10 / 42
第3章
人になりし獣=獣になりし人2
くつ下で遊ぶことにあきたぼくは、床に落ちていたワイシャツを口にくわえて、あたりをウロウロした。そのまま冷たい床にワイシャツを置いて寝そべると、ワイシャツのすそをチューチュー吸って頭を床に押しつける。
どうして、いつもこうなっちゃうんだろう。なんでうまくいかないのかな……。
いつから隼人を好きになったのか、わからない。
動物が大好きな隼人は、獣医になるのが子どもの頃からの夢で、どんな動物にもやさしく接する。
猫や犬、モルモットやうさぎ、ニワトリなんかに屈託のない笑顔で笑いかける。
そんなあいつに話しかけてもらって、触ってもらえる動物たちがうらやましくて、しょうがなかった。
この人に愛されたい、かわいがられたいと願ってしまったのだ。
毎日いっぱい撫でて、目いっぱい遊んでほしい。散歩だって、きっとたくさんしてくれる。
おそらく隼人が動物たちを可愛がる姿に、ぼくの遺伝子に組み込まれた犬の部分が反応したのだ。
だけど人間であるぼくは隼人と相性が悪いのか、いつも口喧嘩ばかりしている。
ヒューマン・トランスフォーマーであることを普通の人間に話すことは基本的にご法度。
化け物扱いされて居場所がなくなったり、人間から獣へ変態できる・獣から人間へ変態できる奇妙な存在として科学者に捕まり、あれこれ調べられて実験動物にされ、ホルマリン漬けにされてしまう恐れもある。
何よりご主人様や伴侶となってほしい人にヒューマン・トランスフォーマーだと知られて、今まで築いてきた関係が一晩で終わってしまう――そんな悲しい過去の事例が多くあるのだ。
人であるのに獣で、獣であるのに人であるぼくたちを受け入れてくれる人は、そんなに多くない。
生まれつきの特性だから病気みたいに治すこともできない。動物に変身する身体と死ぬまで付き合っていかなくちゃならないんだ。
十七までは普通の人間と変わらず過ごしてきたのに、十八になったら突然ポメラニアンに変身する身体になって苦労は増えていく一方。
でも、ぼくの隼人に片思いする気持ちは変わらないし、状況は好転しない。
仲の悪い幼なじみのままだ。
(わ~んっ、なんだよ。隼人のバカー! 最低最悪、性悪男。オタンコナス、人でなしの鬼ー!)
ぼくは立ち上がって、体の下に敷いていたワイシャツを口にし、めちゃくちゃに振り回す。腸が煮えくり返り、沸々と怒りが身体の内側からわき起こって、制御できない。仕切りのカーテンの向こうまでワイシャツを引きずり、ブンブン振り回す。
犬になってよかったことがひとつあるとしたら、人間のとき大声で叫んだら問題になりそうなことも、口にできること(普通の人間には、ただポメラニアンがキュンキュン鳴いているようにしか聞こえないから)。何を言っても一切、問題なし。
だけど、そんなことをしていても意味がない。
隼人と仲よく話をしたり、楽しくどこかへ遊びに行く夢を実現できないとわかっている。
恋人になんかなれなくてもいいから、高坂さんや内村くんみたいに隼人と友だちとて会話したり、出かけたいな……。今は意見が衝突するくらいで済んでいるけど、そのうち、取り返しのつかないことになって「二度と俺の前に姿を現すな」とか「話しかけるな」って言われて無視される未来だって、ありえる。このままじゃダメだ。
ひどく泣きたい気持ちになっても犬だから涙は一粒もこぼれ落ちない。
犬になったぼくは、おもちゃにしていたワイシャツを床に置きっ放しにして、渡辺先生に寝てなさいと言われたベッドのあるところへトボトボ歩いていく。
軽く助走をつけてハードルを飛び越えるみたいにジャンプしたらベッドの上へ飛び乗れた。
人間のときに裸で布団に入ったら、冬場の寒い日なんかは風邪を引く。
でも今のぼくは人間の犬伏渉じゃなくて、全身モコモコ。長い犬の毛に包まれたポメラニアンだ。風邪なんて引きっこない。
白い布団掛けを犬になった手やつめを使ってめくり、モグラが土の中を掘り進めるように頭をモゾモゾと動かし、シーツの中へ潜り込む。フカフカしている毛布の上を歩きながらベストポジションがどこかをさがし、ここだと思った場所で身体を丸めた。
九時までには少しでも気分を落ち着かせなくちゃ……じゃないと渡辺先生の力を借りても人間に戻れない。
大学へ行っても、こんな生活は続く。ポメラニアンになるたびに守護者の人に助けてもらって人間へ戻してもらう。
もしも隼人とぼくが仲のいい友だちだったら、頻繁にポメラニアンになることもなかった。状況によってはヒューマン・トランスフォーマーのことを打ち明けたり、「ご主人様になって」って、お願いできたのかな……?
