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第3章
外面のいい男2
「そんな感じはしなかったですけど……」
「やだー、先生ったら。でも若い子は耳がいいわね。おばさんなんて年々歳を取って、膝が痛い、腰が痛いって、もう大変で」
「あら、犬伏さんも? 私もなんですよ。もう目の周りの小じわとか気になっちゃって、目元用クリーム塗ってもぜんぜん解消しないの。息子や娘にも『ママ、老けた?』なんて指摘されちゃって」
「そんな、先生のほうがお若いんですから。でも、うちのお隣さんがいい皮膚科の先生を紹介してくれて……」
そうしてお母さんと渡辺先生が女子トークを炸裂させると、隼人がため息をつく音がした。
よかった、なんとかごまかせたみたい。ふたりのおかげで助かった……と思って、ぼくもため息をつく。
「それより渉はどこに行ったんですか? ぜんぜん姿が見えませんけど」
もういい……。ぼくの心配なんて普段、まったくしないクセに。早く教室に帰ってよ! なんで、きみはこういうときだけ空気、読んでくれないんだよ!?
「トイレ、トイレに行ったのよ。わたしが来たと同時に『お腹、痛い!』って叫んで別棟のほうへ行く姿を見たわ!」
「ええっ? 正面玄関のとこにあるトイレのほうが近いのに? そもそも、そんなに痛がってるなら先生、ついてかなくてよかったんですか? もしかしたら、あいつ、吐いて動けなくなってるかも……様子、見てきます」
「ああ、ごめんなさいね。わたしったら一年生のねんざした子の記録を取るのに目が行って、その後も犬伏さんがやってきたから症状を話していたのよ。だから犬伏くんをひとりで行かせちゃったの。様子を見てくるわね」
ぼくは保健室にいるのに――。
渡辺先生に嘘をつかせ、別棟のほうまで駆け足で向かわせてしまったことを、申し訳なく思う。
そうしてお母さんと隼人が保健室に残った。
「……おばさん」
「何?」
「いい加減、渉のやつに声優なんかやめろって言ってください」
ぼくは言葉を失った。
「どうして? 声優になるのは隼人の昔からの夢よ。やっと夢が叶って、大喜びしているのにどうして、『やめろ』なんて言わなきゃいけないの?」
「単刀直入に言って食っていけないからです。獣医は医師や歯科医師よりも年収が低いし、なるのは大変だけど、なれれば動物病院だけじゃなく条件によっては動物園や製薬会社に勤められるし、国家や地方の公務員にもなれます。それなりに安定して食っていけるんです」
「……そうなの。すごいわね」
「でも声優は違います。アーティストや芸能人と同じで、食べていけるのはごく一握りだ。声の演技ではナレーションをしないとお金がたくさん入らないし、俳優やアイドルなんかと同じようにイベントやライブ、CM・TV出演をしない限り、食べていけない。バイトや在宅ワークに派遣って、かけもちしながらやっている人のほうが多い。……親戚の友達がずいぶん苦労している話を聞きました」
そんなのわかってるよ。よっぽど有名な人だったり、人気のある人じゃないと売れない。
だからアニメやゲームの話だけじゃなく、知人の人からもらった朗読劇や人形劇のお仕事にも参加させてもらっったり、小さな舞台で端役をやらせもらったりしている。
エキストラのほうが儲かったり、俳優やアイドルになってから声優のお仕事をもらうほうが稼ぎやすいのもわかってる。
それでもぼくは声優になる道を選んだんだ。ずっと――憧れてきたから。
「隼人くん、渉のことを心配してくれてありがとね。でも、渉には渉の考えがあるのよ」
「おばさん!」
「わたしたちも以前反対したわ。『声優なんて茨の道だ』って。それでも、あの子は声優になるって聞かなくて、努力して少しずつだけどお仕事ももらえている。それだけ努力しているってこと。あの子が自分から『もうやめる』ってならない限り、わたしたちからは止められないわ」
すると隼人は黙り込んでしまった。
「それにね、そういうことは渉に直接言ったほうが、いいんじゃないかしら? あなたが、わたしたちにそんなことを言ったと知ったら、あの子は傷つくと思うわ」
「だって、あいつ、俺の言うことなんて聞かないんですよ。いつも喧嘩腰で、素直じゃなくて、口論になってばかりです。まともに話なんかできやしない。ただ――無謀な夢を追いかけて傷ついてほしくない。それだけなのに、うまくいかないんです」
ひどいなって思った。
ぼくには、そんなこと一度だって言ってくれない。
お母さんの前だから、そんな嘘がつけるんだ。
おばさんとお母さんは仲のいいママ友だから、おばさんもぼくと隼人に仲よしでいてほしいって思ってる。だから隼人は、お父さんや、お母さんの前だと外面がいい。
ぼくの前ではいつもひどいことを言って、意地の悪いことばかりして、適当に扱ったり、あしらうくせに……。
もはや怒る気力もなくなり、ひどく沈んだ気分になる。一刻も早く、ここから出ていってほしい。
病院へ行って一秒でも早く人間に戻らなきゃいけないんだ。じゃないと声優の仕事ができなくなっちゃう。
「やだー、先生ったら。でも若い子は耳がいいわね。おばさんなんて年々歳を取って、膝が痛い、腰が痛いって、もう大変で」
「あら、犬伏さんも? 私もなんですよ。もう目の周りの小じわとか気になっちゃって、目元用クリーム塗ってもぜんぜん解消しないの。息子や娘にも『ママ、老けた?』なんて指摘されちゃって」
「そんな、先生のほうがお若いんですから。でも、うちのお隣さんがいい皮膚科の先生を紹介してくれて……」
そうしてお母さんと渡辺先生が女子トークを炸裂させると、隼人がため息をつく音がした。
よかった、なんとかごまかせたみたい。ふたりのおかげで助かった……と思って、ぼくもため息をつく。
「それより渉はどこに行ったんですか? ぜんぜん姿が見えませんけど」
もういい……。ぼくの心配なんて普段、まったくしないクセに。早く教室に帰ってよ! なんで、きみはこういうときだけ空気、読んでくれないんだよ!?
