没落令嬢の華麗なる狂詩曲 〜奴隷堕ちした令嬢がハーレムを築くまでの軌跡〜

中原星道

文字の大きさ
7 / 41
第一幕 黄昏のエイレンヌ

第6話 奴隷令嬢の異変

しおりを挟む
「だから、そこは違うと申したでしょう!」

 館の廊下に女性の金切り声が響き渡る。
 その元凶は、豊かな金髪に大きな碧い瞳を持つ少女だった。

「手すりなどを拭く時はこちらの布。陶器を拭く時はこちらの荒目布。真鍮しんちゅう製の物を拭く時はこちらの専用クロス。もう何度も説明したはずです」
「そんないっぺんには覚えきれませんわ! 全部同じもので拭いてしまえばよろしいのではなくて?」
「それぞれの用途に合わせて使わなければならないのです!!」

 その少女――ララの不満は、中年女性の一喝によってねじ伏せられてしまう。

「ううう……。たかが掃除と侮ってましたが、まさかこんなに大変だなんて思いもよりませんでしたわ」
「当たり前です! 何を成すにしても容易に終えられる仕事など存在しません。もしも苦労も疲労も無い仕事があったとしたら、それはその者が何も成していないだけです」
「き、肝にめいじますわ……」

 ウンザリとした顔で、ララは仕事を再開する。

 館の雑務全般を担う家令の女性と少女のやり取りはもはや日常茶飯事となっており、他の者たちはもう気にすることもなく作業に没頭している。

「ララさん。アナタほど家令である私に食ってかかってくる者はおりませんでしたよ」
「こんな手のかかる奴隷でまったく申し訳ないですわね」
「いいえ、やりがいが増えてとてもよろこばしいことです」
「え?」

 ララは皮肉で言ったのだが、家令は笑ってそう答えるのだった。



「はぁ……今日も疲れましたわ……」

 夜遅くになってすべての作業が終了し、ララたち女中メイドはようやく食事にありついた。

「ハハハ、今日もこってりしぼられてたね」

 向かいの席に腰掛けるミレーヌが笑う。

「ホントにあの家令は、仕事熱心なのはわかりますが、融通が利かなすぎですわ」
「いやぁ、アタシは何となく家令の方に同情しちまうけどね」

 かつてララのワガママに振り回されたことのある彼女は、苦笑を禁じ得なかった。

「朝早くに起こされて、ほぼ休みなくこんな遅くまで働かされ、寝床は茣蓙ござを敷いただけの硬い床の上で雑魚寝……。それに、食事も不味い上にこれっぽっちだし……。奴隷がこれほどきびしいものだとは知りませんでしたわ」

 小さなパンがひとつと少量の干し肉。そして、ほぼ味を感じない野菜のスープを食しながら、ララは辟易へきえきとした口調で愚痴をもらす。

「まあ、これが普通さ。場所によってはもっとヒドい待遇を強いられているらしいからね」
女将おかみさんがいかに人道的だったか、身に染みてわかりましたわ……」
「もう女将おかみじゃないけどね」

 そう言ってけらけらと笑う。

「……ごめんなさい」

 不意に顔を曇らせてララがポツリとこぼす。

「急にどうしたんだい?」
「わたくしが女将おかみさんの制止を聞かなかったばかりに、こんなことになってしまって……」

 この間の事件のことを思い出し、沈痛の面持ちで謝意を述べる。

 あれから――
 ララたちが領主の子息であるエリクを殺害した容疑で捕縛された後、二人は簡易的な尋問を受けた。

 そこでありのままを話したが、いくら弁明したところで相手は権力者だ。下級貴族の子息が被害者とはいえ、身分の低い彼女たちは当然縛り首に処されるのが通例であった。

 しかし、二人は奴隷として領主に仕えることで許されたのだ。

 寛大とも言える裁きの裏には、エリクが領主でも制御出来ない腫れ物的な存在であったことが大きく作用しているようであったが、いずれにしても二人は極刑を免れたのだった。

「まだ気にしてたのかい? まあ、ムリもないけどさ……」

 ミレーヌは陰気に沈む少女の手をそっと握り、

「ララ。たしかにあの時は不幸な結果になっちまった。アンタが思い悩むのも仕方がないと思う。だけどね、少なくともアタシは感謝してる。何も出来なくてただ我慢してればイイなんて言って、ホントはすべてを諦めてたアタシに勇気を与えてくれたんだから」

 慈愛の瞳でそう告げる。

女将おかみさん……。ありがとうございます」
「だから、アタシはもう女将おかみじゃないって」
「いいえ、わたくしにとっては女将おかみさんはどこに行っても女将おかみさんですわ」

