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聖夜の孤独
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十二月二十四日 午後十一時 D市
聖夜に、死のうと決めた。
何もできない、誰とも繋がれない生涯を歩むだろうから。
街の灯が、地獄へ誘う鬼火に見えた。
通りを連れだって歩く人々は、皆楽しそうで、生きる活力に満ちて……おぞましかった。
クリスマスソングの歌詞の中に、私──金木真優はいなかった。いることを許されなかった。
街頭の大型テレビが、殺人事件の速報を伝えている。
時折通る、パトカーの赤色灯が、私を探している。
──マスクしてるし、髪型も違う。制服の女子高生なんて、いくらでもいる。大丈夫。
◆◆◆◆
二時間前
「お前な……どこ行く気だよ」
「友達ん家」
着込んで鞄を持つ。
父──久嗣を無視して、玄関を出ようとする。
父が、私の腕を掴んでそれを止めた。
「何すんのよ」
外の空気より冷えた、冬の夜より暗い声で、私は父に歯向かう。
「いつものは?」
「んだとこら」
──類人猿め。
「『勉強はいいから、客取れるような女になれ』でしょ?」
腹の底が、鉛が詰まったように重い。
「『お前の顔見てるとさ、ビデオでも稼げるような気がすんだよ』」
父の顔が、いつも以上に醜く歪む。
「『産ませといてよかったわ、母親似だしな、お前』……本当、何なの?」
こいつと同じ言葉を吐いていると、私まで畜生に堕ちていく。
「……わかってんなら、言うこと聞きゃいいんだよ。それしかできねえだろ、どうせ」
鉛の詰まった私の心が、遂に破裂した。
鞄を持った手は、掴まれていない。
「………………っ!!」
反動をつけて、思い切りスイングする。
参考書や問題集、諸々が詰まったスクールバッグを、鈍器として使ってしまった。
父親のこめかみにクリーンヒットした、私の青春。
紺色のそれに、穢い血液が付いた。
よく、"糸が切れたマリオネット"と表現される光景は、本当だった。
十八年越しの復讐が、たった一撃だなんて。
マリオネットは、まだ少し痙攣していた。
──こいつ。
私は、台所に向かった。
──あ、その前に着替え。
◆◆◆◆
現在
執拗に洗って、香水を振っても、身体中に血の臭いが染み付いている、そんな気がした。
どこで死のう。
迷惑にならない……山かな。
電車もタクシーも使えない、歩いて行くのか。はは。
通知や位置情報を、全て切ったままのスマホを弄る。
SIMカードを抜かないのは、まだ未練があるからだろうか。
私は、助けを求めたいのだろうか。
誰に?
──人殺しの分際で。
親殺しなのだ。カインやユダより質が悪い。
ネットニュース曰く、"連絡が取れない事を不審に思った友人が発見した"そうだ。
そして"被害者の長女と連絡が取れず、警察が行方を探している"らしい。
助けてくれる人なんて、いない。気付かれたら通報される。
周りには、私の敵しかいない。
夜の街を、人殺しが歩いているのに、世の人は幸せを噛み締めている。なんと不条理なのだろう。
──そんなわけあるか。誰も、ここにいる私が、親を殺して逃げているなんて思わない。
やけに冷静な自分に、魂が芯から冷えていくのを感じる。
スマホのバッテリーが、残り少ない。
──せめて、夏樹だけにはお別れしなきゃ。
LINEを開く。
□□□
ナツ:何やってんのよ真優、早く来なよ
玄関開けてるから
ナツ:ここは安全だよ
□□□
涙が溢れだした。
返信しようとして、指が止まる。
──友達まで、夏樹の人生まで巻き込む気?
その時。
□□□
ナツ:逃げて
ナツ:事情知らないかぅて、警察来た
ナツ:マジごめん!
ナツ:駅とかゼゥアイダメだからね
□□□
慌てて打ったのだろう。
スマホの電源を切る。
──ごめんね。さよなら、夏樹。
私は、山を目指す。
イヴの夜、人々はとても幸福そうだ。
私だけが、その中にいない。いてはいけない。
孤独と、罪の意識、赤い浴室の記憶、捕まることへの恐怖、友すら裏切った自分への嫌悪、世界への猜疑心……。
私は、背負いきれない絶望の塊に押し潰され、遂に涙まで喪った。
──もう、人ですらない。
──なら、地獄に堕ちなければ。
日付が変わる。
あちこちで『メリークリスマス』と祝い合うのが聞こえる。
私には、もうどうでもよかった。
『悲しみの向こうへ』を明るくハミングしながら、私は逝きに行く。
あまりの状況に、笑みが溢れる。
私は、どうして産まれてきたんだろう?
