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Wait and bleed──宏
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八月七日 午前十時 R市立図書館
──来た。
公立高校──R高の制服を着て、山下由美子は一人で現れた。
静寂の中、何かが燃える音が、俺にだけ届く。少女の魂が、周囲に延焼するかのように。
普通の少女の形をしているのに、周囲の人間と明らかに異質に感じる。ブルーベリーの中に、一粒だけベラドンナが混じったかのように。そして、その毒性に気づいているのは俺だけだ。
背筋に、冷房のせいではない寒気を感じる。
少女の話によると、俺を初めて見たのはR市に移ってすぐ──四年前だと言う。本を山積みにして、何かを打ち込む目が山下英士に似ていたのだと。
──デビュー前かよ。
俺は、ディスプレイを見つめる視界の端に、少女を捉える。顔の造作ではない、雰囲気──面構えが尋常じゃない。
──雰囲気と積み上げた資料から見つけるなんて、もう猟犬だ。
──しかし、わざわざ自分から図書館にね。窓も少ない……話にあった『隔離施設』を思い出さないのか?
俺の中で、一つの単語が浮かぶ。
帰巣本能。
『隔離施設』で生まれ直した者は、『隔離施設』を求めるのだろうか。それなら、いつか少女は四年前の夏を再現するのではないか。
──まさかな。
今日は、文字起こししたインタビューから、彼女をモデルにした人物設定を練っていた。
水筒の中身、今日は水出しコーヒーだ。頭脳労働なので、ガムシロップ多めの。
甘い液体を一口飲んで、作業を続ける。視野の中に、彼女を置いたままで。
──ただの女子高生にしか見えない……俺の読者とは思えない。その執着といい、未だに信じがたい。
父──高槻勲の言葉が反響する。
『こんな低俗な文章、どこの誰が読むんだ』
──読むんだよ、勲。それも一人二人じゃないんだ。
人物像自体は、モデルがいるので容易かった。
□□□
名雪河阿美子
年齢:17
性別#女性
私立B高校二年。成績は中の上。
軽音部の姉を持つ妹。両親は大学の研究職で、家を空けることが多い。
趣味はマンガ・小説等の読書(雑食)。ドラマは観ない。
過去に友人が目の前で刺殺された経験を持ち、トラウマから友人関係は希薄。
□□□
『デジデリオ・ディ・モルテ』設定 魅加島ヒロト
──ざっとこんなとこか。後は動かせば何とかなるだろう。
山下は、ハードカバー本を貪るように読んでいる。
傍を通る子供が、その毒性に気づいたのか、怯えて足を急がせた。彼は振り向いて、少女を見る。
その目は、モンスター映画に夢中な子供の目だった。俺は得心する。
──子供の目は確かだな。
少女は本を閉じると、ラップトップで何かを書き始めた。
職業作家の俺よりも、タイピングが速い。
昔、SFアニメ『攻殻機動隊』で見た光景が、視野の端で実写化されている。俺は驚嘆した。
──読書感想文……なのか? あんな速読で書けるのか?
何の迷いもないかのように、少女はタイプし続ける。
あれは、もう女子高生なんて範疇にない──"山下由美子"という、新種の生き物だ。
──死にたがりの由美子……"Thanatos yumikoi"ってとこか。
目が離せなくなった。視線がThanatos yumikoiに拘束される。
俺の中に眠っていた、デビュー前の、小説に対する一種の"欲望"が目を覚ます。
破壊衝動に似ていた。
──どうしたんだ、俺は。こんなの、作家として責任を問われるかもしれない……あの娘と心中しようってのか?
俺は、勲の呪いから逃れようと、必死で言葉を紡ぎ続けてきた。
なのに、たった一人の読者──それも少女──から、その呪いを突きつけられている。
『暴力小説と添い遂げる異常者が』
あの"死の象徴"がいる空間から、一刻も早く逃げ出すべきなのはわかっている──なのに、観察し、描写したいという衝動が俺をここに縛り付ける。
閲覧室の蛍光灯は、読書や作業に最適化されている。静寂が保証された空間に、時折、受付カウンターの声が届く。
──動き出した物語だ、もう止められない。俺が君を"殺してやる"。
愛や恋ではない。目の前に壊すための玩具を差し出され、『壊せ』と言われたら、壊すのを躊躇うだろうか? 同じことだ。もはや俺は、山下由美子を人として見ていないのだろう。
──俺は……壊れたのだろうか?
