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第5章
伝えたい言葉7
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ゆっくりカイトに近づいていく。
「こっちに来ないで!」って拒絶されたり、背を向けて逃げられるんじゃないかって思った。
だけどカイトは、うろたえた様子で、その場に留まっていた。
「少なくとも父ちゃんは、そう言ったよ」
「なんで? おじさんは、きみがいなくなってもいいって言うの……? あんなにきみのことをかわいがって、大切にしてたのに……」
「おまえに別れを告げられた後、父ちゃんから全部、聞いた」
息を飲み、カイトはひざの上にある両手をギュッと握りしめて、目線を下へやった。
「あれが、おまえの本心だとは思えねえんだ。だけど、ひどい言葉をたくさん言われて傷ついた。結婚すれば、ガキの父親になれば幸せになる。そうだな、普通の男は、それで幸せになる」
「だったら――」
「けど、そこに俺の幸せはねえ。どんなにかわいくて、きれいな女を見ても、恋愛感情を持てねえからだ。一緒の家で過ごして、キスや、それ以上のことをするなんて考えたくもねえ」
「まだ――運命の人に出会ってないからだよ」とカイトは声を震わせて口角を上げた。「出会ったら、きっと僕とのことは間違いだったって気づくよ」
「先のことはわかんねえ。けど、女を好きになることは、この先もないって言い切れる。神に誓ったっていい。それにさ、嫌われたくねえ。少しでも好かれてえって思うのは、おまえだけなんだ。笑顔を見るだけでみるみる力がわいてくるし、触れるとすごく幸せな気持ちになる。俺の命を投げ出しても、捧げても構わねえ。穏やかな暮らしをしてほしいって願う。そんなふうに思える人はカイトだけなんだよ」
冷たくなった小さな手を取り、温めるようにそっと握りしめる。いつでもカイトがいやがって俺の手を、たやすくはねのけられるくらいの力しか入れてない。
肩をわずかに揺らしたもののカイトは俺にされるがままだった。
「あれから三週間。有無も言わさず別れを告げられて、あからさまに避けられ、おまえから無視された俺は使い物にならねえバカになった。何をやってもうまくいかなくて上の空。やる気も削がれ、食欲も失せ、生きた心地がしなかった。そこに姉ちゃんの話が舞い込んで、父ちゃんも諦めたんだろうな。『こいつは男として欠陥がある。いくら孫の顔を見せてくれって頼んでも無駄だ』って」
「僕のせいだ」とカイトはかすれ声で、独り言でも言うみたいに、つぶやいた。「……僕が現れなければ……きみを誘惑しなければ、ヒロは、ちゃんと普通の幸せを掴めたんだ。きみの人生を、未来を台無しにした……」
「ちげえよ。おまえが現れなくても俺は女を好きになれなかった。ほかの男とだったら、本当に遊びの恋ばかりして、快楽ばかり求めてたと思う。おまえだから、こんなにも真剣に思えた」
「ヒロ……」
「なあ、あのときの言葉は本音じゃないんだろ。父ちゃんに別れるよう言われたから、俺を振ろうとした」
「違う! そんなんじゃ……」
弾かれたように顔を上げたカイトの前でひざをつき、黒い瞳を見つめる。彼の瞳の中には灰褐色の髪に、金色の瞳をした情けないツラの男が映っている。
「だったら、どうして、ここにいる? 嫌いな野郎に話しかけられても無視して、さっさと村を立ち去ればいい。なんで俺の心配をする……?」
「言ったでしょ。きみのことは『兄貴分として好きだ』って」
「それなら、あんな必死の形相をせずに一言『違います』って神父様に告げればよかったんだ。……おまえの意思を無視して好き勝手なことをしてきた。俺が怖くて何も言えなかったんだろ。この場を急に離れたら殴り殺されるんじゃないかと不安になって恐怖してる。だから動けない。そうだろ?」
「……ずるいなあ、ヒロは」
ずっと鼻を鳴らす音がしたかと思うとカイトは涙をボロボロこぼし始めた。
「そんな聞き方されたら、嘘でも『そうだよ』なんて言えないよ。最低だ、きみ。……僕が仮面をつけて精いっぱいの演技を……嘘をついて、きみから離れようと……忘れようとしてるのに……そうやって全部、台なしにする。好き勝手に蹂躙されたんじゃない。男だけど……きみの特別に……一番そばにいたくて……僕から求めたってわかってるくせに! 意地悪だ……あんまりだよ……」
黒い瞳に、ぷくりと水滴がふくらむ。大きくなったしずくは、重さに耐えきれず、象牙色のすべらかな肌を伝い落ちていった。
手をのばし、頬についた涙を拭う。
「そうでも言わなきゃ、おまえ、俺のために嘘をつき続けるだろ?」
顔を寄せ、頬に触れるだけの口づけをし、額をくっつけて見つめ合う。
涙をこぼしながらカイトは俺の肩へと手を回した。
「だって僕は、そばにいたら……きみを不幸にする。きみの命を奪う死神なんだよ」
「そんな心配する必要はねえって言っただろ。神父様が何を考えてらっしゃるのか理解できねえ。でも今夜しかチャンスはねえんだ。ふたりで逃げよう」
