『デジデリオ・ディ・モルテ』(アルファポリス版)

玄道

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Bring me to life──由美子

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八月七日 午前十時 R市立図書館

  ──人、結構いる……。夏休みだからな。

 "普通"の人たちが、憩いや知識を求め、或いは退屈を殺しに、知の神殿に寄り集まっている。

 私は、"普通"の群れに溶け込む。

 本の谷から、視線を閲覧室の奥──いつもの席に向ける。

 魅加島先生は、ラップトップと格闘していた。作品なのか、プロットを練っているのか、遠目にはわからない。

 ──先生……私を殺して……もう、終わらせて。貴方の物語に、私の生命を組み込んで。

 視線が熱くなるのが、自分でもわかる。

 ◆◆◆◆

 兄に対して、事件から少しの間、その視線をぶつけていた。

 だが、兄は、生きることを選んだ。

『隔離施設』の闇を、兄は糧として音楽の道へ進んだ。

 兄が初めて演奏した『Smoke on the water』は、憎しみで満ちていた。

 私の叫び、痛み、絶望──、"私自身"を彼に簒奪された気がして、おぞましくなった。 

 表情も、ピックを持つ指も、チューニングの甘い、歪んだギターリフも、何もかもが私に"ある疑念"を抱かせた。

 ──この人、本当に私のお兄ちゃんなの? 

『隔離施設』は、『孵卵器』だったのだろうか。ヒトならざるモノを産み出す、人工子宮。兄は、そこで転生したのだろうか? 

 ──なら、私は"何"になってしまったのだろう。

 ◆◆◆◆

 ──私の"終わり"を欲する想い──死の衝動タナトスが、魅加島先生に、どう映るだろう?

 ともあれ、今日は大人しく課題を片付ける事にする。

 もうすぐ死ぬというのに、無駄な事をしている自覚はあった。

 ◆◆◆◆

 ──せっかく図書館に来たんだから、読書感想文にしよう。

 生成AIに頼るのは好きではなかった。私の言葉──"血"で書きたい。『血で書かれたもののみ信じる』と言ったのは、ニーチェだったか。

 "読書感想文おすすめコーナー"に、学生がちらほら見える。若く、健全な魂の集団。

 そこには、あえて寄らない。最後の感想文──遺作だ。学校の課題というより、自分の為に書こう。

 真梨幸子まり ゆきこ先生の『聖女か悪女』を手に取る。

 ──これよ、これ。魅加島先生の感想なんて、何枚書いても足りないし。

 子供の声が微かに届く。生きようとする意思に満ちた、幼い声が、私を現世うつしよに繋ぎ止めるセイレーンの歌に聞こえる。ワイヤレスイヤホンでメタルを流し込み、人魚達の歌を閉め出す。

 暴力の中、私は"血"を絞り出す。

 □□□
 真梨幸子『聖女か悪女』感想文 山下由美子
「"完成された善"は存在しない」──そう、私の双子の兄は言います。
 さすがに倫理学者の息子だと、私は思いました。

 私が、あらすじに惹かれてこの本を読んだのも、倫理学者山下史彦の娘だからかもしれません。

 この『聖女か悪女』にも、"善人"──それも"聖女"と呼ばれるような人物は存在しません。
 真梨幸子先生の作風と言えばそれまでですが。

 正直を書けば、この本は女子高校生の読書に相応しい本ではありません。しかし、仏教の開祖が説くように、"一切皆苦"──この世の全てはどうにもならないことと考えてしまう私には、刺激的な読書体験でした。

 物語は、カリスマブロガー、月村珠里亜の描写から始まり、性的倒錯者のクラブ──『モンキャットクラブ』にまつわる過去の事件を軸に、登場人物がことごとく奈落の底へ突き進んでいく、というものです。

 私の兄は、日頃、学生、学校公認のアルバイト、アマチュアバンド活動の三足のわらじを履いています。
 以前住んでいた所で、彼はある事件に巻き込まれました。その顛末は、報道されているので省きます。

 兄の肉体と精神に刻まれた傷は、私の想像も付かないものでしょう。
 大人しく、強い子供だった彼は、音楽と喧嘩にのめり込み──世間から不良少年のレッテルを貼られるようになりました。

 彼は、ある日私に言いました。「"善人"は"善"のために人を、自分の意思を殺すだろう。俺はそうなりたくない」と。

 この物語を読んで、"善"や"悪"について私も考えました。

 人の内面にある、抑圧された幼さが"悪"、それを監視し、飼い慣らすのが"善"ではないでしょうか?
 
 どちらも人の脳の性質なら、一方に傾くのではなく、共存させなければならない、私は、そう考えました。

 私も、"完全な善人"にはなれないでしょう。

 自分の中に、"善"と"悪"を同居させ、飼い慣らす──私は、そんな"不完全な人間"でありたいと思っています。

 山下由美子『聖女か悪女』感想文
 □□□
 
 ──できた。あっという間だったな。

 私は、左端の机を意識する。

 数学のプリントを広げ、静寂が純度を増すまで、待ち続ける。

 窓の外で、太陽が地上の全てを焼き殺そうと照りつけている。

 歩道を行く生物は、少数の人間しかいない。

 ──死にたがりは、そこら中に転がってるのね。

 ──まあ、いつか確実に皆死ぬんだけど。
 
 
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