かわいい本の虫

村井 彰

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かわいい本の虫

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  初めて好きだと言ったのは、いつのことだっただろうか。

「ただいま」
  年季の入ったドアの鍵を開け、ドアノブを捻りながらそう声をかけた。その途端、玄関の左側にあるダイニングから「おかえりー」というのんびりした声が届いて、俺を出迎えてくれる。
「今日遅かったね」
  靴を脱いでダイニングに顔を出した俺を見て、高城たかしろはソファに腰掛けたままそう言った。膝の上で開かれた文庫本は、今朝見た時に比べて、残りのページがかなり少なくなっている。きっと夢中で読み進めていたんだろう。
「なんかすげー忙しくてさあ、シフト終わっても全然抜けらんねえの。やっぱ金曜の夜はダメだわ」
「そっか、お疲れ様。居酒屋ってやっぱり大変なんだね」
「ん、まあ接客嫌いじゃないし、性に合ってるとは思うけどな。俺たぶん、塾講の方がキツいわ」
  背中から下ろしたボディバッグをダイニングの奥にある自分の部屋に放り込みながら言うと、高城が少し苦笑する気配があった。
「講師のバイトも結構楽しいよ。生徒もみんな良い子ばっかりだし」
「そりゃまあ、真面目に塾通ってる時点で良い子しかいないだろ。けど俺は人にモノ教えられるほど頭良くねえしなー」
  高城とは通っていた高校こそ同じだったものの、俺がぼんやりしているうちに、こいつは俺が逆立ちしても入れないような難関大学に進学を決めていた。同じ場所で学園生活を送ることはもう出来なくなってしまったが、その代わりにこうして同じ家でルームシェアをしている。駅から徒歩十五分の所にある、2DKの古いアパート。学生の二人暮らしとしては上出来だ。
「あー疲れた。高城、膝かして」
  高城の隣に腰を下ろした俺は、返事を聞くより早く、その膝の上に頭を乗せた。後頭部に感じる硬い膝の感触に、俺より細くてもやっぱり男だなと、しみじみ思う。
「重いよ、西垣にしがきくん」
  くすぐったそうに笑いながら、高城は俺の頭にポンと手を乗せた。そのまま少しカサついた指が滑ってきて、ほっぺたを軽く摘まれる。
「ひゃめろよ」
「ん、ふふ……っ、変な顔」
  高城が楽しそうに笑う。その顔を見ているだけで、一週間分の疲れなんて跡形もなく消し飛んでいくようだ。

  高城と初めて出会ったのは、高校に入学したばかりの頃。その頃俺たちは、ごく普通の友達同士だった。だけど俺は、すぐにそれだけじゃ満足できなくなった。他の友達と同じなんて嫌だ、高城の特別になりたい。そう思ったから伝えた。「ずっと好きだった」って。
「高城」
「ん?」
「あのさ……俺と付き合ってくれてありがとな」
「どうしたの、急に」
「うん……なんか、なんとなく言いたくなった」
「なにそれ」
  高城がまたおかしそうに笑う。ほっぺたを撫でていた手が離れたので、軽く勢いをつけて体を起こし、高城の隣に座り直した。
「西垣くんと付き合い始めたのって、高二の秋くらいだっけ? まだ一年半くらいしか経ってないんだね。もっと長く付き合ってるような気がしてたけど」
「おんなじくらいの間、普通に友達してたからな」
「そっか。じゃあその頃から、おれたちあんまり変わってないのかもね」
  高城の無邪気な横顔を見て、少し複雑な気持ちになる。ここ最近、俺が抱えていた邪な思いに釘を刺されたような気がしたのだ。
  高城と付き合うようになったのは高校生の時。それからすぐに受験勉強で忙しくなった高城の邪魔をしないよう、卒業するまでは手を出さないと心に誓ってから一年半。二人とも無事志望していた大学に入り、ひと月が過ぎた今、もうお互いに触れ合わないでいる理由なんて無くなったはずなのに、それでも俺は、あと一歩を踏み込めないでいる。
「高城……」
  ローテーブルに置いた文庫本に伸ばされた高城の手を掴んで、その耳元で囁く。高城がこちらを少し振り向いた隙に、触れるだけの軽いキスをした。そして高城が何か言う前に、その腰に手を回してギュッと抱き締める。
