没落令嬢の華麗なる狂詩曲 〜奴隷堕ちした令嬢がハーレムを築くまでの軌跡〜

中原星道

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第一幕 黄昏のエイレンヌ

第7話 奴隷令嬢と血の宴

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「またアナタですか、ララさん」
「……面目次第もありませんわ」

 館の地下にある牢獄の中で、礼儀正しく正座をして申し訳無さそうに頭を垂れている少女を牢獄の手前から見下ろしながら、家令はため息交じりに続ける。

「まさか領主様たちに献上予定だった果物を盗み食いするなんて……」
「……面目次第もありませんわ」
「警護兵の方が踊る屍者ダンス・マカブルと勘違いして腰を抜かしてしまい、その拍子にギックリ腰になったそうです。あの若さで可哀想に」
「……面目次第もありませんわ」

 雨霰のように降り注ぐ小言を一方的に浴びながら、ララはますますしょんぼりとしおれてしまう。

 踊る屍者ダンス・マカブル――

 それは遥か昔から世界各地で散発している奇病であり、踊る屍者ダンス・マカブルと呼ばれる生ける屍が生者を襲って血肉をすすり、やがて襲われた者も生ける屍と化して生者を襲うという陰惨な現象のことである。
 今のところその発生の要因は不明であり、一度踊る屍者ダンス・マカブルとなった者は心臓を貫く、首を刎ねる、焼き尽くすなどしない限り動きを止めることはないという。

「まあ、正式な沙汰が出るまではそこでしばらく休んでいただきます」
「はい……」
「……肌の血色が悪いし頬も少し痩せこけています。しっかり静養なさってください」
「はい……」

 蚊の鳴くような弱々しい返事を聞くと、家令は静かにその場を離れて行った。

 ――本当にどうしてしまったの……

 狭い牢獄の中にひとり残されたララは、心の中で自問するが当然答えなどわかるはずもなかった。

 ただひとつ、以前エリクと悶着があった際に傷を負ったミレーヌの血を見てから――そしてその血を飲んだ時から、少女の中で何かが変わってしまったのかもしれない。

 ――そういえばあの時も……

 そしてもうひとつ、ミレーヌがエリクに犯されている現場を目撃した時も、彼女はまるで何かに取り憑かれたように自らを慰めていた。

 その二つの出来事に関して何か共通している点があるとしたら、それは衝動だ。

 ひとつは吸血欲。ひとつは性欲。
 衝動は霧のように立ちこめて全身を駆け巡り、極度の興奮を与えて理性を失わせ、全身を支配して欲求のままに行動させるという実に恐ろしいものだった。

 なぜ彼女がそのような衝動に囚われるようになったのかはわからない。

 しかし、その脳裏にひとつの絶望的不安が駆け巡る。

 ――もしかしてわたくし、本当に踊る屍者ダンス・マカブルになってしまったのでは……

 少なくとも、そう考えるならば突然訪れた吸血欲に関しては合点がいく。

 ――そんなの……イヤですわ!

 自分が生ける屍となって周囲の者を食らい、やがて火炙ひあぶりにされる姿を想起したララは、その可能性を必死に否定するようにかぶりを振る。

 しかし――

 どくんッ!

 再び心臓が大きく脈打つと、こらえようのない喉の渇きに襲われる。

「う、うぁぁぁぁぁッッッ!!!」

 喉を掻きむしりながらその場にのたうち回ると、

「お、お願いします! 血を……血をくださいましッ!!」

 ララは鉄格子に手をかけ、必死の形相で看守に訴えた。

「な、何を言っておるのだこの娘は……」
「早く……血を……!!」
「ひ、ひぃぃッ!!」

 少女のか細い腕が頑丈な鉄格子を少しずつ捻じ曲げてゆくという信じがたい光景を目の当たりにした看守は、恐れおののいた。

「う……あぁぁぁぁぁッッッ!!!」

 獣のような咆哮を上げて鉄格子を打ち破り、その先の看守に襲いかからんとしたその時だった――

「うッ!?」

 ぷつりと糸が切れるように意識が途切れ、ララはその場にうつ伏せに倒れる。

「な、何だったんだ……?」

 突然の出来事に戸惑い乱れた鼓動を必死に整えながら、看守が恐る恐る少女の方を見ると、彼女は完全に気を失っていた。

「この娘、本当に踊る屍者ダンス・マカブルなんじゃ……」

 看守は主に報告するため、その場を駆け出した。



 炎が立ち昇る。
 赤く、紅く、夜空を染め上げ焦がしてゆく。
 その周囲で獣たちが踊る。
 咆哮を上げながら無様に踊る。
 そして獣たちは四方八方に飛び交い、人を食らう。
 血をすすり、肉をむ。
 食われた人も獣と化し、集団に加わり炎の周りで踊る。
 踊る――
 それは終わりの無い輪舞曲ロンドのように延々と繰り返す。