「トイレ、トイレに行ったのよ。わたしが来たと同時に『お腹、痛い!』って叫んで別棟のほうへ行く姿を見たわ!」
「ええっ? 正面玄関のとこにあるトイレのほうが近いのに? そもそも、そんなに痛がってるなら先生、ついてかなくてよかったんですか? もしかしたら、あいつ、吐いて動けなくなってるかも……様子、見てきます」
「ああ、ごめんなさいね。わたしったら一年生のねんざした子の記録を取るのに目が行って、その後も犬伏さんがやってきたから症状を話していたのよ。だから犬伏くんをひとりで行かせちゃったの。様子を見てくるわね」
ぼくは保健室にいるのに――。
渡辺先生に嘘をつかせ、別棟のほうまで駆け足で向かわせてしまったことを、申し訳なく思う。
そうしてお母さんと隼人が保健室に残った。
「……おばさん」
「何?」
「いい加減、渉のやつに声優なんかやめろって言ってください」
ぼくは言葉を失った。
「どうして? 声優になるのは隼人の昔からの夢よ。やっと夢が叶って、大喜びしているのにどうして、『やめろ』なんて言わなきゃいけないの?」
「単刀直入に言って食っていけないからです。獣医は医師や歯科医師よりも年収が低いし、なるのは大変だけど、なれれば動物病院だけじゃなく条件によっては動物園や製薬会社に勤められるし、国家や地方の公務員にもなれます。それなりに安定して食っていけるんです」
「……そうなの。すごいわね」
「でも声優は違います。アーティストや芸能人と同じで、食べていけるのはごく一握りだ。声の演技ではナレーションをしないとお金がたくさん入らないし、俳優やアイドルなんかと同じようにイベントやライブ、CM・TV出演をしない限り、食べていけない。バイトや在宅ワークに派遣って、かけもちしながらやっている人のほうが多い。……親戚の友達がずいぶん苦労している話を聞きました」
そんなのわかってるよ。よっぽど有名な人だったり、人気のある人じゃないと売れない。
だからアニメやゲームの話だけじゃなく、知人の人からもらった朗読劇や人形劇のお仕事にも参加させてもらっったり、小さな舞台で端役をやらせもらったりしている。
エキストラのほうが儲かったり、俳優やアイドルになってから声優のお仕事をもらうほうが稼ぎやすいのもわかってる。
それでもぼくは声優になる道を選んだんだ。ずっと――憧れてきたから。
「隼人くん、渉のことを心配してくれてありがとね。でも、渉には渉の考えがあるのよ」
「おばさん!」
「わたしたちも以前反対したわ。『声優なんて茨の道だ』って。それでも、あの子は声優になるって聞かなくて、努力して少しずつだけどお仕事ももらえている。それだけ努力しているってこと。あの子が自分から『もうやめる』ってならない限り、わたしたちからは止められないわ」
すると隼人は黙り込んでしまった。
「それにね、そういうことは渉に直接言ったほうが、いいんじゃないかしら? あなたが、わたしたちにそんなことを言ったと知ったら、あの子は傷つくと思うわ」
「だって、あいつ、俺の言うことなんて聞かないんですよ。いつも喧嘩腰で、素直じゃなくて、口論になってばかりです。まともに話なんかできやしない。ただ――無謀な夢を追いかけて傷ついてほしくない。それだけなのに、うまくいかないんです」
ひどいなって思った。
ぼくには、そんなこと一度だって言ってくれない。
お母さんの前だから、そんな嘘がつけるんだ。
おばさんとお母さんは仲のいいママ友だから、おばさんもぼくと隼人に仲よしでいてほしいって思ってる。だから隼人は、お父さんや、お母さんの前だと外面がいい。
ぼくの前ではいつもひどいことを言って、意地の悪いことばかりして、適当に扱ったり、あしらうくせに……。
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