デルタコープス

玄道

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L'entrée du cauchemar

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 心臓も足も、全身が悲鳴を上げていた。

 最期の力を振り絞る。

 ドアを開けると、彼女は言った。

 やはり、探していた女──姉だった。

「利奈、四年ぶりね」

 その声に、世界の輪郭がぼやける。

「あれの真相、辿り着いた? 彼も、少し理解が足りないわね。反出生主義は、自殺を促すものじゃないのに。まして殺人なんて」

 理紗は、こちらを見ずに流しへ手を伸ばし、蛇口をひねった。  

 冷水が、ただ無駄に流れる音だけが、部屋を満たす。

「それじゃ、ただの殺人カルトね」

 大橋理紗は、三〇八号室の台所に、ごく自然に立っていた。

 艶やかな黒髪は、背の中程まで伸びている。

 白いワイシャツに、デニム姿。肌は、やはり首から上しか見えない。

 その狂暴なまでの美しさは、健在だった。否、もはやそれは女神のものだった。

 漸く気が付いたかのように、理紗はコップに水を満たす。

「吹田さんは、気付いたかしらね」

 私は、気圧されて声が出ない。

 何から訊けばいいのだろう。

 どうして、この部屋にPCしか残さなかったの?

 どうして、あんな写真deltacorpseを撮ったの?
 
 それに──何を言ってるの?

 挙げていけばキリがない。

「姉さん……あれは、あの死体写真は、姉さんが撮ったの?」
 
 やっとの事で絞り出した言葉に、再会の喜びは無かった。
 
 水の音は止まない。
 
 理紗は、口をつけると、無言でコップを寄越す。

 ひやりとした感触。

 その時、私は死後の世界──ありはしない何か──の"温度"に触れた気がした。

 氷点?

 絶対零度?

 否、それは存在しない温度だった。

 触れた指先から、私の体温──命が奪われていく。
 
 無警戒に口をつける。

「ええ、私が記録したわ」

「殺したのは……姉さんじゃない、よね」

 理沙は、場にそぐわない生き生きとした表情で嘯く。

祝詞のりとには、私の声を流したそうよ。宗教って何なのかしらね」

「姉さん、今まで何を──」

「追いかけてきたんでしょう? どうしてか知らないけど」

 そうだ。私は、父の事を伝えなければ。

「姉さん、父さんが、ね」

 理沙が能面を被る。

「肝臓癌なの、ステージⅡ。姉さんを……」

「『始末しろ』?」

 その台詞に、私は沸騰した。

「理沙!! なんて事言うのよ!? あんたいい加減にしてよ! 父さんは……」

 いいや、そうだ。

 昭典は、同じことを言った。

 私は父の遣いではなく、刺客として理沙を捜しに来た。

 そう、どうしても言えなかった。

「生憎ね。私は、昭典の所へは行かない」

「姉さん!」

 もう、私たちは家族ですらないのだろうか。

 なら、理沙にとって、父は、母は、私は何なのだろう。

「昭典を看取るのは、あなた達に任せるわ。でも、その前に」

  私は、理沙を睨み付ける。

「ねぇ利奈、あなたが私を看取って。亮は、私が看取ってやれなかった」

「亮さんは……」

「五枚目」

 コップを、床に叩きつける。透明な血溜まりが広がった。

「亮さんまで! あんたの勝手に巻き込んでんじゃないわよ!」

 掴みかかろうとした、その時。

 力が抜け、私は崩れ落ちる。

 意識が、私から流れ出ていく。

 こんなに速く回る薬なんて、私の知識になかった。

 まるで、理紗の悪夢の中にいるかのような気がした。
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