ポメ・ポメ・パニック!〜犬猿幼なじみとあま〜い主従関係!?〜

鶴機 亀輔

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第5章

「好き」だけじゃ難しいこと1

 電車の中で、ぼくはため息をついた。

 東京から川越へ帰るまでの間、声優や舞台のオーデションを探し、スケジュールをスマホのカレンダーで組もうと思っていたのに何もできなかった。

 隼人と仲よくなれずひどい態度をとって口ゲンカをしたこと、隼人との恋に決着をつけるよう城之内先生から言われたこと、犬でなく人として生きるためにマスターやパートナーを見つけなきゃいけないことも気を重くさせる原因だ。

 今朝、隼人が学校に送ってくれてうれしかったし、もっといっぱい話したいことがあったのに、と思う。

 相変わらず卑怯なぼくは人間として言葉を交わしながら隼人と仲よくなるのではなく、あいつの好きな動物に――犬になって可愛がってほしいとそればかり考えている。

 でも……今、一番、ぼくの心をどんよりさせ、やる気を削いでいるのはべつのことだ。



「はい、しなさん、オッケーです」

「ありがとうございました」

 監督たちからOKをもらって、ぼくのぶんの収録が終わった。

 アニメでちゃんとしたセリフの役をもらえたからって、一気に仕事が入ってくるわけじゃない。あくまでぼくはコツコツとやっていくタイプ。

 突然仕事が一気に増えて、業界や世間からも認知されるシンデレラストーリーの主人公じゃない。

 それにガヤだって、立派な仕事だ。

 台本に書かれていない即興のアドリブを行い、ときにはモブキャラとしてその作品にピッタリ合ったセリフを自分で考え、演技しなくてはならない。かといって現場によっては台本を持ち帰れないことだってある。

 すごく気の抜けない仕事だ。作品の世界観を守りつつ、目立ちすぎてもよくない。名前のある役の人たちの会話を引き立て、作品を立体的にする役目。

 高校生だからって若者の役とは限らない。老人や壮年男性の声や幼い子どもの話し声、ときには動物の声だってあてるときもある。

 ベテランの先輩たちのガヤと自分のじゃ雲泥の差がある。

 憧れの先輩たちが出ているアニメやドラマCD、海外の作品の吹き替えを繰り返し見てもコツを掴めずにいる。

「それでは本日のぶん終了です」とスタッフの人の声がする。

「お疲れ様でした」

 先輩方や大御所の方たちに挨拶をし、帰り支度を始める。

しょう、お疲れ! 今日も頑張ってんな」

そうさん! お疲れ様です」

 五歳年上のがわ聡太先輩の姿を見て、ぼくは気分が明るくなった。

 アニメやゲームで重要なサブキャラやキーパーソン、ドラマCDの主人公にも抜擢されている旬の声優。舞台やミュージカル、ライブなんかでも大活躍している。オーデションや現場で一緒になることも多い事務所の先輩で憧れのひとりだ。

 カラッとした青空のような性格をしたムードメーカー。でも声優や演技の仕事には真面目な姿勢がマネージャーや事務所の社長、大御所の方たちからも評価されている人だ。

「いやー、すごいな。高校通いながら声優業や舞台役者の仕事もやってるなんて」

「いえ、そんな……恐れ多いです。聡太さんを始めとした先輩方に比べたら、『甘いことを考えてる』って言われても仕方ないですよ……」

「いやいや、そんなことねえぞ。謙遜するな! 学生から、この仕事して大御所にっていう方も、ベテランになった方もいるんだからな。夢を追いかけながら仕事して、勉強やバイトもする。そういうことができるんだから、お父さんやお母さんに感謝しないとな。ところで勉強のほうは大丈夫か? 学生は勉強するのも仕事だからね」

「そうですね、一応赤点はとらないですし、平均点以上は毎回出してますよ」

「えらい、えらい! 渉は頑張り屋さんだな」

 ワシャワシャと聡太さんに頭を撫でられれば、ぼくの中の犬が「うれしい! もっと褒めて、褒めて」と喜び、しっぽを左右にパタパタ振る。

「もう聡太さん、子ども扱いしないでくださいよ!?」

「違う。事務所の後輩を、いたわってんだよ」と肩を抱かれる。

 そのままぼくたちは廊下を歩き、エレベーターのほうへ向かった。

「この間のさ、『戦場の英雄』の役もすげえなって思った。マジで原作の敵役をそのままアニメに落とし込んだって感じで、感動したんだぜ」

 聡太さんはジャケットの上着に入れていたスマートフォンを取り出し、タップしてから画面をぼくに見せてくれた。

「ネットでの人気も上々。SNSでも『信濃さんの演技、うまかった』ってファンの声が上がってるって知ってたか」

「いえ、エゴサーチはしないようにしてるので知らなかったです」

 よかったなと思う。

 ぼくの声を吹き込んで、ファンの人たちにも、そうじゃない人たちにも先生の描いたキャラクターの姿が、ちゃんと届いている。

 監督たちや脚本家さん、アニメーターさんたちともミーティングを重ねて、作品作りで忙しいだろうにときには現場に来て何度も頭を下げていた。

 たくさんの現場で働く人たちや、目に見えないところで働く人たちの「魅力的ですてきな作品を作りたい」という思いをより多くの人達に届けるため、キャラクターへ息を吹き込むことができたんだ、と胸が温かくなった。
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