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宗教家と反出生主義
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午後二時 『デルタの聖心会館』 執務室
電話でアポを取ると、この時間を指定された。
「ブラザー吹田、大橋さまです」
部下の男性が、ドアを開ける。双子のように、吹田と声が似ている。
吹田エミールは、立って私を迎えた。
「すみません、突然」
「いえいえ、事前に連絡していただきましたので。ブラザー金山、ありがとうございました」
相変わらず、宗教者よりビジネスパーソンの方が似合っている。
「吹田さ、いえブラザー吹田。改めて、お話を窺えますか? 『デルタの聖心』、『デルタコープス』について」
「お掛けください」
◆◆◆◆
「どこまでお話ししましたか……そう、『神の三角形』。始祖ヴァレリアン・モローは、ユグノー戦争において神の同胞が血を流す中で、正気を保つために学問に傾倒したと伝わっています」
学問、ね。
「彼は、サン・バルテルミの虐殺……その混沌に揉まれ、ある天啓を得ます。"この世界の人間には、秩序がない。完全性がない。神の似姿なら、それはあり得ない筈だ"と」
戦争で、正気を失っただけでしょ。
「そして、山奥で自らの理論、新たな教えを編んだのです。"完全でないなら、完全にすればいい。全ての図形が内包する基礎、三角形のように"と」
戦争、そして宗教……人一人壊すのには十分すぎるな。
「そして辿り着いたのです。誕生、生、死。三つの道を体現する、完全な人の形。デルタコープスに」
来た。
「デルタコープスの儀式は、我々の葬儀なのです。日本では認められていませんが」
「葬儀」
「右足から順に、左腕、左足、右腕を祭儀用の戦斧で切断し、最後に頸を落とすのです」
私は息を呑む。
それじゃ、遺体損壊だ。
「然る後、体幹部を底辺に、左足と右腕で三辺を描くのです。その三角形が、デルタコープス。『神の三角形』で、カダーヴル・トリアングレールと呼ばれた聖遺骸なのです」
やはり。
「ブラザー吹田、思い出しました。姉は、大橋理沙は昔、『神の三角形』、カダーヴル・トリアングレールに興味を持っていました」
吹田は、ぴくりと肩を震わせる。
「姉は、静物や風景専門の写真家でして」
喉を鳴らす。
親指を、内側に握り込む。
今だ。
私は、『欺瞞の書』を取り出す。
「こういう……写真です」
どう出る。吹田エミール。
「これは……私の名ですね」
「すみません……姉の写真集は、タイトルが、あまり」
「いえいえ、お気になさらず……ほう」
吹田は、興味深げにページを捲っていく。
私は、コップの麦茶をいただく。
そして『欺瞞の書』を閉じると、吹田は言った。
「大橋理沙さんは、アンチナタリストでいらっしゃるのですね」
「神に仕える身には、面白くない話でしょうね」
吹田は、表情を崩さぬまま続ける。
「いえ、古くから『産まれないほうがいい』と説いた方はおられます。ベネターやシオランより以前から」
冷や汗が垂れる。
「お詳しい、ですね」
「ええ、私もアンチナタリストですので。子を作るつもりはありません」
危うく、コップを落としそうになる。
私は、どうすべきか悟った。
「失礼」
立ち上がり、ドアの鍵を捻る。これで邪魔は入らない。
「ブラザー。私、ここで理沙の写真を見たんです、直筆サイン入りの」
吹田は、何も変わらない。
「ご存じなんじゃないですか? いえ、あなたと大橋理沙には、関係がある筈です」
ここに、危険なものはない。
「姉の部屋には、パソコンしか残っていませんでした。その中には、五枚の画像が収められていたんです。現代の……デルタコープスが」
手の内を晒す。
吹田は動かない、否、動けないように見える。
視線を交わす。
「デルタコープスの画像を? 理沙が?」
執務室の空気が、爆発しそうだ。
「迂闊でした、写真を片付けておくんでしたね」
そして、吹田は目尻を下げた。
「ふふ、そうですね。大橋理沙さんとは交流がありました」
ありま……した?
「彼女は、最初に貴方が話した通り……先月、何処かへ消えたのです。"私を探す者が現れたら、ブラフを撒いてくれ"と言い残して。理沙は、私にもよく掴めない方でした。失礼ですが……まるで、幽霊がそこにいるかのような」
────!?
