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1.神隠し

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 いつもと同じ、帰る前のホームルームの時間。
 早く終わらないかな、と私はぼんやりと窓の外を見つめていた。
 鳥が戯れるように飛ぶのを眺める。
 その時までいつもと変わらない平凡で普通な日常だったと、後から思う。
 担任が何気なく発した話題に、私は静かに体を固まらせた。


「近頃、子どもが変な人に話しかけられる事件が多発しているようだから、みんなも気をつけるように」


 なんとも他人事と言える無感情な声色だった。
 高校生の私たちはもう子どもの範疇を超えているとでもいうのだろうか。
 それとも生徒が危ない目に合おうと関係ないのか。滅多に起こらないと高を括っているのか。
 人の気も知らないで、と私は奥歯を噛み締めた。


「先生、変な人ってどんな人ですか?」


 不安げに尋ねる人にも担任はひどく素っ気なく、淡々と告げた。


「どの子どもも、よく覚えてないと言っている。人間じゃなかった、とか言ってる子どももいるらしいが」


 まあ、子どもの言うことだ。と少し馬鹿にしたような口調で締める。
 ざわつく教室を担任が後にしてからも、暇を持て余したクラスメイトたちは、面白半分に先ほどの話題を続けている。
 教室から出る生徒はいない。
 早く帰りたいけど、目立つのも嫌だから、私は静かに席に座っていた。


「人間じゃないって、なんだよそれ。どれだけ奇抜な格好してたんだよ」

「でもこんな田舎でそんな格好してたら、すぐ噂になるだろ」


 どういうことだろうと、みんなが会話しているのを聞きたくもない。
 だけど耳は勝手に言葉を拾うのだ。


「……神隠しってやつじゃない?」


 誰だろう。誰なんてどうでもいい。
 確かに、誰かが言ったのだ。
 知らず知らずのうちに、私は手を握り締めていた。


「やめなよ!向坂は……」


 お節介なクラスメイトが私の名前を出す。
 高校から一緒の人は何のことか知らない人もいるのに、全く迷惑な話だ。
 ざわざわとクラスメイトの視線が私に集まるのがわかる。
 好奇心の溢れたそれが堪らなく苦痛で、私はカバンを持って教室を飛び出した。

 馬鹿みたいだ、神隠しなんて。そんな、時代錯誤なこと、あるわけないじゃないか。
 確かに私は昔、数日間行方不明だったことがある。
 でもそれは誰かおかしな人が私を誘拐しただけのことだ。
 それだって十分怖いけど、神隠しだなんておかしなことを言われるよりはましだ。

 行方不明になり、ようやく帰って来てからも行方不明の間の記憶はほとんどなくて、呆然とした私を見ておかしいと近所の人たちが噂していたのをよく覚えている。
 だから、あんな風に面白おかしく言う人たちが私は大嫌いだ。

 神なんているはずもないのに。


「……いたら、あんなこと起きるわけないじゃない」


 ぽつりと呟いた自分の声があんまりに惨めで、私は慌てて廊下を駆け出した。


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