ポカポカと温かくなって、気持ちいい。まどろみ始めたぼくのまぶたは自然と重くなり、そのまま目を閉じて眠りについた。
*
「……犬伏くん、大丈夫? 犬伏くん?」
身体を誰かに揺すぶられる。
渡辺先生の声がして、ぼくは寝ぼけ眼で頭を上げた。
先生がいるってことは、もう九時!? 慌てて起き上がる。
いつの間にか保健室のベッドの上でなく、犬用クッションの上に移されていてビックリする。
困り眉姿の先生がポメラニアンとなったぼくの顔をのぞき込んだ。
どうして、いつもこうなっちゃうんだろう。なんでうまくいかないのかな……。
いつから隼人を好きになったのか、わからない。
動物が大好きな隼人は、獣医になるのが子どもの頃からの夢で、どんな動物にもやさしく接する。
猫や犬、モルモットやうさぎ、ニワトリなんかに屈託のない笑顔で笑いかける。
そんなあいつに話しかけてもらって、触ってもらえる動物たちがうらやましくて、しょうがなかった。
この人に愛されたい、かわいがられたいと願ってしまったのだ。
毎日いっぱい撫でて、目いっぱい遊んでほしい。散歩だって、きっとたくさんしてくれる。
おそらく隼人が動物たちを可愛がる姿に、ぼくの遺伝子に組み込まれた犬の部分が反応したのだ。
だけど人間であるぼくは隼人と相性が悪いのか、いつも口喧嘩ばかりしている。
ヒューマン・トランスフォーマーであることを普通の人間に話すことは基本的にご法度。
化け物扱いされて居場所がなくなったり、人間から獣へ変態できる・獣から人間へ変態できる奇妙な存在として科学者に捕まり、あれこれ調べられて実験動物にされ、ホルマリン漬けにされてしまう恐れもある。
何よりご主人様や伴侶となってほしい人にヒューマン・トランスフォーマーだと知られて、今まで築いてきた関係が一晩で終わってしまう――そんな悲しい過去の事例が多くあるのだ。
人であるのに獣で、獣であるのに人であるぼくたちを受け入れてくれる人は、そんなに多くない。
生まれつきの特性だから病気みたいに治すこともできない。動物に変身する身体と死ぬまで付き合っていかなくちゃならないんだ。
十七までは普通の人間と変わらず過ごしてきたのに、十八になったら突然ポメラニアンに変身する身体になって苦労は増えていく一方。
でも、ぼくの隼人に片思いする気持ちは変わらないし、状況は好転しない。
仲の悪い幼なじみのままだ。
(わ~んっ、なんだよ。隼人のバカー! 最低最悪、性悪男。オタンコナス、人でなしの鬼ー!)
