孤島の花嫁~転生先は滅亡寸前の小国でした~

村井 彰

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第二章 出会い

1話 城の外

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  翌朝。翔真は朝陽が昇る頃にはすでに起き出して、ベッドの前で柔軟体操をしていた。睡眠時間は少し短いが、ぐっすり眠れたおかげで頭はスッキリしている。
「ショウマ様、おはようございます。お早いお目覚めですね」
  翔真が頭の中でラジオ体操の曲を流しながら屈伸運動をしていると、しばらくしてメリノが顔を出した。
「おはよう、メリノ。そっちこそ早いね」
  昨日と同じように着替えを持って、メリノは首を傾げながらこちらへ近づいて来る。
「ショウマ様、それは何の踊りですか?」
「踊り……いや、これは踊ってるんじゃなくて、朝の軽い運動っていうか……まあ踊りみたいなもんか……」
  改めて聞かれると定義が難しい。頭を捻る翔真の前で、メリノは答えを気にする様子もなくテキパキと服を広げていく。
「お待たせして申し訳ありません。ようやくショウマ様のお召し物がご用意できました。動きやすい物が良いとの事でしたので、職人達にもそのように伝えてあります」
「わ、ありがとう……ていうか、もしかして夜通しで作ってくれたの? 申し訳ない……」
「ショウマ様がお気になさる必要はありません。陛下の大切な方のお召し物を作れるのですから、皆喜んでおりますわ」
  メリノは当然のようにそう言うけれど、庶民産まれの翔真にとっては、人にかしずかれるなんて居心地が悪いだけだ。まして対価を払いもせず他人を働かせるなんて。
「では、ショウマ様、お着替えを……」
  そう言ったメリノが服の袖に手をかけてきたのを見て、翔真は我に返った。
「ちょ、いいって! 昨日も言ったけど、着替えは自分でやるから!」
「ですが、これが私のお役目ですから」
「だからって女の人にそんなことさせられないよ。とにかく一人で大丈夫だから!」
  翔真が強く言葉を重ねると、メリノは少し困ったような顔をしながらも、一応は引いてくれた。
「では、その間にお食事をお持ちします」
「あ、うん。ありがとう……」
  それも自分でやらせてくれと言いたかったが、許して貰えなさそうなので諦めた。
  メリノの足音が部屋を離れていくのを聞きながら、翔真は服の裾に手をかけて息を吐いた。レクトに言われた事もあるが、そうでなくとも仕事なり役目なり、自分のやるべき事を早く探した方が良いのかもしれない。家族ではない人にただ世話を焼いてもらうことが、こんなに心苦しいなんて思わなかった。
(役目、か……)
  必要な事、だとは思う。けれどそれを見つけたら、いよいよ自分はここで暮らす覚悟を決める事になってしまう気もする。
  あえて考えないようにしていたけれど、向こうの世界での翔真が死んでいるのだというのなら、家族や友達、そして莉乃は、今頃どうしているのだろうか。
  翔真のために仕立てられた服は、ゆったりとして動きやすくて……それなのに、やけに息が苦しかった。

  *

「ラギム……おはよう……」
  ぼそぼそと小声で言いながら、入り口から半分だけ顔を出してラギムの部屋を覗く。翔真のそれと似た造りの部屋で、椅子に腰かけて何かの書物をめくっていたラギムは、そのまま視線を上げて怪訝な顔をした。
「……なぜ隠れているんだ?」
「いや……あの……」
  なかなか顔を出さない翔真に焦れた様子で立ち上がると、ラギムはつかつかと歩み寄ってきて翔真の腕を掴んだ。
「うわ、ちょっと待ってラギム!」
  腕を引っ張られるまま、その姿をあらわにさせられてしまい、翔真は咄嗟に目を逸らす。
「なるほど、着替えたのか」
  翔真の格好を上から下まで見回して、ラギムはひとつ頷いた。
「あの……そんなまじまじ見ないで欲しいんだけど」
「なぜだ? 良く似合っているじゃないか」
「いや、だって……オレの住んでたとこじゃ、大人の男はあんまりこういう格好しないし……」
  もごもごと言い訳をしながら服の裾を引っ張ってみるが、その程度ではどうにもならない。何しろ足がほぼ全部むき出しになっているのだから、隠すには布面積が足りな過ぎた。
「小学生の時でもこんな格好した事ないんだけど……いや、作って貰った物に文句言うつもりは無いけど!!」
  確かに動きやすい格好が良いとは言ったが、まさかここまで丈の短い服を渡されるとは。見た目で言えば、Tシャツとホットパンツだけでウロウロしているようなものである。人によってはそれも様になるのかもしれないが、翔真が日本でこんな格好をしていたら、お巡りさんに肩を叩かれかねない。
「何をそんなに嫌がっているのか分からんが、気に入らないなら仕立て直させるか?」
「いや、うん……大丈夫……せっかく作ってくれたんだから着るよ」
  仕立て直して貰うにしても、何らかの手段で賃金を得られるようになってから、仕事として依頼したい。今のままでは、ラギムの権力に胡座をかいているだけになってしまう。
「変なやつだなお前は……まあいい、そろそろ出かけるか?」
「あ、うん……」
  そうだった。そういえば、この格好のまま外出しなくてはいけないんだった。
  早くもさっきの発言を撤回したくなってきた翔真の手を掴み直して、ラギムが笑う。
「なら行くぞ、ショウマ」
  子供のように言って、ラギムは翔真の手を引いて歩き出した。服装のことは開き直るしかないらしい。
(そういえばオレ、城の外に出るの初めてだ)
  足取り軽く歩いて行くラギムの背中を追いかけながら、翔真はふと、そんなことを考えたのだった。

