I no longer fear even the loneliness of sleep.

玄道

文字の大きさ
1 / 1

聖夜の孤独

しおりを挟む
 十二月二十四日 午後十一時 D市
 
 聖夜に、死のうと決めた。
 
 何もできない、誰とも繋がれない生涯を歩むだろうから。
 
 街の灯が、地獄へ誘う鬼火に見えた。
 
 通りを連れだって歩く人々は、皆楽しそうで、生きる活力に満ちて……おぞましかった。
 
 クリスマスソングの歌詞の中に、私──金木真優かねき まゆはいなかった。いることを許されなかった。
 
 街頭の大型テレビが、殺人事件の速報を伝えている。
 
 時折通る、パトカーの赤色灯が、私を探している。
 
 ──マスクしてるし、髪型も違う。制服の女子高生なんて、いくらでもいる。大丈夫。
 
 
 ◆◆◆◆
 
 二時間前
 
「お前な……どこ行く気だよ」
 
「友達ん家」
 
 着込んで鞄を持つ。
 
 父──久嗣ひさつぐを無視して、玄関を出ようとする。
 
 父が、私の腕を掴んでそれを止めた。
 
「何すんのよ」
 
 外の空気より冷えた、冬の夜より暗い声で、私は父に歯向かう。
 
「いつものは?」
 
「んだとこら」
 
 ──類人猿め。
 
「『勉強はいいから、客取れるような女になれ』でしょ?」
 
 腹の底が、鉛が詰まったように重い。
 
「『お前の顔見てるとさ、ビデオでも稼げるような気がすんだよ』」
 
 父の顔が、いつも以上に醜く歪む。
 
「『産ませといてよかったわ、母親似だしな、お前』……本当、何なの?」
 
 こいつと同じ言葉を吐いていると、私まで畜生に堕ちていく。
 
「……わかってんなら、言うこと聞きゃいいんだよ。それしかできねえだろ、どうせ」
 
 鉛の詰まった私の心が、遂に破裂した。
 
 鞄を持った手は、掴まれていない。
 
「………………っ!!」
 
 反動をつけて、思い切りスイングする。
 
 参考書や問題集、諸々が詰まったスクールバッグを、鈍器として使ってしまった。
 
 父親のこめかみにクリーンヒットした、私の青春。
 
 紺色のそれに、穢い血液が付いた。
 
 よく、"糸が切れたマリオネット"と表現される光景は、本当だった。
 
 十八年越しの復讐が、たった一撃だなんて。
 
 マリオネットは、まだ少し痙攣していた。
 
 ──こいつ。
 
 私は、台所に向かった。
 
 ──あ、その前に着替え。
 
 ◆◆◆◆
 
 現在
 
 執拗に洗って、香水を振っても、身体中に血の臭いが染み付いている、そんな気がした。
 
 どこで死のう。
 
 迷惑にならない……山かな。
 
 電車もタクシーも使えない、歩いて行くのか。はは。
 
 通知や位置情報を、全て切ったままのスマホを弄る。
 
 SIMカードを抜かないのは、まだ未練があるからだろうか。
 
 私は、助けを求めたいのだろうか。
 
 誰に? 
 
 ──人殺しの分際で。
 
 親殺しなのだ。カインやユダより質が悪い。
 
 ネットニュース曰く、"連絡が取れない事を不審に思った友人が発見した"そうだ。
 
 そして"被害者の長女と連絡が取れず、警察が行方を探している"らしい。
 
 助けてくれる人なんて、いない。気付かれたら通報される。
 
 周りには、私の敵しかいない。
 
 夜の街を、人殺しが歩いているのに、世の人狩人は幸せを噛み締めている。なんと不条理なのだろう。
 
 ──そんなわけあるか。誰も、ここにいる私が、親を殺して逃げているなんて思わない。
 
 やけに冷静な自分に、魂が芯から冷えていくのを感じる。
 
 スマホのバッテリーが、残り少ない。
 
 ──せめて、夏樹なつきだけにはお別れしなきゃ。
 
 LINEを開く。
 
 □□□
 
 ナツ:何やってんのよ真優、早く来なよ
 玄関開けてるから
  
 ナツ:ここは安全だよ
 
 □□□
 
 涙が溢れだした。
 
 返信しようとして、指が止まる。
 
 ──友達まで、夏樹の人生まで巻き込む気? 
 
 その時。
 
 □□□
 
 ナツ:逃げて
 
 ナツ:事情知らないかぅて、警察来た
 
 ナツ:マジごめん!
 
 ナツ:駅とかゼゥアイダメだからね
 
 □□□
 
 慌てて打ったのだろう。
 
 スマホの電源を切る。
 
 ──ごめんね。さよなら、夏樹。
 
 私は、山を目指す。
 
 イヴの夜、人々はとても幸福そうだ。
 
 私だけが、その中にいない。いてはいけない。
 
 孤独と、罪の意識、赤い浴室の記憶、捕まることへの恐怖、友すら裏切った自分への嫌悪、世界への猜疑心……。
 
 私は、背負いきれない絶望の塊に押し潰され、遂に涙まで喪った。
 
 ──もう、人ですらない。
 
 ──なら、地獄に堕ちなければ。
 
 日付が変わる。
 
 あちこちで『メリークリスマス』と祝い合うのが聞こえる。
 
 私には、もうどうでもよかった。
 
『悲しみの向こうへ』を明るくハミングしながら、私は逝きに行く。
 
 あまりの状況に、笑みが溢れる。
 
 私は、どうして産まれてきたんだろう? 
 
 ──苦しむために産まれたのかな。
 
 
 <了>
 
 
 
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

入学式

wawabubu
青春
両親がいないせいで高校まで育ててくれた姉、父兄として入学式に参列してくれた。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

処理中です...