10cm先のラブソング

村井 彰

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海辺の結婚式

3.月明かりの下で

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  ホテルの部屋に足を踏み入れた途端、背中から陽太に抱きしめられた。
「こら、いきなり抱きつくな。危ないだろうが」
  体を捻って陽太を軽く叱ろうとしたが、俺はそのままドアの脇に押し付けられて、唇を奪われてしまう。
「…………っ」
  呼吸ごと奪われそうなくらい、深く深くお互いの粘膜が絡まり合う。酒なんて一滴も飲んでないはずなのに、頭の奥がふわふわと酔っ払ったみたいに痺れていくのがわかった。
「……がっつき過ぎだ、ばか」
  重なった唇の間に手を入れてそっと押し返すと、陽太がじれったそうに俺の指に噛み付いてきた。
「だって……最近、してなかったから……」
  陽太はそう言って俺の手首を捕まえたかと思うと、中指の先に口付けて、そのまま根元まで咥え込んでしまう。
「……っおい、やめろバカ」
  何度も甘噛みしながら、指の間の皮膚が薄い部分を狙って陽太が舌を這わせてくる。その度に、体の奥に甘い震えが走った。
「ん、む……」
  夢中で俺の指にしゃぶりついてくる様子は、まるで母親に甘える子猫のようで。けれどその瞳に宿る色は、獰猛な獣そのものだ。
「よ、うた……陽太、ちょっと落ち着けって」
  俺が背中を叩いて訴えると、ようやく陽太は唇を離した。それでも名残惜しそうに、爪の先に少し歯を立てる。
「続きはあっちで、な?」
「……ん」
  ほっぺたを撫でて宥めると、陽太は小さく頷いた。そのまま俺に抱きついてくる体を引き摺るようにして、部屋の奥のベッドに向かう。陽太の方からこんなにも激しく求めてくるのは珍しい。けれど、悪い気分じゃない。
「和威さん……」
  鼻にかかった声で俺を呼んで、陽太が俺の体を押し倒す。そして、止める間もなく再び唇が重なった。
  歯と歯がぶつかるくらいに深く、激しく。俺の中の何かを暴き出そうとするかのように、陽太の長い舌が動き回る。
「は、ふ……」
  熱く昂った吐息に頬をくすぐられる。俺にのしかかって来る体の重みも、今は心地良い。このまま、ひとつに溶け合ってしまえればいいのに。
「陽太……」
  可愛い人の名前を囁いて、その背中に手を回す。キスの合間に俺を見つめてくる瞳は、はっきりと欲望の色に濡れていた。
  きっと、俺も同じ目をしているのだろう。
  少しイタズラ心が湧いて、何度も唇を求めてくる陽太の胸元に、そっと手を伸ばした。真っ白なワイシャツのボタンをひとつずつ外して、下着代わりに身につけている薄手のTシャツの上に手を這わせる。そうしてその胸の小さな突起を、爪の先で軽く引っ掻いてやった。
「あ……っ」
  たったそれだけで陽太の体は敏感に反応し、俺に覆い被さったままで背筋を震わせた。その反応に気を良くした俺は、つん、と尖ったそこを、親指の腹で押し潰すようにして更に弄ぶ。
「ん、ぅ……」
  俺が敏感な部分を弄る度に、陽太が呼吸を乱しながら体を捩る。
「ここ、感じやすくなったよな。前はくすぐったいって言ってたのに」
「か、和威さんが、いっつもそこ、触るから……」
  俺が揶揄うように笑うと、陽太が少し怒ったように俺の手を掴んできた。
「も、これ以上は、だめ……」
  そのまま俺の手を外させて、ベッドの上に押し付ける。そして今度は陽太が俺のシャツのボタンに手をかけた。汗ばんだ地肌を細い指が撫でて、胸の上でふとその動きを止める。
「和威さん、すごくどきどきしてる」
「……お前だって、同じだろ」
「ふふ」
  陽太は頬を緩めて笑うと、顔を近づけて俺の胸にそっと口付けた。
「和威さんが、おれといてどきどきしてくれるの、すごく嬉しい。だいすき」
「……今さらだろ、そんなの。お前といる時はいつだってドキドキしっぱなしだよ、俺は」
  幸せそうな顔で笑う陽太の頬に触れて、柔らかい耳たぶを指の先でなぞる。いつもはそこに髑髏だの十字架だのと、厳ついデザインのピアスばかり付けているけれど、今日は違った。
「いいな、これ。お前に似合ってる」
  陽太の白い肌によく映える、小さな金色の蝶。小指の先ほどの羽根には細かな意匠が施され、わずかに洩れる月明かりを反射して、キラキラと輝いている。