「……どうしたの。今日は、甘えたい日?」
「そうかも」
  首筋に顔を埋めて呟くと、高城は小さく笑って、俺の背中をぽんぽんと叩いた。まるで小さい子供にするみたいに。
  ずっとそうだ。同じ歳なのに、俺より高城の方がずっと大人で、俺ばっかり甘えて、俺ばっかり求めて……俺ばっかりが、好きでいるような気がしてる。
「高城」
  あの頃は、名前を呼ぶ度に好きが溢れて、幸せな気持ちになった。けど今は、好きが増える度に苦しくなる。
  高城は元々、男が恋愛対象だった訳じゃない。俺が告白するまで、男をそういう目で見た事が無かったと言っていた。かと言って女の子と付き合った事もないとも言っていたけれど、大学に入って、アルバイトもするようになった今、俺の知らない所で、高城はいろんな人に出会うだろう。その中に、高城の事を好きになる女の子だっているかもしれない。そうなった時、高城は変わらず俺を一番好きでいてくれるだろうか。
  最近は、そんなことばかり考えて不安になる。
「西垣くん、何か嫌な事とかあった? 今日ちょっと変だよ」
  高城に問われて、返す言葉に詰まる。一人で勝手に思い詰めて、こうやって心配させて、本当に子供みたいだ。
「……別に、なんかあった訳じゃないんだ。……ただちょっと、ずっと思ってる事があって」
「なに? おれに出来る事があるなら何でも言って」
「何でもとか、あんま気軽に言うなよな」
「なにそれ、なんか怖いこと言おうとしてる?」
  苦笑する高城の腰に回した手に力を込めて、思いきって顔を上げる。一人で考え込んでいたって、何も解決しない。不安に思うなら伝えないと。俺は、高城にとって誰よりも特別な人でありたい。
「俺は、高城にもっと触ってみたい。……恋人じゃないと出来ないこと、もっと高城としてみたい。今すぐにでも」
  俺の言葉の意味を噛み砕こうとしているみたいに、高城は目を丸くして、何度か瞬きを繰り返した。
「それって……つまり、そういうこと?」
  高城らしからぬ具体性に欠けた言い回しに、今まで感じていた緊張も一瞬忘れて笑ってしまいそうになる。けれどそんな俺とは対象に、高城は真面目な顔になって俺を見つめ返した。
「ほんとに、良いの?」
「良いよ。良いに決まってるだろ。俺はな、ホントはずっと前から……」
「西垣くん」
  高城の纏う空気が明らかに変わったことに気づいて、俺は無意識に息を呑んだ。
「嬉しい……本当はおれも同じように思ってたけど、西垣くんの負担になるんじゃないかって、なかなか言い出せなくて……」
「負担なわけない」
  高城の言葉になんとなく違和感を感じながら、俺はほとんど反射的に言い返した。そんな些細な疑問なんかより、高城が俺と同じ気持ちでいてくれたという事の方がずっと重要だったから。
「西垣くん……」
  高城の唇が、俺の唇に重なる。高城の方からしてくれたのは、いつぶりだろう。
「ん……」
  俺より小柄な高城の体を抱きしめ直そうとして、高城の手が妙な動きをしている事に気づく。少し冷たい高城の指がTシャツの裾から入り込み、腹や胸をぺたぺたと撫で回している。
「にしがき、くん」
  一瞬離れた唇に、蕩けそうな高城の声と吐息が触れる。その熱さに目眩がしそうだった。
「高城、ちょっと……」
  ちょっと待って、と言おうとした唇がまた塞がれて、高城の指がさらに大胆な動きをし始めた。今度はジーンズの上に手を置いて、尻や太ももの際どい部分をむにむにと揉みしだいている。
「ん……ぅ……っ」
  わざと核心の部分に触らない煽るような触れ方に、どんどん自分の体温が上がっていくのが分かる。高城がこんなにも俺を求めてくれているのは嬉しい。嬉しいけど、何だ、何か、おかしいような……
「……高城! ちょっと待ってくれ!!」
  限界を迎えた俺が肩を掴んで引っぺがすと、高城は明らかに不満そうな顔をした。
「どうしたの?」
「いや、どうしたのじゃなくて、あの……もしかして、お前ってそっちなわけ」
「そっち?」
「だから、その……俺のこと、抱きたいと思ってんの?」
「うん」
  即答である。まじかよ。