  *

  城の下階は、大きな広間になっていた。階段を降りた真正面に、ベタな形状をした木製の門があり、今はそれも固く閉ざされている。室内にドアがひとつもない事を思うと、こうしてわざわざ城門を閉めているのは少々意外だった。
  ラギムと並んで広間を横断しながら、翔真はきょろきょろと辺りを見回してみた。体育館くらいのだだっ広い空間の左右に、やはりドアのない部屋や通路がいくつか並んでいる。もしかすると城としては小規模なのかもしれないが、個人の所有物としては十分過ぎる広さと言えるだろう。
  そのまま二人で進んで行くと、門へはすぐに辿り着いた。周囲の部屋からは人の気配や微かなざわめきも感じるが、扉の周りには誰もいない。
「以前は常駐の門番がいたのだがな。今は畑仕事に出ている」
  そう言いながら、ラギムは自ら門扉に手をかけた。レクトが言っていた“人手不足”という言葉の意味が、改めて思い起こされる。
「オレも手伝うよ」
  見かねた翔真が、ラギムの後ろから手を伸ばして押すと、扉は簡単に開いた。
「わ、眩しい……」
  途端、太陽の光が直に差し込んできて、翔真は咄嗟に目をすがめる。
  どうやら城は小高い丘の上に建っていたらしく、城門の前は緩やかな坂道になっていた。緑の草の合間に伸びる、舗装されていない砂利道をそのままずっと下っていくと、城の中から何度も見た、真っ白な外壁の家々がまばらに並んでいるのが見える。さらにその先には、真っ青な海が続いていた。
  翔真が住んでいた街とは何もかも違う。ここは紛うことなき、異国の景色だった。
「お前は海が珍しいのだと言っていたな。海岸に行ってみるか」
「うん!」
  ラギムの言葉に強く頷く。海に行くのなんて何年ぶりだろう。
  砂っぽい道をジャリジャリと言わせながら、ラギムと共に坂を下る。そうしてしばらく歩いて行くと、段々になった丘に平屋の家が並んでいる辺りに差し掛かった。とはいえ、一軒一軒の間は開いているし、人の気配もない。住宅地と呼ぶには少々寂しい感じだ。
「そういえば、前から聞いてみようと思ってたんだけど、ここの建物って何で出来てんの?」
  道の途中で歩幅を緩めて、翔真は白い煉瓦のような物で建てられた家を指さした。
「ああ……これは貝や珊瑚だ。この辺りでは、石材よりも、そういった物の方がよく使われる。ファレクシアの近海には、人を丸ごと飲み込めるような巨大な貝が群生していてな。それが良い建材になるんだ」
「へえ……すごいファンタジーっぽい話だ」
  人間よりも巨大な貝が、建材として利用できるくらいにたくさん生息しているなんて、一体どんな光景なんだろう。想像すると、少し怖くもある。
「お前は些細な事でも驚いてくれるから、説明の甲斐があるな」
  感心する翔真の横顔を見上げて、ラギムが楽しそうに言う。
「そりゃ俺にとっては異世界の話なんだから、何だって珍しいよ。……あのさ、ついでにもう一個聞いてもいい?」
「私に答えられる事なら、幾つでも聞けば良い」
  ラギムが頷いてくれたので、翔真は再び周囲の家に視線を向けた。
「ここって一応住宅地なんだよな? なんでこんなに静かなの?」
  周囲には似たような見た目の家が十数軒ほど建っているのに、見渡す限り人影はない。建物の中にも人の気配は感じられなかった。
「ああ、今の時間は皆働きに出ているからな。男は漁や畑仕事、女は城内で手仕事、子供達はその手伝いだ」
「仕事? ……そっか」
  それを聞くと、ますます何もしないではいられない。とはいえ漁なんて経験がないし、不器用な翔真には何かを作るのも難しそうだ。体力には自信があるから、畑仕事ならどうにか手伝えるだろうか。
「ショウマ? どうかしたか」
「……ううん。なんでもないよ」
  ラギムの問いに、笑って答える。仕事のことは後でレクトにでも相談すればいい。せっかくラギム自ら案内してくれているのだから、今はこっちに集中しよう。
「海に行こう、ラギム」
  わざと明るい声を出して、海岸線を指さす。太陽を反射した水面がキラキラと光って、離れていても眩しいくらいだ。
「あ、そうだ。オレこういう時に言ってみたかったセリフがあるんだ」
「なんだ?」
  首を傾げるラギムを振り返って、にやりと笑う。
「海までどっちが速いか、競走だ!」
  そう言うが早いか、翔真は海岸へ向けて思い切り駆け出した。
「ショウマ?! 待て、どういうつもりだ、それは!」
  後ろの方からラギムの焦った声が追ってくる。
  やばい、なんか思った以上に楽しい。
  眩しい日差しの下を、ただまっすぐに駆けて行く。翔真はこの瞬間が、何よりも好きだ。
「待て……っ、ショウマ……!」
「ラギム遅いぞ!」
  既にかなり遠くの方にいるラギムを振り向いて呼びかける。

  海辺までは、あと少し。
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