10cm先のラブソング

村井 彰

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海辺の結婚式

4.晴れの日

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  太陽の光が眩しい朝、オレは数日分の着替えを詰めたキャリーケースを持って、駅のコンコースに立っていた。オレと遥香はこれから、つかの間の新婚旅行に向かう。二泊三日の熱海旅行。大学を出て以来、こうしてゆっくりするために出かけるのは初めてかもしれない。
  少し離れたところでは、同じような荷物を持ったオレの嫁さんが、両親と何か話し込んでいる。オレの両親は昨日のうちに帰ったけど、その代わり同じホテルに泊まっていた兄ちゃんと陽太が見送りに来てくれていた。
「いってらっしゃい、ヒロ」
「気ぃつけてな」
  そう言って笑う二人は、ごく自然に寄り添いあってる。本当に仲が良いな。
  けどそんな二人の様子以上に、オレにはさっきから気になっている事があった。陽太が首を傾げる度に、Tシャツの首元から見える赤い跡……あれってキスマークだよな? 言ってやった方がいいのかな。陽太って一応芸能人だしな。
「どうしたの、ヒロ」
「……いや、別に」
  不思議そうな顔をする陽太に、オレは笑って誤魔化した。まあいいか。別に悪いことじゃないよな。
  この二人が付き合い始めたって聞かされたのはここ一年くらいの事だけど、陽太が兄ちゃんに惚れてる事は、実のところだいぶ前から察してた。なにしろ兄ちゃんに会った時は、いっつも挙動不審だったもんな、陽太。
  オレが高校生だった頃、兄ちゃんはすでに家を出て一人暮らしをしてた。とはいえ実家からそんなに遠い場所じゃなかったし、親の目が届かない所は居心地が良くて、オレは頻繁に入り浸ってた。だからその頃一番仲の良かった友達をそこに連れて行ったのも、オレにとっては自然な流れだったんだ。
  あの頃から陽太は大人しくて控えめで、でもちゃんとやりたい事を貫く強さも持ってる、カッコいいやつだった。そんな陽太が兄ちゃんの前では顔を真っ赤にして何も言えなくなるんだから、最初は面食らったもんだ。けど、後になってから、実は女の子を恋愛対象として見られないんだって教えてくれた時、すごく納得した。
  ああ、あれはそういう事なんだなって。
  とはいえ、兄ちゃんは自分の事にはニブチンだから全然気づく気配はないし、陽太は陽太で別のやつと付き合ったりしてたみたいだからどうなる事かと思ってたけど、今の二人はこうして当たり前みたいに隣にいる。オレにとって、それは本当に嬉しい事だった。
「なにニヤニヤしてんだよ」
  兄ちゃんが少し眉をひそめて、オレの脇腹を小突いてくる。
「んー? いやあ……幸せだなあと思って」
「あ? なんだ、惚気かこら」
  そう言って兄ちゃんがさらにオレの脇腹を抓ろうとしてくる。別にそういう意味じゃないんだけどな。……いや、そういう意味でもいいか。オレ自身が幸せな事にも変わりはないし。
  そんなオレ達を、陽太はどこか楽しそうに見つめている。その表情を見ていたら、ふと思いついた。
「あのさ陽太。前から気になってたこと聞いていい?」
「ん、なに?」
  そう言って陽太が首を傾げる。またチラリと覗いたキスマークに一瞬視線をやって、オレはこう訊ねた。
「陽太ってさ、兄ちゃんのどういうとこが好きなの?」
  オレがそう言った瞬間の二人の反応は、思わず笑ってしまいそうになるくらい両極端だった。
「ばっ……裕翔お前、何聞いて……!」
  わかりやすく慌てる兄ちゃんの横で、陽太はちょっと困ったように首を捻った。
「好きなとこは……全部」
  当たり前だろと言わんばかりの表情に、オレはついに吹き出してしまう。
「ぷっ……いや、そうだよな。陽太はそう言うよな」
「お前……」
  顔を引き攣らせる兄ちゃんを無視して、オレはもう一回訊いてみることにした。
「それでも敢えて具体的に言うなら?」
  すると陽太はちょっと考えるような間を置いて、兄ちゃんの好きなとこを指折り数えだした。
「たまに口悪いとこ、でもなんだかんだ優しいとこ、手が大きくて爪が綺麗なとこ……あ、片付けがヘタなのも可愛くてすき。靴下いっつも適当にしまっちゃうから、この前左右で違うの履いたまま会社行っちゃって、でも帰ってくるまで全然気づいてなかったの、すごく可愛かった。あと、出しっぱなしにしてたリモコンうっかり踏んじゃって」
「ま、待て陽太。わかった、俺が悪かった。今度からちゃんとするから許してくれ」
  兄ちゃんが慌てて口を塞ごうとするけど、陽太は全然聞いてない。そういや兄ちゃん、昔から整理整頓とか苦手だったな。
「兄ちゃん……もう大人なんだから、彼氏に部屋の片付けとかしてもらってたらダメなんだぞ」
「わ、わかってるよ……別に毎回やってもらってる訳じゃねえって」
  てことは、たまにはしてもらってるんだな。
  オレは肩をすくめて、まだ兄ちゃんの好きなとこをあげ続けてる陽太に視線を移した。
「……そういうの、オレもちょっとわかるよ。遥香もさ、何でも出来るのに料理だけすげーヘタなんだよね。でもそこが可愛いと思ってる」
  オレがそういうと、「結局惚気じゃねえか」と言って兄ちゃんが鼻を鳴らしたけど、しょうがない。陽太が幸せそうに話すのを聞いてたら、オレも少し自慢したくなったんだ。
「裕翔ー! そろそろ新幹線くるよー」
  不意に遥香がオレを呼ぶ声が聞こえてきた。駅の時計を見ると、確かにもう出発の五分前になっていた。ちょっと話しこみ過ぎたな。
「んじゃ、そろそろ行くわ」
  二人に向かってそう言うと、兄ちゃんがにやりと笑って手を挙げた。
「おう。楽しんでこいよ」
「じゃあね、ヒロ」
  オレを見送ってくれる人達に手を振り返して、足早に遥香の元へ駆け寄る。
「もう、遅いよ裕翔」
「ごめんて。ほら行こ」
  そんなふうに軽口を言い合いながら改札を抜けて、オレ達は自然と手を繋いだ。そうして辿り着いたホームでは、目に痛いくらいの青空が広がっていて、
「おー……今日もすげー晴れたな」
  思わずそう呟いたオレに、遥香が笑って言った。
「当然でしょ。私と一緒にいるんだから、いつだって晴れに決まってる」
「……だな」
  オレの人生に、輝きをくれる人。きっとあの二人にとってのお互いも、そうなんだろう。

  もしも願いが叶うなら、どうかオレ達の行く先も、あの人達のこれからも、いつまでも眩く輝き続けますように。
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