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第4章
ぼくとミドリの休日デート3
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ほかの人たちがやっていることが、ぼくにはできない。
病気や怪我でできないんじゃない。
鈍くさくて、いつも同じミスばかり繰り返す。ミスなくできたと思ったらほかのところを間違える。要領が、とことん悪い。
せめて人と仲よくできればよかったのに……いつも肝心なところで何も言えない。
そこにいるだけで誰かの気分を害してしまう存在だ。
だって空気は吸うものだし、楽しくないのに笑う理由が、怒りたいときに我慢する理由が、泣きたいときに涙を流していやがられる理由がわからない。
「反省してないなら、いちいち謝らないでくれる?」
それが中学のときのいじめが始まる前触れだった。
以来、ぼくは人に謝ることができなくなり、人と話をすることも怖くなってしまったのだ。
話さなければ――究極的には人と関わることをしなければ何も失敗をしないから謝らないで済む。
たとえ、どんなにぼくが心から反省していても、相手に反省してないと受け取られるのなら駄目なのだ。それくらいの反省しかできないのなら謝罪の言葉なんて無駄だ。火に油を注ぐだけの行為。相手を不快にさせるだけの意味のないエゴの押しつけ。
あのとき、ぼくは恋人である彼に嫉妬したのだ。
ぼくと正反対な彼は老若男女、誰とでも仲よくなれる。素直に思いを表現しても受け入れられる。みんなから愛されるために生まれてきたような存在。
彼と一緒にいれば、ぼくもきれいな存在になれると信じてたのに……と勝手に裏切られた気分になったのだ。
生きている世界が違うと思い知らされ、月とスッポンのカップルだと周りに揶揄されている気がした。ただでさえ会社でうまくいってないところに、両親に彼とつきあっていることを話したら「男を好きになるなんて気持ち悪い」と言われ、足元が崩れていく感覚がした。何もかも終わった。これで家族の縁は完全に切れてしまったと絶望したのだ。
妹たちや両親、祖父母から愛されている彼が羨ましかった。パートでぼくよりも給料が低くても職場で必要とされ、人間関係のうまくいっている彼が妬ましくて、ひどい言葉を掛け、八つ当たりをした。
本当に心から、ぼくは彼を傷つけたことを反省しているのだろうか? 親身になって考えるほど愛しているのだろうか? と自問自答する。
ただ、人から愛されている彼をそばに置いて優越感に浸りたかっただけなんだと思う。それか家族でもないのに、唯一ぼくを受け入れてくれた人だから依存しているだけなのかもしれない。
身体に悪いと思っていても麻薬やタバコのようにやめたくてもやめられない。そんな相手が自分を愛しているのかどうか試したかった。そのためにナイフのように鋭い言葉をいくつも彼に掛けた。
ぼくは、いじめの被害者と言いながら、あいつらと同じことを彼にした。目に見えない、後の残らない暴力を「恋人」に奮ったのだ。
「ねえ、優馬」とミドリが声を掛けてくる。ぼくは肩を揺らし、彼の言葉を待った。「おれは人形だよ。だから飲み食いしないし、トイレにも行かない。本当は睡眠も必要ないんだ」
「えっ? 眠ってないって、どういうこと」
彼の言葉が信じられなくて思わず訊き返す。
「……本来、人形はしゃべらないし、動いたりしない。だから睡眠だって必要ないんだよ。でも眠らないなんて言ったら、きみが心配するかなって思って嘘をついたんだ。ごめんね、嘘つきで。優馬は人から嘘をつかれるのが嫌いだってわかっているのに、おれ、また嘘をついちゃった」
そう言ってさびしげな顔をして笑うミドリの姿を見て胸がモヤモヤする。
確かにぼくは人から嘘をつかれるのが大嫌いだ。お世辞や、おべっかを使う人間なんて信用できない。
だけど――『嘘つきの恋人なんていらない。もう、おまえとは金輪際、会わない! 二度とそのツラをぼくに見せるな……!』
あのとき、本気で思った。
もう何もかもが、どうでもよかったから。彼の顔を見るたびにみじめな思いをするくらいなら、いっそ目の前から消えてほしいと願ったんだ。
でも、ぼくはミドリがこのマンションにやってきてくれたとき、再会できたことを喜んだ。一方的に別れを告げた恋人のために作り、彼にプレゼントした人形が現れても恐怖や不気味さなんて、ちっとも感じなかったのである。
小さくなった彼がまだぼくを愛してくれているんじゃないか――ここへ来られない本人の代わりにミドリが会いに来てくれたのだと自己解釈して、うれしくなった。
だとしたら、ぼくだってミドリと同様に嘘つきじゃないだろうか?
