デルタコープス

玄道

文字の大きさ
3 / 19

デルタの聖心

しおりを挟む
 三
 
 九月五日 午前六時 K市駅前ホテル
 
 目覚めてすぐ、プランクを一分。

 テレビを点ける。
 
 民法の情報番組にチャンネルを合わせる。

 ツイストホールドの姿勢で、じっと画面を睨む。

 闇バイト、サプリメントの健康被害のニュース……。K市で起きた、奇妙な事件の報道はない。

 それはそうだろう。実際に遺体が見つかったのではない。事件性があるかどうかもわからないのに、報道なんて。

 スポーツコーナーに切り替わったところで、キャリステニクスを始める。

 体温が上昇し、筋肉が疲労する。

 番組と共にトレーニングを終え、シャワーを浴びる。

 テレビを消し、ラップトップを起動する。

 "K市 事件"、"K市 2024年8月 殺人"……やはり、一件もヒットしない。

 それはそうだ。

 あの異常な死体写真、そしてそれらが『PCの中に保存されていただけ』という事実。それらを総合すれば、発表されない可能性はゼロではない。

 私は、理紗への糸が、"deltacorpse"しかないことを、いい加減受け入れねばならないのだ。

 ──もう、警察に任せて帰ろうか。

 私は、自分の頬に平手を食らわす。

 手がかりがあるなら、細い蜘蛛の糸でも手繰るべきだ。理紗ならそうする。
 
理紗の言葉が、フラッシュバックする。

 ◆◆◆◆
 
 高校生の頃だ。

 彼女は、常々私に言っていた。

『人の価値は、"その者が為すべきを為す"ことにあるわ。利奈? 自分の為すべき事があるなら、やり尽くしなさい』

 私はその言葉を、大学の心理学講師時代も支えにしてきた。
 
 そして、己の学術的探求心と、姉の言葉に突き動かされて、犯罪心理学者として道を踏み外し、私は職を辞した。
 
 ──為すべきを為したのだ、後悔はない。

 ◆◆◆◆
 
 私は、現在に帰還する。

 幼い頃から聞いてきた理紗の言葉が、今も私の杖となって、私を導いているのだろう。

 ディスプレイを見つめる。

 例えるなら、五つの死体画像は置き手紙……否、警告文なのだろう。

『来るな、立ち去れ』という。

 ──ごめんなさい、それでも貴方を探すわ、姉さん。

 貴方の言葉に従って、為すべきを為すわ。
 
 ◆◆◆◆
 
 午前十時 K市郊外
 
 少し山に近い、理紗が寄り付きそうな所に"当たり"をつけて散策する。

 近代的な建物が、幾つかできていた。

 記憶では、ここには飼料工場があった筈だ。

 九年の月日が、一瞬で私を拒絶した。街路樹の根元に積もる土の匂いだけが、記憶と変わらない。  

 跡には、ビルが建っていた。その一つに、意識が集中する。

『デルタの聖心みこころ会館』。

 ──宗教施設?

 一見、ただの雑居ビルに見える無機質な建物は、まるごと『デルタの聖心』なる団体の所有物らしい。私の記憶に、そんなカルトは無かった。

 デルタ三角形という言葉が、私に"deltacorpse"を連想させる。

 ビルを見上げながら、しばらく立ち尽くしていると、中から人が姿を見せた。

「あの……何かご用の方でしょうか」

 三十代ほどの男性。彫りが深い、西洋風の厳つい顔つきからは想像もつかない、柔らかな物腰だ。

 黒い服に身を包んでいるところから、聖職者の立ち位置なのだろう。

「『デルタの聖心』に興味がおありですか?」

 ──調べるべきかもな。

「ええ」


 私の判断は、迅速だった。
「こちらへ。私は、ここの管理を任されております吹田ふきだといいます」

「大橋利奈です」

 私は、虎穴に入る。虎子を得るために。

 ◆◆◆◆
  
 五分後 デルタの聖心会館 応接室

「デルタ……三角形というのは、全ての基礎となる概念です。世界の様々な宗教においても、三位一体、三神一体という概念が見受けられます」

 壁は白く、床は磨き立ての無機質な艶を放っていた。空気は乾いて音を跳ね返す。ここには祈りの残り香すらない。  

 私は、吹田エミールと名乗った男から、デルタの聖心について話を聞いていた。

 私は、こくこくと頷く。

 第一印象の通り、吹田は聖職者だった。フランス人の血を継いでいると言う。

 エミールという名に、私は面食らった。

 理沙が好みそうな名だ。

「数学でも、三角形分割といって、平面上の多角形は図形の最小単位……デルタの集合体なのです」

 知っている言葉だが、傾聴の姿勢は崩さない。喋る相手からは、可能な限り情報を吐き出させる。

「……何かご質問は?」

 私は、右手を軽く上げる。

「どうぞ」

「その……デルタの聖心は、三角形という図形を信仰の対象に?」

「そういうことです。三角形というものは、全ての基礎……全ては、三角の檻の庇護下にあるのです」

 ──檻。

 三角形デルタへの信仰……なら、あの死体画像deltacorpseが、デルタの聖心と関係しているなら、あれは生け贄か……磔刑像のようなものなのか?

 背筋に無数の虫が這うような、嫌な感覚がした。

「如何なさいました? 冷房が効きすぎましたか」

「……すみません」

 本当に……何があったのよ。理紗!!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...