  ピアスの金具部分に爪を引っ掛ける些細な音に反応するように、俺に触れる陽太の指が少し震えた。
「ん、和威さん……そこ、あんまり触らないで……なんか、むずむずする……」
「……へえ? どこが、むずむずするって?」
  俺の指から逃れようと、陽太が体を起こす。その隙に、俺に跨ったままの陽太の腰に手を回して強く引き寄せた。
「や、どこ触って……」
「相変わらずエロい尻してんな、お前」
  小さく引き締まったそのラインは、スラックスの上からでもよく分かる。調子に乗った俺が両手で包むようにしてその場所を揉みしだくと、陽太が呼吸を荒くしながら俺を軽く睨んだ。
「ん、もう……そういうこと言うの、おじさんっぽい……」
「なんだとこら」
  聞き捨てならない台詞に俺が指先に込める力を増やすと、薄く開いた陽太の唇から甘ったるい吐息が溢れた。
「やだ、和威さん……それヘンな気持ちになる……」
「なればいいだろ。ほら」
  スラックスの前を寛げて、出来た隙間に手を入れる。分かりやすく張り詰めた部分を下着越しになぞってやると、そのもどかしい感触に陽太が声をあげた。
「んぁ……っ、や……」
「何がイヤなんだ? 言ってみろ」
  少し意地悪な気持ちで訊くと、陽太が涙目になって俺を見おろしてきた。
「…………っ、もっと、ちゃんと触って……」
  そう囁いて俺の手を取ると、自身の昂った場所へ押し付けるようにする。初めての頃に比べれば、ずいぶん大胆な事をするようになったものだ。
「……いいぞ。ご希望通りにしてやるよ」
  鼓動が速まるのを感じながら、俺はスラックスごと陽太の下着に手をかけた。そうしてそれら全てを脱ぎ捨てるのを手伝いながら、顕になった部分に両手で触れて、丁寧に愛撫を加えていく。
「ん……っ」
  陽太の感じやすい部分は、もう全部知っている。俺が指を滑らせる度に、陽太が俺の上で体を震わせる。紅潮した頬も、長い睫毛が落とす影も、その全てが愛おしくて、もっと見たいと思ってしまう。
「あっ……」
  限界を訴えるように震える核心から離した手を、後ろの方に滑り込ませる。そうして陽太の隠された場所を、指の先でそっとなぞった。陽太の昂りから溢れ出した先走りで、俺の指もすでにしっとりと濡れている。
  浅い部分を押し広げるようにして、指の先でゆっくりとその形を確かめていく。すると陽太が、もどかしそうに俺の手に触れた。
「も、じらさないで……」
「ゆっくりやらないと痛いだろ」
「……いいよ、痛くても」
  そう言って、陽太が俺の手をもっと奥に誘おうとする。
「……あんま煽るんじゃねえよ」
  そんな事を言われたら、めちゃくちゃに壊してしまいたくなってしまう。何よりも大切にしてやりたいのに、時々酷い欲望をぶつけたがる自分がいる。きっと俺が何をしたって、陽太はそれを受け入れるのだろう。だけど、それではダメだ。
「……っ和威さん……」
  体を起こして、陽太の胸に唇を這わせながら、わざとゆっくり指を進めていく。陽太が焦れたような声をあげて、俺の肩にすがりついてきた。
「もうちょっと我慢してろ」
「……いじわる」
  耳元で陽太がそう呟く。こいつは何も分かってない。俺が本気で意地悪してやったらどうなるか。
「っ、こらイタズラすんな」
  突然、陽太が俺のスラックスの前を寛げて、その奥の張り詰めたモノを暴き出した。そしてあろう事か、自分自身のモノと重ねるようにして触れてくる。
「和威さんの、熱い……」
  陽太の熱っぽい声と直接的な体温に、頭の奥をぐらぐら揺さぶられているような気分になる。これは……なかなかに、やばい感覚だ。
「……っは、くそ、どこで覚えてくるんだ、そんなの」
  小さく悪態を吐く俺を、陽太が艶っぽい瞳で見つめて言う。
「おれは、和威さんに教わったことしか知らないよ」
  そう言って微笑む陽太の唇が、俺の唇にそっと重なった。結局いつだって、俺の方が陽太に翻弄されている。
「あ……っ、ん」
  与えられる快感に呑まれないよう、呼吸を整えながら、陽太の中に沈めた指を少しずつ奥深くへと運ぶ。中指と人差し指で中を押し広げるようにして慣らしていくと、ついに陽太が切羽詰まった声をあげた。
「か、ずいさん……ねえ、もうほんとに無理……っ、早く……して」
  そう言って陽太が俺の肩に体重をかける。
