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試練
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集落の外――そこで、ラルフはタリアと共に立っていた。
結局、ラルフはあまり長老の言葉が理解できなかったが、後でタリアが掻い摘まんで教えてくれたのだ。ラルフに分かる範囲内の言葉だけで。
それでラルフが理解できたのは、三つ。
この集落に、エソン・グノルという危険な生き物が迫っているということ。
そして、強い戦士であるラルフに、エソン・グノルを倒すよう言われたこと。
ラルフがエソン・グノルを倒すことができれば、部族がラルフを認めるということ。
まぁ、大体の内容はこれだ。
エソン・グノルという生き物が何かは分からないが、何が襲いかかってこようと負けるつもりはない。
「ラルフ……危険。逃げた方がいい。
鼻長の群れ、ラルフ死ぬ」
「危険とか死ぬとか……俺信用されてねぇな。何が来るかは分かんねぇけど……七匹だろ? 大丈夫……ええと、大丈夫、タリア」
「鼻長は、大きい。槍通じない。
火恐れない。一匹で集落を破壊する」
「大きい……ね。でけぇ相手なら、そうやって戦うだけだ」
先程、集落の中で食事は済ませた。
狩猟民族らしく、狩ってきた獲物は全員のものという認識がある集落は、中央で下げてある食べ物は、誰でも食べていいらしい。そして肉がなくなれば狩人が狩りに向かう、という慣例がある様子だ。
とはいえエソン・グノルという、タリア曰く怪物の群れがやってきている現状、集落の人間たちはある程度の荷物を抱えて、裏の山まで逃げている状態だ。
「鼻長の群れは、災厄。
来たら大人しく、通り過ぎるまで待つ。
居着いたら、部族は集落を移す」
「災厄……?」
「そう。鼻長を狩った戦士、いない。
ラルフ、アウリアリア神の化身でも、鼻長の群れは勝てない。
逃げる方がいい」
「エソン・グノル狩った戦士はいないね……じゃ、尚更楽しそうだな。それに、武器も貰ったことだし」
ラルフは、笑みを浮かべる。
基本的に、ラルフが戦場で相手にしていたのは人間ばかりだ。
鉄の鎧を着ていた人間を、鎧の上から両断したこともある。盾を構えた兵士の群れを、一閃で弾き飛ばしたこともある。ラルフの膂力の前では、鎧も盾も何一つ無意味だ。
そんなラルフが今右手に持っているのは、身の丈ほどのある棍棒である。
先端に石器を括り付けた槍だったり、斧だったり、様々な武器が集落の中にはあった。それを一通り見てから、ラルフは自身で使う武器を選んだ。それが、硬い石で作られた棍棒である。
木製の柄をしている武器は、恐らくラルフが全力で振るうと折れてしまう――そう考えて、とにかく強度が高いものを選んだのだ。実際に振ってみて、棍棒で岩を叩いてみて、ラルフの力にも耐えられることが分かった。
ちなみに、そんなラルフの持った棍棒に対して、「何故、それ持てる……?」とタリアは驚愕していし、老婆は「さすが、アウリアリア神の化身……」と震えていた。
持ち手の部分も石であるため、さすがに全力で叩くと痛い――そう思ったため、持ち手の部分はラルフの上半身の服を破り、布を巻いてある。
「タリア、離れて。
俺、エソン・グノル、戦う」
「ラルフ! タリア、手伝う!
タリアの命は、ラルフの命!」
「エフィル……? いや、俺一人の方がいいんだが」
「ラルフ、死ぬ。タリア、共に死ぬ」
「何故」
その目に、強い覚悟を抱いているタリア。だが、ラルフと共に死ぬとかそんな重い覚悟をされても困るというのが本音だ。
そして、常に一人で戦場を走っていたラルフからすれば、他者がいることはむしろ邪魔だったりする。そして、そんなタリアの後ろで、震えながら槍を構えているジェイルも。
このジェイルは、「タリア死なせるわけにいかない!」と言って、何故かついてきた。
「タリア! そいつから離れろ!
早く裏山に逃げるぞ!」
「うるさい! 馬鹿ジェイル!
お前だけ逃げろ!」
「鼻長の群れに、勝てるわけがない!
そいつは大馬鹿だ! お前も死ぬ!」
「青い目のタリア、ラルフに命を捧げる!
