Love is Money!

村井 彰

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1話 理想の恋人

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  オレには、とても理想的な恋人がいる。
友仁ともひと~!」
  夏休みも間近に迫る、七月初頭の土曜日。オレは駅前の雑踏に佇む恋人の元へ駆け寄り、その肩にポンと手を置いた。友仁はいつもの仏頂面のままだが、オレの手を振り払ったりはしない。
「久しぶりだな、玲生れお
「そうだね、一週間ぶりくらい? 仕事はちょっと落ち着いた?」
「ああ」
  素っ気なく答えて、友仁はそのままスタスタと歩き始めた。相変わらず無愛想なやつ。オレは少し肩をすくめて、その後を足早に追いかけた。
「映画始まるまでまだ時間あるよね。どっかでお昼食べてから行こうよ」
「そうだな」
  必要最低限の短い返事と、どこか冷たくも感じる態度の数々。だが別に、嫌々オレに付き合っている訳でもないらしい。毎回オレよりも先に待ち合わせ場所に着いているし、どこへ誘ってもそれなりに興味深そうにしているのが良い証拠だった。

  ¥

  そもそもオレが友仁と出会ったのは、今から三ヶ月ほど前のこと。……いや、正確にはそれよりも前からお互いのことは知っていたのだが、そういう対象として意識するようになったのが、そのタイミングだったのだ。
  友仁は、オレがバイトしているカフェの常連客だった。量産品の地味なシャツを着て、端っこの席で読書をしつつ、コーヒーを一杯だけ飲んで帰っていく、まるで背景の一部のような何の特徴もない客。最初はその程度にしか思っていなかった。
  そんな印象が一変したのは、とある日の会計時のことだ。オレはその日、友仁が取り出した黒い二つ折りの財布が、相当なハイブランドの品だということに気づいたのである。使い込まれてくたびれた財布を凝視しつつ、口ではマニュアル通りのセリフを垂れ流しながら、当時のオレは脳みそをフル回転させていた。
  ブランド品を平気で使い潰す執着の無さ。そしてそれを誇示するでもなく、安物の服ばかりを着る無頓着さ……こいつは、“本物”の可能性が高い。

  オレには、子供の頃から憧れていることがあった。それは、『金持ちと結婚して一生を安楽に過ごす』ということである。
  生憎とオレは男に生まれついたが、別に逆玉でもヒモでも構わない。なんならこの際男相手でも良い。幸いなことに人並み以上の容姿を持って生まれた自覚はあったので、その気になれば同性でも落とせるんじゃないかという妙な自信はあった。とはいえ、そう簡単にいくとも思っていなかったのだが……オレが人生で初めて狙った男は、めちゃくちゃにチョロかった。
  友仁に目をつけたその日から、オレはギリギリ引かれない程度の距離感を保ちつつ、「あなたに興味があります」というアピールをしまくった。その結果、なんと一ヶ月後には恋人として付き合うことになっていたのである。なんだか知らないが、友仁の方もオレに興味を持っていたらしい。やっぱり顔が良いって得だな。
  ともかく、そんなこんなでオレは無事に金持ちの恋人をゲットした。友仁はオレより五つ年上の二十五歳で、服装も顔立ちも地味だが、けしてブサイクではない。むしろこういうのが好きだという女も少なくないだろう。性格的にも、少々無愛想な以外に大きな問題は見当たらないし、まさにオレにとって、理想的な恋人と言えた。
  そう、ただ一点を覗いては……

