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美しい翼[前編]
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ある隠れ里に世にも珍しい翼を持つ人間が住んでいた。白く艶やかなのに清らかで、まるで天使のような翼を持つ者だけが暮らす里だった。
何百年も隠れて生きてきた。自分たちの翼から抜け落ちた羽を使って作った上等な布を作ったり近年では羽ペンなどを作って時折売りには出掛けていたが、外の人間と同じふりをして決して己が翼を持つ者であると教えることはなかった。卵を産んだ者は一年ほど翼がすっかり無くなってしまうから、外の人間のふりをして売りに行くのは難しい話ではなかったのだ。
しかしそれは昔の話である。文明がすくすくと育つ中、いつまでも隠れてはいられない。一部の者は外の人間と交わり、その度に里の長たちは怒りに震えた。
我らこそが一番優れた種族であり、外の人間などと交わるとは何事だ、恥だ、我らの翼への冒涜だ、と。
長は外交を減らし、外に出ようとした一族たちを牢屋に入れ、既に出て行った者たちを追いかけては処刑した。
もちろん長は外の人間が作る物も好まない。好まなくなったという方が正しい。昔はあいつらが作る物は面白いと屋敷に置くこともあった。今では里に外の人間が作った物が入ってくる方が珍しい。
しかしそういったものを好む者もまたいるわけで、長の息子がそうであった。長はまさか我が子が外の人間が作った物に傾倒しているとは思いもせず疑ってもいない。
だから長の息子は外で一族たちが責められているのも気にせず部屋に籠り、パソコンなどを弄って「外の人間はすごいね」などと笑っている。
「いずれここにも外の人間が来るよ。ここは隠れ里なんかじゃなくなる。そうなったら長は怒り狂ってどうするかな、姉さん」
弟が溜め込んでいる外の人間の物を長に気づかれないうちに一つでも捨てられないかと悩んでいた姉がなんてことないように弟に尋ねられて「姉様と呼びなさい」と敢えて話題を逸らそうとする。弟は少しもそれに乗らない。
「きっとね、長は外の人間の手に掛かるならと心中を選ぶよ。それも僕らのこの翼が一欠片も残らぬよう炎で焼くんだ。ねえ、姉さん。熱いのも痛いのも嫌だよね」
「長はきっとここをお守りになるわ。攻め入られたりしない。昔、私達の仲間が捕まえられて剥製にされて酷かったって習ったでしょう。そうならないために」
「だから剥製にされてしまわないように焼くんだろ、長は」
じっと押し黙った姉に弟は笑いかける。誰もがハッとするような美しい顔だ。長が見初めて結婚した、一族で一番美しかった者のかんばせに陰を垂らした美しい男だ。
「姉さん、二人で逃げようよ」
「ば、馬鹿なこと言わないで。私たちは長の子どもとして民の手本とならなければいけないのよ。そんなこと、想像することだって」
ゆるされない、と震えている姉の唇を弟がそっと指でなぞった。姉弟にしては艶めかし過ぎるその動きに姉は息を呑み、けれど振り払うことはなかった。
「本当は僕しか要らないくせに」
そう弟に囁かれた瞬間、カッと頬を赤く染めた。
「思い上がらないで! つ、次の長をもて遊ぼうったってそうはいかないんだから!」
「だからね、姉さんが次の長になる前にここは終わると言ってるんだよ。というか、もて遊ぶって……僕、本気なんだけど」
「なおさら悪いわ!」
くすくすと笑う弟から離れようとする姉の身体を、とん、と押して引き倒す。飛ぶための身体は酷く軽い。そして己の翼で姉の身体をなぞる。これ以上愛しいものはないと言わんばかりに触れられて姉はじっとりと汗を滲ませて唇を噛んだ。
「僕は姉さんのためならこの翼を切り落として贈ったっていいよ」
とびきりの愛の言葉、けれど普通比喩でしかない言わない言葉、恋人たちが笑いながら語るような言葉、この弟ならばやりかねない。
