デルタコープス

玄道

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Le cauchemar

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 気が付くと、暗闇の中で拘束されていた。 

 アイマスクが取られ、光の暴力が目を襲う。

 手術台……否、祭壇の上の理紗は、手足の付け根のみを露出させた衣装に、身を包んでいる。

「お姉…………ちゃん」

 私は、ただそれしか言えなかった。

「姉さん!! 理紗!! 大橋理紗!!」

 もはや届かないとわかっても、叫ばすにいられない。

「……やっぱり、人間って嫌ね。喧しいもの。産まれてくるだけで、何かを傷つけて、壊して……存在自体が災厄みたいに」
 
 やめて……もう止めて!!

「始祖ヴァレリアンも、戦乱の中でそう思ったでしょう」

「お姉ちゃん!! ねえ!!」

「始めましょうか」

 吹田は、儀礼用とは信じがたいほど、何の装飾もない戦斧の覆いを取る。

「止めてええええええ!!」

 自分に、ここまでの感情が残っていたなんて。

 私は、泣き叫びながら姉の臨終に立ち会わねばならないのか。

「ひとつの辺は産まれ来た道」

 戦斧が、右足を撥ね飛ばす。

「ねえ!! 理紗ぁ!!」

 鮮血が飛び散り、湿った音を立てて理紗の欠片が落ちる。

 当の本人は、抑えた声しか上げない。

「ふたつめの辺は現し世を行く道」

 左腕が、理紗と決別する。

 むせ返る血の匂い。

 幾度と無く嗅ぎ、慣れてしまった匂いが鼻をつく。

 私の、届かない呼び掛けを祝詞に、姉は死んでいく。

 変わらず、姉の苦悶の叫びは私に届かない。否、私が受け付けなかっただけなのか。

『産まれてきたくなかった』と、姉はずっと叫び続けてきたのではなかったのか。

「みっつめの辺は屍の道」

 左足が理沙のものでなくなる。

 右腕が、もうカメラを構えることはない。

「止めて……もう、止めて……お願い」

 どうして、何も言わないの? 叫ばないの? 助けを求めてくれないの?

 どうして……こんなものを観せるの?

 そんなにこの世が嫌い? 私が嫌い? 自分が嫌い? ねぇ、最期くらい何か言ってよ、お姉ちゃん。

 どうして……そんなに安らかな顔してるのよ。

「利奈」

 戦慄した。目の前で手足を落とされた理紗が、話し始めた。

 何で……そんな状態で。

 ただひたすら、両目から流れる絶望だけが、止まらない。

「お姉ちゃん、これが、こんなことが大橋理紗の為すべき事なの!? あんた、死ぬ為に生きてきたの!?」

 涙で相手が見えない。その事に、今は感謝すらしてしまう。

「……あなたなら、わかると思ってた」

 口は、ぱくぱくと動くだけで、声が出せない。

 わからない。理沙が、吹田が、この現実が。

「そうね、あなたの言う通り。私を授かったあの二人は、私を地獄に産み堕としたの。私達は罪人の子なのよ。だから……罪を贖うために、人の形を捨てるのよ」

「三本の道を経て、人は完成する」

「こんなの完成なんかじゃない!! 贖罪じゃない!! ただの破壊よ!! あんたら狂ってる!!」

 こんな……こんな終わりなんて。

 何も見たくない、聞きたくない。この目を、耳を、世界を知覚する器官を、あの斧で切り落としたい。

 夢だ、きっと夢なんだ。

「そうね、なら狂った姉の遺言よ。誕生こそ、この地獄に堕とされる呪い。大橋理沙は、産まれて来るべきじゃなかった」

 吹田の祝詞が、彼に甦った冷徹さだけが、私に"これが現実というものだ"と告げていた。

聖遺骸デルタコープス。其は、世界の真理を象った人の姿」

「さよなら、り」

 重々しい切断音が、私の名を、姉の魂を、私達姉妹の全てを断ち切る。

 私は、その交通事故に似た音を、脳に焼き付けてしまった。

「あああああああああ!!」

 私の中身が、滝のように逆流し、その絶叫を断ち切る。

  もはや、儀式場ではない。ただの刑場だ。産まれたこと、祝福されるべきそれこそ、私達の罪だなんて。

  耳元で、今絶命した理沙が囁く。

 『そうよ、私は祈り続けてきた。この世に産み堕とされた化け物の私を、滅ぼしてと。神でなく、世界そのものに』

 これが、神の御業と言うなら……神の世界と言うなら、夢でないなら。こんな祈りが届くと言うなら。

 私も、何かに祈りたい。

 神でも悪魔でも、もう何でもいいから。

 ──異常者が、屍と瓦礫で築いたに違いない、この世全てを、塵に還してください。もう、二度と……如何なる存在も生じることの無いように。こんな地獄が続かないように。

 
 猛烈な、人の発する臭気の中で、ただ切実に、それだけを望んだ。

 吹田が、フードを取る。

 声は吹田なのに、"それ"は吹田ではなかった。

 あの、カナヤマとかいう、部下の男。

 何が何なのか、もう訳が分からない。
 
 私の脳が、とうとう理解を拒絶した。


 私は……やはりK市に来てから、悪夢の中にでもいたのだろうか。

 私から、"私"が漏れ出していく。

 私って、現実って……何だろう。
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