 それを少し離れた場所から眺める少女がいる。
 少女は彼らを恐れているが、一方でその輪の中に加わりたいという欲求に駆られている。

 イヤ……わたくしは――
 血ガホシイ
 わたくしは人間――
 ケモノ
 わたくしはもはや――
 人間デハナイ

 頭の中で繰り返される二つの自我が、少女を苦しめる。

 助けて――
 お父様――
 お母様――

 女将おかみさん

 刹那、空から雨粒がひと雫こぼれると、それは波紋を呼び起こして獣たちの狂宴を一気に流し去る。

 そして――

「……ッ!?」
「ようやく目を覚ましたね」

 覚醒した視界の先にあったのは、微かな笑みを浮かべて見下ろすミレーヌだった。

「……わたくし、一体どうしてたのかしら?」

 上半身を起こして小さくかぶりを振り、記憶をたどる。

「アンタ、ものすごく暴れたらしいじゃないか。それを聞いてビックリしたよ」
「そう……ですわ。わたくしは檻の中に閉じ込められていて、また喉の渇きに襲われて……」

 そこでララは、先ほどまで苦しめられていた衝動――喉の渇きが完全に霧散していることに気づく。

「……もしかして、女将おかみさんが?」
「ああ。アンタ、血が飲みたかったんだろ?」

 けろりとした口調のミレーヌ。その腕には布が巻かれおり、それは微かに赤く滲んでいた。

「……女将おかみさんッ!!」

 ララは瞳を潤ませ、ミレーヌに抱きついた。

「ど、どうしたんだい、ララ!?」
「……わたくし、自分が怖いんですの。いつか人じゃなくなって、他の人を傷つけてしまうんじゃないのかって……。ううん、もうすでに人じゃないのかもしれませんわ! そうしたらわたくし、女将おかみさんのことまで傷つけてしまうかもしれません。そうなったらわたくし、自分で自分が許せなくなってしまう……。一体……どうすればイイんですのッ!!」
「ララ……」

 駄々っ子のように思いの丈をぶつける少女の頭を、ミレーヌはそっと撫でる。

「なあ、ララ。今のララはいつもどおりワガママで傲慢で泣き虫のララだよね?」
「な、何か引っかかる物言いですけど……。今はまだ、正気を保っていますわ」
「それって、アタシの血が効いてるってことだよね?」
「そう……ですわね。血をいただいたら落ち着いたので、恐らくは」
「だったら、アタシの血を飲めばイイよ。ララが欲しくなったらいくらでも分けてやるよ。あ、でも、貧血にならない程度に、ね?」
女将おかみさん……」

 ララは顔を上げる。そのあおい瞳からぼろぼろと大粒の涙があふれ出す。

「やっぱりララは泣き虫だな」

 苦笑するミレーヌ。

「……そういえば、何で女将おかみさんが牢獄ここにいるんですの?」
「あー、実はね……」

 ミレーヌはぽりぽりと頭を掻きながら、

「アンタと同じで我慢できなくなってさ……。パン、盗み食いしちまったんだ」
「……プッ!」

 思わず吹き出すララ。
 そして二人は一緒になって笑った。

 わざわざ少女のために罪を犯してまで来てくれたミレーヌの優しさを感じながら、

「ありがとうございます……」

 ララはポツリとつぶやくのだった。



「血色も良くなったようで安心しましたよ、ララさん」

 翌日、突然二人の牢獄に現れた家令は、生気を取り戻した少女の姿を見て淡々とした口調で言う。

「おかげさまでこのとおりですわ」

 ドヤ顔で答えるララ。

「それで、わたくしの懲罰が決定したんですの?」
「ええ。アナタにはまず、奥方様に会っていただきます」
「あら、奥方が直々に沙汰を言い渡してくださるのかしら? それは楽しみですわね」

 達観したような口調で言うと、ララはすっくと立ち上がる。

「あ、あの、家令殿。アタシは……?」
「アナタの沙汰はまだ決定しておりません。もうしばらくお待ちください」
「で、でもアタシ、ララについて行きたいんだ……」

 少女を心配して同行を懇願する。

「大丈夫ですわ。何があってもまず最初に戻って参りますから、ここでお待ちになってくださいな」

 ララはそれを制して、

「さ、参りましょう」

 家令にうながす。

 彼女は静かにうなづくと、看守に鉄格子の扉を開放させる。

「……ララ、本当に大丈夫かなぁ?」

 ひとり牢獄に残されたミレーヌは、まるで初めてのお使いに娘を送り出したかのような心情でその小さな背中を見送るのだった。

 
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