「いやいやいや、無理があるって! 俺みたいなごっつい男に……」
「おれだって男だけど」
「お前は可愛いから良いんだよ!」
  勢いに任せて何か恥ずかしい事を言ってしまった気がする。若干気まずくなって口を噤んだ俺を見あげて、高城はどこか妖艶な笑みを浮かべた。散々キスをした唇はいつもより赤くて、なんだかいやらしいというか、見てはいけないものを見ているような気持ちになる。
「た、高城」
「おれにとっては、西垣くんが世界で一番可愛いよ」
  そう微笑んで、高城はもう一度軽いキスをした。色々と言い返したいことはたくさんあるのに、もうすっかり高城のペースになっている。
「西垣くん、好きだよ」
  そう言った高城は、嬉しそうな笑顔を浮かべて、俺の肩に手を回してきた。
「……ずるいぞ」
  そんなふうに言われたら、拒絶なんて出来るはずがない。高城だって、そのくらい分かってるくせに。
  どうやら俺の彼氏は、思っていたよりタチの悪い男だったようだ。


  ☾


  風呂上がりの濡れた髪を拭きながら、洗面所の横にある高城の部屋へと向かう。いつもより体が熱いのは、湯あたりとかそういう理由ではないと思う。
「風呂上がったけど」
  ドアを開けて、そう声をかける。ベッドの端に腰掛けていた高城は、さっきと同じように本を読んでいて、さっきと同じように顔を上げた。だけどさっきとひとつ違うのは、コンタクトを外して愛用の黒縁メガネをかけている所だ。
「西垣くん」
  高城はいつもと同じ声で俺を呼んで、自分の隣をぽんぽんと叩く。高城の部屋は俺と同じ六畳の洋室なのに、こっちの方が少し狭く感じる。引越しからひと月経つのに、まだ開けきれていないダンボールが部屋の端に積んであるせいだ。その中身は全部本。いい加減ちゃんと片付けないと駄目だね、と言いながら、しょっちゅう本屋に立ち寄って新しい本を継ぎ足しているから、一向に片付かないのだ。しっかりしているようで、高城は案外そういう所がある。
「さすがにダンボールくらい開けろよ。こんな部屋じゃ人呼べないぞ」
  軽く畳んだタオルをベッド横のサイドボードに引っ掛けながら、照れ隠しも込めて俺が苦言を呈すると、高城はムッとしたように眉を寄せた。
「別にいいよ、西垣くんしか入れないから。今はそんな話どうでもいいでしょ」
  少し怒った様子で身を乗り出してきた高城は、隣に座った俺の肩を掴んで、そのまま体を寄せてきた。平均より細身の高城に押されたくらいで倒れたりはしないが、見たことの無い真剣な表情に一瞬怯みそうになる。
「ちょ、待てって」
「やだ」
  子供のように言って、高城が俺の肩に噛み付いてきた。メガネの金具が首筋に当たって、その冷たさに思わず声を上げそうになる。
「高城……」
  子猫がじゃれつくみたいに、何度か甘噛みを繰り返して、高城は上目遣いに俺を見あげた。分厚いメガネのレンズ越しでも分かるくらい、高城は“男”の目をしていて、無意識に喉がゴクリと鳴った。
「……なんか、ちょっと意外だな。高城がこんなガツガツ来るの」
「さっきも言ったでしょ、おれも男だって」
「だからだよ。お前って元々男が恋愛対象な訳じゃないじゃん」
「そんなこと……今更関係ないよ」
  俺の心臓の上にそっと手を置いて、高城が目を伏せる。
「西垣くんと付き合うまで、こういう事って、おれにとっては全部フィクションの中の物だったんだ。自分の身には起こらない、他人の話だって。それが変わったのは、西垣くんが、手を繋いだり、キスしたり、そういう事をたくさんしてくれたからなんだよ。……だから、おれにとっては、初めから西垣くんだけが、恋愛対象だよ」
  ひとつひとつ、自分の中にある大切な物を取り出して見せるような、丁寧な言葉選び。そうだった。俺は、高城のこういう所を好きになったんだ。言葉をたくさん知っているから、いつだって真摯に気持ちを伝えてくれる。そんな高城の事が、好きなんだ。
「もっと触っても良い?」
「……いいよ」
  今なら何だって受け入れられる。軽く手を広げた俺を見て、高城はちょっとだけ照れくさそうに笑った。
「こうやって改まると、なんか恥ずかしいね」
「なんだよ、今さら」
