幾多の神々と人々の信仰

ネミルラ

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鷲獅子と女神

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 人々が暮らす平地の終わり。そこにある森の中。それは獣たちが暮らす世界。

 鷲獅子グリフォンが守る財宝を求めた冒険者たちは森の攻略に挑んだ――が鷲獅子に勝る者は現れなかった。
 人々よって幾度も行われた森の侵攻。その行為は鷲獅子を怒らせた。
 森を攻略する為に人々が築こうと試みた拠点。その計画は鷲獅子の襲撃で破綻した。
 人々が暮らす集落と森の境界。その平地は鷲獅子の狩場になった。武を誇る人々が集まろうとも、空を飛び回る鷲獅子を捉える事は叶わなかった。
 やがて『鷲獅子の住処を荒らすべきではない』という考えた人々に根付いた。

 何度も人々を退け、その生活圏をも脅かした鷲獅子。その要因は、鷲獅子に力添えする神にある。
 神の力。その源は数多の祈り。鷲獅子に助力した神を顕現させた祈り。それは森に暮らす獣たちの思いだった。
 森に暮らす獣たち。それらは鷲獅子に守られる弱き獣たちだ。
 『外敵から森を守って欲しい』その祈りに応えた神は鷲獅子に力を与えた。その効能は体力の強化だ。

 大きな翼で空を飛び続け、幾多の馬を鷲掴み、鋭い爪を持つ前足で人々を引き裂いても、疲れる事は無く。幾本の矢が刺さり、槍に突き刺されても、幾日の時で塞がれる傷跡は不死身を思わせる。
 空飛ぶ怪物に人々は蹂躙された。

 人々は森を侵すこと、それ自体を恐れた。
 森に人々の手は加わらず、豊かな自然は長い間、保たれた。


☆古き伝承

 それは古き逸話――難病に苦しみ衰弱する妻を生かす為、鷲獅子の下へ向かった愚かな公爵のお話。

 人々を退けた鷲獅子。その物語に出る鷲獅子は『神の加護を与えられていたのではないか?』などと考える人々がいた。公爵もその中の一人だった。
 死から遠き鷲獅子に力を与える守護神。その力なら妻を救える。公爵は藁にも縋る思いで、鷲獅子の下へ向かった。

 守護神の存在は嘘かもしれない。幾度も侵入者を殺した鷲獅子に会いに行くなど無謀なのだろう。
 『不確かな情報に踊らされるな』『身分を弁えよ』など、数多の助言を受けた公爵は迷った末、決心した『爵位を奪われても妻を守る』と。

 死を覚悟し、一切の武装は無く、体力のない妻を乗せた馬車、それを引く馬の手綱を握り持つ公爵は森の麓へ向かい馬車を走らせる。
 太陽に照らされる草原で突如、影に覆われた馬車。やがて聞こえる鷹の声。それらの主は鷲獅子だった。

 御者台ぎょしゃだいから降りた公爵の目前に鷲獅子は降り立った。
 見開いた瞼から見える開かれた瞳孔に公爵は恐怖を抱く。
 それでも、後には引けない。その気持ちは公爵に「貴方の神に会わせてください。妻の命を救うために」と言わしめた。少し震えて上ずった公爵の声は野原に響く。
 公爵の肩を借り馬車から降りた女性も鷲獅子に『会わせてください』と頭を下げ懇願した。

 夫妻の言葉が、願いが、通じたのか。鷲獅子は見開いた瞼を緩めた。鷲獅子の視線は公爵夫妻に向けられる。
 鷲獅子から幼子を見守る親鳥の様に柔らかな視線を感じ取った公爵は、妻を馬車に乗せた。
 御者台に乗る公爵を見届けた鷲獅子は屈強な後ろ足で地を蹴り、空へ飛び立った。
 大きな翼を羽ばたかせ、馬車を先導する鷲獅子の後を追い、道なき道を馬車は走る。

 公爵夫妻は森の麓に辿り着く。木々の後ろや草花の陰から森に住む獣たちが夫妻を見つめる。

 地に降りた鷲獅子は夫妻へ向き直る。その様子から案内の終わりを感じ取った公爵は馬を止め、御者台から降りた。
 妻の身体を支えながら馬車から降ろした公爵は周辺を見渡す。
 神の実在。その可能性に期待した公爵は何処に居るのか。姿や名を知らぬ神に語りかけた「聞こえているなら、姿をお見せください。そして、私の妻を救ってください」と。
 必死に懇願する公爵の目前に神は現れない。それでも呼びかけは終わらない。
 その様子を物陰から睨んでいた獣たちは、物腰を柔らかに変え、祈り始めた。それらは夫妻の同情でもしたのだろうか。自らの体力を使い人の願いを叶えようと願ったのだ。

 公爵の目前に現れた神は、大人か子供か判別が難儀な美しい少女の姿をしていたという。
 人の女性――その姿をした神。それは女神めがみだ。
 何もなき空間から現れた女神。その様子に見惚れた公爵は唖然とする。神の顕現。それを目にする機会など日常ではないのだから。
 公爵は目前の女神から告げられた『私に、やまいを治す力はない』と。

 その言葉に公爵は落胆した。けれども、公爵は女神を責めなかった。僅かな期待を抱き訪れた自分たちに応えようと現れた神を侮辱する事など出来なかった。
 気落ちする公爵へ女神は告げた『私に出来る事は、体力を与える事、ただ、それだけだ。その者が病に打ち勝つ手助けは出来よう』と。
 『本当ですかっ!』それは公爵の希望に成り得た。
 『私の力、その源は、かの獣たちだ』公爵から視線を外した少女の目前には、無数の獣たちが居た。
 『頼むなら、あれらにすべきだ』女神の言葉を聞いた公爵は獣たちに頭を下げ、叫んだ『お願いします。妻に力をお貸しください』と。

 公爵夫人の下へ歩み寄った女神は夫人の手を握る。幾分の時。それは夫人の身体に異変を起こす。それは血色は改善させ、一人で立てるほどの体力を与えた。
 獣たちの祈りは神に届いたのだ。
 だが、それで願いが叶った訳では無い。病気の源は消えていないのだから。
 夫人が病に打ち勝つまで女神は握る手を放さず寄り添い続けた。
 動物たちに誘われた公爵が果実を採取する為、夫人の下を離れる中、女神に人々の営みを教えた夫人。
 外界を知らず娯楽に飢えた女神は、子供の様な、と形容された。

 それから幾日の時が経ち。森を去る公爵の横に一人の女性が歩いている。その女性は公爵が命を懸け救いを求めた末、獣や女神に救われた最愛の人だ。
 領地に戻った公爵は森を侵す行為に異を唱え続けた。『優しき獣の住処を奪うべきではない』と。

 だが、人々は女神を見ていない。その実在を信じる人々は少なかった。
 夫人の回復。それが証拠だ。そう語る公爵に皆が信じた訳では無い。
 人を害する野生の獣や鷲獅子が、人を救ったなど、容易に信じられる事は無い。
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