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第1章
ポメラニアンの一家2
「じゃあ、この間、金魚さんと浮気してるって、お母さんに疑われたから? 『浮気じゃないよ』ってぼくが言ったのに、お母さん、誤解するから」
「だって美人で若い子だったんだもの……って、それはいいの! 金魚さんに、ちゃんと話を聞いたから解決済みよ」と頬を染め、ムッとした顔をしながらお母さんが答える。
ポメラニアンは手足をジタバタして下ろしてほしいとアピールする。
お母さんは、赤ちゃんをあやすように腕の中にいるお父さんを甘やかし、頭を撫でる。
「もう、しょうがない人……いったい何があったの? ねえ、お願い。人間に戻って、ちゃんと話して」
そうして、お母さんはチュッとポメラニアンにキスをした。
途端にボフン! という音とともに白い煙がお母さんとポメラニアンを包み込んだ。
「うわ~ん! 鈴音ちゃん、聞いてよ~!」
おいおい泣くお父さんの叫び声が響いた。お父さんは全裸で、お母さんに抱きつく。
「雄大さん、そんなふうに泣いてちゃ、何があったのかわからないわ。後、渉もいるんだから服を着て!」
お母さんは声を荒げるけど、その顔は、お父さんに何があったのか心配しているものだった。
「そうだよね……新聞紙もビリビリに破いちゃって、ごめん」
うなだれながら、お父さんは細かく割かれ、原型を留めていない新聞紙とトイレに落ちていた服や下着を拾い上げる。
お母さんが白いビニール袋を渡し、お父さんが「ありがとう」と涙声でお礼を言って受け取った。衣服についた紙片をゴミ袋に入れて下着を身に着ける。
「渉……ごめんね。こんな情けないお父さんで……」
「謝らないでよ、お父さん。そんなことより何があったの?」
僕は、お父さんに話しかけながら、お母さんが持ってきた殺菌効果のある消臭剤をスーツとズボンにかけていく。
「犬飼先輩の親戚の家の長男が、うちの企業に転職たんだ」
「それで何があったの?」
洗濯機の前に干されているノーアイロンシャツを取ってきたお母さんが尋ねる。
「彼は、先輩と違って〈ヒューマン・トランスフォーマー〉じゃない生粋の人間なんだ。ぼくが教育係に抜擢されたんだけど、挨拶はしないし、人使いは荒い。横柄な態度をとる問題児で……おまけにぼくのことを敵視してるんだ。この間も『犬伏さんが、おれの教育係とかマジないんすけど。この人の教え方が悪いせいで、おれ、仕事ぜんぜんできません。命令されたくないっす。超ウザイんで、さっさとやめてくださいね。おっさん』なんて言われちゃて……もう働いていく自信が、なくなっちゃった……」
「何よ、それ! 犬飼先輩には相談しないの!?」
お母さんは、カンカンに怒り出し、大声を出した。
「お母さん、落ち着いてってば!」
両手を胸の前に出して、身体をガタガタと震わせてお父さんは鼻水を垂らした。
「ちゃんと言ったよ! 『ぼくでは教育係が勤まりません。べつの人に頼んでください』って。でも『人が足りないから頼むよ』って言われちゃったんだ。もっと上の人に相談して、教育係を辞退させてもらおうと思ったんだけど……『辞めるのは許さない』って、後輩くんが主張して……」
「犬飼先輩の親戚にあたる方でも、そんなこと許せないわ……ただのいじめじゃない! 相談サービスでも、ボイスレコーダーのアプリでもフルに使って、現状打開しなくちゃ! 最悪、転職活動よ、雄大さん」
「でも、そんなことしたら、うちの家計が成り立たないよ……」
「大丈夫よ!」とお母さんが凛々しい顔つきをして、お父さんを励ました。「こういうときのために私も働いているんだから」
「でも鈴音ちゃんが大変になっちゃう」
「何を言っているの? それじゃあ雄大さんの身体や心が参っちゃうわ。ストレスを抱えて精神病にでもなったら、それこそ大変よ! 無理をし続けて、どうするの!?」
「会社にも長いことお世話になってきたし、犬飼先輩も悪い人じゃないんだ。この年で転職がうまくいくかどうか……」
「雄大さんのバカ!」
涙目になったお母さんが両の拳を握りしめ、身体をブルブル震わせる。
「ほどよいストレスは必要悪でも、過剰なストレスは身体や心を壊すのよ! もし――あなたがストレスのせいで倒れたり、がんみたいな重い病気になって入院したら、どうするの!?」
「大丈夫だよ。鈴音ちゃんも、渉もぼくがいなくてもやっていけるから」と、お父さんが泣き笑いした。
「そんなことを言わないでよ! 第一ヒューマン・トランスフォーマーの血を引く人間が過剰なストレスを抱え込んだら、二度と人間に戻れなくなるのよ。時間が経てば人間だったことも忘れて、そのうち本物のポメラニアンになっちゃう! そうなったら犬と同じ年数しか生きられないのよ!? わたしは人間の雄大さんが好きで結婚したのに……そんなのいや!」
とうとう、お母さんは堰を切ったように泣き出してしまった。
感極まったお父さんが、お母さんを抱きしめる。
