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第1章
終わりから始まる物語2
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朗らかな微笑を浮かべ、メアリーさんは湖のほうにある梢の木を指さした。
「カイトなら神父ダストンと散歩をしているところよ」
「わかりました。ありがとうございます。それじゃあ」
「ヒロ!」
突然、シスターメアリーが大きな声を出し、どうしたのだろうと振り返る。
普段、彼女が大きな声を出すのは幼い子どもたちがいたずらをしたり、悪いことをするときだけだ。
「なんでしょう?」
彼女は俺を引き止めたのに唇を真一文字に結んでいた。俺よりも十歳年上であるシスターメアリーは、温もりのある木々を思わせる茶色い目を見開き、何かを目で訴えてくる。
しかし数秒すると何ごともなかったように、いつも人々に見せている慈愛に満ちた微笑を浮かべたのだ。
「いえ、なんでも。時間があれば子どもたちにも会ってあげてね。彼らは、あなたを本当の兄のように親っているわ」
「もちろん、そのつもりです」
「お父様とお母様によろしく伝えて」
「……はい。両親も喜ぶと思います」
「あなたに神のご加護があらんことを」
そうして俺はカイトと神父様がいるほうへ駆けていく。
巨大な鏡のように澄んだ湖の木陰にカイトと神父様が並んでいた。
神父様は、いつものように黒いカソックを着て後ろ手に手を組み、車椅子に乗っているカイトを威厳ある眼差しで見つめている。
「カイト、きみはそれでいいんだね。きみには、ほかの選択肢もあるけど――」
「いえ、いいんです、神父様。これがぼくの選んだ道です。もう心に決めました」
「そうか。なら、私の出る幕はないな」
いったい何の話をしているのだろう?
ふたりの会話にどこか違和感を覚える。挨拶をするのも忘れて「何を話しているんです?」という言葉が口を突いて出ていた。
神父様が、ゆっくり振り返った。
その表情は、神に仕え、哀れな迷える子羊を導く穏やかなものでは到底なかった。悲しみやためらい、焦燥感、嫌悪、怒りといったものが、ひとりの男の顔の中に、すべてまざりあっている。
だが、それは一瞬で消え失せた。彼は、村人たちや子どもたちに普段見せている、穏やかな眼差しと朗らかな笑みをたたえたのだ。
「やあ、ヒロ。今日も野菜を届けに来てくれたのかい?」
「はい、そうです。今年は野菜がたくさんとれて大変ありがた思います。これも我々が日々、労働に勤しみ、正しい行いを行っているがゆえの神の恵みでしょう」
神父様の隣にいるカイトは、あからさまにこちらを無視して顔を横に背けている。
以前のように明るい表情で挨拶を返してくれないし、笑顔だって、ちっとも見せてくれない。
「それは、じつにいいことだ。ところで子どもたちには、もう会ってきたのかね?」
「いえ、まだです。メアリーさんに会って野菜を渡しました」
「ところで、わたしに何か相談ごとかい? それともカイトに話したいことがあるから、こちらへ来たのかな?」
青い湖のように透き通った瞳をした神父様が、俺を試すような口調で問いかけ、真意をさぐる。
「そうです。いち早くカイトに会いたかったんです。彼に会うために教会へ足を運んだも同然。それは、もう、おわかりでしょう?」
ストレートに発言するとカイトの上半身が、わずかに揺れた。
強い風がや突風が吹いたからじゃない。
カイトが俺の発言に動揺したからだ。
事実、彼は、こちらに「何を言ってるんだ」といわんばかりの咎めるような目線を送ってきた。
「なるほど……ヒロ、きみは本当にカイトのことを弟のように大切に思っているんだね」
「ええ、大切な弟分です」
「そうか。カイト」
「はい、なんでしょう」
「私は一足先に帰る。ヒロとゆっくり話してから、こちらへ来なさい」
「待ってください、神父様!」
血相を変えたカイトが、とっさに神父様の袖を掴んだ。
「駄目だよ、カイト。ヒロとちゃんと向き合いなさい」
「ですが……」
「とことん話し合うことが大切なんだよ。このまま彼と一生口をきかない関係になってもいいのかい?」
するとカイトは口をつぐみ、神父様の服を掴んでいた手を自ら放した。
神父様が俺の横を通る。しわくちゃになった大きな手を俺の右肩へポンと置き、小声で囁く。
「ヒロ、あなたが悪い人間だとは思わない。それでも、あの子を惑わし、ふたりで悪に染まるような真似は、どうかやめてほしい」
その言葉を耳にして俺は自嘲的な笑みを浮かべる。
「ご忠告痛み入ります」
「あの子を追いつめるようなことだけは、これ以上しないでほしい。わたしが言いたいのは、それだけだ」
そうして神父様は、ゆっくりとした足取りで教会へ戻っていった。
カイトのカラスみたいに真っ黒な黒髪が日の光でキラキラと輝き、温かい風を受けて揺れる。
「なあ、カイト。この間はベッドの住人だったけど外へ出られる状態になって、よかったな」と声をかける。
するとカイトは顔をうつむかせたまま「なんで?」と訊いてきた。「どうしてなの、ヒロ。なんで、ここへ来るの?」
「なんでって、そりゃあ、幼なじみの具合がよくなったかどうか心配だったから見に来たんだよ」