「お、おい待て」
  俺の体をベッドに押し付けて、無防備になった屹立に陽太の手が触れた。そして、
「かずいさん……」
  蕩けた声で俺の名前を呼びながら、陽太が少しずつ腰を落として自分の身を沈めてくる。
「う……」
  体の奥まで溶かされてしまいそうな程の熱に目眩がする。そんな俺を恍惚とした表情で見おろしながら、陽太は俺の昂りを全て呑み込んだ。
「ふ、ぅ……」
  少し苦しそうな、それでいてうっとりとした息を吐いて、陽太が俺の腹に手を這わせてくる。
「ふふ……かずいさんの、全部入った……」
「お前……っ」
  俺の腹に手をついたまま、陽太がゆるゆると腰を動かす。その甘ったるい刺激に、俺の方が喰われているような気分になる。……いや、実際そうなのだろう。この奔放な獣のような恋人の前では、俺に抵抗する術なんてない。
「ん……あ、かずいさん……かずいさん……っ」
  俺の上で夢中になって快楽を貪る陽太の姿は、どこまでも艶めかしくて、淫らで。
「ちょっと前まで、あんなに純情で大人しかったのに……どんどんいやらしくなっていくな、お前」
  初めての頃は触れるだけで真っ赤になっていたのが嘘のようだ。けれど、そんな俺の言葉に陽太は少し眉を寄せる。
「……かずいさんは、こんないやらしいおれは、嫌い…?」
「まさか」
  俺は驚いて、陽太の太ももをそっと撫でた。
「嫌いなわけないだろ。……どんなお前も、愛してるよ」
  陽太の変化が俺と触れ合ってきた事で生まれたものなら、こんなに嬉しいことはない。それどころか、こうして夢中で俺を求めてくれる陽太が愛おしくて仕方なかった。
「……嬉しい。かずいさん、だいすき」
  頬を染めて、陽太が小さな声で呟く。こういう可愛いところは変わらないな。
  陽太の太ももに添える手に少し力を込めて、俺はベッドの上に膝を立てた。この可愛い顔を、もっと見たい。
「え、あ……っ、待ってかずいさん……」
  ベッドのスプリングを利用して整った体を下から突き上げる。途端に、陽太が慌てた声をあげて太ももを震わせた。
「ん……く……だめ、かずいさん……そんなに、されたら……」
  堪らずベッドの上に手をついた陽太がシーツをキツく握りしめる。下から貫く度に中が強く締めつけられて、俺の鼓動も速くなっていくのがわかった。
「……いってもいいぞ。お前最近、後ろだけでいけるようになったもんな?」
  陽太の頬を流れる玉のような汗を拭ってやりながら、そう囁く。
「か、ずいさん……」
  薄く開いたままの唇に親指を差し込んでやると、不意に陽太が背中を仰け反らせた。
「っあ……」
  繋がりあった奥の部分が、搾り取るような動きで激しく脈打つ。腹の上に吐き出される熱を感じながら、俺自身も限界に達した。
「……っ」
  陽太の中の一番深い部分に直接快感を吐き出して、倒れ込むように俺に覆い被さってくる陽太の体をしっかりと抱きとめる。
  肌に直接伝わってくる陽太の呼吸と、その鼓動。何もかもが、愛おしくて心地好い。
「ん……かずいさん……」
  熱に浮かされたように呟きながら、陽太が俺の額に滲む汗を残さず舐め取ろうとするかのように舌を這わせてくる。そんな陽太の髪を撫でてやりながら、俺は自分自身の熱がまた高まっていくのを感じていた。
「あ……っかずいさんの、また……」
  それを敏感に感じ取った陽太の体が、ぴくりと反応する。
「悪い……一回じゃ、全然足りないわ」
  戸惑ったように腰を浮かせる陽太の体に手を回して、そう囁く。
「もう一回、していいか……?」
「……うん」
  俺の肩に手をかけて、陽太が小さく頷いた。その背中をそっと撫でて、自分自身を一度陽太の中から引き抜く。そして体をずらし、うつ伏せになるよう促す。
「かずいさん……」
  背中越しに振り返って俺を呼ぶ陽太に微笑み返し、細い腰に手をかける。そのままついさっきまで繋がりあっていた場所に、再び張り詰めた自身を押し付けた。
「んん……」
  陽太が蕩けきった吐息を洩らして背中を震わせる。すっかり熟しきった陽太の中は、いとも簡単に俺を受け入れた。
「かずい、さん……かずいさん……だいすき……」
  何度も俺を呼ぶ声が、心地好く夜に溶けていく。
「……俺も、愛してるよ」
  何度だって、こうして思いを伝え合おう。こうして触れて気持ちを確かめ合えば、どんな不安な未来だって、怖くない。