「ごめんね、鈴音ちゃん。お願いだから泣かないで……」
朝から両親の仲いい姿にお腹が、いっぱいだ。
「だって美人で若い子だったんだもの……って、それはいいの! 金魚さんに、ちゃんと話を聞いたから解決済みよ」と頬を染め、ムッとした顔をしながらお母さんが答える。
ポメラニアンは手足をジタバタして下ろしてほしいとアピールする。
お母さんは、赤ちゃんをあやすように腕の中にいるお父さんを甘やかし、頭を撫でる。
「もう、しょうがない人……いったい何があったの? ねえ、お願い。人間に戻って、ちゃんと話して」
そうして、お母さんはチュッとポメラニアンにキスをした。
途端にボフン! という音とともに白い煙がお母さんとポメラニアンを包み込んだ。
「うわ~ん! 鈴音ちゃん、聞いてよ~!」
おいおい泣くお父さんの叫び声が響いた。お父さんは全裸で、お母さんに抱きつく。
「雄大さん、そんなふうに泣いてちゃ、何があったのかわからないわ。後、渉もいるんだから服を着て!」
お母さんは声を荒げるけど、その顔は、お父さんに何があったのか心配しているものだった。
「そうだよね……新聞紙もビリビリに破いちゃって、ごめん」
うなだれながら、お父さんは細かく割かれ、原型を留めていない新聞紙とトイレに落ちていた服や下着を拾い上げる。
お母さんが白いビニール袋を渡し、お父さんが「ありがとう」と涙声でお礼を言って受け取った。衣服についた紙片をゴミ袋に入れて下着を身に着ける。
「渉……ごめんね。こんな情けないお父さんで……」
「謝らないでよ、お父さん。そんなことより何があったの?」
僕は、お父さんに話しかけながら、お母さんが持ってきた殺菌効果のある消臭剤をスーツとズボンにかけていく。
「犬飼先輩の親戚の家の長男が、うちの企業に転職たんだ」
「それで何があったの?」
洗濯機の前に干されているノーアイロンシャツを取ってきたお母さんが尋ねる。
「彼は、先輩と違って〈ヒューマン・トランスフォーマー〉じゃない生粋の人間なんだ。ぼくが教育係に抜擢されたんだけど、挨拶はしないし、人使いは荒い。横柄な態度をとる問題児で……おまけにぼくのことを敵視してるんだ。この間も『犬伏さんが、おれの教育係とかマジないんすけど。この人の教え方が悪いせいで、おれ、仕事ぜんぜんできません。命令されたくないっす。超ウザイんで、さっさとやめてくださいね。おっさん』なんて言われちゃて……もう働いていく自信が、なくなっちゃった……」
「何よ、それ! 犬飼先輩には相談しないの!?」
お母さんは、カンカンに怒り出し、大声を出した。
「お母さん、落ち着いてってば!」
両手を胸の前に出して、身体をガタガタと震わせてお父さんは鼻水を垂らした。
「ちゃんと言ったよ! 『ぼくでは教育係が勤まりません。べつの人に頼んでください』って。でも『人が足りないから頼むよ』って言われちゃったんだ。もっと上の人に相談して、教育係を辞退させてもらおうと思ったんだけど……『辞めるのは許さない』って、後輩くんが主張して……」
「犬飼先輩の親戚にあたる方でも、そんなこと許せないわ……ただのいじめじゃない! 相談サービスでも、ボイスレコーダーのアプリでもフルに使って、現状打開しなくちゃ! 最悪、転職活動よ、雄大さん」
「でも、そんなことしたら、うちの家計が成り立たないよ……」
「大丈夫よ!」とお母さんが凛々しい顔つきをして、お父さんを励ました。「こういうときのために私も働いているんだから」
「でも鈴音ちゃんが大変になっちゃう」
「何を言っているの? それじゃあ雄大さんの身体や心が参っちゃうわ。ストレスを抱えて精神病にでもなったら、それこそ大変よ! 無理をし続けて、どうするの!?」
「会社にも長いことお世話になってきたし、犬飼先輩も悪い人じゃないんだ。この年で転職がうまくいくかどうか……」
「雄大さんのバカ!」
涙目になったお母さんが両の拳を握りしめ、身体をブルブル震わせる。
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「大丈夫だよ。鈴音ちゃんも、渉もぼくがいなくてもやっていけるから」と、お父さんが泣き笑いした。
「そんなことを言わないでよ! 第一ヒューマン・トランスフォーマーの血を引く人間が過剰なストレスを抱え込んだら、二度と人間に戻れなくなるのよ。時間が経てば人間だったことも忘れて、そのうち本物のポメラニアンになっちゃう! そうなったら犬と同じ年数しか生きられないのよ!? わたしは人間の雄大さんが好きで結婚したのに……そんなのいや!」
とうとう、お母さんは堰を切ったように泣き出してしまった。
感極まったお父さんが、お母さんを抱きしめる。
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朝から両親の仲いい姿にお腹が、いっぱいだ。
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