 ララは温もりを与えてくれた手を握り返し、そう伝えるのだった。



「またアナタですか、ララさん」

 翌日――

 やはりララは慣れない作業に苦戦し、失敗していた。

「いいえ、わたくしはララという名前では――」
「言い訳は無用です」

 家令は少女の言葉を遮り、

「ベッドメイクの度にシーツをしわくちゃにされてしまっては本末転倒です。もう一度別室で練習し直してください」

 静かだが威厳のある声で諭す。

「言い訳なんかではありませんのに……」
「何か言いましたか?」
「いいえ、何でもありませんわッ!」

 ララは不貞腐れて叫んだ。

 と、その時だった――

「奥方様がお戻りです!!」

 玄関先の清掃をしていた女中メイドが大きな声で告げる。
 すると、今まで作業に没頭していた館のすべての者が駆け出し、廊下の両端に列を成して立ち並ぶ。

「一体何ですの?」
「奥方様が帰られたのです。さあ、アナタも並んでお迎えするのです」

 家令の言葉を受けて、ララも列に加わり直立する。

 そして館の中にひとりの女性が従者と共に入って来ると、

「「「おかえりなさいませッ!!」」」

 家令たちは一斉に腰をこごめて合奏のように挨拶を向ける。

「あ、あら? ……お、おかえりなさいませッ!」

 ワンテンポ遅れてしまったララも、慌ててそれに追従する。

「あら? 新しいコが入ったのかしら?」

 しゃなりしゃなりとドレスの衣擦れ音を奏でながら、領主の妻は妖艶さを備えた甘い声で問う。

「はい。奴隷の娘が二名ほど加わりましてございます」

 そのままの姿勢で家令が答える。

「ふぅん……」

 足音が少女の近くまで近づき、そして――

「新入りのアナタ。顔を見せてくれるかしら?」

 ピタリと足を止めてそう告げるのだった。

「え、えっと……」

 顔を上げていいのもなのか迷うララに、

「顔をお上げなさい」

 家令が小声でうながす。

 それに従い顔を上げると、

「まあ、ずいぶんとカワイらしい奴隷ですこと」

 奥方は少し驚いたように感嘆の声を上げた。

「名前は何とおっしゃいます?」
「わたくしは――」
「ララでございます」

 代わりに答えたのは家令だった。

「ララさん、ですか。しっかりと務めを果たしてくださいね」

 奥方はそう言ってきびすを返すと、階段を登り二階へと上がって行った。

 ――ララ……? どこかで見たような気がするのですが……

 先ほどの少女のことが何となく引っかかる奥方は、そんなことを考えながら記憶をたどってみたが、結局その時は思い出すことは出来なかった。



「ねぇ、ララ。水、少し飲みすぎじゃないか?」

 ある日、食事時に水を何杯もがぶ飲みする少女を見てミレーヌが心配そうにたずねる。

「それに、最初はあんなにマズいって文句言ってたスープも一滴残らず飲み干してるし」
「そうなんですの。わたくし、最近無性に喉が渇いてしまってついつい飲みすぎてしまうのです」
「まあ、疲れてるのかもねぇ。最近少し暑くなってきたし」
「そう……ですわね」

 そう言ってララは残りの水を飲み干す。
 
 ――おかしいですわ……
 
 しかし、どれほど水分を摂取しても、その喉の渇きはまったく治まることはなかった。



 その日の深夜――

「異常無し」

 警護の兵士が提灯ランタンを片手に館内を巡回している。
 すでにここの住人はすべて寝静まっており、暗闇と静寂が支配する暗澹あんたんの世界が広がっている。

「次は厨房か」

 そうつぶやき厨房の方に灯りを向ける。
 たくさんの調理器具が片付けられ、いくらかの食材が木箱の中に収まっている。きっと明日の朝にはこれらのものを使って料理が振る舞われるのだろうか

「明日の食事も楽しみだな」

 食べることが何よりの娯楽である彼は、その未来を想像して胸を膨らませるのだった。

「と、ここも異常な――」

 そしてきびすを返そうとしたその刹那だった。

 ぴちゃり――

 何かが滴るような水音が厨房の奥の方から発せられ、兵士の足はピタリと停止する。

「な、何か漏れてる……のか?」

 ゆっくりと音が聞こえた方へと歩み出し、提灯ランタンをそちらにかざすと、ぼうっと人の足のような輪郭が浮かび上がる。

「だ、誰かいるのか!?」

 恐る恐る灯りを上の方へ移動させてゆく。

「なっ!?」

 兵士は仰天した。
 厨房の最奥で金色ブロンドの髪の少女が背中を向けたまま一心不乱に何かにむさぼりついていたのだ。

 そして、咀嚼音がピタリと止まり、少女がゆっくり振り返る。

「だ……踊る屍者ダンス・マカブルだ―――――ッッッ!!!」

 口の周りにべっとりと血をまとったその少女の姿を見て兵士はぞわりと震え上がり、そう絶叫したのだった。

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...