「……馬鹿なこと言わないで」
こんなに綺麗なのに、と瞳を潤ませる姉を見て弟は笑った。あとほんの少しだけ待ってあげようと頬を擦り寄せるだけで終わってやった。もう少しすればきっと落ちてくれるから。
何百年も隠れて生きてきた。自分たちの翼から抜け落ちた羽を使って作った上等な布を作ったり近年では羽ペンなどを作って時折売りには出掛けていたが、外の人間と同じふりをして決して己が翼を持つ者であると教えることはなかった。卵を産んだ者は一年ほど翼がすっかり無くなってしまうから、外の人間のふりをして売りに行くのは難しい話ではなかったのだ。
しかしそれは昔の話である。文明がすくすくと育つ中、いつまでも隠れてはいられない。一部の者は外の人間と交わり、その度に里の長たちは怒りに震えた。
我らこそが一番優れた種族であり、外の人間などと交わるとは何事だ、恥だ、我らの翼への冒涜だ、と。
長は外交を減らし、外に出ようとした一族たちを牢屋に入れ、既に出て行った者たちを追いかけては処刑した。
もちろん長は外の人間が作る物も好まない。好まなくなったという方が正しい。昔はあいつらが作る物は面白いと屋敷に置くこともあった。今では里に外の人間が作った物が入ってくる方が珍しい。
しかしそういったものを好む者もまたいるわけで、長の息子がそうであった。長はまさか我が子が外の人間が作った物に傾倒しているとは思いもせず疑ってもいない。
だから長の息子は外で一族たちが責められているのも気にせず部屋に籠り、パソコンなどを弄って「外の人間はすごいね」などと笑っている。
「いずれここにも外の人間が来るよ。ここは隠れ里なんかじゃなくなる。そうなったら長は怒り狂ってどうするかな、姉さん」
弟が溜め込んでいる外の人間の物を長に気づかれないうちに一つでも捨てられないかと悩んでいた姉がなんてことないように弟に尋ねられて「姉様と呼びなさい」と敢えて話題を逸らそうとする。弟は少しもそれに乗らない。
「きっとね、長は外の人間の手に掛かるならと心中を選ぶよ。それも僕らのこの翼が一欠片も残らぬよう炎で焼くんだ。ねえ、姉さん。熱いのも痛いのも嫌だよね」
「長はきっとここをお守りになるわ。攻め入られたりしない。昔、私達の仲間が捕まえられて剥製にされて酷かったって習ったでしょう。そうならないために」
「だから剥製にされてしまわないように焼くんだろ、長は」
じっと押し黙った姉に弟は笑いかける。誰もがハッとするような美しい顔だ。長が見初めて結婚した、一族で一番美しかった者のかんばせに陰を垂らした美しい男だ。
「姉さん、二人で逃げようよ」
「ば、馬鹿なこと言わないで。私たちは長の子どもとして民の手本とならなければいけないのよ。そんなこと、想像することだって」
ゆるされない、と震えている姉の唇を弟がそっと指でなぞった。姉弟にしては艶めかし過ぎるその動きに姉は息を呑み、けれど振り払うことはなかった。
「本当は僕しか要らないくせに」
そう弟に囁かれた瞬間、カッと頬を赤く染めた。
「思い上がらないで! つ、次の長をもて遊ぼうったってそうはいかないんだから!」
「だからね、姉さんが次の長になる前にここは終わると言ってるんだよ。というか、もて遊ぶって……僕、本気なんだけど」
「なおさら悪いわ!」
くすくすと笑う弟から離れようとする姉の身体を、とん、と押して引き倒す。飛ぶための身体は酷く軽い。そして己の翼で姉の身体をなぞる。これ以上愛しいものはないと言わんばかりに触れられて姉はじっとりと汗を滲ませて唇を噛んだ。
「僕は姉さんのためならこの翼を切り落として贈ったっていいよ」
とびきりの愛の言葉、けれど普通比喩でしかない言わない言葉、恋人たちが笑いながら語るような言葉、この弟ならばやりかねない。
「……馬鹿なこと言わないで」
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