「ヒロ、僕だって、そうしたいよ。でも、できないんだ。もう何もかもが遅い。取り返しがつかないんだよ」
「こっちに来ないで!」って拒絶されたり、背を向けて逃げられるんじゃないかって思った。
だけどカイトは、うろたえた様子で、その場に留まっていた。
「少なくとも父ちゃんは、そう言ったよ」
「なんで? おじさんは、きみがいなくなってもいいって言うの……? あんなにきみのことをかわいがって、大切にしてたのに……」
「おまえに別れを告げられた後、父ちゃんから全部、聞いた」
息を飲み、カイトはひざの上にある両手をギュッと握りしめて、目線を下へやった。
「あれが、おまえの本心だとは思えねえんだ。だけど、ひどい言葉をたくさん言われて傷ついた。結婚すれば、ガキの父親になれば幸せになる。そうだな、普通の男は、それで幸せになる」
「だったら――」
「けど、そこに俺の幸せはねえ。どんなにかわいくて、きれいな女を見ても、恋愛感情を持てねえからだ。一緒の家で過ごして、キスや、それ以上のことをするなんて考えたくもねえ」
「まだ――運命の人に出会ってないからだよ」とカイトは声を震わせて口角を上げた。「出会ったら、きっと僕とのことは間違いだったって気づくよ」
「先のことはわかんねえ。けど、女を好きになることは、この先もないって言い切れる。神に誓ったっていい。それにさ、嫌われたくねえ。少しでも好かれてえって思うのは、おまえだけなんだ。笑顔を見るだけでみるみる力がわいてくるし、触れるとすごく幸せな気持ちになる。俺の命を投げ出しても、捧げても構わねえ。穏やかな暮らしをしてほしいって願う。そんなふうに思える人はカイトだけなんだよ」
冷たくなった小さな手を取り、温めるようにそっと握りしめる。いつでもカイトがいやがって俺の手を、たやすくはねのけられるくらいの力しか入れてない。
肩をわずかに揺らしたもののカイトは俺にされるがままだった。
「あれから三週間。有無も言わさず別れを告げられて、あからさまに避けられ、おまえから無視された俺は使い物にならねえバカになった。何をやってもうまくいかなくて上の空。やる気も削がれ、食欲も失せ、生きた心地がしなかった。そこに姉ちゃんの話が舞い込んで、父ちゃんも諦めたんだろうな。『こいつは男として欠陥がある。いくら孫の顔を見せてくれって頼んでも無駄だ』って」
「僕のせいだ」とカイトはかすれ声で、独り言でも言うみたいに、つぶやいた。「……僕が現れなければ……きみを誘惑しなければ、ヒロは、ちゃんと普通の幸せを掴めたんだ。きみの人生を、未来を台無しにした……」
「ちげえよ。おまえが現れなくても俺は女を好きになれなかった。ほかの男とだったら、本当に遊びの恋ばかりして、快楽ばかり求めてたと思う。おまえだから、こんなにも真剣に思えた」
「ヒロ……」
「なあ、あのときの言葉は本音じゃないんだろ。父ちゃんに別れるよう言われたから、俺を振ろうとした」
「違う! そんなんじゃ……」
弾かれたように顔を上げたカイトの前でひざをつき、黒い瞳を見つめる。彼の瞳の中には灰褐色の髪に、金色の瞳をした情けないツラの男が映っている。
「だったら、どうして、ここにいる? 嫌いな野郎に話しかけられても無視して、さっさと村を立ち去ればいい。なんで俺の心配をする……?」
「言ったでしょ。きみのことは『兄貴分として好きだ』って」
「それなら、あんな必死の形相をせずに一言『違います』って神父様に告げればよかったんだ。……おまえの意思を無視して好き勝手なことをしてきた。俺が怖くて何も言えなかったんだろ。この場を急に離れたら殴り殺されるんじゃないかと不安になって恐怖してる。だから動けない。そうだろ?」
「……ずるいなあ、ヒロは」
ずっと鼻を鳴らす音がしたかと思うとカイトは涙をボロボロこぼし始めた。
「そんな聞き方されたら、嘘でも『そうだよ』なんて言えないよ。最低だ、きみ。……僕が仮面をつけて精いっぱいの演技を……嘘をついて、きみから離れようと……忘れようとしてるのに……そうやって全部、台なしにする。好き勝手に蹂躙されたんじゃない。男だけど……きみの特別に……一番そばにいたくて……僕から求めたってわかってるくせに! 意地悪だ……あんまりだよ……」
黒い瞳に、ぷくりと水滴がふくらむ。大きくなったしずくは、重さに耐えきれず、象牙色のすべらかな肌を伝い落ちていった。
手をのばし、頬についた涙を拭う。
「そうでも言わなきゃ、おまえ、俺のために嘘をつき続けるだろ?」
顔を寄せ、頬に触れるだけの口づけをし、額をくっつけて見つめ合う。
涙をこぼしながらカイトは俺の肩へと手を回した。
「だって僕は、そばにいたら……きみを不幸にする。きみの命を奪う死神なんだよ」
「そんな心配する必要はねえって言っただろ。神父様が何を考えてらっしゃるのか理解できねえ。でも今夜しかチャンスはねえんだ。ふたりで逃げよう」
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