10cm先のラブソング

村井 彰

文字の大きさ
14 / 16
海辺の結婚式

2.もしも

しおりを挟む
  すっかり陽の落ちた浜辺を、陽太と手を繋いであてもなく歩いて行く。ここはプライベートビーチなので、ホテルの宿泊客以外は立ち入らない。今は俺と陽太の二人きり、静かな波の音と、砂浜を踏みしめる乾いた音だけが聞こえてくる。
「……なんか、不思議な感じ。こんなところで二人っきりでいられるなんて」
  俺の半歩ほど後ろを歩きながら、陽太がぽつりと呟く。俺は歩みを止めずに少し振り向いた。
「裕翔達に感謝だな? こういう機会じゃなきゃ、なかなか体験できないぞ」
  俺の言葉に、陽太が「そうだね」と言って微笑む。月明かりに照らされるその横顔は、太陽の下で見た時よりも、なぜか輝いて見えて……頬が熱くなるのは、きっと気温のせいだけじゃない。
  俺はその場で足を止めて、陽太を促して砂浜に腰を下ろした。するとすぐに、陽太がぴったりと体を寄せてくる。
「なんだ? 甘えたがりか」
「うん」
  からかい口調の俺に素直に答えて、陽太が繋いだ手の指と指を絡ませた。それっきり、二人の間に沈黙が落ちる。けれど決して気まずくはない。こうしてお互いの鼓動だけを感じる時間も、俺は案外嫌いではなかった。
  燃えるような色に染まっていた海は、いつの間にか穏やかな青に染め替えられて、空には白い月が浮かんでいる。満月に少し足りないあの月の名前は、なんと呼ぶのだろうか。
「……今日さ、式の間中、ずっと考えてた事があって」
  そんな静かな空気の中、不意に陽太がぽつりと言葉を零した。
  俺は何も言わずに続きを促す。触れ合った手に、少し力がこもるのを感じた。
「ヒロも遥香さんも、すごく綺麗で、最高の式だった。けど……けどさ、二人の事見てたら、どうしても考えちゃって」
  少し苦味の混じる声音で、陽太が言葉を続ける。
「おれも、女の子に産まれてたら……いろんな事が、もっと簡単だったのかなって」
  『いろんな事』。その単語が指す物のひとつが陽太の両親の事だというのは、すぐに察しがついた。
  陽太の両親に恋人として挨拶をさせて欲しいと提案したのが、今年の初めのこと。けれど結局、挨拶どころか会う事すら許してもらえないまま、季節は夏になってしまった。俺の方は覚悟していたつもりだったが、その事について俺より陽太の方が心を痛めている事も知っている。
「……お前が女の子だったとしても、きっと何かが劇的に変わったりなんてしねえよ」
  俺の言葉に陽太が少し顔をあげる。
「お前のご両親が気にしてるのは、子供とか世間体とかそういう話だろ? けど男女のカップルでも子供が出来るとは限らないし、お前が女の子なら俺は『女子高生の時に知り合った十歳下の女の子に手ぇ出してるヤバいおっさん』だしな。どっちにしろいい顔はされないんじゃないか」
「和威さんはそんなんじゃ……」
「でも客観的に見たらそうだろ? 」
  俺が肩をすくめると、陽太はぐっと口を噤んだ。
「……いろんな事が上手くいかない時にさ、もっとこうだったら良かったんじゃないかって想像したくなるのは分かるよ。でも人生ゼロか百かで出来てる訳じゃないからな。そんな簡単にひっくり返ったりしねぇよ」
  本当は俺だって考えない訳じゃない。例えば俺と陽太が、裕翔と遥香さんみたいな同級生だったら。そうしたら、ここに辿り着くまでこんなに回り道をしなくてもよかったんじゃないのか、とか。
  だけどそんな仮定には意味が無い。今のこの形でなければ、きっと俺達は出会う事すら出来なかっただろうから。
「お前にしんどい思いさせてるのは悪いと思ってる。……けど、簡単じゃなくても、俺は今のお前と生きていきたいよ」
  “きっと”や“もしも”はいらない。俺が愛しているのは、今この瞬間、俺の隣にいるこの人なのだから。
  ふ、と洩れた陽太の吐息が、少し震えているのが分かった。
「……諦めた方がいいのかなって思ったんだ。うちの両親に認めてもらうこと。 けどおれは、好きな人と一緒にいる事、隠したり誤魔化したりしたくなくて……今日の二人みたいに、みんなの前で堂々としてたいって……思って……」
  そこから先は、言葉にならないようだった。俺は繋いでいない方の手を伸ばして、陽太の震える唇をなぞった。
「和威さん……」
  少し戸惑いながら俺の名前を呼ぶ声。その声に応えるように、俺はそっと触れるだけのキスをした。
「俺も、おんなじ気持ちだよ。……だから、二人でちゃんと分け合おう」
  愛しさだけじゃない。苦しいことも、上手くいかないことも、全部全部、二人で一緒に抱えていく。そういう覚悟をしてきたつもりだ。
  手はしっかりと繋いだまま、陽太がもう片方の手を俺の背中に回してきた。
「……おれ、やっぱり和威さんの事、好きになってよかったな」
  そう言って、陽太は俺の首筋に顔を埋めた。温かな吐息が、直接肌に伝わってくる。
「ねえ、和威さん……そろそろ部屋に戻ろ? ……もっといっぱい、和威さんとキスしたい」
「……ん、そうだな」
  甘えた声をあげる陽太の背中を撫でて答える。
  抱えた不安はそう簡単には消せはしない。けれど、こうしてお互いの肌に触れ合えば、溶けだしていく体温と一緒に分かち合える。
  来た時よりも強く触れ合って、再び砂浜を歩き出す。
  見上げた空には、星が瞬き始めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

僕の、しあわせ辺境暮らし

  *  ゆるゆ
BL
雪のなか僕を、ひろってくれたのは、やさしい男の子でした。 ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります! ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

タトゥーの甘い檻

マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代) どのお話も単体でお楽しみいただけます。 ​「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」 ​真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。 ​それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。 「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。 アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。 ​ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。 愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。 ​「……お前のわがままには、最後まで付き合う」 ​針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。 執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

仮面の王子と優雅な従者

emanon
BL
国土は小さいながらも豊かな国、ライデン王国。 平和なこの国の第一王子は、人前に出る時は必ず仮面を付けている。 おまけに病弱で無能、醜男と専らの噂だ。 しかしそれは世を忍ぶ仮の姿だった──。 これは仮面の王子とその従者が暗躍する物語。

処理中です...