  自分からTシャツの裾に手をかけて脱ぎ捨てると、今になって躊躇し始めた高城の手を取って、自分の胸に押し当てた。心臓がうるさく暴れているのが伝わってしまうけれど、きっとそんなのお互い様だ。
「ほら、お前の好きにして良いから」
「……なんかえっちだなあ、西垣くん」
「お前が言うか」
  なんだかおかしくなって、お互いに笑い合いながら、身を寄せてきた高城の背中を抱き締める。俺の胸に押し潰されそうになった高城が、メガネを外そうとしているのに気づき、俺はその手をそっと握って止めた。
「メガネ、そのまんまでいいよ」
「どうして?」
「大学入ってからコンタクトに変えただろ。高城のメガネ姿見られるの貴重だから、そのままにしといて」
  少しズレたメガネを直してやりながらそう言うと、高城はきょとんとした顔で目を瞬いた。
「……やっぱり、普段からメガネに戻そうかなあ」
「どっちでもいいよ。俺はどっちの高城も好き」
  高城を抱いたまま、ゆっくり体を倒して、ベッドの上に仰向けになる。またズレそうになったメガネを片手で押さえながら、高城は俺の頬にそっと触れた。
「西垣くん」
  大切そうに俺の名前を呼んで、高城がキスをくれる。唇を割って入り込んできた舌は、さっきよりもずっと熱くて、その事が一層俺を昂らせた。
「ん、ふ……」
  抑えきれないような高城の吐息が、頭の中に響いてふわふわする。俺のほっぺたに触れていた手が、首筋を滑って肩を撫でて、胸の上で動きを止めた。胸板の厚さを確かめるように、ふにふにとそこを揉みしだいて、高城は何やら少し不満気な息を洩らしながら、唇を離した。
「西垣くん、格好良い体してるよね。おれとは全然違う」
「そりゃ、文化系のお前と一緒じゃ困る。バスケ部引退した後も筋トレは続けてたしな」
「それは知ってるけど……」
  幼い表情で唇を尖らせて、高城は胸を揉んでいた手をつ……と腹の方に滑らせた。
「っ、高城」
「西垣くんが、あんまり格好良いと困るな。今よりもっと好きになっちゃう」
「な、んだそれ」
「格好良くて、可愛くて、毎日顔を見る度に好きだなぁって思う。もうずっと前からそうだよ。……今だって」
「あ……っ」
  緩く形を持ち始めていた箇所を突然撫でられて、自分のものとは思えない声が喉の奥から零れ落ちた。
「可愛い」
  独り言のように呟いて、布越しにそこの形を確かめるように、くすぐったり、軽く引っ掻いたり、焦れったいその動きに、少しずつ翻弄されていく。高城は自分でする時もこういうふうに触るんだろうか。そんなことを考えるほど、ますますそこに熱が集まっていくのが分かった。
「は、ぁ……っ」
「……気持ちいい?」
  高城の問いに、ただ黙って頷く事しか出来ない。すっかり立ち上がったそこから溢れ出した透明な液体が、下着やジャージのズボンを濡らしているのが分かる。高城だって当然気づいているだろう。
「た、かしろ……もっと、直接触って……」
  もどかしい感覚に我慢が効かなくなって、夢中でそう訴えると、高城の白い喉が微かに上下するのが分かった。
「……西垣くん」
  高城の声に、熱が混じる。やや急くような手つきで俺のズボンと下着に手をかけて、高城は躊躇うことなくそれを引き下げた。
「……っ」
  その途端、高城から受けた愛撫によって、しっかりと形を持ってしまった自分自身が目に入り、じわじわと顔が熱くなる。
「西垣くんの、ちゃんと見るの初めてだね。一緒に暮らしてるのに」
  そう言って、高城は反り立った俺の尖端に、ツンと人差し指で触れた。
「っ、お前、手え冷たい……っ」
「西垣くんのが熱いんだよ」
  からかうように笑いながら、高城は手のひら全体で竿を握り込んで、ゆっくりと扱き始めた。
「ん、あ……っ」
  既に濡れているそこを、高城の指が滑る度に、くちゅくちゅといやらしい音が響く。それが余計に高城を煽るのか、夢中で愛撫を続けているあいつの呼吸も、少しずつ荒くなっているようだった。
「ねえ、こっちも触っていい……?」
  昂った部分に触れたまま反対の手を滑らせて、高城は俺の体の一番深い部分に触れた。反射的に強ばったそこを掻き分けるように、高城の指が入り込んでくる。
