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第7章
マスター候補4
「どうやら相性は悪くないみたいだね」と三上さんの穏やかな声がする。「うちの健太は、この通り渉くんも、犬も好きで力になりたいと思っています。後は渉くんと犬伏さんたちさえよろしければ、仮契約を本日行いたいです」
「私たちは、もちろん異論ありません」
「はい、息子をこのように人間に戻していただけたんですから、むしろこちらが頭を下げたいくらいです。ねっ、渉くん……渉くん?」
着替え終わった僕は、お父さんの言葉に返事をすることができなかった。
「えっと……それは、その……」
「渉、こんな状況なのに、まだ悩んでいるの?」
困った顔をしたお母さんに図星を突かれ、何も言えなくなってしまう。
すると健太くんの手が伸びてきて手を取られる。
「犬伏さん……」
不安で堪らないという目で見上げてくる彼の手は汗ばみ、かすかに震えていた。
「まあまあ、お母さん。そう怒らないでください。渉くん」
「はっ、はい!」
背筋をピンと伸ばし、三上さんのほうへ向き直る。
「きみさえよければ、親戚の子どもなんかを相手するみたいに、少しうちのせがれと遊んでやってくれないかな」
「えっ……いいんですか?」
「ああ、構わないよ。健太、渉くんをお部屋へお通しして」
すると健太くんに「こっちです」と手を引かれる。「犬伏さん、ケーキと紅茶は好きですか」
「えっ……うん、好きだよ」
「お父さん、後でケーキとお茶を持ってきてね!」
「ああ、わかったよ」
そうして、ぼくと健太くんは木でできた階段を上った。
健太くんがドアノブを回して「どうぞ、入ってください」と部屋へ招いてくれる。
「お邪魔しまーす」
白い壁紙が貼られた清潔感のある部屋には、草原を思わせるふわふわの絨毯が敷かれ、大きな風通しのよさそうな窓には水色の布地に星があしらわれたカーテン、大きなベッドにはロケットの絵が描かれた敷布団があった。
勉強机の前には『戦場の英雄』のポスターが貼られている。
「すごいね、お掃除が行き届いてる。昔のぼくとは大違いだ!」
「えっ?」
「いやあ、恥ずかしい話なんだけどね、小学生の頃は
おもちゃとか、漫画を出しっぱなしにしてて、よく親に怒られたし、幼馴染からも『おまえ、何してんだよ』って呆れられちゃって――」
そこではたと気づく。
今のぼく、すごくデリカシーにかける発言してるんじゃないかって。
こんな話をしても健太くんからしたら、「いやみ言ってんのか!?」ってなるよなと思い、「ごめんね!」と頭を下げる。
「なんで謝ったりするんですか?」と彼は目をパチクリさせた。
「それは、その……」
しどろもどろになっていれば、クッションを差し出され、座るように促される。
「変に父を意識してゴマすりされたり、子どもだからってナメた態度をとられたら、おれだって気づきます。でも今の犬伏さんは、犬だったときと同じ。そのまま思ったことを口にしただけでしょう」
対面に座った健太くんが、あぐらをかいた。
「そう、だね」
……後、二年もすれば大人だっていうのに、小学生に気を遣わせる高校生って、どうなんだろう? と心の中で涙を流す。
頭の中の隼人に「だから、おまえはダメなんだろ」と冷たい目を向けられ、ますます気落ちする。
「よかったです。犬伏さんが素直な方で」
「へっ?」と間抜けな声を出して、目の前の彼を凝視する。
「母親を亡くしたからって先生が変に気を遣うし、大人も、子どもも、おれを『かわいそうな子』って見てきます。父が声優プロダクションの社長をやり始めてからは、父親に取り入ろうとか、家が金持ちだと勘違いして近づこうとする人間も増えています」
「それで、みんなと距離を置いてるの?」
「そういうところもありますが、父の言っていたことも本当です。うまく会話できなくて……」
でも、ぼくとは普通にしゃべれているよな? と首をかしげる。
「そっか。でもさ、これから先も、その子たちとずっと一緒ってわけではないでしょ」
「……まあ、はい」
「クラス替えもあるし、中高一貫校じゃなければ中学、高校もべつ。大学、短大、専門って将来つきたい仕事によって勉強する内容も変わってくるし、バイトとかも始めるかもしれないでしょ」
「つまり、どういうことでしょうか?」と健太くんが眉をひそめる。
「世界は、どんどん広がっていくってこと。大人になったら、同年代だけと話すことも、先生しか頼れる大人の先輩がいないってこともない。仕事によっては海外の人や現地の大人や子どもと関わったりもするだろうし」
「犬伏さん……」
「人と顔を合わせるのが怖いとか、人前で声が出なくなっちゃうなら、それこそカウンセリングとか、病院の先生にも頼らなきゃって感じだけど、そうじゃないなら、学校以外でも、ほんちょっとの会話ができる人たちをいろんな場所でさがしてみるのもありだと思うんだ。
もちろん一番長くいる場所が学校だし、最近は怪しい人も多いなんて話も聞くから、難しいことだけどね。健太くんがよければ、ぼくもマスターとヒューマン・トランスフォーマーである前に、きみと友だちになれたらいいな……って」
しんと部屋が静まり返り、健太くんが顔をうつむかせる。
もしかして先輩風を吹かせてウザいとか、そんなことできれば苦労しないんだよって怒ってる!?