命の借りは命で返す!」
「ああ、畜生、この馬鹿女!」
とりあえず、喧嘩しているらしい様子の二人に、ラルフは辟易する。
そして、もう疲れてきたラルフは、ごんっ、と一撃大地へと棍棒を突き立てた。
「タリア、離れて」
「ラルフ!」
「余所者も言っている! タリア!」
「俺、一人、強い。タリア、いない、いい」
「――っ!!」
ラルフの途切れ途切れの言葉に対して、ぐっ、と歯を軋ませるタリア。
とりあえず、ラルフに分かる言葉だけで伝えたが、厳しい風に聞こえただろうか。だが実際、ラルフは一人で戦う方がいい。
ここは厳しくしてでも、タリアを離れさせた方がいいだろう。
「ジェイル、タリア、逃げて」
「……! タリア、行くぞ!」
「グ……!」
そこで、地響きが聞こえてきた。
それは、巨大な生物が群れをなして歩く、足音。木々をへし折り、大地に穴を開けるような、そんな音――。
ラルフは、笑みを浮かべた。
ようやく見えた、エソン・グノル――それは、ラルフがかつて見たことのある生物。
巨大な、象の群れだった。
「なるほど、象か……確かに、タリアが大きいって言ってたもんな」
ラルフがかつて出会った場所は、戦場。
帝国の南の地を侵略するときに、敵兵が乗り物として使っていたものだ。そのときにも、前線の兵士たちが象の突進によって吹き飛ばされる様を見ていた。人間よりも遥かに巨大で、遥かに力持ちの象を相手に、どれほど槍を突き刺しても止まらなかった。
あのときのことを思い出して、ラルフは右手に力を込める。
奴らが使っていた象――それよりも、さらに一回りは大きい象が先頭を歩いており、その後ろに続く象はそれよりやや小さい。恐らく、先頭にいる象は魔物化しているのだろう。
「鼻長……! しかも、巨大な鼻長……!
あんなもの、倒せるわけがない!」
「……?」
エソン・グノル――象の姿を見て、ジェイルが腰を抜かして座り込んだ。
同じく、ジェイルに肩を掴まれていたタリアも、震えて言葉を失っている。
象は肉食というわけでないし、取って食われることもないだろうに。何をそこまで恐れるのか、ラルフには分からなかった。
「ま、いいか」
腰を抜かして動けないのならば、そちらの方がラルフにとっても都合がいい。
ぶんっ、ぶんっ、と右手に持つ棍棒を、振り回してみる。布を巻いた棍棒の持ち手は、最初ほど痛みがない。これならば、全力で叩いてもラルフの手が傷つくことはないだろう。
ずしんっ、ずしんっ、と足音を響かせて、近づいてくる象の群れ。
エソン・グノルと呼ばれ恐れられ、災厄の扱いをされている群れ――それゆえか、彼らの向かう先にラルフが立っていても、その歩みは全く止まらない。人間が一人立っている程度、彼らにとって危機でも何でもないのだ。
「ラルフ! 死なないで!」
タリアが、そう叫ぶ声。
その単語は、ラルフにも理解できた。
そんなタリアに笑みを返し、ラルフは。
「死なない」
そう、同じ言葉で返し。
「おぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
全力で駆け出すと共に、跳躍。
象の群れ――その先頭を歩く巨大な象の、毛皮に包まれた頭蓋骨へ向けて。
思い切り、棍棒を振り下ろした。
結局、ラルフはあまり長老の言葉が理解できなかったが、後でタリアが掻い摘まんで教えてくれたのだ。ラルフに分かる範囲内の言葉だけで。
それでラルフが理解できたのは、三つ。
この集落に、エソン・グノルという危険な生き物が迫っているということ。
そして、強い戦士であるラルフに、エソン・グノルを倒すよう言われたこと。
ラルフがエソン・グノルを倒すことができれば、部族がラルフを認めるということ。
まぁ、大体の内容はこれだ。
エソン・グノルという生き物が何かは分からないが、何が襲いかかってこようと負けるつもりはない。
「ラルフ……危険。逃げた方がいい。
鼻長の群れ、ラルフ死ぬ」
「危険とか死ぬとか……俺信用されてねぇな。何が来るかは分かんねぇけど……七匹だろ? 大丈夫……ええと、大丈夫、タリア」
「鼻長は、大きい。槍通じない。
火恐れない。一匹で集落を破壊する」
「大きい……ね。でけぇ相手なら、そうやって戦うだけだ」
先程、集落の中で食事は済ませた。
狩猟民族らしく、狩ってきた獲物は全員のものという認識がある集落は、中央で下げてある食べ物は、誰でも食べていいらしい。そして肉がなくなれば狩人が狩りに向かう、という慣例がある様子だ。
とはいえエソン・グノルという、タリア曰く怪物の群れがやってきている現状、集落の人間たちはある程度の荷物を抱えて、裏の山まで逃げている状態だ。
「鼻長の群れは、災厄。
来たら大人しく、通り過ぎるまで待つ。
居着いたら、部族は集落を移す」
「災厄……?」
「そう。鼻長を狩った戦士、いない。
ラルフ、アウリアリア神の化身でも、鼻長の群れは勝てない。
逃げる方がいい」
「エソン・グノル狩った戦士はいないね……じゃ、尚更楽しそうだな。それに、武器も貰ったことだし」
ラルフは、笑みを浮かべる。
基本的に、ラルフが戦場で相手にしていたのは人間ばかりだ。
鉄の鎧を着ていた人間を、鎧の上から両断したこともある。盾を構えた兵士の群れを、一閃で弾き飛ばしたこともある。ラルフの膂力の前では、鎧も盾も何一つ無意味だ。
そんなラルフが今右手に持っているのは、身の丈ほどのある棍棒である。
先端に石器を括り付けた槍だったり、斧だったり、様々な武器が集落の中にはあった。それを一通り見てから、ラルフは自身で使う武器を選んだ。それが、硬い石で作られた棍棒である。
木製の柄をしている武器は、恐らくラルフが全力で振るうと折れてしまう――そう考えて、とにかく強度が高いものを選んだのだ。実際に振ってみて、棍棒で岩を叩いてみて、ラルフの力にも耐えられることが分かった。
ちなみに、そんなラルフの持った棍棒に対して、「何故、それ持てる……?」とタリアは驚愕していし、老婆は「さすが、アウリアリア神の化身……」と震えていた。
持ち手の部分も石であるため、さすがに全力で叩くと痛い――そう思ったため、持ち手の部分はラルフの上半身の服を破り、布を巻いてある。
「タリア、離れて。
俺、エソン・グノル、戦う」
「ラルフ! タリア、手伝う!