「大橋さん。本当に理沙が、デルタコープスの画像を?」
「ある筋に解析を依頼しました。フェイク画像ではないそうです」
「理沙について、少し話しましょう。場所を変えませんか? 何処か外で、お茶でも」
吹田は、奥のロッカーから白いジャケットを取り出す。
宗教者と相性の悪い、世俗的な香水が匂った。
電話でアポを取ると、この時間を指定された。
「ブラザー吹田、大橋さまです」
部下の男性が、ドアを開ける。双子のように、吹田と声が似ている。
吹田エミールは、立って私を迎えた。
「すみません、突然」
「いえいえ、事前に連絡していただきましたので。ブラザー金山、ありがとうございました」
相変わらず、宗教者よりビジネスパーソンの方が似合っている。
「吹田さ、いえブラザー吹田。改めて、お話を窺えますか? 『デルタの聖心』、『デルタコープス』について」
「お掛けください」
◆◆◆◆
「どこまでお話ししましたか……そう、『神の三角形』。始祖ヴァレリアン・モローは、ユグノー戦争において神の同胞が血を流す中で、正気を保つために学問に傾倒したと伝わっています」
学問、ね。
「彼は、サン・バルテルミの虐殺……その混沌に揉まれ、ある天啓を得ます。"この世界の人間には、秩序がない。完全性がない。神の似姿なら、それはあり得ない筈だ"と」
戦争で、正気を失っただけでしょ。
「そして、山奥で自らの理論、新たな教えを編んだのです。"完全でないなら、完全にすればいい。全ての図形が内包する基礎、三角形のように"と」
戦争、そして宗教……人一人壊すのには十分すぎるな。
「そして辿り着いたのです。誕生、生、死。三つの道を体現する、完全な人の形。デルタコープスに」
来た。
「デルタコープスの儀式は、我々の葬儀なのです。日本では認められていませんが」
「葬儀」
「右足から順に、左腕、左足、右腕を祭儀用の戦斧で切断し、最後に頸を落とすのです」
私は息を呑む。
それじゃ、遺体損壊だ。
「然る後、体幹部を底辺に、左足と右腕で三辺を描くのです。その三角形が、デルタコープス。『神の三角形』で、カダーヴル・トリアングレールと呼ばれた聖遺骸なのです」
やはり。
「ブラザー吹田、思い出しました。姉は、大橋理沙は昔、『神の三角形』、カダーヴル・トリアングレールに興味を持っていました」
吹田は、ぴくりと肩を震わせる。
「姉は、静物や風景専門の写真家でして」
喉を鳴らす。
親指を、内側に握り込む。
今だ。
私は、『欺瞞の書』を取り出す。
「こういう……写真です」
どう出る。吹田エミール。
「これは……私の名ですね」
「すみません……姉の写真集は、タイトルが、あまり」
「いえいえ、お気になさらず……ほう」
吹田は、興味深げにページを捲っていく。
私は、コップの麦茶をいただく。
そして『欺瞞の書』を閉じると、吹田は言った。
「大橋理沙さんは、アンチナタリストでいらっしゃるのですね」
「神に仕える身には、面白くない話でしょうね」
吹田は、表情を崩さぬまま続ける。
「いえ、古くから『産まれないほうがいい』と説いた方はおられます。ベネターやシオランより以前から」
冷や汗が垂れる。
「お詳しい、ですね」
「ええ、私もアンチナタリストですので。子を作るつもりはありません」
危うく、コップを落としそうになる。
私は、どうすべきか悟った。
「失礼」
立ち上がり、ドアの鍵を捻る。これで邪魔は入らない。
「ブラザー。私、ここで理沙の写真を見たんです、直筆サイン入りの」
吹田は、何も変わらない。
「ご存じなんじゃないですか? いえ、あなたと大橋理沙には、関係がある筈です」
ここに、危険なものはない。
「姉の部屋には、パソコンしか残っていませんでした。その中には、五枚の画像が収められていたんです。現代の……デルタコープスが」
手の内を晒す。
吹田は動かない、否、動けないように見える。
視線を交わす。
「デルタコープスの画像を? 理沙が?」
執務室の空気が、爆発しそうだ。
「迂闊でした、写真を片付けておくんでしたね」
そして、吹田は目尻を下げた。
「ふふ、そうですね。大橋理沙さんとは交流がありました」
ありま……した?
「彼女は、最初に貴方が話した通り……先月、何処かへ消えたのです。"私を探す者が現れたら、ブラフを撒いてくれ"と言い残して。理沙は、私にもよく掴めない方でした。失礼ですが……まるで、幽霊がそこにいるかのような」
────!?
「大橋さん。本当に理沙が、デルタコープスの画像を?」
「ある筋に解析を依頼しました。フェイク画像ではないそうです」
「理沙について、少し話しましょう。場所を変えませんか? 何処か外で、お茶でも」
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宗教者と相性の悪い、世俗的な香水が匂った。
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