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陰鬱茶会
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午後三時 K市内 喫茶『ウェンズデイ』
吹田が連れてきたのは、知らない店だった。
マスターは、温厚そうな若い男。
「よく来られるんですか?」
吹田は、意外な返答をする。
「初めてです。新しいお店なので」
"ホームではない、警戒しなくていい"と言うことか。いけない、つい勘繰ってしまう。
マスターが注文を取る。
「オリジナル、ホットで」
「同じものを」
店内は、それなりに賑わっている。
BGMは、よく知らないクラシックだ。
「さて、理沙の話ですね」
私は頷く。
「もう、二年前になります。私が、書店で彼女の『エミール』を購入した時でした。理沙が、『大橋理沙が、お好きなんですね』と」
自分から? 他人に?
「本人と知って、驚きました。あんな美しい方が、『エミール』の著者だとは」
「でしょうね」
吹田は、窓の外に目をやる。
「話してみて、直観しました。同類だと。アンチナタリストというだけではない。言葉の端々から、絶望が滲んでいた」
初対面の相手でも、理沙はやはり理沙か。
「『宗教家の反出生主義者に会えて、感激した』とさえ漏らしました。『人の世の繁栄を願う方ばかりだと思っていた』と」
──理沙。
「すみません、理沙が不躾なことを」
「いえ。言った筈です、同類だと。理沙は、 教えに興味を持たれました。しかし、『神の三角形』について知っているなどとは、一言も」
吹田は、私に向き直る。
「理沙は、デルタコープス、いえカダーヴル・トリアングレールに惹かれたのかもしれませんね」
彼我の大橋理沙像に、少しずつ齟齬が見え始めた。
運ばれてきたコーヒーが、暗い虚無にしか見えなくなる、そんな会話だと思う。
「理沙は、入信したんですか」
「いえ、私とはただの友人、いえ、同士でありたいと」
コーヒーに口をつける。
理沙は、聖遺骸の為に、吹田に近づいたのだろうか。嘘までついて。
コーヒーの香りの成分に、死体の臭いが含まれている話を、思い出さずにいられない。
「理沙は、どんなお姉さんだったんですか?」
私のターンか。カップを置き、口を開く。
「理知的なのか、感情的なのか……よくわからない人でした。ご存じだと思いますが、傷だらけで、肌を見せないですよね」
吹田の表情が沈む。
「ほんの小さな頃、小学生の頃から、理沙は自分を傷つけていました。理由を訊いても、『自分が嫌いだから』としか。勿論、誰も納得しませんでした。専門家に診せたこともあります。でも、同じことでした。壁を作り、誰にも大橋理沙を理解できない。そんな子供だったんです」
一気に話し、一息つく。
陰鬱な吹田の表情は、人間的で、最初の印象と、まるで違う。
「ごめんなさい。理沙の記憶で、あまりいいものが無くて」
吹田は、ふっと息をついて、目元をハンカチで拭った。
「い、いえ。理沙は、昔から理沙だったのですね。昔語りなど、しない人でしたので。すみません、続けてください」
大橋理沙について、私は喋りに喋った。
吹田は、聞けば聞くほど生気を吸われていくように見えた。
最後に、私は彼の深奥に触れる質問をした。
「理沙とは、本当にただの同士だったんですか」
吹田は、間髪入れず断言した。
「はい。アンチナタリストですよ? 疚しい関係など持ちませんよ」
私は、目を逸らしてしまった。
「し、失礼しました」
コーヒーが温くなる頃、私達はそれを飲み干して店を出た。
吹田が連れてきたのは、知らない店だった。
マスターは、温厚そうな若い男。
「よく来られるんですか?」
吹田は、意外な返答をする。
「初めてです。新しいお店なので」
"ホームではない、警戒しなくていい"と言うことか。いけない、つい勘繰ってしまう。
マスターが注文を取る。
「オリジナル、ホットで」
「同じものを」
店内は、それなりに賑わっている。
BGMは、よく知らないクラシックだ。
「さて、理沙の話ですね」
私は頷く。
「もう、二年前になります。私が、書店で彼女の『エミール』を購入した時でした。理沙が、『大橋理沙が、お好きなんですね』と」
自分から? 他人に?
「本人と知って、驚きました。あんな美しい方が、『エミール』の著者だとは」
「でしょうね」
吹田は、窓の外に目をやる。
「話してみて、直観しました。同類だと。アンチナタリストというだけではない。言葉の端々から、絶望が滲んでいた」
初対面の相手でも、理沙はやはり理沙か。
「『宗教家の反出生主義者に会えて、感激した』とさえ漏らしました。『人の世の繁栄を願う方ばかりだと思っていた』と」
──理沙。
「すみません、理沙が不躾なことを」
「いえ。言った筈です、同類だと。理沙は、 教えに興味を持たれました。しかし、『神の三角形』について知っているなどとは、一言も」
吹田は、私に向き直る。
「理沙は、デルタコープス、いえカダーヴル・トリアングレールに惹かれたのかもしれませんね」
彼我の大橋理沙像に、少しずつ齟齬が見え始めた。
運ばれてきたコーヒーが、暗い虚無にしか見えなくなる、そんな会話だと思う。
「理沙は、入信したんですか」
「いえ、私とはただの友人、いえ、同士でありたいと」
コーヒーに口をつける。
理沙は、聖遺骸の為に、吹田に近づいたのだろうか。嘘までついて。
コーヒーの香りの成分に、死体の臭いが含まれている話を、思い出さずにいられない。
「理沙は、どんなお姉さんだったんですか?」
私のターンか。カップを置き、口を開く。
「理知的なのか、感情的なのか……よくわからない人でした。ご存じだと思いますが、傷だらけで、肌を見せないですよね」
吹田の表情が沈む。
「ほんの小さな頃、小学生の頃から、理沙は自分を傷つけていました。理由を訊いても、『自分が嫌いだから』としか。勿論、誰も納得しませんでした。専門家に診せたこともあります。でも、同じことでした。壁を作り、誰にも大橋理沙を理解できない。そんな子供だったんです」
一気に話し、一息つく。
陰鬱な吹田の表情は、人間的で、最初の印象と、まるで違う。
「ごめんなさい。理沙の記憶で、あまりいいものが無くて」
吹田は、ふっと息をついて、目元をハンカチで拭った。
「い、いえ。理沙は、昔から理沙だったのですね。昔語りなど、しない人でしたので。すみません、続けてください」
大橋理沙について、私は喋りに喋った。
吹田は、聞けば聞くほど生気を吸われていくように見えた。
最後に、私は彼の深奥に触れる質問をした。
「理沙とは、本当にただの同士だったんですか」
吹田は、間髪入れず断言した。
「はい。アンチナタリストですよ? 疚しい関係など持ちませんよ」
私は、目を逸らしてしまった。
「し、失礼しました」
コーヒーが温くなる頃、私達はそれを飲み干して店を出た。
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