「う……っ」
「……ごめん、痛い?」
「だ、いじょうぶ……けど、なんか……変な感じ」
  さっき風呂の中で散々準備してきたつもりだったけど、自分でするのと人に触られるのは、全然違う感覚だった。高城の指はゆっくりと、中を傷つけないよう気遣うように、少しずつ奥に侵入してくる。
「ん、ほんとさ……お前に、こういう事されてんのって、変な感じだなって」
「……西垣くんは、やっぱり、する方が良かった?」
「最初は、っそのつもりだったけど……俺は、お前と出来るんなら、なんでもいい」
  それは、嘘偽りない本心だった。高城と、誰よりも好きな人と、心の底から求め合って抱き合えるなら、どんな形でも構わない。今は本気でそう思える。
「たか、しろ……」
  器用に俺の中を動き回る高城の指に、少しずつ意識が塗り替えられていく。いつも静かに本のページを捲っている、あの細い指が、今は俺の中に突き立てられているなんて、信じられないような気持ちだった。
「あ……」
  遠慮がちに滑り込んできた二本目の指が、丁寧に中を押し広げていく。ふわふわしてきた頭で、高城の体に視線を向けると、あいつ自身も、俺と同じかそれ以上に昂っているのが分かった。俺も男だから、その状態がかなり辛いのも分かる。
「高城……いいよ。もう、入れて……」
「……平気なの?」
「ん……自分でも、慣らしてきたから」
  俺だって、実際に付き合ったのは高城が初めてで、当然こういった経験がある訳でもないから、不安にも思う。けど、高城が俺の初めての人になるんだって、そう思うと、不安以上にすごくドキドキした。
「高城……お前のも、全部見せて……」
  俺の上に覆い被さっている高城の腰に手を回し、パジャマのズボンと下着を少し下げた。布の下で息苦しそうにしていたそれは、俺がそうしただけで簡単に顔を覗かせた。
「うわ、ちょっと……恥ずかしいんだけど」
「人の尻散々弄り回しといて言うか」
  さっきのお返しとばかりに反り立ったモノを掴むと、高城がビクリと体を震わせた。
「だ、だめだって西垣くん。今触られたら……」
「ほらみろ、限界のくせに。いいよ、して」
  昂りを掴んだまま急かすと、高城は顔を赤くしながら俺を軽く睨んだ。あんまり見た事のない表情だからか、そんな顔も愛しく思う。
「もう……どうなっても知らないから」
  少し怒ったように言いながら、高城は俺の手を離させ、思いきり身を乗り出してサイドボードの引き出しを探った。
「用意してたんだな、それ」
「……言ったでしょ。おれもずっとその気だったって」
  慣れない手つきでコンドームを装着しながら、高城はちょっと口ごもる。今までもちゃんと意識してくれてたんだな。
「西垣くん……」
  俺の足を掴んで、高城が身を乗り出してくる。体の深い部分に冷たいモノが触れて、思わず声が洩れてしまう。その直後、それがゆっくりと、中に入り込んできた。
「う、あ……」
  指とはまるで違う質量に押し広げられて、自然と体が反応してしまう。中に入ってきたモノはドクドクと脈打って、まるで別の生き物のようだった。
「ん、ぅ」
  何かを堪えるように、必死で息を整える高城の声が聞こえる。俺はほとんど無意識に手を伸ばして、高城の手を握っていた。
「たかしろ……」
  痛いとか苦しいとか、そんな感覚以上に幸せな気持ちでいっぱいだった。好きな人と全身で温かさを分け合える事が、こんなにも満たされるなんて、知らなかった。
「にしがき、くん……」
  俺の手をぎゅっと握り返して、高城は焦れったいくらいゆっくりと奥へ侵入してくる。自分の欲望よりも、俺の体を気遣ってくれているのが分かった。
「は、ふ……」
  そうして時間をかけて俺の中に全てを収めきった高城は、大きく息を吐いて、繋いでいない方の手を俺の胸にそっと這わせた。
「ごめんね、痛くない……?」
「なんで、謝ってんだよ……大丈夫だって」
  手を伸ばして、汗ばんだ高城の頬に触れる。
「よかった、ちゃんとできて」
「……うん」
  頬に添えた俺の手を包むように握って、高城は少し目を伏せた。
「……ごめん、西垣くん。おれもう、限界……」
