膨れ上がっていく。
「迎えに来ますね」
「は、はい……」
 店主は少し頬を染めてモジモジしながら小さく微笑んでいる。少しは楽しみだと思ってくれているのだろうか。そうだといいなと思いながら、柊一郎は今日の分の本を買って店主とニャーに別れを告げると日曜日のデート――だと柊一郎は思っている――に思いを馳せながら真っすぐ駅に向かう。早く日曜日にならないかな、と思うとさっきまで一緒にいたのに店主とニャーに逢いたくてたまらなくなる。柊一郎はそんな自分に驚きながらも苦笑して、帰宅ラッシュ時間を過ぎて人が少なくなった電車へと乗り込んだのだった。
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