──苦しむために産まれたのかな。
<了>
聖夜に、死のうと決めた。
何もできない、誰とも繋がれない生涯を歩むだろうから。
街の灯が、地獄へ誘う鬼火に見えた。
通りを連れだって歩く人々は、皆楽しそうで、生きる活力に満ちて……おぞましかった。
クリスマスソングの歌詞の中に、私──金木真優はいなかった。いることを許されなかった。
街頭の大型テレビが、殺人事件の速報を伝えている。
時折通る、パトカーの赤色灯が、私を探している。
──マスクしてるし、髪型も違う。制服の女子高生なんて、いくらでもいる。大丈夫。
◆◆◆◆
二時間前
「お前な……どこ行く気だよ」
「友達ん家」
着込んで鞄を持つ。
父──久嗣を無視して、玄関を出ようとする。
父が、私の腕を掴んでそれを止めた。
「何すんのよ」
外の空気より冷えた、冬の夜より暗い声で、私は父に歯向かう。
「いつものは?」
「んだとこら」
──類人猿め。
「『勉強はいいから、客取れるような女になれ』でしょ?」
腹の底が、鉛が詰まったように重い。
「『お前の顔見てるとさ、ビデオでも稼げるような気がすんだよ』」
父の顔が、いつも以上に醜く歪む。
「『産ませといてよかったわ、母親似だしな、お前』……本当、何なの?」
こいつと同じ言葉を吐いていると、私まで畜生に堕ちていく。
「……わかってんなら、言うこと聞きゃいいんだよ。それしかできねえだろ、どうせ」
鉛の詰まった私の心が、遂に破裂した。
鞄を持った手は、掴まれていない。
「………………っ!!」
反動をつけて、思い切りスイングする。
参考書や問題集、諸々が詰まったスクールバッグを、鈍器として使ってしまった。
父親のこめかみにクリーンヒットした、私の青春。
紺色のそれに、穢い血液が付いた。
よく、"糸が切れたマリオネット"と表現される光景は、本当だった。
十八年越しの復讐が、たった一撃だなんて。
マリオネットは、まだ少し痙攣していた。
──こいつ。
私は、台所に向かった。
──あ、その前に着替え。
◆◆◆◆
現在
執拗に洗って、香水を振っても、身体中に血の臭いが染み付いている、そんな気がした。
どこで死のう。
迷惑にならない……山かな。
電車もタクシーも使えない、歩いて行くのか。はは。
通知や位置情報を、全て切ったままのスマホを弄る。
SIMカードを抜かないのは、まだ未練があるからだろうか。
私は、助けを求めたいのだろうか。
誰に?
──人殺しの分際で。
親殺しなのだ。カインやユダより質が悪い。
ネットニュース曰く、"連絡が取れない事を不審に思った友人が発見した"そうだ。
そして"被害者の長女と連絡が取れず、警察が行方を探している"らしい。
助けてくれる人なんて、いない。気付かれたら通報される。
周りには、私の敵しかいない。
夜の街を、人殺しが歩いているのに、世の人は幸せを噛み締めている。なんと不条理なのだろう。
──そんなわけあるか。誰も、ここにいる私が、親を殺して逃げているなんて思わない。
やけに冷静な自分に、魂が芯から冷えていくのを感じる。
スマホのバッテリーが、残り少ない。
──せめて、夏樹だけにはお別れしなきゃ。
LINEを開く。
□□□
ナツ:何やってんのよ真優、早く来なよ
玄関開けてるから
ナツ:ここは安全だよ
□□□
涙が溢れだした。
返信しようとして、指が止まる。
──友達まで、夏樹の人生まで巻き込む気?
その時。
□□□
ナツ:逃げて
ナツ:事情知らないかぅて、警察来た
ナツ:マジごめん!
ナツ:駅とかゼゥアイダメだからね
□□□
慌てて打ったのだろう。
スマホの電源を切る。
──ごめんね。さよなら、夏樹。
私は、山を目指す。
イヴの夜、人々はとても幸福そうだ。
私だけが、その中にいない。いてはいけない。
孤独と、罪の意識、赤い浴室の記憶、捕まることへの恐怖、友すら裏切った自分への嫌悪、世界への猜疑心……。
私は、背負いきれない絶望の塊に押し潰され、遂に涙まで喪った。
──もう、人ですらない。
──なら、地獄に堕ちなければ。
日付が変わる。
あちこちで『メリークリスマス』と祝い合うのが聞こえる。
私には、もうどうでもよかった。
『悲しみの向こうへ』を明るくハミングしながら、私は逝きに行く。
あまりの状況に、笑みが溢れる。
私は、どうして産まれてきたんだろう?
──苦しむために産まれたのかな。
<了>
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