  *

「はぁ……」
  短く息を吐いて、ベッドに横たわる。隣で荒い呼吸をしている陽太の髪に触れて、汗ばんだこめかみをそっと搔きあげた。
「無理させたな」
「……ううん。全然、無理じゃないよ」
  そう言って陽太が俺に抱きついてくる。いきなり体重をかけられたせいで、俺はまたベッドに押し倒されてしまった。
「こら、重いって」
「ふふ……」
  俺のささやかな抗議を無視して、陽太が緩みきった顔で笑う。その表情に、愛されているなと実感する。
  俺にのしかかる陽太の肩越しに見える窓からは、うっすらと月明かりが差し込んでいた。少し開いたカーテンの隙間から、ちょうど中空に昇った月が見える。
「……月が綺麗だな」
  思わず呟いた俺の声に陽太は少し顔を上げて、
「……アイラブユーってこと?」
  と、どこかイタズラっぽい笑顔を浮かべた。
「そんな言い回し、よく知ってたな? どこで習ったんだ」
  特別意識した訳では無いが、今ならそんな言葉遊びも悪くない。そう思って俺が視線を向けると、陽太はハッと何かに気づいた様子で、気まずそうに目を逸らした。
「陽太?」
  なんとなく不穏な空気を感じてほっぺたを摘んでやると、陽太が渋々といった様子で口を開く。
「前に……まさきさんが言ってた」
「…………へぇ」
  どんなシチュエーションでその台詞を聞いたのか、別に想像したくないがなんとなく察しがつく。何がアイラブユーだ、あのキツネ野郎。きっとアイツは花一輪渡すのにも、花言葉がどうとかいちいち講釈を垂れるタイプに違いない。
「……和威さん、怒った?」
「…………別に。怒ってない」
「怒ってる時の言い方だ」
  陽太が唇を尖らせる。俺は腹立ち紛れに、その鼻の頭に軽く噛み付いてやった。
「んむ、やめてよ和威さん」
「うるせえ。こんな時に元カレの話なんかすんなバカ」
「やつあたりだ……」
  そう言って逃げようとする陽太の肩に手をかけて、今度は首筋に歯を立てる。
「や、くすぐったいってば」
  そう言って笑い声をあげる陽太に、俺も自然と笑みが溢れる。
  くすくす笑っている陽太の唇にキスをして、その体を強く抱き締めた。今日はこのまま、強く抱き合ったまま眠りたい。
「……ね、和威さん。今日はずっと、こうしてて」
  俺の背中に手を回して、陽太がそう呟く。
「俺も、同じこと思ってた」
  俺はそっと囁いて、恋人の額に口付けた。

  幸せが、満ちていく。
  少しずつ更けていく夜の静寂に、聞こえるのはお互いの呼吸だけ。
  この先に続く永遠ではない時間の中で、一瞬のこの時が、お互いにとっていつまでも輝き続けるように。
  愛おしさを分け合いながら、今はただ、月明かりの下で眠ろう。
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