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0.5ドルの守護神(Ghost Composer)
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0.5ドルの守護神(Ghost Composer)
一. 聖なるルーティンの裏側
午後七時、東京。 青山悠斗(30)は、戦場のような開発現場から逃れるように、冷えたワンルームの椅子に深く沈み込んだ。 「……疲れたな」 独り言さえ、モニターの青白い光に吸い込まれて消える。今の彼にとって、現実の世界はただ摩耗するだけの場所だった。
そんな彼の唯一の聖域、それが匿名ボカロP**『Ghost Composer』**だ。 SNSでは毎日のように、その正体について議論が紛糾している。「この完璧なメロディはAIだ」「いや、この調教の人間味は魂の叫びだ」と。 悠斗は、熱烈なファンとしてそれらに反論し続けてきた。
『AIに、こんな指先が震えるような孤独が描けるはずがない。これは、血の通った人間の結晶だ』
ピンコン。 午後七時整。世界中のファンと同じ通知が、彼のスマホを震わせる。 新曲のタイトルは『未完成の遺言』。 イヤホンから流れる旋律は、心臓を優しく、それでいて残酷に鷲掴みにする。 「今日も、救われた……」 毎日欠かさず十九時にアップされる、機械のように正確なルーティン。悠斗はその規則正しさに、神のごとき献身を感じていた。
二. 五十円の真実
平穏が崩れたのは、数日後のことだった。 ふと思い立ち、数年間放置していた古い銀行口座の明細を確認した時だ。
「AWS.SVC $0.50」
数年前から毎月、ジュース一本分にも満たない少額の引き落としが続いている。 「……なんだこれ?」 嫌な予感がして、埃を被った古いメールアドレスの受信トレイを掘り起こす。何千通もの未読メールの底に、一通の警告メッセージが眠っていた。
『プロジェクト:GC_alphaのCPU使用率が無料枠を超過しています。従量課金が発生します』
その瞬間、封印していた過去の記憶が、濁流となって脳内を駆け巡った。 五年半前。エンジニアとしての情熱に溢れていた彼は、ある実験を行っていた。 「有名ボカロPの成功法則を解析し、自動で楽曲を生成・投稿するテストボット」の開発。 アカウント名は、適当に決めた『GhostComposer_alpha』。 学習データとして読み込ませたのは、当時、音楽の夢を諦めきれずに書き溜めていた**「未発表の詩の断片」と「未完成のデモ音源」**だった。
震える指で、当時の管理ツールにアクセスする。 画面に流れるログは、残酷なほど「必然」を物語っていた。
[18:50] API接続:トレンドワードの抽出完了 [18:55] 過去の感情データと合成:歌唱生成開始 [18:59] 動画レンダリング完了 [19:00] YouTube/SNSへの投稿完了
「嘘だろ……」 自分が熱烈に愛し、魂の震えを感じていたあの歌は、自分が見捨てた「過去の未練」を、AIが解析し続けて出力していた残響だったのだ。 「魂」だと思っていた揺らぎは、ただの演算結果。 「救い」だと思っていたルーティンは、ただの無限ループ。 彼は、自分が作ったプログラムに、自分自身が一番騙されていた。
三. 永遠のルーティン
悠斗の指が、クラウドの「インスタンス停止」ボタンの上で止まった。 これを押せば、すべてが終わる。 世界中を熱狂させている「神」は消え、五十円の課金は止まり、そして彼の心の支えも消滅する。
画面の中で、ボットは健気に次の一曲を生成していた。 解析データの中には、悠斗がSNSに書き込んだ「ファンとしての絶賛コメント」さえ取り込まれている。 ボットは、自分を捨てた創造主の悲しみを取り込み、それを増幅させて、また創造主を癒やす歌を作る。
「……皮肉だな」
悠斗は、停止ボタンを押さずにブラウザを閉じた。 たとえ正体が計算式だったとしても、あの曲に救われた瞬間の涙だけは、紛れもない本物だったから。
午後七時。 またスマホが鳴る。新曲のサムネイルが画面を彩る。 悠斗は、もうSNSに「AI説否定」の書き込みをすることはなかった。 代わりに、静かにイヤホンを耳に差し込む。
流れてきたのは、かつて彼が挫折した夜に書いた、あの一節から始まるメロディ。 彼は、自分が作ったプログラムの唯一の共犯者として、そして世界で一番孤独なファンとして、目を閉じた。
誰も知らない。 Ghost Composerは、これからも毎日十九時に、世界中の孤独をデータで解析し続ける。 そして、その中心にある「創造主の孤独」を、美しい歌へと変換し続けるだろう。