「おれね、人形だから本当は何もいらないんだ。こんなきれいなおうちも、豪華な家具も、パジャマや洋服なんかもね。ただのけどね、どうしてもひとつだけ必要なものがあったんだ」
「何、それって?」
「優馬の愛」
「なんだよ、それ」と笑い飛ばすことができなかった。
それくらいにミドリの目も、顔つきも真剣そのものだったから。
「おれに必要なのは、ひとつだけ。優馬の愛情だよ」
人形は血が通っていないから涙を流さない。
でも彼は泣き笑いしているような顔をしていた。今にも透明になって空気に溶けてしまいそうなのに、ぼくはいつものように大切なことを何ひとつ言葉にできなかったのだ。
そうしてミドリはドールハウスのドアを開けて家の中に入ってしまった。
病気や怪我でできないんじゃない。
鈍くさくて、いつも同じミスばかり繰り返す。ミスなくできたと思ったらほかのところを間違える。要領が、とことん悪い。
せめて人と仲よくできればよかったのに……いつも肝心なところで何も言えない。
そこにいるだけで誰かの気分を害してしまう存在だ。
だって空気は吸うものだし、楽しくないのに笑う理由が、怒りたいときに我慢する理由が、泣きたいときに涙を流していやがられる理由がわからない。
「反省してないなら、いちいち謝らないでくれる?」
それが中学のときのいじめが始まる前触れだった。
以来、ぼくは人に謝ることができなくなり、人と話をすることも怖くなってしまったのだ。
話さなければ――究極的には人と関わることをしなければ何も失敗をしないから謝らないで済む。
たとえ、どんなにぼくが心から反省していても、相手に反省してないと受け取られるのなら駄目なのだ。それくらいの反省しかできないのなら謝罪の言葉なんて無駄だ。火に油を注ぐだけの行為。相手を不快にさせるだけの意味のないエゴの押しつけ。
あのとき、ぼくは恋人である彼に嫉妬したのだ。
ぼくと正反対な彼は老若男女、誰とでも仲よくなれる。素直に思いを表現しても受け入れられる。みんなから愛されるために生まれてきたような存在。
彼と一緒にいれば、ぼくもきれいな存在になれると信じてたのに……と勝手に裏切られた気分になったのだ。
生きている世界が違うと思い知らされ、月とスッポンのカップルだと周りに揶揄されている気がした。ただでさえ会社でうまくいってないところに、両親に彼とつきあっていることを話したら「男を好きになるなんて気持ち悪い」と言われ、足元が崩れていく感覚がした。何もかも終わった。これで家族の縁は完全に切れてしまったと絶望したのだ。
妹たちや両親、祖父母から愛されている彼が羨ましかった。パートでぼくよりも給料が低くても職場で必要とされ、人間関係のうまくいっている彼が妬ましくて、ひどい言葉を掛け、八つ当たりをした。
本当に心から、ぼくは彼を傷つけたことを反省しているのだろうか? 親身になって考えるほど愛しているのだろうか? と自問自答する。
ただ、人から愛されている彼をそばに置いて優越感に浸りたかっただけなんだと思う。それか家族でもないのに、唯一ぼくを受け入れてくれた人だから依存しているだけなのかもしれない。
身体に悪いと思っていても麻薬やタバコのようにやめたくてもやめられない。そんな相手が自分を愛しているのかどうか試したかった。そのためにナイフのように鋭い言葉をいくつも彼に掛けた。
ぼくは、いじめの被害者と言いながら、あいつらと同じことを彼にした。目に見えない、後の残らない暴力を「恋人」に奮ったのだ。
「ねえ、優馬」とミドリが声を掛けてくる。ぼくは肩を揺らし、彼の言葉を待った。「おれは人形だよ。だから飲み食いしないし、トイレにも行かない。本当は睡眠も必要ないんだ」
「えっ? 眠ってないって、どういうこと」
彼の言葉が信じられなくて思わず訊き返す。
「……本来、人形はしゃべらないし、動いたりしない。だから睡眠だって必要ないんだよ。でも眠らないなんて言ったら、きみが心配するかなって思って嘘をついたんだ。ごめんね、嘘つきで。優馬は人から嘘をつかれるのが嫌いだってわかっているのに、おれ、また嘘をついちゃった」
そう言ってさびしげな顔をして笑うミドリの姿を見て胸がモヤモヤする。
確かにぼくは人から嘘をつかれるのが大嫌いだ。お世辞や、おべっかを使う人間なんて信用できない。
だけど――『嘘つきの恋人なんていらない。もう、おまえとは金輪際、会わない! 二度とそのツラをぼくに見せるな……!』
あのとき、本気で思った。
もう何もかもが、どうでもよかったから。彼の顔を見るたびにみじめな思いをするくらいなら、いっそ目の前から消えてほしいと願ったんだ。
でも、ぼくはミドリがこのマンションにやってきてくれたとき、再会できたことを喜んだ。一方的に別れを告げた恋人のために作り、彼にプレゼントした人形が現れても恐怖や不気味さなんて、ちっとも感じなかったのである。
小さくなった彼がまだぼくを愛してくれているんじゃないか――ここへ来られない本人の代わりにミドリが会いに来てくれたのだと自己解釈して、うれしくなった。
だとしたら、ぼくだってミドリと同様に嘘つきじゃないだろうか?
「おれね、人形だから本当は何もいらないんだ。こんなきれいなおうちも、豪華な家具も、パジャマや洋服なんかもね。ただのけどね、どうしてもひとつだけ必要なものがあったんだ」
「何、それって?」
「優馬の愛」
「なんだよ、それ」と笑い飛ばすことができなかった。
それくらいにミドリの目も、顔つきも真剣そのものだったから。
「おれに必要なのは、ひとつだけ。優馬の愛情だよ」
人形は血が通っていないから涙を流さない。
でも彼は泣き笑いしているような顔をしていた。今にも透明になって空気に溶けてしまいそうなのに、ぼくはいつものように大切なことを何ひとつ言葉にできなかったのだ。
そうしてミドリはドールハウスのドアを開けて家の中に入ってしまった。
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