「言ったはずだよ。『もう二度と僕に構わないでほしい。これからは以前のように話しかけないで』って」
「カイトなら神父ダストンと散歩をしているところよ」
「わかりました。ありがとうございます。それじゃあ」
「ヒロ!」
突然、シスターメアリーが大きな声を出し、どうしたのだろうと振り返る。
普段、彼女が大きな声を出すのは幼い子どもたちがいたずらをしたり、悪いことをするときだけだ。
「なんでしょう?」
彼女は俺を引き止めたのに唇を真一文字に結んでいた。俺よりも十歳年上であるシスターメアリーは、温もりのある木々を思わせる茶色い目を見開き、何かを目で訴えてくる。
しかし数秒すると何ごともなかったように、いつも人々に見せている慈愛に満ちた微笑を浮かべたのだ。
「いえ、なんでも。時間があれば子どもたちにも会ってあげてね。彼らは、あなたを本当の兄のように親っているわ」
「もちろん、そのつもりです」
「お父様とお母様によろしく伝えて」
「……はい。両親も喜ぶと思います」
「あなたに神のご加護があらんことを」
そうして俺はカイトと神父様がいるほうへ駆けていく。
巨大な鏡のように澄んだ湖の木陰にカイトと神父様が並んでいた。
神父様は、いつものように黒いカソックを着て後ろ手に手を組み、車椅子に乗っているカイトを威厳ある眼差しで見つめている。
「カイト、きみはそれでいいんだね。きみには、ほかの選択肢もあるけど――」
「いえ、いいんです、神父様。これがぼくの選んだ道です。もう心に決めました」
「そうか。なら、私の出る幕はないな」
いったい何の話をしているのだろう?
ふたりの会話にどこか違和感を覚える。挨拶をするのも忘れて「何を話しているんです?」という言葉が口を突いて出ていた。
神父様が、ゆっくり振り返った。
その表情は、神に仕え、哀れな迷える子羊を導く穏やかなものでは到底なかった。悲しみやためらい、焦燥感、嫌悪、怒りといったものが、ひとりの男の顔の中に、すべてまざりあっている。
だが、それは一瞬で消え失せた。彼は、村人たちや子どもたちに普段見せている、穏やかな眼差しと朗らかな笑みをたたえたのだ。
「やあ、ヒロ。今日も野菜を届けに来てくれたのかい?」
「はい、そうです。今年は野菜がたくさんとれて大変ありがた思います。これも我々が日々、労働に勤しみ、正しい行いを行っているがゆえの神の恵みでしょう」
神父様の隣にいるカイトは、あからさまにこちらを無視して顔を横に背けている。
以前のように明るい表情で挨拶を返してくれないし、笑顔だって、ちっとも見せてくれない。
「それは、じつにいいことだ。ところで子どもたちには、もう会ってきたのかね?」
「いえ、まだです。メアリーさんに会って野菜を渡しました」
「ところで、わたしに何か相談ごとかい? それともカイトに話したいことがあるから、こちらへ来たのかな?」
青い湖のように透き通った瞳をした神父様が、俺を試すような口調で問いかけ、真意をさぐる。
「そうです。いち早くカイトに会いたかったんです。彼に会うために教会へ足を運んだも同然。それは、もう、おわかりでしょう?」
ストレートに発言するとカイトの上半身が、わずかに揺れた。
強い風がや突風が吹いたからじゃない。
カイトが俺の発言に動揺したからだ。
事実、彼は、こちらに「何を言ってるんだ」といわんばかりの咎めるような目線を送ってきた。
「なるほど……ヒロ、きみは本当にカイトのことを弟のように大切に思っているんだね」
「ええ、大切な弟分です」
「そうか。カイト」
「はい、なんでしょう」
「私は一足先に帰る。ヒロとゆっくり話してから、こちらへ来なさい」
「待ってください、神父様!」
血相を変えたカイトが、とっさに神父様の袖を掴んだ。
「駄目だよ、カイト。ヒロとちゃんと向き合いなさい」
「ですが……」
「とことん話し合うことが大切なんだよ。このまま彼と一生口をきかない関係になってもいいのかい?」
するとカイトは口をつぐみ、神父様の服を掴んでいた手を自ら放した。
神父様が俺の横を通る。しわくちゃになった大きな手を俺の右肩へポンと置き、小声で囁く。
「ヒロ、あなたが悪い人間だとは思わない。それでも、あの子を惑わし、ふたりで悪に染まるような真似は、どうかやめてほしい」
その言葉を耳にして俺は自嘲的な笑みを浮かべる。
「ご忠告痛み入ります」
「あの子を追いつめるようなことだけは、これ以上しないでほしい。わたしが言いたいのは、それだけだ」
そうして神父様は、ゆっくりとした足取りで教会へ戻っていった。
カイトのカラスみたいに真っ黒な黒髪が日の光でキラキラと輝き、温かい風を受けて揺れる。
「なあ、カイト。この間はベッドの住人だったけど外へ出られる状態になって、よかったな」と声をかける。
するとカイトは顔をうつむかせたまま「なんで?」と訊いてきた。「どうしてなの、ヒロ。なんで、ここへ来るの?」
「なんでって、そりゃあ、幼なじみの具合がよくなったかどうか心配だったから見に来たんだよ」
「言ったはずだよ。『もう二度と僕に構わないでほしい。これからは以前のように話しかけないで』って」
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