「わあ、すげえ格好良い時計~! いいなあ、オレもああいうの着けてみたいなー」
  友仁の隣に並んで大通りを歩いていたオレは、その途中で見かけたバカ高そうな時計屋の前で足を止め、ショーウィンドウに飾られている、これまたバカ高そうな腕時計を示しながら、友仁の顔をじっと見つめた。しかし友仁は、相変わらずの真顔のままだ。
「確かに良いデザインだとは思うが、学生が買う物としては値が張るんじゃないか? お前がどうしても欲しいなら止めないが、今の自分に合った物を身につけるのも大切なことだと俺は思う」
「…………ですよねー」
  淡々と言われると、反論する気も失せる。オレは白けた気分でショーウィンドウを離れ、若干早足で歩き始めた。
  実際に友仁と交際を始めてみて、オレはひとつ大きな誤算に気づいた。それは、こいつの財布の紐がめちゃくちゃに固かったということだ。
  オレがどれだけ露骨におねだりしてみても、友仁は未だに菓子のひとつすら買ってくれたことがない。これから観に行く映画も、当然のように割り勘である。こいつみたいに自分の見た目に頓着しない金持ちって、可愛い恋人には言われるまま何でも買い与えちゃったりするのがお約束なんじゃないのか。
  あまりにも友仁がオレに金を使ってくれないので、こいつはオレの見込み違いの、ただの庶民なんじゃないかと疑ったこともある。だから友仁の素性に探りを入れるため、わざと仕事終わりにデートの約束を取り付けて、職場の近くまで迎えに行ったこともあるのだが……その時の友仁は、オレでも知っているような超一流企業のオフィスから、いかにも上等そうなスーツを身にまとって颯爽と現れた。しかも後からその企業の名前で検索してみたら、友仁と同じ苗字かつ、友仁がそのまま三十歳ほど年をとったような見た目の社長の顔写真がヒットした。かなり珍しい苗字だし、十中八九こいつの父親だろう。友仁は一流企業の社長令息、正真正銘のお坊ちゃんだった。だというのに。
「歩いてたら汗かいてきたんだけど。もうお昼そこでいい?」
  適当に目についたファーストフード店を指さすと、友仁は黙って頷いた。以前職場まで迎えに行った時、わざわざ来てくれたお礼だと言って、一度だけお高いディナーを奢ってくれたことはあるが、そういう店よりジャンクフードを食べている時の方が、友仁は嬉しそうだ。ちなみにこの手の“オレの身の丈に合った”店での食事は、しっかり別会計である。
(……まあいいか)
  少し前向きに考えよう。オレの将来的な目標は、金持ちの世話になって楽に生きることだ。今ここでチマチマと貢がれても、すぐに飽きられて捨てられたら本末転倒である。オレのような庶民が友仁のような金持ちとそうそう知り合えるとも思えないし、どちらかと言えば、今は少しでも友仁に気に入られるよう振る舞うべきなのではないか。
「……どうした、玲生」
  歩くスピードをゆるめて、再び隣に並んだオレを見て、友仁は少し不思議そうな顔をした。
「なんでもないよ」
  オレはわざと気のない素振りで答えて、隣を歩く友仁の手に、ほんの一瞬だけ指先で触れたのだった。

  ¥

「はー面白かったー」
  上映後の人混みと共に薄暗い映画館の中を歩きつつ、オレは軽く伸びをした。
「最後の方でさ、おっさんのゾンビがはらわた撒き散らしながら追っかけてくるシーンあったじゃん。あそこめちゃくちゃウケたよね」
「……お前はああいうのが好きなのか」
  一歩遅れて着いてきた友仁が、なぜか若干青い顔をしながらそう言った。
「ホラー映画って面白くない? 特に海外のパニックホラーは景気が良くて楽しいよね。いわゆるB級ならさらに最高だし」
  ホラー映画はチープであればあるほど良いというのがオレの持論である。ストーリーは薄っぺらく、演出はド派手に。それでこそのエンターテインメントだ。
「……まあ、お前が楽しめたんならそれで良い」
  友仁は青い顔をしたまま、そう言って頷いた。
「てか友仁、晩飯どうする? 焼肉でも食べに行く?」
「いや……それは、ちょっと……」
  珍しく歯切れの悪い友仁の様子に首を傾げながら、二人で映画館を出て脇道に入る。ショルダーバッグから取り出したスマホをちらりと確認してみれば、表示された時刻は十六時過ぎ。さすがに今すぐ晩飯にするのは早すぎるが、かと言って今からどこかへ行くにも中途半端な時間だ。そこまで考えを巡らせた時、ふと思いついた。
「あのさ友仁、これからうちくる? そんなに大したものは作れないけど、良かったらなんか用意するよ」
  周囲に人通りがないことを一応確認し、友仁の腕に抱きつく。オレは特別料理が得意という訳でもないが、それでも恋人の手料理なら、何だって嬉しいもんだよな?
「……それでさ、せっかくだから、そのまま泊まっていってもいいよ。オレひとり暮らしだし」
  友仁の耳元に唇を寄せ、少しトーンを落とした声で囁く。こいつがどんなに鈍感でも、さすがに伝わっただろう。友仁を繋ぎ止めておけるなら、キスでもセックスでも好きなだけさせてやるつもりだった。
  足を止めたオレの瞳をじっと見返して、友仁は何かを考えているようだった。少しの間を置いて、友仁の薄い唇がゆっくりと開く。
「……悪いが、今日はこの後予定がある。お前の家まで行く時間は無い」
  ビシッと音を立てて、周囲の空気にヒビが入ったような気がした。さっきまで結構良い雰囲気だったじゃん。それが何で家に来るってなった途端断るんだ? オレに興味ないわけ?
「…………そっ、かー。予定があるならしょうがないねー。じゃあここで解散にしよっかー」
「いや、どこかで軽食をとって帰るくらいなら……」
「いいっていいって。忙しいんでしょ? オレなら平気だから無理しないでー」
  顔を引きつらせないよう必死で笑顔を保ちつつ、オレは友仁の腕からスッと手を離した。
「待ってくれ玲生」
  駅に向かって早足で歩き始めたオレの後ろを、友仁が大股に着いてくる。そのままろくな会話もなく駅に辿り着いてしまい、結局オレは、あまり面白くない気持ちのままで、帰りの電車に揺られることになったのだった。