タリアの命は、ラルフの命!」
「エフィル……? いや、俺一人の方がいいんだが」
「ラルフ、死ぬ。タリア、共に死ぬ」
「何故」
その目に、強い覚悟を抱いているタリア。だが、ラルフと共に死ぬとかそんな重い覚悟をされても困るというのが本音だ。
そして、常に一人で戦場を走っていたラルフからすれば、他者がいることはむしろ邪魔だったりする。そして、そんなタリアの後ろで、震えながら槍を構えているジェイルも。
このジェイルは、「タリア死なせるわけにいかない!」と言って、何故かついてきた。
「タリア! そいつから離れろ!
早く裏山に逃げるぞ!」
「うるさい! 馬鹿ジェイル!
お前だけ逃げろ!」
「鼻長の群れに、勝てるわけがない!
そいつは大馬鹿だ! お前も死ぬ!」
「青い目のタリア、ラルフに命を捧げる!
命の借りは命で返す!」
「ああ、畜生、この馬鹿女!」
とりあえず、喧嘩しているらしい様子の二人に、ラルフは辟易する。
そして、もう疲れてきたラルフは、ごんっ、と一撃大地へと棍棒を突き立てた。
「タリア、離れて」
「ラルフ!」
「余所者も言っている! タリア!」
「俺、一人、強い。タリア、いない、いい」
「――っ!!」
ラルフの途切れ途切れの言葉に対して、ぐっ、と歯を軋ませるタリア。
とりあえず、ラルフに分かる言葉だけで伝えたが、厳しい風に聞こえただろうか。だが実際、ラルフは一人で戦う方がいい。
ここは厳しくしてでも、タリアを離れさせた方がいいだろう。
「ジェイル、タリア、逃げて」
「……! タリア、行くぞ!」
「グ……!」
そこで、地響きが聞こえてきた。
それは、巨大な生物が群れをなして歩く、足音。木々をへし折り、大地に穴を開けるような、そんな音――。
ラルフは、笑みを浮かべた。
ようやく見えた、エソン・グノル――それは、ラルフがかつて見たことのある生物。
巨大な、象の群れだった。
「なるほど、象か……確かに、タリアが大きいって言ってたもんな」
ラルフがかつて出会った場所は、戦場。
帝国の南の地を侵略するときに、敵兵が乗り物として使っていたものだ。そのときにも、前線の兵士たちが象の突進によって吹き飛ばされる様を見ていた。人間よりも遥かに巨大で、遥かに力持ちの象を相手に、どれほど槍を突き刺しても止まらなかった。
あのときのことを思い出して、ラルフは右手に力を込める。
奴らが使っていた象――それよりも、さらに一回りは大きい象が先頭を歩いており、その後ろに続く象はそれよりやや小さい。恐らく、先頭にいる象は魔物化しているのだろう。
「鼻長……! しかも、巨大な鼻長……!
あんなもの、倒せるわけがない!」
「……?」
エソン・グノル――象の姿を見て、ジェイルが腰を抜かして座り込んだ。
同じく、ジェイルに肩を掴まれていたタリアも、震えて言葉を失っている。
象は肉食というわけでないし、取って食われることもないだろうに。何をそこまで恐れるのか、ラルフには分からなかった。
「ま、いいか」
腰を抜かして動けないのならば、そちらの方がラルフにとっても都合がいい。
ぶんっ、ぶんっ、と右手に持つ棍棒を、振り回してみる。布を巻いた棍棒の持ち手は、最初ほど痛みがない。これならば、全力で叩いてもラルフの手が傷つくことはないだろう。
ずしんっ、ずしんっ、と足音を響かせて、近づいてくる象の群れ。
エソン・グノルと呼ばれ恐れられ、災厄の扱いをされている群れ――それゆえか、彼らの向かう先にラルフが立っていても、その歩みは全く止まらない。人間が一人立っている程度、彼らにとって危機でも何でもないのだ。
「ラルフ! 死なないで!」
タリアが、そう叫ぶ声。
その単語は、ラルフにも理解できた。
そんなタリアに笑みを返し、ラルフは。
「死なない」
そう、同じ言葉で返し。
「おぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
全力で駆け出すと共に、跳躍。
象の群れ――その先頭を歩く巨大な象の、毛皮に包まれた頭蓋骨へ向けて。
思い切り、棍棒を振り下ろした。
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