狂気の内にあって、それを自覚している者は狂気なのだろうか。
理性でものを考えているつもりの俺は、実は狂人なのだろうか? それならば、いつから……今か? あの日の図書館か? 『デルタコープス』を上梓した時か?
それとも、産まれた時、既に。
『狂人とは理性以外の全てが失われた存在』だと定義した作家がいた。チェスタートンだったか。
──"心中"と言うより"悪魔の共食い"かもな。
ともあれ、書くにあたってタイトルが必要だ。
──『タナトス』……イタリア語にしよう。
翻訳アプリを開く。
『Desiderio di morire』と表示される。
──片仮名にするか。
俺は、執筆用ソフトに入力する。
『デジデリオ・ディ・モルテ』。
──一人称で書くか。
□□□
『いや……阿美子……手、握ってて……ここにいて……行かないで……』
私は跳ね起きる。
左腕に付けたままのアナログ時計の針が、直線を描いていた。
寝汗で、タオルケットが重い。十字架のように。
朝の光が、分厚い無地のカーテンの隙間から漏れている。
──いつまで付きまとうの……そんなに私が憎い?彩愛。
腕時計に隠した、ミミズに似た傷跡を撫でる。私の罪を。
□□□
『デジデリオ・ディ・モルテ』魅加島ヒロト
──山下由美子に"罪の意識"?
□□□
腕時計に隠した、ミミズに似た傷跡を撫でる。それは、彼女が"いた"証し。
□□□
修正後のテキスト
──こう、かな。
先程の子供が、地獄の門番の横を、本を抱えて通る。瞬間、少しだけ加速して。
席に着くと、祖父と思われる白髪の男性と、読書を始めた。
俺は、いつもより深い地獄へ潜る。
戻れない底無し沼──否、ルイス・キャロルの兎の穴にも思えた。
──来た。
公立高校──R高の制服を着て、山下由美子は一人で現れた。
静寂の中、何かが燃える音が、俺にだけ届く。少女の魂が、周囲に延焼するかのように。
普通の少女の形をしているのに、周囲の人間と明らかに異質に感じる。ブルーベリーの中に、一粒だけベラドンナが混じったかのように。そして、その毒性に気づいているのは俺だけだ。
背筋に、冷房のせいではない寒気を感じる。
少女の話によると、俺を初めて見たのはR市に移ってすぐ──四年前だと言う。本を山積みにして、何かを打ち込む目が山下英士に似ていたのだと。
──デビュー前かよ。
俺は、ディスプレイを見つめる視界の端に、少女を捉える。顔の造作ではない、雰囲気──面構えが尋常じゃない。
──雰囲気と積み上げた資料から見つけるなんて、もう猟犬だ。
──しかし、わざわざ自分から図書館にね。窓も少ない……話にあった『隔離施設』を思い出さないのか?
俺の中で、一つの単語が浮かぶ。
帰巣本能。
『隔離施設』で生まれ直した者は、『隔離施設』を求めるのだろうか。それなら、いつか少女は四年前の夏を再現するのではないか。
──まさかな。
今日は、文字起こししたインタビューから、彼女をモデルにした人物設定を練っていた。
水筒の中身、今日は水出しコーヒーだ。頭脳労働なので、ガムシロップ多めの。
甘い液体を一口飲んで、作業を続ける。視野の中に、彼女を置いたままで。
──ただの女子高生にしか見えない……俺の読者とは思えない。その執着といい、未だに信じがたい。
父──高槻勲の言葉が反響する。
『こんな低俗な文章、どこの誰が読むんだ』
──読むんだよ、勲。それも一人二人じゃないんだ。
人物像自体は、モデルがいるので容易かった。
□□□
名雪河阿美子
年齢:17
性別#女性
私立B高校二年。成績は中の上。
軽音部の姉を持つ妹。両親は大学の研究職で、家を空けることが多い。
趣味はマンガ・小説等の読書(雑食)。ドラマは観ない。
過去に友人が目の前で刺殺された経験を持ち、トラウマから友人関係は希薄。
□□□
『デジデリオ・ディ・モルテ』設定 魅加島ヒロト
──ざっとこんなとこか。後は動かせば何とかなるだろう。
山下は、ハードカバー本を貪るように読んでいる。
傍を通る子供が、その毒性に気づいたのか、怯えて足を急がせた。彼は振り向いて、少女を見る。
その目は、モンスター映画に夢中な子供の目だった。俺は得心する。
──子供の目は確かだな。
少女は本を閉じると、ラップトップで何かを書き始めた。
職業作家の俺よりも、タイピングが速い。
昔、SFアニメ『攻殻機動隊』で見た光景が、視野の端で実写化されている。俺は驚嘆した。
──読書感想文……なのか? あんな速読で書けるのか?