  高城がそう小さく呟いた直後、体の中に収まった熱が一気に引き抜かれそうになって、全身を貫くような甘い震えが走った。
「っ、あ……」
  引き抜かれる直前のモノが、今度は一息に押し込まれて、体の一番深い部分を貫いた。そのまま何度も、何度も、体の奥を突かれる度、その場所から少しずつ生まれてくる快感に、頭の中を揺さぶられるみたいだった。
「ん、あ……西垣くん……西垣くん……っ」
  聞いた事もないくらい甘ったるい声で俺の名前を呼びながら、高城は夢中で縋りついてくる。息苦しいのと気持ちいいのとで、真っ白に溶けていく思考の中で、高城の声と、繋いだ指の感触だけが確かだった。
「ん、はあ……っ」
  痛いくらいに俺の手を握って、高城は無我夢中に腰を振っていた。
「た、かしろ……高城……っ」
  少しずつ、溺れていく。ただキツく手を繋ぎ合って、お互いの名前を呼び合った。
  名前を呼ぶ度に、満たされていく。好きだとか、愛おしいとか、俺の知っている言葉では表現しきれないような温かい感情が、次々に溢れ出して、お互いのこと以外、何も考えられなくなっていった。
「っあ……西垣くん……ごめ、もう、無理かも……」
「……ん」
  汗ばんだ右手を離して、高城の頭を引き寄せてギュッと抱いた。壊れてしまいそうなくらい激しい鼓動が、肌から伝わってくる。
「う、ぁ……っ」
  体の中に収められた熱が一層激しく脈打った直後、高城の荒っぽい呼吸を首筋に感じながら、俺は目を閉じて熱が引くのを待った。体の奥ではまだ熱い欲望が燻っているが、高城の息遣いを聞いているうちに、それも少しずつ落ち着いてきた。
「……ごめん、西垣くん……おればっかり」
「今日のお前、謝ってばっかだな」
  高城のほっぺたを摘んでやると、なんだか少し笑えてきた。
「高城」
  名前を呼んでキツく抱き締めると、高城はちょっと苦しそうに身を捩って、もぞもぞと俺の腕の中から逃れていった。唐突に去った温もりに寂しくなったのも束の間、またすぐに体を寄せてきて、高城は俺の隣に横になった。
「体平気?」
「ヘーキ。全然余裕」
  高城の頭をくしゃくしゃと撫でながらそう答えると、ボサボサ髪になった高城は、安堵したような息を吐いて、それから意味ありげな表情で俺を見上げた。
「本当に良かった……円香まどかくん」
  その名前を聞いた瞬間、体から引こうとしていた熱が、一気に頭のてっぺんまで駆け上がってきた。
「お、前……っ、なんで急に、名前……」
  下の名前で呼び合ってみたいって、今まで何回言っても恥ずかしがって聞かなかったくせに、こんな時に初めて呼ぶなんて。
  動揺する俺を見て、高城が楽しそうに笑う。
「円香くん、可愛いね」
「……お前、俺の事からかってるだろ」
「だって、可愛いから」
  答えになっていない答えを返して、高城は胸に頬を寄せてきた。そんな小さな頭を抱いて、少し考える。今日はずっと高城に振り回されっぱなしだ。このまま二人とも眠ってしまう前に、どうにかお返ししてやりたい。
「……なあ」
「ん、なに?」
  今度こそメガネを外してサイドボードに置こうとしていた高城は、大きな目で俺を見つめて微笑んだ。その目をまっすぐ見返しながら、思い切って口を開く。
将仁まさひと……愛してる」
「え……」
  普段は隠れている長い睫毛が、ぱちぱちと瞬く。一方の俺はと言えば、自分で放った言葉が跳ね返ってきて、またじわじわと体温が上がり始めた。だんだん高城の……将仁の目を見られなくなってきた俺の頬を、優しい吐息が撫でる。
「おれも、愛してるよ」
  当たり前のようにそう言って、将仁はまた俺にキスをした。
「…………やっぱお前ずるいわ」
  将仁はいつだって、俺が差し出す以上に大きな気持ちを返してくれる。たけど俺だって、抱えてる思いは負けてないはずだ。
「……おやすみ、また明日な」
  そう囁いて、恋人の額にそっとキスを返した。
  言葉で足りない分は、こうして何度でも伝えていこう。
  明日も、明後日も、これから先、ずっと。
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