  そうして、友仁と別れてひとりになったオレは、特に寄り道をすることもなくまっすぐ帰路に着き、狭苦しいワンルームのアパートへと帰りついた。
  玄関で雑にスニーカーを脱ぎ捨て、部屋の半分近くを占めるベッドの上に寝転がる。腹の底では、未だにモヤモヤした気持ちがわだかまっていた。
  そもそも、オレは今日友仁と会うためだけに予定を空けていたのに、友仁の方は他にも予定を入れていたというのが気に入らない。オレとあれやこれするより大事な用事ってなんだよ。せめて前もって言っとけよ。腹立つ。
  七月になったばかりのこの時期、夕方の五時前でも、窓の外はかなり明るい。泊まりでなくとも今日は夜まで友仁と過ごすつもりだったから、ぽっかりと予定があいてしまった。
  特にすることも思いつかないまま、ベッドの下に放り出したショルダーバッグをなんとなく手探りで引き寄せて、取り出したスマホを開いてみる。すると、友仁からのメッセージ通知が届いているのに気がついた。しかし少々ムカついていたオレは、そのまま通知をスルーして適当な友人たちの連絡先を開き、「今から会わないか」という旨のメッセージを送ってみた。だがどいつもこいつも、やれ飲み会だの彼女とデートだのといった断りの文面を返してくるだけだった。皆さんオレと違って充実していて結構ですねちくしょう。
「はああ……」
  バカでかいため息を吐いて、天井にへばりついた平らな照明を見上げる。なんでせっかくの休日に、こんな情けない気持ちにならなきゃいけないんだ。いっそ一人ででも出かけるか。
  それは、なんとなく浮かんできた考えだったが、案外悪くない思いつきだという気がした。
「……よし」
  そうと決まれば、行動するのは早い方が良い。オレは勢いをつけて飛び起きると、一度投げ出したバッグを拾って、今帰ってきたばかりの玄関を再び飛び出した。友仁のやつ、オレがひとりで出歩いて、その辺にいた石油王に見染められてから焦っても遅いんだからな。
  結局、友仁のことばかり考えてしまっている自分に気づかないまま、オレは夕暮れが迫る街へと繰り出した。