何の迷いもないかのように、少女はタイプし続ける。
あれは、もう女子高生なんて範疇にない──"山下由美子"という、新種の生き物だ。
──死にたがりの由美子……"Thanatos yumikoi"ってとこか。
目が離せなくなった。視線がThanatos yumikoiに拘束される。
俺の中に眠っていた、デビュー前の、小説に対する一種の"欲望"が目を覚ます。
破壊衝動に似ていた。
──どうしたんだ、俺は。こんなの、作家として責任を問われるかもしれない……あの娘と心中しようってのか?
俺は、勲の呪いから逃れようと、必死で言葉を紡ぎ続けてきた。
なのに、たった一人の読者──それも少女──から、その呪いを突きつけられている。
『暴力小説と添い遂げる異常者が』
あの"死の象徴"がいる空間から、一刻も早く逃げ出すべきなのはわかっている──なのに、観察し、描写したいという衝動が俺をここに縛り付ける。
閲覧室の蛍光灯は、読書や作業に最適化されている。静寂が保証された空間に、時折、受付カウンターの声が届く。
──動き出した物語だ、もう止められない。俺が君を"殺してやる"。
愛や恋ではない。目の前に壊すための玩具を差し出され、『壊せ』と言われたら、壊すのを躊躇うだろうか? 同じことだ。もはや俺は、山下由美子を人として見ていないのだろう。
──俺は……壊れたのだろうか?
狂気の内にあって、それを自覚している者は狂気なのだろうか。
理性でものを考えているつもりの俺は、実は狂人なのだろうか? それならば、いつから……今か? あの日の図書館か? 『デルタコープス』を上梓した時か?
それとも、産まれた時、既に。
『狂人とは理性以外の全てが失われた存在』だと定義した作家がいた。チェスタートンだったか。
──"心中"と言うより"悪魔の共食い"かもな。
ともあれ、書くにあたってタイトルが必要だ。
──『タナトス』……イタリア語にしよう。
翻訳アプリを開く。
『Desiderio di morire』と表示される。
──片仮名にするか。
俺は、執筆用ソフトに入力する。
『デジデリオ・ディ・モルテ』。
──一人称で書くか。
□□□
『いや……阿美子……手、握ってて……ここにいて……行かないで……』
私は跳ね起きる。
左腕に付けたままのアナログ時計の針が、直線を描いていた。
寝汗で、タオルケットが重い。十字架のように。
朝の光が、分厚い無地のカーテンの隙間から漏れている。
──いつまで付きまとうの……そんなに私が憎い?彩愛。
腕時計に隠した、ミミズに似た傷跡を撫でる。私の罪を。
□□□
『デジデリオ・ディ・モルテ』魅加島ヒロト
──山下由美子に"罪の意識"?
□□□
腕時計に隠した、ミミズに似た傷跡を撫でる。それは、彼女が"いた"証し。
□□□
修正後のテキスト
──こう、かな。
先程の子供が、地獄の門番の横を、本を抱えて通る。瞬間、少しだけ加速して。
席に着くと、祖父と思われる白髪の男性と、読書を始めた。
俺は、いつもより深い地獄へ潜る。
戻れない底無し沼──否、ルイス・キャロルの兎の穴にも思えた。
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