ぼくは立ち上がって、体の下に敷いていたワイシャツを口にし、めちゃくちゃに振り回す。腸が煮えくり返り、沸々と怒りが身体の内側からわき起こって、制御できない。仕切りのカーテンの向こうまでワイシャツを引きずり、ブンブン振り回す。
犬になってよかったことがひとつあるとしたら、人間のとき大声で叫んだら問題になりそうなことも、口にできること(普通の人間には、ただポメラニアンがキュンキュン鳴いているようにしか聞こえないから)。何を言っても一切、問題なし。
だけど、そんなことをしていても意味がない。
隼人と仲よく話をしたり、楽しくどこかへ遊びに行く夢を実現できないとわかっている。
恋人になんかなれなくてもいいから、高坂さんや内村くんみたいに隼人と友だちとて会話したり、出かけたいな……。今は意見が衝突するくらいで済んでいるけど、そのうち、取り返しのつかないことになって「二度と俺の前に姿を現すな」とか「話しかけるな」って言われて無視される未来だって、ありえる。このままじゃダメだ。
ひどく泣きたい気持ちになっても犬だから涙は一粒もこぼれ落ちない。
犬になったぼくは、おもちゃにしていたワイシャツを床に置きっ放しにして、渡辺先生に寝てなさいと言われたベッドのあるところへトボトボ歩いていく。
軽く助走をつけてハードルを飛び越えるみたいにジャンプしたらベッドの上へ飛び乗れた。
人間のときに裸で布団に入ったら、冬場の寒い日なんかは風邪を引く。
でも今のぼくは人間の犬伏渉じゃなくて、全身モコモコ。長い犬の毛に包まれたポメラニアンだ。風邪なんて引きっこない。
白い布団掛けを犬になった手やつめを使ってめくり、モグラが土の中を掘り進めるように頭をモゾモゾと動かし、シーツの中へ潜り込む。フカフカしている毛布の上を歩きながらベストポジションがどこかをさがし、ここだと思った場所で身体を丸めた。
九時までには少しでも気分を落ち着かせなくちゃ……じゃないと渡辺先生の力を借りても人間に戻れない。
大学へ行っても、こんな生活は続く。ポメラニアンになるたびに守護者の人に助けてもらって人間へ戻してもらう。
もしも隼人とぼくが仲のいい友だちだったら、頻繁にポメラニアンになることもなかった。状況によってはヒューマン・トランスフォーマーのことを打ち明けたり、「ご主人様になって」って、お願いできたのかな……?
ポカポカと温かくなって、気持ちいい。まどろみ始めたぼくのまぶたは自然と重くなり、そのまま目を閉じて眠りについた。
*
「……犬伏くん、大丈夫? 犬伏くん?」
身体を誰かに揺すぶられる。
渡辺先生の声がして、ぼくは寝ぼけ眼で頭を上げた。
先生がいるってことは、もう九時!? 慌てて起き上がる。
いつの間にか保健室のベッドの上でなく、犬用クッションの上に移されていてビックリする。
困り眉姿の先生がポメラニアンとなったぼくの顔をのぞき込んだ。
あなたにおすすめの小説
嘘つき王と影の騎士
篠雨
BL
「俺の役割は、貴方を守ることだ。……例え、貴方自身からも」
国の平穏を一身に背負い、十二年間「聖王」という偶像を演じ続けてきたセシル。
酷使し続けた心身はすでに限界を迎え、その命の灯火は今にも消えようとしていた。
そんな折、現れたのは異世界からの「転移者」。
代わりを見つけた国は、用済みとなったセシルからすべてを剥奪し、最果ての地へと追放する。
死を待つためだけに辿り着いた冬の山。
絶望に沈むセシルの前に現れたのは、かつて冷徹に王を監視し続けていた近衛騎士団長、アルヴィスだった。
守るべき王も、守るべき国も失ったはずの二人が過ごす、狭い小屋での夜。
無価値になり、壊れかけた自分を、なぜこの男は、そんな瞳で見つめるのか。
なぜ、そんなにも強く、抱きしめるのか。
これは、すべてを失った「聖王」が、一人の男の熱に暴かれ、再生していくまでの物語。
思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった
たけむら
BL
「思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった」
大学の同期・仁島くんのことが好きになってしまった、と友人・佐倉から世紀の大暴露を押し付けられた名和 正人(なわ まさと)は、その後も幾度となく呼び出されては、恋愛相談をされている。あまりのしつこさに、八つ当たりだと分かっていながらも、友人が好きになってしまったというお相手への怒りが次第に募っていく正人だったが…?
みどりとあおとあお
うりぼう
BL
明るく元気な双子の弟とは真逆の性格の兄、碧。
ある日、とある男に付き合ってくれないかと言われる。
モテる弟の身代わりだと思っていたけれど、いつからか惹かれてしまっていた。
そんな碧の物語です。
短編。
【完結】言えない言葉
未希かずは(Miki)
BL
双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。
同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。
ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。
兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。
すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。
第1回青春BLカップ参加作品です。
1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。
2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)
人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます
七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。
歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。
世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。
気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。
【エルド学園】俺はこの『親友』が、ただの学生だと思っていた
西園 斎
BL
エルド王国第一王子、レオンは、唯一の親友ノアと日々研鑽を重ねていた。
文武共に自分より優れている、対等な学生。
ノアのことをそう信じて疑わなかったレオンだが、突如学園生活は戦火に巻き込まれ、信じていたものが崩れ始める。
王国と帝国、そして王統をめぐる陰謀と二人の関係が交錯する、王子×親友のファンタジーBL。