  ¥


  何をやっても上手くいかない日、というものは実際ある。オレにとっては、今日がその日だったらしい。
「入ろうとした店全部が満席とかあんのかよ……」
  誰に届けるでもない独り言を吐き出して、オレは喧騒の中ひとり項垂れた。ひとりでパーッと酒でも飲もうと思い立ち、繁華街までやってきたまでは良かったのだが、いち大学生の収入で気軽に入れるような店は、軒並み満席状態だった。そりゃ土曜の夜だもんな。みんな飲みに行くよな。
  ギラギラしたネオンの街は、どこを見ても人でごった返している。この調子じゃ、居酒屋じゃなくても混んでいそうだ。
  なかば諦めムードに入りつつ、それでも家に帰る気分にはなれなくて、オレは人通りを避けるようにブラブラと歩き続けた。そうしているうちに、いつの間にか少々場違いな場所に辿り着いていたことに気づく。
  さっきまでの猥雑な空気とは打って変わった、落ち着いて上品な空気の流れる街並み。そういえば、前に友仁がディナーに連れて行ってくれた店があるのは、この辺りじゃなかったか。ぼんやりと記憶を掘り起こしながらさらに歩いていた、その時のことだ。
「……友仁?」
  あろうことか、オレの目の前に停まったタクシーの中から友仁が降りてきて、目が合ったのである。そんな偶然ありえるのかよ。
  あまりの出来事に呆れるオレの数メートル先で、友仁の方は素直に驚いているようで、切れ長の目を限界まで見開いてオレを凝視している。
「玲生、なんで……」
「おや、友仁くんのお友達かな」
  明らかに困惑している友仁の声を遮るように、見知らぬおっさんの声が響いた。声の主は、友仁が押さえていたタクシーのドアから、のっそりとした動作で降りてきた。
(うわ、いかにもなおっさん……)
  そいつを見た瞬間、オレはそんなことを思った。その見知らぬおっさんは、友仁と同じように上等なスーツを着ていたが、友仁とは違って、ものすごく分かりやすい金持ちの格好をしていた。やたらとキラキラしたタイピンに、無駄にいかつい腕時計を身に着け、足元の革靴は顔が映り込みそうなくらいピカピカに磨かれている。これで笑った時に金歯が見えたり、ぶっとい葉巻を吸ってたりしたら完璧だった。
「その、彼は……」
  友仁が明らかに言い淀んでいる。まあ男のオレを指して恋人ですとは言いにくいよな。
  しかしそんな友仁には目もくれず、おっさんは不躾な視線でオレの体を上から下まで眺め回している。その目つきを見て、オレはすぐにピンときた。なまじ顔が良く産まれてしまったばかりに、子供の頃から他人のこういう視線に晒されることはよくあったから、その経験上分かってしまうのだ。
  このおっさん、明らかにオレに気がある。もっと言えば、オレのことを性的な対象として見ている。そのことに友仁も気づいたのか、オレとおっさんの間に割り込むように立って、横目でオレをちらりと見た。
「悪い、玲生。今から取引先の招待で、観劇に行くことになってるんだ。開演まであまり時間が無い」
  だからさっさとこの場を去れ、と言外に言われている。一応これは、オレを庇おうとしているのだろうか。
「……分かった。ごめん邪魔して」
  仕方ない。ここは彼氏の顔を立ててやろう。というか、取引先の招待ということは仕事絡みなのだろうし、それならさすがに邪魔をする気にもならない。
「失礼しました」
  おっさんの方にも頭を下げて、オレは足早にその場を立ち去ることにした。そして少し離れてから振り向いてみたが、二人はもうオレのことなど忘れた様子で、すぐ近くにあるデカい建物の中へと消えて行くところだった。あそこは劇場だったのか。
  あのおっさんが具体的に何者なのかは知らないが、友仁の緊張しきった態度からして、会社の上司とか、取引先の人間とかなのだろう。そういう相手と観る演劇って、面白いんだろうか。しかもこんな休日にわざわざ駆り出されるなんて、給料出るのか。
  ふと気づけば、さっきまでわだかまっていたイライラは、すっかりどこかへ消えてしまっていた。きっと、友仁も友仁で、いろいろ頑張ってるってことが分かったからだろう。
  そうして歩いているうちに、あることを思い出したオレは、道の端に避けてスマホを取り出し、さっき無視した友仁からのメッセージを確認してみた。そこには、絵文字も顔文字も一切ない素っ気ない文体で『今日は楽しかった。ありがとう』とだけある。オレは少し考えて指を動かし、返事の言葉を入力したあと、数秒かけて読み返した。よし。
  短い言葉を紙飛行機に乗せて送り出し、スマホをバッグに放り込んで、オレはまた歩き出した。今日はもう帰ろう。

“ありがとう。おやすみ”
  オレが送ったたったそれだけのメッセージに、友仁はいつ気がつくだろうか。出来れば、あいつが眠る前なら良いな。
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