「ごっ、ごめんね、偉そうなこと言って!」
すると健太くんはプルプル肩を震わせ……「っ、ふ……あはは……!」と元気に笑い始めたのだ。
つられてぼくも笑い、ふたりでバカみたいに大笑いした。
「私たちは、もちろん異論ありません」
「はい、息子をこのように人間に戻していただけたんですから、むしろこちらが頭を下げたいくらいです。ねっ、渉くん……渉くん?」
着替え終わった僕は、お父さんの言葉に返事をすることができなかった。
「えっと……それは、その……」
「渉、こんな状況なのに、まだ悩んでいるの?」
困った顔をしたお母さんに図星を突かれ、何も言えなくなってしまう。
すると健太くんの手が伸びてきて手を取られる。
「犬伏さん……」
不安で堪らないという目で見上げてくる彼の手は汗ばみ、かすかに震えていた。
「まあまあ、お母さん。そう怒らないでください。渉くん」
「はっ、はい!」
背筋をピンと伸ばし、三上さんのほうへ向き直る。
「きみさえよければ、親戚の子どもなんかを相手するみたいに、少しうちのせがれと遊んでやってくれないかな」
「えっ……いいんですか?」
「ああ、構わないよ。健太、渉くんをお部屋へお通しして」
すると健太くんに「こっちです」と手を引かれる。「犬伏さん、ケーキと紅茶は好きですか」
「えっ……うん、好きだよ」
「お父さん、後でケーキとお茶を持ってきてね!」
「ああ、わかったよ」
そうして、ぼくと健太くんは木でできた階段を上った。
健太くんがドアノブを回して「どうぞ、入ってください」と部屋へ招いてくれる。
「お邪魔しまーす」
白い壁紙が貼られた清潔感のある部屋には、草原を思わせるふわふわの絨毯が敷かれ、大きな風通しのよさそうな窓には水色の布地に星があしらわれたカーテン、大きなベッドにはロケットの絵が描かれた敷布団があった。
勉強机の前には『戦場の英雄』のポスターが貼られている。
「すごいね、お掃除が行き届いてる。昔のぼくとは大違いだ!」
「えっ?」
「いやあ、恥ずかしい話なんだけどね、小学生の頃は
おもちゃとか、漫画を出しっぱなしにしてて、よく親に怒られたし、幼馴染からも『おまえ、何してんだよ』って呆れられちゃって――」
そこではたと気づく。
今のぼく、すごくデリカシーにかける発言してるんじゃないかって。
こんな話をしても健太くんからしたら、「いやみ言ってんのか!?」ってなるよなと思い、「ごめんね!」と頭を下げる。
「なんで謝ったりするんですか?」と彼は目をパチクリさせた。
「それは、その……」
しどろもどろになっていれば、クッションを差し出され、座るように促される。
「変に父を意識してゴマすりされたり、子どもだからってナメた態度をとられたら、おれだって気づきます。でも今の犬伏さんは、犬だったときと同じ。そのまま思ったことを口にしただけでしょう」
対面に座った健太くんが、あぐらをかいた。
「そう、だね」
……後、二年もすれば大人だっていうのに、小学生に気を遣わせる高校生って、どうなんだろう? と心の中で涙を流す。
頭の中の隼人に「だから、おまえはダメなんだろ」と冷たい目を向けられ、ますます気落ちする。
「よかったです。犬伏さんが素直な方で」
「へっ?」と間抜けな声を出して、目の前の彼を凝視する。
「母親を亡くしたからって先生が変に気を遣うし、大人も、子どもも、おれを『かわいそうな子』って見てきます。父が声優プロダクションの社長をやり始めてからは、父親に取り入ろうとか、家が金持ちだと勘違いして近づこうとする人間も増えています」
「それで、みんなと距離を置いてるの?」
「そういうところもありますが、父の言っていたことも本当です。うまく会話できなくて……」
でも、ぼくとは普通にしゃべれているよな? と首をかしげる。
「そっか。でもさ、これから先も、その子たちとずっと一緒ってわけではないでしょ」
「……まあ、はい」
「クラス替えもあるし、中高一貫校じゃなければ中学、高校もべつ。大学、短大、専門って将来つきたい仕事によって勉強する内容も変わってくるし、バイトとかも始めるかもしれないでしょ」
「つまり、どういうことでしょうか?」と健太くんが眉をひそめる。
「世界は、どんどん広がっていくってこと。大人になったら、同年代だけと話すことも、先生しか頼れる大人の先輩がいないってこともない。仕事によっては海外の人や現地の大人や子どもと関わったりもするだろうし」
「犬伏さん……」
「人と顔を合わせるのが怖いとか、人前で声が出なくなっちゃうなら、それこそカウンセリングとか、病院の先生にも頼らなきゃって感じだけど、そうじゃないなら、学校以外でも、ほんちょっとの会話ができる人たちをいろんな場所でさがしてみるのもありだと思うんだ。
もちろん一番長くいる場所が学校だし、最近は怪しい人も多いなんて話も聞くから、難しいことだけどね。健太くんがよければ、ぼくもマスターとヒューマン・トランスフォーマーである前に、きみと友だちになれたらいいな……って」
しんと部屋が静まり返り、健太くんが顔をうつむかせる。
もしかして先輩風を吹かせてウザいとか、そんなことできれば苦労しないんだよって怒ってる!?
「ごっ、ごめんね、偉そうなこと言って!」
すると健太くんはプルプル肩を震わせ……「っ、ふ……あはは……!」と元気に笑い始めたのだ。
つられてぼくも笑い、ふたりでバカみたいに大笑いした。
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