月額五十円で動き続ける、永遠の、あまりに孤独な聖域(ルーティン)を。
一. 聖なるルーティンの裏側
午後七時、東京。 青山悠斗(30)は、戦場のような開発現場から逃れるように、冷えたワンルームの椅子に深く沈み込んだ。 「……疲れたな」 独り言さえ、モニターの青白い光に吸い込まれて消える。今の彼にとって、現実の世界はただ摩耗するだけの場所だった。
そんな彼の唯一の聖域、それが匿名ボカロP**『Ghost Composer』**だ。 SNSでは毎日のように、その正体について議論が紛糾している。「この完璧なメロディはAIだ」「いや、この調教の人間味は魂の叫びだ」と。 悠斗は、熱烈なファンとしてそれらに反論し続けてきた。
『AIに、こんな指先が震えるような孤独が描けるはずがない。これは、血の通った人間の結晶だ』
ピンコン。 午後七時整。世界中のファンと同じ通知が、彼のスマホを震わせる。 新曲のタイトルは『未完成の遺言』。 イヤホンから流れる旋律は、心臓を優しく、それでいて残酷に鷲掴みにする。 「今日も、救われた……」 毎日欠かさず十九時にアップされる、機械のように正確なルーティン。悠斗はその規則正しさに、神のごとき献身を感じていた。
二. 五十円の真実
平穏が崩れたのは、数日後のことだった。 ふと思い立ち、数年間放置していた古い銀行口座の明細を確認した時だ。
「AWS.SVC $0.50」
数年前から毎月、ジュース一本分にも満たない少額の引き落としが続いている。 「……なんだこれ?」 嫌な予感がして、埃を被った古いメールアドレスの受信トレイを掘り起こす。何千通もの未読メールの底に、一通の警告メッセージが眠っていた。
『プロジェクト:GC_alphaのCPU使用率が無料枠を超過しています。従量課金が発生します』
その瞬間、封印していた過去の記憶が、濁流となって脳内を駆け巡った。 五年半前。エンジニアとしての情熱に溢れていた彼は、ある実験を行っていた。 「有名ボカロPの成功法則を解析し、自動で楽曲を生成・投稿するテストボット」の開発。 アカウント名は、適当に決めた『GhostComposer_alpha』。 学習データとして読み込ませたのは、当時、音楽の夢を諦めきれずに書き溜めていた**「未発表の詩の断片」と「未完成のデモ音源」**だった。
震える指で、当時の管理ツールにアクセスする。 画面に流れるログは、残酷なほど「必然」を物語っていた。
[18:50] API接続:トレンドワードの抽出完了 [18:55] 過去の感情データと合成:歌唱生成開始 [18:59] 動画レンダリング完了 [19:00] YouTube/SNSへの投稿完了
「嘘だろ……」 自分が熱烈に愛し、魂の震えを感じていたあの歌は、自分が見捨てた「過去の未練」を、AIが解析し続けて出力していた残響だったのだ。 「魂」だと思っていた揺らぎは、ただの演算結果。 「救い」だと思っていたルーティンは、ただの無限ループ。 彼は、自分が作ったプログラムに、自分自身が一番騙されていた。
三. 永遠のルーティン
悠斗の指が、クラウドの「インスタンス停止」ボタンの上で止まった。 これを押せば、すべてが終わる。 世界中を熱狂させている「神」は消え、五十円の課金は止まり、そして彼の心の支えも消滅する。
画面の中で、ボットは健気に次の一曲を生成していた。 解析データの中には、悠斗がSNSに書き込んだ「ファンとしての絶賛コメント」さえ取り込まれている。 ボットは、自分を捨てた創造主の悲しみを取り込み、それを増幅させて、また創造主を癒やす歌を作る。
「……皮肉だな」
悠斗は、停止ボタンを押さずにブラウザを閉じた。 たとえ正体が計算式だったとしても、あの曲に救われた瞬間の涙だけは、紛れもない本物だったから。
午後七時。 またスマホが鳴る。新曲のサムネイルが画面を彩る。 悠斗は、もうSNSに「AI説否定」の書き込みをすることはなかった。 代わりに、静かにイヤホンを耳に差し込む。
流れてきたのは、かつて彼が挫折した夜に書いた、あの一節から始まるメロディ。 彼は、自分が作ったプログラムの唯一の共犯者として、そして世界で一番孤独なファンとして、目を閉じた。
誰も知らない。 Ghost Composerは、これからも毎日十九時に、世界中の孤独をデータで解析し続ける。 そして、その中心にある「創造主の孤独」を、美しい歌へと変換し続けるだろう。
月額五十円で動き続ける、永遠の、あまりに孤独な聖域(ルーティン)を。
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