デルタコープス

玄道

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吹田エミール

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 私は、切り込んだ。

「吹田さん? その、異教で言う、磔刑像や本尊の様なものは……ありませんか?」

「興味がおありですか」

 入信希望かもしれないと言うのに、吹田は、事務的な反応を示した。

「はい。あの、失礼かもしれませんが……ここ、宗教施設なんですよね?」

「勿論です。ああ、宗教画も代表の著書もない……ですよね?」

「……はい」

 宗教の話って言うより、生成AIの解説、読み上げてるみたいなのよ。あなたの話。私は、チェスタートンの言葉を思い出していた。

『狂人とは理性以外の全てが失われた存在だ』

「このビルの中枢──聖遺骸室は、有資格者しか入れないのです。ここなら、私を含め三人」

 ──"三人"、"聖遺骸"。

 胸の中で、火災報知器のように、けたたましく警報が鳴る。

「あの、差し支えなければ、その中に大橋理紗さんは」

 吹田は、両手の先端で三角形を組む。"絶対の自信"を示す言外の主張ノンバーバル・コミュニケーション

「当会の信者に、そのような方はおりませんね。設立以来、聞いたこともありません」

 目を逸らさずゆっくりと、そう口にする。

 全身に緊張の素振りはなく、薄く笑みすら浮かべている。あまりに事務的、説明的で、信仰の熱など吹田には無いかと思われた。

 一人の、部下らしき男性が、麦茶の入ったサーバーを運んでくる。

 無関係なんだ、そうに違いない。

「その、では聖遺骸と言うのは……口にすることも、禁じられているのでしょうか」

「そうですね、妄りに話すものではありません」

「わかり……ました、すみま」

「デルタコープスのことは」

 ──っ!!

「これも、世界を構成するデルタの導き。特別ですよ?」

 私の左目に、吹田の両視線が集中する。

 能面のように無表情だ、およそ熱烈な信仰とは無縁の……ただの受付係のような。

 吹田は、自ら二人分の麦茶を注ぎ、まずは自分が飲んで見せる。

 ──『安全だ』と言うことか。 

 心臓が、早鐘を打つ。

 冷や汗が垂れる。

 この男は、本当に聖職者なのか?

「デルタ……コープス。その、すみません。差し支えなければ、録音しても」

「構いませんが」

 私は、麦茶を一口含む。

 妙な味がしないことを確認すると、それを飲み干した。

「始まりは、私のルーツ──フランスです」

□□□

 十六世紀のフランスに、ヴァレリアン・モローという男がいました。彼は、ユグノー戦争に参加した軍人だったそうです。ユグノー戦争についてはご存じですか?
 ……ああ。
 
 簡単に言えば、カトリックとプロテスタントの間に勃発した戦争です。
 ヴァレリアンは、その最中に起きた虐殺──サン・バルテルミの虐殺で、多くのプロテスタントの屍を見、また作りました。

 彼はその後、ラ・ロシェル包囲戦に乗じて逃亡、北東部のヴォージュ山脈にある村で、宗教団体『神の三角形Triangle divin』を興します。デルタの聖心の原型ですね。

『神の三角形』は、名もなき村の村人、その近くの村へ……ん?

 入りなさい。

 わかりました、すみません大橋さん、私から声をお掛けしたのに。

□□□
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